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16話 いつもと違う帰り道で


「坂倉?」


 振り向くと、色晴が立っていた。


 両手には、明らかに重そうなレジ袋がいくつもぶら下がっている。袋の中で缶や野菜が揺れているのが見えた。


「色晴」

「ちょうどよかった」


 そう言うなり、色晴は迷いなく片方の袋を持ち上げ突きつける。


「悪い、片方お願い」

「え?」

「重いんだよね、これ」


 当然のような言い方だった。


 三が返事をする前に、すでに袋は目の前に差し出されている。


「いや、家の方向ちがうしさ…」

「いいから、いいから」


 半ば押し付けるようにして渡される。三はため息をつきながらも、それを受け取った。

 ずしりと重い。


 中をちらりと見ると、牛乳、玉ねぎ、にんじん、豚肉のパック。いかにも夕飯の材料だった。


「これ全部?」

「今日はちょっと多い日」

「多い日ってどゆこと」

「特売だったから」


 色晴は悪びれる様子もない。そのまま二人は並んで歩き出した。


 住宅街へ続く細い道。夕方の光が斜めに差し込んで、電柱の影が長く伸びている。


「そういえば、体育祭が大成功してよかった。優勝できたし」


 色晴が何気なく言った。


「……まあな」


 三は曖昧に頷いた。


「お疲れ様会の時、坂倉って一年生の子が倒れた子の分の仕事を引き受けてくれて本当に助かった。って先輩が言ってたよ」


「別に、そこまでたいしたことは…」

 「たいしたことだよ。あんた自身、自分の作業で手一杯だったくせに、古暮ちゃんが倒れて急に仕事が回らなくなった時、あいつに頼め、こっちは蓮にお願いしてくれって、淡々と指示出してたじゃん」

 色晴は軽く笑った。

「坂倉君がどう思っているか知らないけどさ。少なくともみんな助かったって褒めてたよ」


三は、自分の出過ぎた行為を、みんなが都合よく良い方向に解釈しているだけなのだと心の中で思った。


 袋を持つ手は慣れているのか、歩き方はぶれない。それにしてもこれを1人で運んでいるのか。

 その視線に気付いたのか色晴がさらりと言った。


「弟がね。最近、底なしに食べるようになったの。育ち盛りっていうか」

「……弟、いるのか」

「いるよ。妹も一年生。あいつら二人とも、地味に騒がしくてさ」

「大変そうだな」

「慣れた」


 あっさりした返事だった。


 色晴は少しだけ肩をすくめる。


「お母さん帰り遅いから、私がご飯作っとかないと、腹減ったって騒ぐし。毎日やってると、さすがに大変って思う時もあるけど」


 三はその言葉を聞きながら、横目で色晴を見る。

 特別なことを言っているわけではない。

 色晴にとってはただの日常の話だ。

 それでも、三の中では少しだけ引っかかるものがあった。


「それ、毎日やってんの?」

「まあね」


 色晴は少しだけ笑った。


「でも別に、やらなきゃ困るし」


 それだけだった。

 重さも愚痴も、そこにはあまりない。

 ただ“そういうもの”として置かれているだけだ。


 三は何も言わず、袋を持ち直した。

 少しだけ重さが肩に食い込む。


 住宅街の道をしばらく進むと、コンビニの明かりが見えてきた。

 その前を通り過ぎる時、色晴がふと思い出したように言う。


「そういえばさ」

「ん?」

「この前、ショッピングモールみんなで行った時のことなんだけど」


 三の足が一瞬だけ止まりそうになる。


「坂倉、迷子の子どもを助けてたでしょ」


「……見られてたの?」

「バッチリね。はじめはスルーしようか悩んでたとこも」

 それはいわなくても

「そこまで…」


 色晴は前を向いたまま続ける。


「なんか、反射的ににやるよね。そういうの」

「偶然だよ」

「ほんとに偶然?」


 軽い声だった。


 責めているわけでも、評価しているわけでもない。


 ただ事実みたいに言っている。


 三は返す言葉を探したが、結局何も出てこなかった。


「別に、そういうの意識してないし」


「うん」


 色晴はそれ以上追及しない。しばらく沈黙が続いた。やがて色晴が少しだけ口を開く。


「今日さ蓮や古暮ちゃんとなんかあったでしょ?」

 ぎくり、と胸の奥が小さく跳ねる。

 思い当たることがなかったわけじゃない。けれど、三はもう普段通りのつもりだった。

 だからこそ、見透かされたような気がして落ち着かない。


「別に」


 三は短く返す。

 色晴はそれを聞いて、小さく息を吐いた。


「そっか」


 それ以上は聞いてはこなかった。

 ただ、少しだけ間を置いてから言う。


「何があったかは知らないけどさ」


 三は横目で色晴を見る。色晴は前を向いたまま歩いている。

「坂倉ってさ」

「なに?」

「無意識に影響を与えるよね」


「良い影響なのか、悪い影響なのかはその時によるんだろうけど」


 その言葉に、三は一瞬だけ言葉を失った。

 図星というより、形のない何かを指でなぞられたような感覚だった。

 そのまま色晴は続ける。

「でもさ、誰かに影響を与えられるって治すべき短所じゃないと思う」


「……」


「むしろ、そういう人の方が少ないと思うしさ」

 色晴は軽く笑う。

「まあ本人はそんなことないって思ってるんだろうけどさ」


 袋が揺れる音だけが残る。


 しばらくして、色晴の家の近くまで来た。


 住宅街の角を曲がると、小さな一軒家が見える。


「あ、ここ」


 色晴は足を止めた。


「ありがと」


 そう言って、三から袋を受け取る。


 手は慣れた動きだった。


「悪かったね」

「別に」

「助かった」


 軽く笑う。

 それから少しだけ間を置いて、


「じゃあね」

「ああ」


 三も短く返す。色晴は家の方へ歩きかけて、ふと振り返った。


「坂倉また今度ヘルプ頼むわ」

「……」

「うそうそ、冗談だよ」


 そう言って笑った。


 三は少しだけ目を細める。


「どうだか」


 色晴は今度こそ背を向けて歩いていった。夕暮れがさらに濃くなる。


 三はその場に少しだけ立ち止まる。


 手にはもう袋はない。軽くなったはずなのに、なぜか肩はまだ少し重い気がした。


 帰り道。


 住宅街の細い道を歩きながら、三は思う。

(誰かに影響を与えることは短所じゃない、か)


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