20話 コンビニの帰り道で
今日は予定がない。
三の夏休みは基本的に予定はない。1人でどこかへ行く気もなければ誰かを誘うなんてできるわけないのだ
仕方なく山積みの宿題を進める。
夏休みとは何なのだろう。
毎年疑問に思う。
休みと言う割には課題が多い。
これで休みを名乗るのは少々無理があるのではないか。
もし先生たちが本気で生徒を休ませる気があるなら、まずこの量を見直すべきだろう。
――などと、どうでもいいことを評論家気取りで考えながら問題集を眺めていた時だった。
「お兄ー」
リビングで勉強していると、咲が顔を出した。
「今日は出掛けないの?」
「出掛けない」
咲は数秒黙る。
それから。
「今年の夏、お兄ちゃん二回も外出したのに?」
「たまたまな」
「彼女できた?」
「1ミリも思ってないだろ」
確かに夏休みに入ってから二回ほど外へ出ている。だが、その事実だけで彼女の存在に辿り着くのはさすがに無理がある。
「友達いたんだ」
「うるさい」
「去年までなら夏休み終わるまで家にいたのに」
「そこまではしてない」
咲は楽しそうに笑う。
そして壁の時計を見る。
「あ、やば」
慌てて立ち上がった。
「どっか行くのか」
「友達と遊ぶ」
当たり前のように言う。
鞄を肩に掛けながら玄関へ向かう。
「じゃあ行ってきます」
「ああ」
「お兄ちゃんも頑張って」
「何を」
「引きこもり生活」
ぱたん。
返事をする前に玄関が閉まった。
静かになる。
三はしばらく閉まったドアを見た。
「……」
引きこもり生活。
失礼なことを言う。
そもそも外に出る必要がないだけだ。
家にいるのは合理的な判断であって、決して引きこもっているわけではない。
だからあいつに言われたことは別に気にしてない。
決して...
◇
「ありがとうございました」
少し歩いた先のコンビニで、アイスと飲み物を買う。
別に咲の言葉を気にしたわけではない。ただ暑かったからアイスと飲み物を買いたくなった。だからこれは引きこもり扱いされたことへの反発ではなく、純粋に気温の問題である。
……と、自分に言い聞かせながら三はアイスをかじった。
棒アイスを咥えながら住宅街を歩いていると、空き地の隅に見覚えのある姿が見えた。
優だった。
しゃがみ込んだ先には、茶色と白の混じった野良猫がいる。
「にゃー」
猫が鳴く。
「にゃー」
それに続いて優も鳴いた。
「……」
三は足を止める。
「にゃあ」
「にゃー」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
何らかの意思疎通を図っているように見える。
三は少し考え、ここは見て見ぬふりをするのが最善だと。
静かに踵を返す。今ならまだ気付かれていない。お互いの平和のためにも、このまま立ち去るべきだろう。
そう思った。
がさっ。
足元の草を踏んだ。
しまった。
と思った時には遅い。
「にゃ?」
猫が振り向く。
続いて優も振り向いた。
数秒。
目が合った。
「……」
「……」
優の動きが止まる。
完全に止まった。
「さ、」
優の口が開く
「さか、」
言葉が出てこない。
数秒遅れて、
「坂倉君!?」
今まで聞いたことがないくらい大きな声だった。
三は思わず少しだけ目を見開く。
猫も驚いたらしく、ぴくりと耳を動かした。
「どうも」
とりあえずそう返す。
優は顔を真っ赤にした。
「い、いつからですか」
「猫が鳴いた辺り」
沈黙。
数秒。
優は両手で顔を覆った。
「全部じゃないですか……」
小さな声だった
優は深く息を吐く。
一度。
二度。
それから肩を落とした。
「……忘れてください」
「善処する」
「忘れる気ないですよね」
諦めが早かった。
少しだけ俯き。
そしてもう一度息を吐く。
すると数秒前までの慌てた様子が嘘のように消えていく。
優は立ち上がり制服のスカートについた土を払う。
優はじっと見つめてくる。
それから小さく肩を落とした。
「まあ……」
諦めたように呟く。
「もういいです」
「切り替え早いな」
「見られたものは仕方ないので」
まだ耳は少し赤いままだったが、それ以上は何も言わない。代わりに足元の猫へ手を伸ばす。猫は慣れた様子で優の指先に頭を擦り付けた。
「懐いてるな」
三が言うと、優は少しだけ表情を和らげた。
「たまに来るので」
「ここに?」
「はい」
優は猫の背中を撫でる。
「最初は全然近付いてくれなかったんですけどね」
猫は気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「名前は?」
「知りません」
優は首を振った。
「野良猫なので」
確かに野良猫だ。
誰の猫でもない。
「だから私は勝手に茶白さんって呼んでます」
「まんまだな」
「分かりやすいので」
茶白さんは優の膝に前足を乗せた。
「……」
三は少し眺める。
さっきまで猫語を話していたのはともかく、優に対して警戒心がまるでない。
「古暮は猫好き」
「好きですね」
即答だった。
「小さい頃からですか?」
「はい」
優は頷く。
「小さい頃、近所にいた猫とよく遊んでたので」
「へえ」
「毎日会いに行ってました」
そう言いながら茶白さんの顎を撫でる。
茶白さんは気持ちよさそうに目を細めた。
「家では飼えないので」
「家の事情か」
「そうですね」
優は少しだけ苦笑する。
「だから見かけた時にこうして遊んでもらってます」
陽に照らされた茶白さんの背中を撫でる優の横顔はとても穏やかだった。
遠くで蝉が鳴いている。
夏の午後は、まだゆっくりと流れていた。
祝20話!
いつも読んでくださりありがとうございます。
最近は更新が滞ってしまい、大変申し訳ありません。再来週には通常通りのペースに戻せる見込みですので、もう少しだけお待ちいただけると幸いです。
飽きっぽい私が20話まで続けられたのは、ひとえに読者の皆さんのおかげです。今後とも、何卒よろしくお願いいたします!




