28話 寒空の下で
文化祭が終わってから、慌ただしかった日々は嘘のように落ち着きを取り戻した。
気付けば季節はゆっくりと歩みを進め、秋から冬へと移り変わろうとしている。校内を彩っていた紅葉はほとんど散り、木々には枝だけが残っていた。
朝晩の冷え込みも日に日に厳しさを増し、吐く息が白くなる日もそう遠くはないだろう。
そんな中、三には一つだけ小さな悩みがあった。
昼休みになると、いつも昼食をとっている中庭に面したあのベンチ。少し前までは心地よい風が吹き抜け、色付いた景色を眺めながら食べるのが日課だった。
だが今は違う。
吹き込む風は冷たく、木々から葉はすっかり姿を消している。景色はどこか物寂しく、長居するには少し厳しい。
廊下を進み、いくつか候補を思い浮かべては消していく。しかし、これといった場所は見つからず。
結局、三はいつものベンチへ腰を下ろした。
購買で買ったパンの袋を開け、一口かじる。続いて鞄からライトノベルを取り出し、ページを開こうとした、その時だった。
「三君」
不意に名前を呼ばれ、肩がわずかに跳ねる。
顔を上げると、優が立っていた。
「……優」
「こんなところで食べてたんですね」
「ああ」
優は中庭へ目を向け、小さく首を傾げる。
「寒くないんですか?」
「……少しは」
答えた直後、冷たい風が渡り廊下を吹き抜けた。
「っ、くしゅん」
三は思わず小さなくしゃみをする。
その様子を見た優は、くすっと笑った。
「寒いんじゃないですか」
「……まあ」
三は苦笑しながら頭を掻く。
「ここで食べるのが当たり前になっちゃってさ。他で食べようとしても、なんか落ち着かないんだよ」
「でも寒いんですよね?」
「寒い」
即答すると、優は少しだけ可笑しそうに口元を緩めた。
「教室で食べればいいものを」
「それができたら苦労しない」
そんなやり取りに、渡り廊下には穏やかな空気が流れた。
優は小さく笑ったあと、三の隣にある空いたベンチへ目を向けた。
「隣、いいですか?」
「ああ」
優は静かに腰を下ろす。
二人の間には人一人分ほどの距離が空いていた。
冷たい風が吹き抜けるたび、木々の枝が小さく揺れる。
「こうして座ると、本当に冬が近いんだなって感じますね」
「秋はあっという間だったな」
短いやり取りのあと、沈黙が流れる。
それぞれが穏やかな時間を過ごしていた。
ふと、優の視線が三の手元へ落ちる。
文庫本にはブックカバーが掛けられており、表紙は見えない。
「今度は何を読んでいるんですか?」
「……ラノベ」
「題名、聞いてもいいですか?」
三は一瞬だけ迷う。
わざわざブックカバーを付けているくらいだ。少し気恥ずかしさはある。
それでも隠すようなものでもないと思い、カバーを外して表紙を見せた。
「あ……」
優が小さく目を見開く。
「知ってるのか?」
「はい」
三は表紙を見つめながら肩をすくめた。
「最近アニメ始まって流行ってるからさ。久しぶりに読み返してる」
「実は……私も最近読んでます」
「え?」
三は思わず優を見た。
「優も?」
「え、えっと……」
優は少し視線を泳がせる。
「何か新しく読んでみようかなって本屋さんに行ったら、一番目立つところに置いてあって……」
そこまで言うと、照れ隠しをするように小さく笑った。
「それで、気になって買っちゃいました」
「なるほど」
「どうだった?」
「面白かったです。まだ一巻までしか読めてませんけど、とても続きが気になります」
「これからどんどん面白くなるよ」
三がそう言うと、優は少し嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それなら楽しみです」
しばらくの間、二人はそれぞれお昼を食べながら他愛のない話を続けた。
「あ、そういえば」
優が何かを思い出したように口を開く。
「この前、色晴ちゃんに『クリパ』なるものに誘われたんですが」
「クリパ?」
「はい。クリパって何なんですか?」
三は少し考え込む。
言葉自体は知っている。だが、やったことは一度もない。
「……クリスマスパーティーの略だと思う」
「クリスマスパーティー」
優が小さく頷く。
「詳しくは知らないけど、サンタの格好をして集まるんじゃないか?」
「サンタさんの格好、ですか?」
「たぶん」
「三君はやったことあるんですか?」
「いや、ない」
「ないんですか」
「あくまで聞いた話だから」
すると優は少し考え込むように視線を落とした。
「そういうものなんですね」
「……多分な」
三の曖昧な返事にも、優は納得したように頷く。
「ありがとうございます。少し気になっていたので」
そんなことを話しているうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムが校内へ響き渡る。
「もう戻らないとですね」
「そうだな」
三は読みかけだったライトノベルを閉じ、鞄へしまう。
優も立ち上がり、制服のスカートを軽く整えた。
「じゃあ、また教室で」
「ああ」
優が去ったあと、三は一人ベンチに残った。
風は依然として冷たく、木々の枝を震わせている。けれど、さっきまであれほど気になっていた寒さは、どこかへ消えていた。
三はなんとなく自分の手元に目をやる。読みかけの文庫本と、空になったパンの袋。
ふっと小さく息を吐き、冬の空を見上げる。ひやりとした空気が頬をかすめたけれど、しばらくはこのまま、もう少しだけここにいてもいいような気がした。




