29話 聖夜への招待状は突然で
朝の冷たい空気を吸い込みながら、三は教室へ入った。
「おはよう、三」
席へ向かう途中、蓮がいつものように声をかける。
「おはよう」
「今日も寒いな。朝、布団から出るのが一番きつい季節だ」
「それは冬じゃなくても言ってるだろ」
「いや、冬は別格」
蓮は肩をすくめながら笑う。
「毎朝五分は布団と戦ってる」
「負けて遅刻するなよ」
「それは大丈夫」
そんな他愛もない話をしていると、不意に蓮が思い出したように口を開いた。
「そういやさ、最近なんかいいことあった?」
「いいこと?」
三は少し考える。
ここ最近は、いつも通り平和な毎日が続いている。
授業を受けて、放課後になれば帰る。特別な出来事なんて思い当たらない。
「……いや、別に。いつも通り」
「ふーん」
蓮が何か言おうとしたその時だった。
「いたいた」
二人の前に色晴がやって来る。
「おはよー」
「おはよ」
「ちょっと二人に聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
色晴は二人を見比べると、にやりと笑った。
「二人とも、クリスマス暇でしょ?」
「なんだよ急に」
蓮が苦笑する。
「違うの?」
蓮は何か言い返そうと口を開くがすぐに悔しそうに視線を逸らした。
「……今のところ予定ない」
「やっぱり」
「今のところはだからな!」
蓮は大げさに頭を抱えた。
三はそんな様子を見ながら、小さく息を漏らす。
「で、何だよ」
蓮は訝しげに色晴を見る。
「クリスマスパーティーやるんだけど、来ない?」
「クリスマスパーティー?」
三は思わず聞き返した。
そういえば、この前優がクリスマスパーティーの話をしていたことを思い出す。
あの時は、仲の良い友達で集まるものだと思っていた。まさか自分が誘われるとは考えていなかった。
「うん。せっかくだしみんなで集まろうかなって。プレゼント交換もやるから、一人一つ持ってきてね」
「プレゼント交換か……」
「来られるならLINEで教えて。プレゼントも忘れないでね」
「分かった」
そう言うと色晴は「じゃあね」と手を振り、自分の席へ戻っていった。
◇
その日の夜。
三はリビングのソファに腰を下ろし、ぼんやりと天井を見上げていた。
『来られるならLINEで教えて。プレゼントも忘れないでね』
朝、色晴に言われた言葉が頭の中で何度も繰り返される。
クリスマス。
これまでの三にとっては、家で家族と過ごすか、普段と変わらない一日で終わるイベントだった。
友達とクリスマスパーティーをするなんて、考えたこともない。
「……プレゼントか」
交換する以上、何か用意しなければならない。
だが、何を買えばいいのか見当もつかない。
高すぎても気を遣わるし、安すぎても失礼な気がする。
そもそも、誰に当たるかも分からない相手へのプレゼントとは、一体何を選べばいいのだろう。
三が悶々としていると、廊下の方から軽快な鼻歌が聞こえてきた。
♪「We wish you a Merry Christmas~♪」
上機嫌でリビングへ入ってきたのは妹の咲だった。そして、三の姿を見つけると、にやりと笑みを浮かべる。
♪「My brother spends each Christmas,with the family every year~♪」
「祝いの歌を悲しい歌に変えるな」
三がすかさずツッコむ。
中学生にして英語をここまで自然に使えるとは、末恐ろしい妹だ。
……まあ、その頭の使いどころが少し違う気もするのだが。
「だって事実だし」
「事実でも言わないんだよ」
三はため息をつく。
「そういうお前だって、毎年家じゃねーか」
咲は少しも動じず、得意げに笑った。
「別に。一人でかわいそうなお兄ちゃんのために、お家にいてあげてるだけだし」
「余計なお世話だ」
「えー、優しい妹じゃん」
「自分で言うな」
「照れなくてもいいよ」
「照れてない」
咲は三の隣へ腰を下ろした。
「で? さっきから何考えてるの?」
「……プレゼント」
「え?」
「クリスマスパーティーで交換するらしい」
咲は目を丸くする。
「お兄ちゃん、今年家じゃないの?」
「まだ決定じゃないけど……クリスマスパーティーに行くかもしれない」
「へー」
咲はそれだけ言うと、興味なさそうに肩をすくめた。
「なんだよ、その反応」
「別に。行けば?」
「ずいぶんあっさりしてるな」
「だって、お兄ちゃんの予定なんて私には関係ないし」
「言い方」
咲は肩をすくめるだけで、それ以上は何も言わなかった。
「プレゼントはどうすれば……」
「何?」
「何を買えばいいのか、さっぱり分からん」
咲はくすっと笑う。
「お兄ちゃん、センスないもんね」
三は小さくため息をつく。
「だから困ってる」
「素直でよろしい」
咲は満足そうに頷いた。
「じゃあ、条件付きで一緒に選んであげてもいいよ」
「条件?」
咲は人差し指を一本立て、きらきらとした眼差しを向ける。
「私のクリスマスプレゼント買ってよね」
咲は悪戯っぽく笑いながら、当然と言わんばかりに手を差し出した。
「現金な奴」
三は呆れたように肩をすくめた。
その日の夜。
三はスマホを手に取り、色晴とのトーク画面を開いた。
『行く』
短くそれだけ送信する。
数秒もしないうちに既読が付き、
『了解!』
スタンプと一緒に返信が届いた。
三は画面を閉じると、ベッドへ身を預けた。




