23話 文化祭準備②
机は端へ寄せられ、段ボールや模造紙、絵の具に工具まで並ぶ。
入口の看板を作る者。
壁の装飾を考える者。
衣装のサイズを確認する者。
それぞれが役割を持ち、教室は少しずつ「メイド喫茶」の姿へ近づいていった。
三はパソコンの前に座り、メニュー表の作成を任されていた。完成に近づいたデザインを眺める。
そこに並んでいたのは、
『お絵かき♡らぶらぶオムライス』
『ご主人様応援♡萌えカレー』
『ふわふわ天使のパンケーキ』
『とろける魔法のパフェ』
『にゃんにゃんいちごみるく』
「……」
三は無言で肩を落とした。
「どうしたの?」
色晴が画面を覗き込む。
三は画面を指差した。
「メニュー表」
「どれどれ……」
視線が一番上から一番下までゆっくり流れていく。
「…………」
数秒、何も言わなかった。
「……思ってた以上に本格的だね」
ようやく出た言葉がそれだった。
「ここまで徹底するとは思わなかった」
「だいぶ気合い入ってる」
三は静かに息をついた。
その頃、教室の反対側では蓮と斗真が衣装を前に盛り上がっていた。
「これ絶対笑われるって!」
「俺らこれ着るのかよ」
「お前似合うんじゃね?」
「なわけねーだろ」
二人が騒ぐたびに教室から笑いが起きる。
文化祭が近付いていることを実感させるような、いつもより明るい空気だった。
その時だった。
「みなさん」
凛が教卓を軽く叩く。
自然と教室が静かになる。
「少し集まってください」
全員が集まると、凛は一冊のファイルを机の上へ置いた。
表紙には、
『メイド喫茶 接客マニュアル』
と書かれている。
「接客についてです」
「え」
蓮が嫌な予感しかしないという顔をした。
凛は気にせずページを開く。
「まず、お客様は『ご主人様』『お嬢様』とお呼びします」
「おぉ……」
教室からどよめきが漏れる。
「料理を運ぶ際は、『お待たせしました』ではありません。」
凛は淡々と読み上げる。
「『ご主人様、お待たせいたしました♡』」
一瞬、教室が静まり返った。
「料理を提供する際には、おいしくなる魔法もお願いします」
「魔法?」
蓮が聞き返す。
「例えばオムライスでしたら──」
凛はマニュアルを見ながら言った。
「『萌え、萌え、きゅん♡』です」
「無理!」
蓮が即座に叫ぶ。
「絶対無理!」
「俺も!」
斗真も勢いよく手を挙げた。
教室中が笑いに包まれる。
しかし凛は真顔だった。
「では質問です」
「はい……」
「照れながら小声で言うのと、堂々と言うのでは、どちらが恥ずかしいと思いますか」
「……」
蓮も斗真も答えられない。
「前者です」
凛はきっぱりと言った。
「やるなら最後までやってください。恥ずかしいからと笑ったり、照れたり、中途半端に接客する方がお客様は困ります」
二人は押し黙る。
「文化祭は、来てくださる方に楽しんでいただくためのものです」
凛は教室全体を見回した。
「接客する側が恥ずかしがっていては、お客様も楽しめません」
「……」
「逆に、全員が堂々とやれば、それは立派な接客になります」
教室は静まり返っていた。
さっきまで嫌がっていた生徒たちも、少し納得したような表情を浮かべている。
後ろの方で女子が小さく笑った。
「凛ちゃんって、やっぱりそういうところしっかりしてるよね」
「茶道やってるもん」
「生花もやってるって聞いた」
「だから『型』とか礼儀に厳しいんだ」
「なるほどね」
そんな声が聞こえてくる。
三は少し離れた場所から凛を見た。
言っていることはもっともだった。
だからこそ反論できない。
その横では、蓮と斗真がマニュアルを手に、すでにげんなりした表情を浮かべていた。
◇
文化祭数日前。
教室はすっかりメイド喫茶らしい姿になっていた。
壁を彩る装飾はほぼ貼り終えられ、入口には手作りの看板が立てかけられている。机や椅子の配置も決まり、本番の光景が少しずつ想像できるようになっていた。
大掛かりな準備はひと段落し、残るのは細かな確認だけだ。
接客の流れをもう一度見直し、厨房では食器や調理器具の数を確かめる。メニュー表を手に取り、誤字や抜けがないか目を通す姿もあった。
教室全体には慌ただしさよりも、静かな緊張感が漂っている。
もう後戻りはできない。本番は、すぐそこまで迫っていた。
「坂倉君」
メニュー表を見ていた凛が三を呼び止めた。
「家庭科準備室にある予備のお皿、一応確認してきてもらえる?」
「分かった」
三は教室を出て家庭科室へ向かった。
中では担当の先生が備品を整理していた。
「メイド喫茶で使う予備のお皿を確認したいんですが」
「いいよ、準備室にあるから見てきて」
三が準備室へ向かおうとすると、先生は閉め切らないよう注意を促した。古くなった扉は立て付けが悪く、閉めるきると開きにくくなることがあるため、普段から少し開けたままにしているらしい。
「分かりました」
三は準備室へ入り、棚に積まれた皿の枚数を確認する。予備として十分な数が揃っていることを確かめると、言われた通り扉を少し開けたまま部屋を後にした。
教室へ戻ると、凛が顔を上げる。
「どうだった?」
「予備はちゃんとあった」
「ありがとう、これで安心かな」
三は軽く頷き、再び準備へ戻った。
そうして最終確認を終えると、その日の作業は予定通りに片付いていった。
教室を見渡す。
装飾も、看板も、机の配置も、メニューも。
文化祭を迎える準備は、すべて整っていた。
あとは本番を待つだけ。
そして数日後――。
文化祭当日。
朝早くから校内は活気に包まれ、生徒たちはそれぞれの持ち場へと向かっていた。
お久しぶりです。しばらく更新をお休みしていましたが、投稿を再開しました。お待ちいただいた皆さま、本当にありがとうございます。文化祭編もいよいよ本番です。ここから物語が大きく動いていくので、最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。これからもよろしくお願いします。




