14話 大成功の体育祭で
最後の種目、軍対抗リレー。
グラウンドを埋め尽くす声援が、四方から一点へと向けられその場にいる人達のボルテージが上がっていく。誰もが息を呑む中、クライマックスへと近づく。
「負けるなあー!!」
「抜け! 抜け!!」
残るランナーは後2人、蓮と団長だった。
三はその光景を少し離れた場所から眺めていた。隣には氷嚢を額に乗せスポドリを口に運ぶ優がいる。
さっきより顔色はだいぶ良くなっている。
だが、まだ本調子ではないだろう。
だから二人とも輪の中には入らず、少し後ろから見ていた。
「あれ、三雲君ですよね」
優が言う。
「三雲だな」
先頭集団の中を走る蓮が見えた。
昔はそこそこ走れるぐらいだったはずだがあんなに早く走れるようになっていたなんて知らなかった。
「あんなに速いんですね」
「知らなかったわ」
蓮の走る先には団長が手を出して待ち構えていた。蓮が団長へと力強くバトンを渡す。
「あとはお願いします!!」
「任せろ!」
団長はバトンを受け取ると同時に地面を蹴った。背後に青軍のアンカーが迫ってくる
最終コーナーに差し掛かる。団長は前を向いたまま必死に腕を振る。その背中を追うランナーとの差はわずかだった。
誰もが固唾を呑んで見守る。
あと少し。
あと数十メートル。
最終コーナーを抜ける。
残る直線はあとわずか。
団長は歯を食いしばりながら前へ出る。背後から迫る足音は近い。それでも振り返らない。
「いけぇぇぇぇ!!」
誰かの叫びが響く。
ゴール前。
白いテープが夕日に照らされて揺れていた。
団長は最後の力を振り絞るように一歩踏み込む。
次の瞬間――。
胸でゴールテープを切った。
歓声が爆発する。
グラウンド中から上がった声が重なり合い、まるで地面そのものが震えたようだった。
軍の生徒たちが一斉に団長の元へと駆け出していく。蓮も団長も、すぐに人の輪へ飲み込まれていった。
三はそれを見ながらほっと息を吐く。気づけば勝敗に一喜一憂していた。
隣で優も歓声の方を見ている。風が吹きグラウンドの熱気が少しだけ和らぐ。三はしばらく人の輪を眺めていた。蓮たちの笑い声が遠くまで届く。
「坂倉君」
不意に優が口を開く。
「ん」
「一つ聞いてもいいですか」
三は首だけ向けた。
優は前を見たまま言う。
なんだろう、と三は思う。
倒れた時のことか。
それとも軍のことか。
だが。
「なんで、そんなによくしてくれるんですか」
その言葉に三の思考が止まる。血の気が引いていく。
ついさっきまで耳を埋めていたはずの熱狂が、急に薄い膜の向こうへ消えていく。
代わりに、自分の鼓動だけがやけに大きく激しくなっていく。
なんで。
どうして。
そんなことを聞かれても。
分からない。
優が倒れたから。
ただの穴埋めが必要だったから。
リーダーだったから。
いくらでも理由はある。
けど違う。
保健室まで送った。
本を貸した。
傘を貸した。
気づけば、何度も自分から関わっていた。
おかしい。
誰かと必要以上に近づかない。
そう決めていたはずだった。
なのに。
また。
また同じことを繰り返しているんじゃないか。
そんな考えがよぎる。
気づけば。
「……ごめん」
口から言葉が漏れていた。
優が目を瞬かせる。
「え……?」
三自身も、何に謝ったのか分からなかった。
ただ。
けどそれしか出てこなかった。
「いや」
三は首を振る。
「なんでもない」
それだけ言った。
優は何か言おうとして。
結局、何も言わなかった。
しばらくの間、沈黙が続いた。
遠くでは蓮たちが騒いでいる。
みんな笑っている。
体育祭は大成功だった。
本来なら。
喜ぶべき時なのだろう。
「……じゃあ」
三は視線を逸らした。
「俺、もう行くね」
「あ……はい」
短い返事。
三はそのまま歩き出した。
歓声の中心へ向かうわけでもなく。
誰かを呼ぶわけでもなく。
ただ人の少ない方へ。
一人で。
歩いていく。
優はその背中をずっと見つめていた、
◇
三は人気のない校舎へ向かっていた。
背後ではまだ歓声が続いている。軍対抗リレーの興奮は冷める気配もなく、蓮たちの声もどこかから聞こえてきた。
胸の奥がざわつく。
息が苦しい。
理由は分からない。ただ、あの場所にこれ以上いれなかった。
気づけば校舎のトイレへ駆け込み、一番奥の個室に入る。鍵をかけ、壁にもたれかかるようにしてようやく息を吐いた。
心臓がうるさい。
頭の奥では、さっきの優の言葉が何度も繰り返されていた。
――なんで、そんなによくしてくれるんですか。
考えたくない。
それなのに、言葉は勝手に頭の中を巡り続ける
◇
体育祭の翌日。
軍リーダーたちのお疲れ様会が開かれた。
蓮も色晴も参加したが、三の姿はなかった。
「欠席?」
「らしいね」
色晴がスマホを見ながら答える。
「マジかよ」
蓮は苦笑した。
「こういうの嫌いそうだもんな」
そう言いながらも、どこか引っかかる。 体育祭の最後も、気づけばいなくなっていた。
まあいいか。
休み明けに聞けばいい、と。




