22話 文化祭準備①
(終わってしまった……)
夏が終わった。
長かった夏休みも気付けばあっという間だった。
「焼けたな」
「お前もだろ」
「海行ったからな」
「いいなー」
あちこちでそんな会話が聞こえる。
旅行の話をする者。
部活の大会の話をする者。
まだ終わらない課題の話をする者。
夏休みの思い出話で教室は賑わっていた。
三は席に座りながらぼんやりとそれを聞いていた。
隣の列では優が女子たちと話している。少し日に焼けたようにも見えた。
海の家で働いていたのだから当然かもしれない。
久しぶりに顔を合わせたクラスメイトたちはそれぞれのの夏を語り合い楽しそうだった。
そんな空気も束の間だった。
ホームルームの時間。
担任が教卓に立つ。
「皆さん、浮かれるのもわかりますが…」
一呼吸置いて。
「来週、テストあります。しっかり勉強するように」
教室の空気が一瞬で重くなった。
「うわ……」
「忘れてた……」
「マジかよ……」
あちこちから絶望の声が上がる。
「みつ」
聞き慣れた声がした。
振り向く。
蓮だった。
「どうした」
「やばいかもしれん」
「何が」
「数学」
三は数秒黙った。
「夏に教えただろ」
「いやだって!」
蓮が机に身を乗り出す。
「でも見返したら怪しい問題いっぱいあったんだよ!」
「知らん」
夏休み中、何度か勉強にも付き合った。
だから全くやっていないわけではない。
「せめて赤点回避したい……」
「なら勉強しろ」
蓮も分かっているのか肩を落とす。
「補習は嫌だ……」
テストはあっという間にやってきて、そして終わった。
数日後、答案返却の日。
「勝った……」
蓮が机に突っ伏した。
返却された答案が散らばっている。
「生きてた」
「大げさだな」
三が言う。
蓮は勢いよく顔を上げた。
「大げさじゃねぇ!」
答案を振り回す。
「見ろ!」
43点。
その数字が書かれていた。
「ギリギリだな」
「ギリギリでも補習はない!」
蓮は拳を握りしめた。
「これは実質勝利だ!」
「勝利の基準が低いな」
三が呆れたように言う。
近くで聞いていた色晴も苦笑した。
そんなやり取りをしていると、教卓を軽く叩く音がした。
「はい、静かに」
担任だった。
教室が少しずつ静かになる。
「テストも返し終わったので次の話だ」
生徒たちが顔を上げる。
「文化祭について決める」
その一言で教室がざわついた。
「文化祭か」
「来たな」
「何やるんだろ」
この学校の文化祭は一般公開が二日間ある。
近隣からも多くの人が訪れるため、どのクラスもそれなりに気合いが入る。
「まずは出し物を決めるぞ」
そして。
「進行は秋月」
「……はい」
教室の中央付近に座っていた女子が立ち上がる。
秋月凛。
学級委員を務めるクラスメイトだ。
凛は小さくため息をついた。
数分後。
凛は黒板の前に立っていた。
「それでは文化祭の出し物を決めます」
チョークを持つ。
「意見のある人は挙手してください」
真っ先に手が挙がった。
「巨大迷路!」
予想通り蓮だった。
凛は少し考える。
「教室一つで実現可能ですか」
「気合いで」
「却下です」
容赦がなかった。
教室から笑いが漏れる。
別の男子が手を挙げる。
「競馬!」
「馬はどうするんですか」
「ですよねー」
諦めが早かった。
「サバゲー!」
「危険ですので却下」
「カジノ!」
凛は少し考える。
「景品やお金は使えませんが、ゲームとしてならできるかもしれませんね」
黒板に書き加える。
【カジノ】
「おお」
「意外と通った」
「ランウェイ!」
教室が少し笑う。
凛は即答した。
「やってくれるんですか?」
「い、いや」
さらに笑いが広がる。
ようやく女子が手を挙げた。
「縁日は?」
「射的とかヨーヨー釣りならできそうですね」
【縁日】
三はようやくまともな案がで始めたとため息をつく。
「お化け屋敷」
「いいですね」
【お化け屋敷】
「喫茶店とかは?」
色晴が言った。
何気ない一言だった。
「あー」
「それいいかも」
「普通に人来そう」
「二日間あるしな」
「準備もしやすそう」
思った以上に反応が良い。
凛も頷きながら黒板に書き加える。
【喫茶店】
候補の中でもかなり有力らしい。
「他に意見はありますか」
凛が教室を見回す。
蓮が再び手を挙げた。
満面の笑みに三は嫌な予感しかしなかった。
「メイド喫茶」
一瞬静まり返る教室。
「おおー!」
男子側から歓声が上がった。
「いいじゃん!」
「それだ!」
「蓮にしてはまとも!」
「失礼だな!」
蓮も笑っている。
どう見ても本気ではない。
いつもの悪ふざけだった。
教室にも笑いが広がる。
(絶対許可出ないだろ……)
三も凛が許可を出すはずないとそう思っていた。
しかし。
「……喫茶店の派生案としてはありかもしれませんね」
凛が呟いた。
男子が少し静かになる。
「え?」
蓮が固まった。
凛はチョークを持ち書き足した。
【メイド喫茶】
その後も議論が続き、最終的に残った候補は
縁日。
お化け屋敷。
カジノ。
クイズ大会。
そして喫茶店。
文化祭までの日数や準備の手間も考慮しながら話し合いは進み、候補は少しずつ絞られていく。
結果、喫茶店が最も票を集めた。そして喫茶店のコンセプトについて改めて話し合った結果、メイド喫茶が採用された。
蓮は一瞬だけ固まったが、その後は案外平然としていた。男子がふざけ半分で出した案が通っただけだと。
三も少し驚きはしたものの、特に危機感は抱かなかった。どうせ接客をするのは女子だろう。男子は裏方や力仕事を手伝う程度――そう考えていた。
◇
「ははははは!」
高瀬斗真は腹を抱えて笑っていた。
彼は三雲と同じ部活のクラスメイトで、何かと蓮の悪ふざけに付き合うことが多い。
「お前最高だな!」
「助けろ!」
教室の隅では蓮が女子に捕まっていた。
逃げようとするたびに呼び止められている。
「肩幅測るから動かないで」
「なんでだよ!」
「採寸」
「聞いてねぇ!」
斗真はさらに笑う。
「絶対似合うぞ!」
「高瀬ぇ!」
蓮の悲鳴が響く。
その時だった。
「高瀬君」
斗真が声の方へと振り返る。
そこには凛がメジャーを持って立っていた。
「ん?」
「あなたもだから」
「何が?」
「採寸」
数秒。
沈黙。
「……え?」
「男子全員参加」
「え?」
もう一度聞き返した。
「え?」
凛は首を傾げる。
「三雲君だけだと思ってた?」
斗真の笑顔が消えた。
「待って」
「腕上げて」
「待って」
「次の人いるから」
「待ってって」
しかし待ってくれる人はいなかった。
「三雲ぉぉぉ!!」
「俺も被害者だぁ!!」
男子二人の叫び声が教室に響く。
色晴も隣で肩を震わせている。
三は少し離れた席からその様子を眺めていた。
その時。
「坂倉君」
色晴がこちらを見た。
「なんだ」
「他人事みたいな顔してるけど」
その言葉に、三はなんとなく視線を逸らした。
「坂倉君もだからね」
「……」
凛が当然のように頷く。
「男子全員参加です」
三は数秒黙った。
意味が分からなかった。いや、分かっていたが分かりたくなかった。
「参加?」
「参加」
「……」
三は今更になって事態の重さを実感した。
「終わった……」
文化祭準備は、想像していたより騒がしく始まった。




