31話 暖かいダウンの下で
朝から出かけるわけでもないのに、なぜか朝早くに目が覚めてしまった。今日はクリスマス当日。窓の外には、昨日から降り続いた雪が残っている。
「……寒そうだな」
三は布団から出ると、窓の外を眺めた。
昨日のイブに、ここ最近続いていた雨が雪に変わった。あまりの寒さに、三は一日のほとんどをこたつの中で過ごしていた。
そんな中、注文していた荷物が届いた。
中身は、赤と白のサンタクロースの衣装だった。
咲に「何それ」と聞かれ、三は届いたばかりの衣装を手に取りながら、何気なく口にした。
「クリパってこれ着るんだろ?」
「……」
咲は一瞬だけ黙った。
三は首を傾げる。
「違うのか?」
「……ううん」
咲は口元を押さえた。
「そうだよ」
「そうか」
「うん」
「じゃあ、明日これ着て行くか」
「うん。絶対そのほうがいいよ」
「そうなのか」
「そうそう」
咲は笑っていた。
今思えば、あの時の咲は明らかに何かを企んでいた気がする。
だが、そんなものは杞憂だと三は心の中で思う。
「……」
三は部屋に置かれた赤と白の衣装を見る。
「……これを着ていくんだよな」
誰に確認するでもなく呟く。
そして、何の疑いもなく着替え始めた。
サンタコスの上からダウンを羽織る。
鏡を見る。
外から見れば、いつもの冬の格好と変わらない。
「……これなら寒くないな」
三は満足そうに頷いた。
プレゼント交換用の袋を手に取り、家を出る。
雪の残る道を歩き、クリスマスパーティーの会場である色晴の家へ向かった。
やがてナビ通りに従っていくとそれらしき家が見えてくる。
玄関前には蓮が立っていた。
「お、三。遅かったな」
「ああ」
三は軽く手を上げる。
「寒いな」
「まあな」
その時、玄関のインターホンが鳴る。
中から色晴の声が響いた。
「二人とも、外で何やってるの? 寒いでしょ、早く中入って」
色晴に促され、三は蓮と一緒に色晴の家へと上がった。玄関の扉が閉まり、暖房の効いた室内の空気がほっと肌を撫でる。
三は玄関で立ち止まると、羽織っていたダウンのファスナーを下ろした。
そのままダウンを脱ぐ。
「…………」
蓮の動きが止まった。
「…………」
三も蓮を見る。
「……何だ?」
蓮は答えない。
三の姿を見ている。
赤と白。
サンタクロースの衣装。
頭にはサンタ帽。
完全なサンタクロース姿だった。
「……お前」
「何だ」
「……それ」
三は自分の服を見る。
「サンタの服だが」
「いや、そうじゃなくて」
蓮の口元が震えた。
「……何で?」
「クリパだろ?」
「…………」
蓮は黙った。
三も黙る。
数秒。
「……ぷっ」
「……何だ?」
「いや……」
蓮の肩が震え始める。
「……悪い」
「何がだ」
「ちょっと待って」
「何だよ」
「お前……!」
蓮が腹を抱えた。
「あはははははっ!」
「……」
「何でサンタなんだよ!」
「クリパはサンタの格好をするんじゃないのか?」
「しないわ!」
「…………」
三の表情が固まった。
「クリパでサンタの格好するとかあんまないから」
「…………」
三はゆっくりと自分の姿を見下ろした。
赤い衣装。
白い縁取り。
サンタ帽。
「……そうなのか?」
「そうだよ!」
「…………」
数秒前まで、これが当たり前だと思っていた。
だが、蓮にそう言われた瞬間、その考えが音を立てて崩れていく。
自分は今、何をしているんだ。
クリスマスパーティーに、サンタクロースの格好をしてやって来た。
しかも、本気でそれが普通だと思っていた。
「……」
三の顔がじわじわと熱くなる。
「……やらかした」
「だな」
蓮が即答する。
「…………」
三は無言でサンタ帽に手をかけた。
「……脱ぐ」
「おう」
「今すぐ脱ぐ」
「おうおう」
三が帽子を取ろうとした。
その時だった。
「ちょっと、蓮?」
家の中から声がした。
玄関へ近づいてくる足音。
「何そんなに笑ってるの?」
色晴が玄関までやってくる。
どうやら蓮の爆笑が聞こえたらしい。
「何かあった――」
色晴が玄関に顔を出した。
「……」
三と目が合う。
「……」
色晴の視線が、三の頭から足元までゆっくりと移動する。
「…………」
「……色晴?」
「……坂倉」
「何だ」
「……その格好」
三は嫌な予感がした。
「……見るな」
「いや、無理でしょ」
色晴の口元が震える。
「……ぷっ」
「色晴」
「ご、ごめん……」
次の瞬間。
「あははははははっ!」
「色晴!」
蓮に続いて、色晴まで腹を抱えて笑い始めた。
「ちょっと待って! 坂倉、何でサンタなの!」
「……」
三は何も言えなかった。
もう説明する気力すらない。
「クリパだから!」
代わりに蓮が答える。
「それでサンタコス着てきたんだよ!」
「あははははっ!」
「……蓮」
三が低い声で睨む。
「悪い悪い!」
蓮はそう言いながらも笑い続けている。
「坂倉、本当に知らなかったの?」
色晴まで笑いながら尋ねてくる。
「……知らなかった」
「え?」
「普通に着るものだと思ってた」
「……っ」
色晴がまた吹き出す。
「あはははははっ!」
「……」
三は今すぐこの場から消えたくなった。
そして、それ以上に。
今すぐこの服を脱ぎたかった。
「……もう脱ぐ」
三はサンタ帽を掴む。
「待ってって!」
「嫌だ! 今すぐ脱ぎたいんだよ!」
「せっかくなんだからそのままでいて!」
「何がせっかくだ!」
本気で振り払おうとする三と、必死に止めようとする色晴。
その横で、蓮が再び腹を抱えて笑い出した。
「お前ら、何やってんだよ!」
「お前が最初に笑ったせいだろ!」
「俺のせいにするなよ!」
「もういいから離せって!」
完全な泥沼状態に、三は逃げ場を失っていく。
恥ずかしさと絶望で頭がクラクラしてきたその時だった。
「あの……」
背後からドアが開き、聞き慣れた声がした。
三が振り返る。
「……優?」
そこには優が立っていた。
寒そうにダウンを羽織っている。
「こんにちは」
「おう」
「遅くなってすみません」
「大丈夫だよ」
色晴が笑顔で答える。
「寒かったでしょ。早く入って」
「はい」
優は頷いた。
そして、玄関でダウンを脱ぐ。
「…………」
三人の動きが止まった。
「…………」
蓮も黙る。
「…………」
色晴も固まった。
優のダウンの下。
そこには、赤と白のサンタコスがあった。
「……え?」




