12話 前触れ
そんなこんなで日が過ぎ、気づけば体育祭前日となっていた。
グラウンドには赤と白のテントが並び、朝まで何もなかった場所に机や椅子が運び込まれている。引き直された白線はまだ真新しく、明日の本番を待っているようだった。
授業こそ午前で終わったが、午後からは準備で大忙しだ。 三も例外ではなく、軍のメンバーとして備品運びに駆り出されていた。
「重っ……」
段ボールを抱えながら思わず声が漏れる。荷物を運ぶために駆り出されたはずなのだが、慣れない力仕事に苦戦する様子はどう見ても戦力とは言い難い。足を引っ張っているのが荷物ではなく三なのではないかと思うほどに。
「坂倉君、まだまだありますよ」
隣を歩く古暮さんが余裕そうに口端をあげる。三は段ボールを抱え直した。
「古暮さんは平気そうですね」
「慣れているので」
さらりと言ってのける。
生徒会と軍のリーダーを兼任している彼女は、朝からずっと走り回っていた。グラウンドで先生と話していたかと思えば、次は校舎へ向かい、しばらくするとまた別の場所にいる。準備を始めてから何度も見かけたが、その度に違う仕事をしていた。
よく疲れないな、と素直に思う。
少なくとも三なら途中で投げ出している。
⸻
時間はあっという間に過ぎていった。テントの設営が終わり、用具の配置も決まり始める。山のようにあった段ボールも次第に数を減らし今では残り一つとなった。
グラウンドにいた生徒たちは徐々に帰り始めていた。
「終わったー!」
蓮が大げさに両手を上げる。
「まだ片付け残ってるけど」
優しくない現実を色晴が告げた。
「えぇ……」
心底嫌そうな声が返ってくる。今回ばかりは蓮だけでなく全員が同じ気持ちだった。
そんな二人のやり取りを聞きながら荷物を運び終えた頃には、空はすっかり夕焼け色になっていた。
解散したあと三は校門へ向かう途中でふと足を止め見上げると、生徒会室に明かりがついているのが見えた。
窓越しに見える人影。優が机に向かい、書類を整理している。
グラウンドで見かけてから、もう何時間経ったというのにまだ帰っていないらしい。
少しだけ気になったが、結局そのまま帰路についた。
ただ、生徒会室の灯りだけは妙に印象に残った。
⸻
翌朝。
校門をくぐった瞬間、いつもと違う空気が三を迎えた。
普段より早い時間だというのに、生徒たちの声があちこちから聞こえてくる。グラウンドに並ぶテントや掲げられた軍旗、色違いの鉢巻が学校を赤と白で彩っていた。
体育祭特有の高揚感に包まれた校内を歩きながら、三は教室へ向かう。その途中、廊下の向こうに見覚えのある姿を見つけた。
仕事中らしく、先生と何かを確認しながら早足で歩いている。
昨日も遅くまで残っていたはずなのに、手には数枚の書類があり、その表情もどこか慌ただしい。
三の視線に気付いたのか、優がこちらを見る。
「おはようございます、坂倉君」
すれ違いざまにそう声を掛けられる。
「おはよう」
短く返す間にも、優の足は止まらない。
昨日も遅くまで残っていたはずなのに、もう動き回っているらしい。いったいいつ学校に来たのだろうか。
そんなことを考えているうちに、古暮さんの姿は廊下の向こうへ消えていった。
◇
三が参加する競技は綱引きと玉入れだった。自分で希望した記憶はないので、クラスの誰かが割り振った結果だろう。特に異議もなかったため、そのまま受け入れている。
その後、午前の部の競技が始まった。
綱引きは思った以上に体力を使った。開始の合図と同時に全員で綱を引く。たった数分の競技だというのに、終わる頃には腕がじんわりと重くなっていた。
競技を終えてテントへ戻る途中、ふとグラウンドの反対側に古暮さんの姿が見えた。昨日の準備でもずっと動き回っていたはずだ。休む暇はあるのだろうか、と少しだけ思った。もっとも、本人はそんな様子を一切見せていないのだが。
その後の玉入れも慌ただしく終わった。
結果がどうだったのかはよく覚えていない。周囲の歓声や応援の声に混じりながら玉を投げ、数えられている時にはすでに疲れ切って結果を気にする余裕もなかった。
気づけば午前の部も終盤に差しかかっていた。
昼が近づいたころ軍の集合場所へ向かっていた三は、少し離れた場所を歩く優を見つける。
手には数枚の書類が握られていた。今日だけで何度見かけただろうか。先生と話している姿、生徒会の仕事をしている姿、リーダーとして先導する姿。気づけばいつも忙しそうだった。
その背中は普段と変わらないように見える。だからこそ、最初は気のせいだと思った。
優の足取りがわずかに揺れたのだ。
疲れているのだろうか。
そんな考えが頭をよぎった次の瞬間、今度ははっきりと身体が傾く。
三は思わず足を止めた。
嫌な予感が胸の奥を掠める。
「古暮さん?」
呼びかける。
しかし返事はない。
そのまま歩こうとしているものの、足元はどこかおぼつかなかった。
そして、ぐらりと身体が大きく揺れる。
手にしていた書類が指の間から滑り落ちた。
心臓が嫌な音を立てる。
次の瞬間、優の身体は糸が切れたように前へ崩れ落ちた。




