24話 人混みの角で
「……言うのか?」
「もちろんです」
「逃げたい…」
「ダメです」
蓮は大きくため息をついた。
凛が静かに視線を向ける。
「準備はいいですか?」
「……はい」
開店の時間を迎え、最初の来場者が教室へ近づいてくる。
蓮は一瞬だけ目を閉じ、小さく息を吸った。
「せーの」
二人は声を揃える。
「「いらっしゃいませ、ご主人様!」」
一瞬だけ廊下が静まり返る。
次の瞬間。
「ぶっ!」
近くを歩いていた男子生徒が吹き出した。
「蓮が、ご主人様って言ってるわ!」
「似合わなすぎるだろ!」
「動画撮れ動画!」
「撮るな!」
蓮が思わずツッコミを入れると、笑い声はさらに大きくなった。
「ほらもう一回!」
「ご主人様って!」
「やらねぇよ!」
「仕事中です」
凛が横から淡々と言う。
「接客を続けてください」
凛は表情一つ変えない。
「そんな簡単に言うなって……」
ぼやきながらも、蓮は入口へ向き直る。
すると今度は斗真が肩を叩かれた。
「斗真ー!」
別のクラスの友人が手を振っている。
「お前も言えよ!」
「聞かせろ聞かせろ!」
「……帰れ」
「ほらほら!」
斗真は観念したように肩を落とす。
「……いらっしゃいませ、ご主人様」
「声小さ!」
「聞こえねぇ!」
「もう一回!」
「うっせえ!」
廊下には再び笑いが広がった。
やがて開店時間になると、本当の来場者が次々と教室へ足を運び始める。
蓮と斗真は一瞬顔を見合わせる。
さっきまで騒いでいた友人たちではない。
文化祭を楽しみに来た、お客様だ。
二人は顔を合わせそして、少し引きつった笑みを浮かべながら声を揃えた。
「「いらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様」」
その声を合図に、メイド喫茶は幕を開けた。
朝から教室は多くの来場者で賑わいを見せる。
三の担当は明日だ。蓮から「午後一緒に回ろうぜ」と誘われ、それまで適当に待機する予定だった。
ただ、何もせず待っているのも退屈に感じ、三は気分転換を兼ねて外の出店へと向かった。目的もなく、立ち並ぶ出店を眺めながら歩いていた。
廊下も中庭も、文化祭ならではの熱気に包まれている。焼きそばやたこ焼きの香りが漂い、遠くでは軽音部の演奏が聞こえてきた。
その時だった。
「わっ……!」
人混みを縫うように走ってきた小さな影が、三の足元に飛び込んでくる。バランスを崩した拍子に、三はとっさに相手の肩を掴んで支えた。
「っと……大丈夫?」
視線を下げると、そこには目を丸くした男の子がいた。
「……ごめんなさい、お兄ちゃん」
少年が小さく謝るのとほぼ同時に、背後から焦ったような声が響く。
「コラ、走っちゃダメでしょ!」
その声は息を弾ませながら、三と男の子の姿を見て足を止める。
「……坂倉?」
そこには両手に小さな妹二人を連れた色晴が立っていた。
「ごめんね、いきなりぶつかっちゃって」
「いや、大丈夫。……弟?」
「うん、ちょっとやんちゃでね。……あ、そうだ」
色晴はそう言って屋台へ向かい、りんご飴を四本買う。そして戻ってくると、その一本を三に差し出した。
「これ、ぶつかっちゃったお詫びに。受け取って?」
「……いいのか?」
三は少し申し訳なさそうに、それでも遠慮がちにそれを受け取った。
「この子たちも一緒に食べるから、よかったらそこで休んでいかない?」
色晴の提案に、三は少し迷ったあと、小さく頷いた。
「……邪魔にならない程度に」
三は色晴たちについて近くのベンチへと向かった。
弟妹たちは夢中でりんご飴を頬張り始める。
色晴はその様子を見届けてから、
「やっと一息つける」
と言い小さく息をついた。
「兄弟ほんとに多いんだな」
「うん。目を離すとすぐどこか行っちゃう」
苦笑しながら答える。
妹の口元に飴が付いているのを見つけると、色晴はハンカチを取り出して優しく拭いてやった。
「ほら、口についてる」
「えへへ」
そのやり取りを見て、三は静かに口を開く。
「慣れてるんだな」
「小さい頃からだからね」
色晴は肩をすくめる。
「休みの日はこうして一緒に出かけることも多いし」
三は小さく頷く。
「坂倉は?」
「俺は明日が当番だから」
「そっか。今日は自由なんだ」
「蓮の担当が終わるまで待機」
「暇になって外に出たと」
「……」
図星を突かれ少し沈黙が流れる。その静けさを破るように一番下の妹が色晴の袖を引っ張る。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「このお兄ちゃん、お姉ちゃんの彼氏?」
その一言に、三は思わず目を瞬かせた。
色晴も少し驚いたように妹を見る。
「え? どこでそんな言葉覚えたの?」
「お友達が言ってた!」
「もう……」
色晴は苦笑しながら妹の頭を優しく撫でる。
「違うよ。同じクラスのお友達」
「ふーん」
妹はどこか納得がいかない様子でりんご飴を頬張った。
その隣で、様子を窺っていた弟が、場の空気を読まずに色晴の裾を引く。
「姉ちゃん、早く次あっち行こう!」
指さした先では、別のクラスの出店が賑わっている。
「いいよ。でも、走らないでね」
「はーい!」
三人は元気よく返事をすると、揃って歩き出した。
色晴は三へ向き直る。
「それじゃ、またね」
三は小さく手を挙げて応えた。
弟たちに声を掛けながら歩いていく色晴の姿を少しだけ見送る。
時計を見ると11時55分、午前の担当が終わる頃だ。三は教室へ向かって歩き始めた。




