25話 祭りはつづく
教室へ戻ると、午前の営業を終えたばかりの蓮が壁に寄りかかっていた。
「……死ぬ」
蓮は頭を傾けたまま、今にも魂が抜け落ちそうな声色で呟いた。
「お疲れ」
三が声を掛けると、蓮はゆっくりと顔だけをこちらへ向ける。
「みつぅ……」
「笑ってきた奴ら許せねぇ……」
「盛大に笑われてたな」
「見てたのかよ」
蓮は勢いよく顔を上げる。
「何なんだよあれ! 『萌え萌えきゅんお願いします』とか『動画撮るぞ!』とか、完全に公開処刑だったぞ!」
「結局撮りはしなかったな」
「当たり前だろプライバシーの侵害だよ侵害!」
蓮は頭を抱えて大きくため息をついた。
「途中からもう恥ずかしいとか考えるのやめた。考えたら負けだあれ」
「壊れかけてたな」
「そう、壊れた」
その隣では、斗真が椅子に腰掛けたままスポーツドリンクを飲んでいた。その表情は営業中と変わらず、どこか虚無を湛えている。
「斗真……お疲れ」
蓮がそういうと
「ああ」
と、斗真は小さく返す。
(なんでこんなに虚無なんだ?)
三の疑問に答えるかのように、蓮が喋り出す。
「こいつな、途中から完全に虚無になったんだよ」
「虚無?」
「もう感情ゼロ。『いらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様』って、ずーっと同じ顔。」
三は斗真を見る。
本人は何事もなかったようにペットボトルの蓋を閉めた。
「……疲れただけだ」
「それがな、不思議なことに結構人気だったんだよ」
「親子連れのお母さんとか、『落ち着いてて素敵ね』って言ってたし。」
「あと、なんかメイド喫茶詳しそうな人もいたよな」
「ああ、『無表情系、いいですね』とか言ってた」
三は思わず目を瞬かせた。
「……そういう需要あるのか」
「あるらしい」
蓮は納得できないように肩を落とす。
「俺は笑われまくってたのに、こいつは普通に褒められてるんだぞ」
「知らん」
斗真は短く返す。
「本人も理解してないし」
そこへ凛が歩いてきた。
「斗真くんは実際、評判が良かったですよ」
「そうなんだ」
「はい。落ち着いた接客で安心できたという声がありました。」
「それに、一部のお客様からは『世界観に合っていた』という感想もいただいています」
蓮は天井を仰ぐ。
「俺も無表情でやればよかったかな……」
「蓮がやったらただ機嫌悪そうに見えるな」
「それ地味にひどくない?」
三は少しだけ笑う。
「でも、お前はあれでよかったと思う」
「……そうか?」
「多分」
「多分かよ」
蓮は苦笑しながら頭をかく。
「まあ、三がそう言うなら、そういうことにしとくか」
「よし、三。約束してたし行くぞ」
「ああ」
三も立ち上がる。
「斗真は?」
「……休む」
短く答えた斗真は、そのまま椅子の背にもたれた。
「まだ虚無じゃねぇか」
「放っとけ」
蓮は苦笑すると、三へ向き直る。
「まず焼きそばな」
「決まってるんだ」
「腹減った。午前中ずっと立ちっぱなしだったし」
「そうだな」
「そのあと適当にぶらつこうぜ。面白そうなの見つけたら入る」
「分かった」
二人は教室を後にした。
廊下には呼び込みの声や笑い声が飛び交い、文化祭は昼を迎えてさらに賑わいを増している。
先を歩く蓮は、早くも焼きそばの屋台を見つけたらしく、「あれだ!」と指を差して足を速めた。
つい先ほどまで「死ぬ」と壁にもたれかかっていたとは思えないほど、蓮は元気を取り戻していた。
「次あっち!」
「お、射的あるじゃん!」
「その前にクレープ!」
目についたものへ次々と飛びつく蓮は、風のような勢いで文化祭の校内を駆け回る。
三はその後を追いかけるだけで精一杯だった。
「ちょっと待て、蓮」
「早くしろって! 時間なくなるぞ!」
その後も蓮に振り回され続け、三は校内中を歩き回ることになった。
一日目の終了を告げる放送が流れる頃には、三の足にはどっと疲れが押し寄せていた。
それでも隣では、蓮が「楽しかったな」と満足そうに笑っている。
(体力どうなってるんだ……)
そんなことを思いながら、ボソリと呟く。
「……まぁな」
賑やかな文化祭一日目は、あっという間に幕を閉じた。
◇
文化祭二日目。三は鏡の前で自分の姿に小さく溜息をついていた。
メイド服という非日常的な衣装。慣れないフリルとエプロンに身を包む。
開店してしばらくは、昨日ほどの混雑はなく、比較的穏やかな時間が流れていた。
そんな中、約束通り蓮が顔を出した。
「お、三。結構似合ってんじゃん」
蓮は少しだけニヤニヤしながら、三の格好を冷やかすように見る。
「昨日あんなに騒いでいた人が?」
「いや、昨日のは……その、まあいいや。とりあえず頑張れよ」
蓮は笑いながら空いている席につき、軽くコーヒーを注文して寛いでいた。
店が本格的に慌ただしくなり始めたのは、それからしばらくしてからのことだ。
優がフロアに出ると、空気が明らかに変わった。持ち前の愛想の良さと丁寧な接客が評判を呼び、またたく間にその噂が校内を駆け巡ったのだ。
「あ、あのメイドさんすごく可愛いって聞いたんだけど!」
「お待たせしました、お嬢様!」
優の声が響くたびに、店内は明るく華やかな空気に満たされる。
噂は瞬く間に外まで広がり、教室の前には昨日以上の長蛇の列が出来上がっていた。
正午を過ぎる頃には、店内は殺気立つほどの忙しさになっていた。
「坂倉君、三番テーブル、紅茶追加で」
「ああ、分かった」
優と三は息つく暇もなくフロアと厨房を往復する。その渦中、行列を強引にすり抜けて、妹の咲が店内に現れた。
咲はメイド服姿の三を見つけると、足を止めて大げさに目を見開いた。
「……ぷっ。お兄ちゃん……」
「用がないなら帰れ」
「はいはい、わかったよー。『ご主人様』たちに可愛がられてきてね」
咲は満足げに去っていった。
店内は熱気に包まれ、皿の出し入れも乱暴になりがちだった。
――その時だった。
「あ……っ!」
店内を駆け回っていた小さな子供が、運ばれてきた料理を避けるようにして派手に転んだ。
ガシャーン!!
不快な音と共に、皿が粉々に砕け散る。店内に一瞬、静寂が走った。
店内の空気が一瞬で張り詰める。
「大丈夫ですか!」
優がすぐに子供へ駆け寄る。
幸い、大きな怪我はないようだった。
駆けつけた凛は割れた皿の周囲を確認すると、すぐに三へ視線を向ける。
「坂倉君」
「ああ」
「家庭科準備室に予備のお皿を持ってきてくれませんか」
「分かった」
三は頷くと、足早に教室を後にした。
廊下は相変わらず文化祭の来場者で賑わっている。
その人混みを縫うように進み、家庭科準備室の前へ辿り着く。
開いた扉にそのまま中へ入る。
棚に並ぶ食器の中から、必要な枚数の皿を慎重に取り出した。
その時。
ガラッ――ピシャッ。
背後で引き戸が閉まる音が響く。
「まだ中に――」
言い終わる前に、足早に遠ざかっていく足音だけが廊下へ消えていく。
嫌な予感が胸をよぎる。
三は急いで引き戸へ駆け寄り、取っ手を掴んで横へ引いた。
しかし。
ガタッ。
戸は一ミリも動かない。
「……っ」
もう一度、力を込める。
その感触に、文化祭の準備中、家庭科教師から聞かされた言葉が脳裏をよぎった。
『この引き戸、最後まで閉めないようにね。古くて立て付けが悪いから、一度閉め切ると開きにくくなることがあるの』
だから普段は、閉まり切らないよう少しだけ開けて使っている――そう説明されていた。
「……最悪だ」
最近はすっかり夏らしい暑さになってきましたね。
私はもう完全に夏の暑さにしてやられています。外へ出かける時はサンダルばかり履いていますし、コンビニに寄ると「今日は我慢しよう」と思っていても、気づけばアイスを手に取っています。
これからさらに暑くなると思いますので、皆さんも熱中症などには気を付けてお過ごしください。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 次回もよろしくお願いします。




