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尾張のうつけと呼ばれ、家臣にも見放されかけた織田信長だが、実は戦の地形も商いの流れも人の本心も見抜く戦国最強の天才でした 〜蝮の娘と忍びに振り回されながら天下布武を目指すラブコメ戦記〜戦国異聞伝〜  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一
第二章 尾張放浪編 ― うつけ、世を知る

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第54話 三人組

「動かない!」


通りの真ん中で、男が悲鳴のような声を上げた。


吉法師たちが振り向くと、細い道の真ん中で荷車が見事に引っかかっていた。荷台には俵と樽が積まれ、片輪が石の段差にずれてはまり込んでいる。前で綱を引く男は顔を真っ赤にし、後ろで押している店の若い衆も汗だくだ。しかも運の悪いことに、その荷車の後ろには別の荷車が詰まり、そのさらに後ろには買い物帰りの女たちまで足止めを食っていた。


「だからさっき右へ寄せろって言ったろ!」


「寄せたら樽が落ちるんだよ!」


「落とすなよ!」


「無茶言うな!」


喧嘩というほどではない。

だが、あと少しでそうなりそうな熱気があった。


利家が、面倒くさそうに眉をひそめる。


「何やってんだ、あいつら」


小夜は道の先まで目をやって、すぐに状況を見た。


「片輪が石に噛んでる。後ろの荷が重すぎるのよ」


「なら持ち上げればいい」


利家が当たり前のように言う。


「それで済むなら苦労しないわよ」


「済むだろ」


「一人で?」


「二人でも三人でもいい」


吉法師は、そのやり取りを聞きながら荷車をじっと見ていた。

ただ詰まっているだけではない。道が狭い。左右には店先の商品が張り出している。荷車を無理やり押せば、今度は店の品を引っかけるだろう。


「面白いな」


ぽつりと吉法師が言う。


小夜がすぐに横を見る。


「また?」


「まただ」


「面白がってる場合じゃないでしょ」


「こういう時こそ面白い」


利家はにやっとした。


「分かる」


「分からなくていいのよ、あなたは」


その言葉も聞かず、吉法師はもう前へ出ていた。


「おい」


荷車の前で怒鳴り合っていた男たちが、揃って顔を上げる。

吉法師はそのまま真ん中まで歩いていき、荷車の車輪を指さした。


「押しても引いても駄目だ」


「見りゃ分かるよ!」


店主らしい男が苛立った声を出す。


「じゃあどうすりゃいいんだ!」


「荷を半分下ろせ」


吉法師は即答した。


男たちが揃って顔をしかめた。


「下ろしたら積み直しだぞ!」


「なら今ここで喚いて、夕方まで道を塞ぐか?」


その言い方が妙にもっともで、男は一瞬だけ詰まる。


だが、別の男がすぐに言い返した。


「簡単に言うなよ坊ちゃん。樽は重いし、俵も崩れたら面倒なんだ」


そこへ利家がずかずか出てきた。


「重いなら持ちゃいいだろ」


「は?」


「どけ」


利家はそう言うと、返事も待たずに荷車の後ろへ回り込んだ。


「ちょっと!」


小夜が思わず声を上げる。


「そういうとこよ、ほんとに!」


利家は聞いていない。

荷の積み方をざっと見て、一番上の俵を片腕で抱えた。重い。重いはずなのに、そのまま持ち上げる。周りの町人たちが「おお」と小さくどよめいた。


「そこ、空いてるな」


利家が近くの店先を顎で示す。


魚ではなく干し草を売っている小さな店だった。店主がぎょっとする。


「う、うちか!?」


「一個置くだけだ!」


「置くだけってお前――」


「あとで戻す!」


それで押し切るあたりが、いかにも利家だった。


吉法師がすぐ乗る。


「よし、俵はそこへ。樽は下ろすな、転がる」


「分かってる!」


利家はすでに俵を運んでいる。


小夜は深く息を吐き、辺りを見回した。


「……ほんとにもう」


だが、見張っているだけでは済まないと分かっていた。


「そこの子」


小夜が後ろで立ち尽くしていた少年へ声をかける。


「え?」


「棒か板、何か細長いものない?」


「板ならあるけど……」


「持ってきて。早く」


少年が慌てて走る。


吉法師が振り返る。


「何に使う」


「車輪の下へ噛ませるの」


「なるほど」


「今ごろ気づいた?」


「わしは荷を下ろす方へ頭が行った」


「だから、周りを見るのは私の役目なの」


利家が俵を置きながら笑う。


「じゃあ俺は持つ役だな」


「それしかできないだけでしょ」


「十分だろ!」


言い返しながら、利家はもう二つ目の俵へ手をかけていた。


その勢いに押され、さっきまで怒鳴り合っていた店主と若い衆も、ようやく体を動かし始める。俵を受け取る者、荷台を押さえる者、後ろの荷車を少し下げる者。騒ぎは、いつの間にか仕事へ変わっていた。


少年が板を持って戻ってくる。

小夜はそれを受け取り、車輪の前にしゃがんだ。


「そこ、少し持ち上げて」


「俺か?」


利家が言う。


「他に誰がいるのよ」


「言い方が腹立つな」


「いいからやる!」


利家が「へいへい」と言いながら荷車の後ろを持ち上げる。

その隙に小夜が板を差し込む。

吉法師はそれを見て、すぐ店主へ言った。


「押すのは一度だけだ。何度もやるな。板に乗せたら、そのまま斜めに逃がせ」


「お、おう!」


「そっちの荷車は下がれ! 道を空けろ!」


吉法師が声を張ると、後ろで詰まっていた男たちまで慌てて動いた。


「今だ!」


吉法師の声に合わせて、利家が持ち上げ、店主たちが押す。


ごりっ、と重い音がして、車輪が板へ乗る。

そのまま少し滑り、石の段差を越えた。


「抜けた!」


誰かが叫ぶ。


「そのまま右!」


吉法師が続ける。


荷車はぐらりと揺れたが、利家が横から肩を入れて支えた。

樽も落ちない。

荷車はようやく道の端へ寄った。


通りに詰まっていた空気が、一気にほどける。


「おお……」


「助かった……」


「通れる、通れるぞ」


後ろで足止めを食っていた女たちや荷運びの男たちが、ほっとしたように息をつく。


店主は汗だくのまま何度も頷いた。


「す、すまねえ……いや、ありがてえ」


利家は鼻を鳴らす。


「最初からこうすりゃよかったんだ」


小夜が即座に刺す。


「あなたが最初からいたら、荷を持ち上げる前に店と喧嘩してるわよ」


「してねえよ」


「してる」


吉法師が笑う。


「しておるな」


「お前まで言うか」


そのやり取りに、周りの町人たちから小さな笑いが漏れた。


さっきまでただの騒ぎだったものが、今は少しだけ愉快なものへ変わっている。


吉法師は荷車を見て満足そうに頷く。


「やはり、押すより先に軽くするべきだったな」


小夜が言う。


「それだけじゃ駄目。車輪の下に何か噛ませないと、また同じところで滑る」


利家は腕を組む。


「結局、力も要っただろ」


「はいはい、すごかったわよ」


「気持ちがこもってねえな」


「そう?」


「全然だ」


吉法師は二人を見て、また声を立てて笑った。


三人でいると、不思議と物事が前に進む。

自分一人なら思いつきで突っ走る。

利家一人なら力で押し切る。

小夜一人なら状況を見て、最初から余計な騒ぎを避ける。

だが三人揃うと、その違いが妙に噛み合う。


「変な組み合わせだな」


吉法師が言うと、小夜がじろりと見る。


「誰のせいよ」


「おぬしもその中におる」


「私は見張り役なのに……」


小夜は初めて、少しだけ本気の混じった声でそう呟いた。


吉法師が首を傾げる。


「嫌か」


小夜は一瞬だけ黙った。


嫌ではない。

むしろ、城の中でじっと見ているだけより、こうして一緒に動く方がずっと吉法師のことが見える。

ただそれを素直に認めるのが癪なだけだ。


「……嫌なら、とっくにいなくなってる」


ぼそっとそう言うと、利家が聞きつけて笑った。


「いるじゃねえか」


「うるさい」


「見張り役にしてはだいぶ馴染んでるぞ」


「あなたがうるさいからよ」


「何でそうなる」


また三人で言い合いになる。


その様子を見ていた店主が、ぽかんとした顔で言った。


「お前ら……何なんだ、本当に」


誰もすぐには答えなかった。


吉法師は少し考えるような顔をしてから、利家を見た。

利家は肩をすくめる。

小夜は面倒くさそうにため息をつく。


結局、店主の横にいた女が小さく呟いた。


「変な若殿と……忍びみたいな娘と……荒くれ若武者、かねえ」


「そのまんまじゃない」


小夜が言うと、利家が笑う。


「分かりやすくていいじゃねえか」


吉法師は、その言い方が妙に気に入った。


変な若殿。

忍びみたいな娘。

荒くれ若武者。


たしかにその通りだ。

そして、妙に悪くない。


城下を吹き抜ける風が、ようやく通りの熱を少しだけさらっていく。

荷車は動いた。

人の流れも戻った。

だが町人たちの目には、もうあの三人がしっかり焼きついていた。


城下を歩けば、きっとまた言われるのだろう。


――ほら、あの妙な三人組だ、と。

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