10話 軍ミーティング
軍ごとのリーダーミーティングは、放課後の特別棟三階――視聴覚室で行われるらしかった。廊下を歩きながら、三はすでに少し後悔していた。
「うわ、人多そ〜」
前を歩く色晴が視聴覚室の扉を見ながら苦笑する。
「まぁ体育祭だしな! 盛り上がってこーぜ!」
蓮は相変わらず妙に元気だった。
三は何も返さず、小さく息を吐く。
扉の向こうからは、すでに大人数の話し声が漏れていた。
笑い声。机を動かす音。誰かを呼ぶ声。
(……無理そう)
入る前から帰りたくなる。蓮が勢いよく扉を開けた。
「失礼しまーす!」
途端、視界に大量の人影が広がる。
教室より広い室内には、各クラスのリーダーたちが既にかなり集まっていた。前の方では軍長らしき上級生たちが何か準備をしていて、あちこちで初対面同士の会話が始まっている。
三は静かに目を細める。
「え、席どこだ?」
「適当でいいんじゃない?」
色晴と蓮がそんな話をしている横で、三はなるべく端の席へ視線を向ける。
「――あ」
誰かの小さな声。三は反射的にそちらを見る。少し離れた場所。他クラスの女子が、こちらを見ていた。
目が合う。
ほんの一瞬だけ、相手の表情が止まった。
隣を歩いていた蓮も、それに気づいたらしい。一瞬だけ表情が曇る。
けれど次の瞬間には、女子の方が先に視線を逸らした。周囲の会話へ戻るように、何事もなかった顔をする。
三も何も言わなかった。
ただ、胸の奥が少しだけ重くなる。
「三?」
蓮が小さく声をかける。
「……なんでもない」
三は短く返した。
そのまま四人は後ろ側の席へ座る。
色晴は周囲を見回しながら、
「うわ、知らない人ばっかだ」
と小さく呟いた。
「大丈夫だって! なんとかなる!」
蓮が明るく返す。その声が、少しだけ空回りして聞こえた。
三は頬杖をつきながら、騒がしい室内をぼんやり眺める。
笑い声。
大きなリアクション。
距離感の近い会話。
昔の自分なら、こういう空気の中へ平気で入っていけたのだろうか。
そんな考えが一瞬だけ浮かび、すぐに消えた。
やがて前方へ一人の男子生徒が立つ。
軍長らしい。
背が高く、声も大きい。
いかにも“中心人物”という雰囲気だった。
「よーし! 集まってくれてありがとな!」
室内の空気が少し静かになる。
「せっかく同じ軍になったんだから、学年クラス関係なく最高の体育祭にしようぜ!」
熱量の高い声が響く。
「勝ち負けも大事だけど、一番は楽しむこと! 終わった時に“この軍で良かった”って思えるような体育祭にしてやろう!」
周囲から拍手が起きた。隣で色晴が小さく笑った。
「なんか、体育祭って感じするね」
「まぁな」
三は適当に返した。
その後は応援練習の日程や役割分担、軍旗の案などを話し合う流れになった。
途中、蓮は知らない相手とも普通に会話を始め、色晴もいつの間にか周囲と打ち解けている。
知らない相手に壁なく話しかけられること。
自然に輪へ入っていけること。
今の自分には、少し遠い。
「坂倉君」
不意に、隣から優が小さく声をかけた。
「……何」
「大丈夫ですか」
三は一瞬だけ視線を向ける。
優は騒がしい空気の中でも、いつも通り静かだった。
「顔、ちょっと疲れてます」
「元からだろ」
「今はいつもよりです」
三は小さく息を吐いた。
「……こういう空気、苦手なんだよ」
「知ってます」
優は静かに答える。それ以上、踏み込んではこなかった。
◇
土曜日の昼前。
三は駅前のロータリーを見ながら、小さくため息を吐いた。
(なんで休日にまで集まってんだ俺は……)
きっかけは昨日の軍ミーティングだった。
応援で使う画用紙やペン、装飾用の材料などを誰かが買い出しに行くらしい。そこで蓮が当然のように、
「じゃあ俺らで行くか!」
と言い出した。
そして気づけば、今ここにいる。
「坂倉君、おはようございます」
後ろから静かな声に振り向くと、優が小さく会釈している。
白い薄手のカーディガンに、落ち着いた色のスカート。学校とは違う私服なのに、雰囲気はあまり変わらない。
「……おはよ」
「早いですね」
「十分前だぞ」
「坂倉君が一番最後かと思ってました」
「偏見だろ」
優が少しだけ笑う。
その時。
「おまたせー!」
聞き慣れた明るい声。
色晴が手を振りながら駆け寄ってきた。
オーバーサイズのパーカーに細めのパンツというラフな格好なのに、妙に様になっている。
「え、二人とも早」
「普通だろ」
「休日集合って大体ギリギリに来るじゃん」
「それはお前らだけだ」
色晴が笑う。
すると今度は遠くから、
「悪い! コンビニ寄ってた!」
と蓮が走ってきた。
「お前が一番遅いのかよ」
「いやほら、みんなの飲み物買ってたから!今日あついからな」
蓮はそう言いながらコンビニ袋を掲げる。
「あ、ありがと」
色晴が素直に受け取る。
優も小さく頭を下げた。
三はみかんジュースを受け取りながら、
「……こういうとこだけ気が利くな」
と呟く。
「“だけ”は余計だろ!?」
駅前に笑い声が混ざった。
四人はそのままショッピングモールへ向かう。 休日の駅前は人が多かった。家族連れ、学生、買い物帰りの人たちが絶えず行き交っている。
蓮と色晴は前を歩きながら、すでに応援の話で盛り上がっていた。
「買い物終わったあとみんなで見て回らない?」
「それめっちゃ良いじゃん」
三は少し後ろを歩きながら、その会話をぼんやり聞く。
隣では優が静かに歩いていた。
「……疲れてます?」
「まだ始まって十分だが」
「でももう疲れた顔してます」
「そんな顔してるか?」
「してます」
三は否定せず、小さく息を吐く。
ショッピングモールへ着くと、まず文房具売り場へ向かった。
色画用紙、ペン、ガムテープ、装飾用シール。
蓮はテンション高く商品をカゴへ入れていく。
「金のモールとか絶対必要だろ!」
「いやどこに使うの」
「雰囲気!」
「また雰囲気で押し切ろうとしてる」
色晴が呆れながら笑った。
三は少し離れた棚を眺めながら、
(こいつら本当に仲良くなるの早いな)
とぼんやり考える。
「坂倉君」
優が小さく呼ぶ。
振り向くと、優が二種類のペンを持っていた。
「どっちの方が書きやすそうですか」
「……こっちかな」
三が黒い方を指差す。
「じゃあこっちにします」
優は素直に頷いた。
そのやり取りを少し離れた場所から見ていた色晴が、にやっと笑う。
「なんか二人、夫婦みたいに会話してない?」
「え?」
三が即座に顔をしかめる。
優も一瞬だけ目を丸くしたあと、
「違います」
と静かに否定した。
「否定早っ!」
蓮が爆笑する。
「いやでも分かる。なんか落ち着いてるよな二人」
「お前らがうるさいだけだろ」
三がそう返すと、「一緒にしないでよー」と笑う。
軍ミーティングで感じた、息が詰まるような疲労感。
あの教室で胸の奥へ沈んだ重さは、いつの間にか少しだけ薄れていた。
三は前を歩く三人を見ながら、小さく息を吐き後を追うように小走りで駆け寄った。
10話まで読んでくださってありがとうございます。最近めちゃくちゃ第五人格にハマっています。気づいたら時間溶けてます。とても怖い。
そして次回もショッピングモール編の続きです。引き続き読んでもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします。




