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白昼の月


 ところは鍾乳洞。セレーノ支部の入り口からほんの少し離れた、妖石ようせきと思われる石材が特に多く見られる歩道付近。付近と云うのも、歩道からわざわざ外れた岩畳の上に居るからであり、近くの岩肌は今にも滑りそうな程湿っている。歩道があるにも関わらず足元に注意しながらそこまでやって来た少女―――浅倉レイは今、真っ白な飼い猫……基妖獣シルクを眼前に、


「お願いシルク! いや、シルク様! この迷える子羊にご慈悲をー!」

「……」


 凄い勢いで拝み倒していた。そしてその様を、非常に冷めた視線で腕を組むアルに眺められていた。

 くう、と気持ち困惑した様子で鳴くシルクは、足場の悪い凸凹が気に食わないらしく、アルの頭の上を陣取っている。肩ではなく、頭。どうやら濡れている足元も気になって、より高い位置に避難している模様。要するにレイは、そんなアルに向かって両手を合わせ、頭を下げている状態でもある。


「浅倉レイ」

「ん? 何?」

「何をシルクに頼んでるのかは知らないが、どうせ下らないことだろう」

「ちょっと! 下らないだなんてこと―――」

「その下らないことの為に黙ってついて来てなどとのたまって、」


 ここで確認しよう。レイが居る、シルクも居て、アルも居る。妖石、シルク、その二点を以てレイが何を思ってここにやって来たのかはおおよそ推測出来、敏いアルなど既に全てを理解していた。

 だからこそ、だ。



「朝っぱらから僕を叩き起きしたってことで間違いねぇんだな……?」

「……あ、あはははは」



 洞窟内故に、ここでは確認できないが。丁度アルがレイに叩き起こされた辺りで支部にて確認した時刻は、陽が昇った直後を知らせてくれていた。そしてその事実がプラスすることで―――寝起きの悪さ相俟ったアルの機嫌を急降下させるには充分過ぎた。








「おう、お帰り、どうだった?」

「凄かったです!! まるで人魂みたいでした!!」

「お前の表現力の無さはどうなってんだ」


 目的を果たして支部のホームに戻ると、ここを出た数十分前に自分達を送り出してくれたソラがリビングルームで珈琲を飲んでいた。メインホームに居る時でなくとも、この人の朝は異常に早いなぁ、などと思いながらも、レイは思うがままに感想を述べた。

 どうしても見たいんだもん!! という子供のような我儘全開でアルの不機嫌を呆れに変えることに成功―――本当に正解なのか否か定かでないが―――したレイは、昨日こちらに来た際クレイが解説し、イルが教え、ソラが情報をくれた妖石の特性についての興味が爆発していた。

 自分達がルブラにやってきたのが昨日の昼過ぎ、夜までは休息を摂り、それから先にやって来ていたアルとサイも交え簡単な情報のやり取りをしてその日は眠りに就いた。やり取りの内容は無論首都の情勢だとか、改めて城での出来事を振り返ったりだとか、本当に簡単なものである。何より疲労していては元も子もない、と、長旅の疲労を癒すことを最優先させたのだった。


 話は戻って。

 レイが興味を爆発させていた妖石。その特性は妖力に反応して光る、ということだった為、目覚ましもなしに陽の光と共に行動し始めたレイは、足早にシルクを探し始めたのだった。そしてレイの興味は最早執念でもあり、客間の多さと迷宮感に定評のあるセレーノ支部のギルドホームで、聞いてもいないアルが使っている客間を感覚だけで引き当てたのだった―――シルクは基本、アルの寝ている横で丸まって寝ていることが多い―――。本来ならシルクだけで良かったのだが、アルまで叩き起こされることになったのはその為であり、そして話は冒頭に戻る、ということである。

 レイが人魂、と称したのは、妖石が空色に光るその様のことだった。レイの願い―――妖力を使って欲しい、という想いを聞き入れたシルクがぴょんとアルの頭上から下り、岩に着地するよりも早く低空飛行でそこら中を飛んでみせた。元の姿に戻らずともこれくらいは出来るぞ、と云わんばかりにぴょんぴょんと空中を飛び回るものだから、洞穴じゅうの四方八方至る妖石が反応を見せて淡く光り輝き、正しくレイの双眸が光り輝くのと似た色の光が辺りを灯らせたのだ。


「折角シルクが見せてやったっていうのに、人魂はねぇだろ」

「ぐっ……ううん……じゃ、じゃあアルはなんて表現するの?」

「知るか阿呆。そういう文学の話はイルジクトとしろ」


 等間隔に明かりはあれど、陽の光がない為洞窟のところどころは薄暗い。その内部が蒼く輝き煌めいたのだから、表現の方法など幾らでもあっただろう。それを人魂と称すレイの情緒の無さである、本人ですら認めざるを得ない。ちなみにシルクはというと、小さい姿で妖力を使い過ぎて疲れたのだろう、レイの腕の中で丸まって再び眠っている。頼られるとつい張り切ってしまう性格のようだ。

 レイがそんな真ん丸を優しく撫でながら、木製のベンチに座る。アルは二度寝でもするのか、部屋に戻るべくリビングを出ていくようだった。


「あれ、アル寝るの?」

「当たり前だろ、今何時だと思ってんだ」

「他の奴等が起きてくるのもまだ先だろうし、レイも寝て来たって良いんだぜ?」

「私は全然眠くないので! ソラリアさんこそ本部じゃないのにこんな早く起きて、何かしてたんですか?」

「洗濯と掃除、そんで朝飯作る準備したんだけど時間余ったんだわ」

(こ、この人支部でもお母さんする気だ……!!)


 シンビオスのギルドホーム程広くない為色々と時間配分をミスしたらしい。レイはそんなことを考えながら暇そうに珈琲を啜るソラを見ていたが、彼が二度目の洗濯を始め今一度リビングに戻って来ると、シルク共々すっかり寝入る彼女がそこに居た。眠くないとは一体何だったのか、それは誰にも分からない。











「―――ふふっ、」

「? 局長、今日は朝から機嫌が宜しいですね?」

「はぁ? 何言ってんだい、あたしは何時だって朝から機嫌が宜しいだろ?」

「ど、どの口が仰りますか……」


 どうやら普段のグレンの朝は、低血圧故に波乱な模様。無論波乱なのはグレンでなく、エリオなのだが。

 数時間して。時間を決めた訳ではないのだろうが、わらわらとリビングに集まったギルドメンバー達。ランドシーク領の本部とは違い、全員がまとまって食事をするスペースなどは設けられていないセレーノ支部では、大体同じ時間に起きてくる少人数で食事を順番に摂ることにしているようだ。ソラを除いて一番最初に起きてきた―――二度寝組は除外―――クレイとサイが食事を始めた時に目を覚ましたレイは、二人と一緒に食事を済ませて再びソファで未だに丸くなっているシルクを愛でていた。そして現在食事を摂り終え食後の珈琲を飲みながら会話をしているのがグレンとエリオの二人、朝の挨拶よりも早くあくまでも客人であるソラに食事を作らせてしまったことを謝罪するエリオと、妙に機嫌に良いグレンである。


「普段はエリオを含めて数人だからね、皆と一緒の食事だなんて久し振りじゃないか。それに、―――ソラの作る料理は何時食べても美味い」

「へいへい、お前まで俺を料理人扱いすんなっつーの」


 マグカップに指を引っ掛け、丁度横を通り掛かったソラを一瞥しながらグレンが笑う。ソラは呆れた様子でぺしりとグレンの乱れた髪を軽く叩いたが、どうやら彼女もソラに胃袋を掴まれているクチらしい。


「本当に申し訳ありません、ソラリアさん。局長はソラリアさんの作る食事に目が無い物で……お夕飯も楽しみですね」

「お前も案外マイペースだよなエリオ?」


 既にグレンに振り回されているイメージの強いエリオだが、彼も彼でソラの作る食事を随分気に入っているようで、ちゃっかり夜も任せるつもりらしい。食事はここでもソラの担当になるようだ、この局長にこの副局長とはこのことである。


「お前が働き者過ぎるんだ、支部うちでの朝くらいゆっくりしたらどうだい? うちは何時だって朝はこのくらいさ」


 このくらい、というのは、今時刻である丁度午前の十時を回った頃。支部の家事を担うエリオはこれよりも早く起きるだろうが、今日ソラが稼働し始めた三、四時間前よりも早いことはないだろう。


「仕方ねぇだろ、朝やること片してから依頼任務に出掛けるとなると、どうしても朝が早くなんだよ。帰ってからも家事あるし、そんで遂行書類とか書かなきゃでいっそがしいんだこれが」

「……おいこらクレイ、ソラを過労死させる気か。適材適所とはいったもんだがあんまりギルド員を……、」


 さも大したことなさげに語るソラの発言だったが、相変わらずな実務状況に一応釘を刺さんとソファに腰掛けるクレイを見た。けれど結果言葉を止ませることになり、レイはそれにつられるようにして、自分から人一人分空けた先に座るクレイを見て、目をぱちくりさせる。朝食を摂り終えた勢は皆リビングに居るが、クレイは普段と変わらぬ様子で再び書類に目を通していた。


「俺が過労死する前に過労死すんのは間違いなくあいつだっつうの」

「グレンダ、呼びましたか?」

「あーはいはい呼んだ呼んだ。反応おっせぇよお前、ったく……」

「……はい?」


 ソラの言葉に皆が黙って同意し、グレンが呆れを含ませた笑みをくつりと浮かべ、クレイが不思議そうに首を傾げた頃、二度寝から目を覚ましたアルがリビングに顔を出した訳だが。

 薄らとしか理解していない大変な日が近付いているとはいえ、シンビオスは今日も平和だなぁなんて呑気に考えては、満足気に笑うレイだった。ちなみに朝になってもリビングに出てきていない人物が一人居るが、どうせ朝から読書か薬について考えているだけなので、誰も心配はしていないのだった。―――朝食に関しては疾うにソラが部屋まで運んでいることも含めて。












「―――えっと、お城を正面にメインストリートと左に……え、左多くない?」

「レイちゃん、こっちよ」

「あ、はーい!」

「さっさとしろ鈍間」

「何ですってぇ!?」

「二人共喧嘩しないの、アルは直ぐ酷いこと言わない」


 レイ、アル、サイの三人が午後一番にやって来たのは、セレーノ領の首都である要塞都市ソルブス。アルとサイの二人は昨日の時点で嫌になるほど来ている筈のここに再び来ている訳だが、今日の目的は視察や殴り込み……基グレンの付き添い、という訳ではなく、単純な買い出しだった。


『アル、買い出し頼まれてくれ。部品が足りねぇ』


 アルが食事を終えた頃、一度は部屋に戻ったグレンがそうアルに言ったのは記憶に新しく、まぁまぁ朝に弱いアルは面倒臭いと言いたげに表情を歪めていた。


『自分で行けよ』

『昨日の今日でクレイ達に話しておきたいことが山程あってね。サイに頼んでも良いんだが、あの子一人じゃ武器の部品にはちょいと弱いだろ』


 ちらりとサイの方を見て困ったように笑うグレン、ちなみにその時サイはキッチンで食後の片付けの手伝いをしていたのでこちらの話は聞いていない。その頃になって目を覚ましたシルクが、くあ、と小さく欠伸を零した後とことことアルの足元に移動してきたのを拾い上げつつ、さも仕方ねぇな、とアルは溜息を吐いた。


『良いじゃんアル、暇なんじゃないの?』

『そうそう、あ、それじゃあレイも行ってきな。セレーノに来るのは初めてなんだろ? 街中を見ておくのも大事な任務だからな』


 といったグレンの思い付きで、レイも一緒にやって来たのである。サイはそんなレイの保護者といったところだろう。アルとレイの二人だけにすると直ぐに言い合いを始めるので、その点では二人共の保護者なのかも知れない。

 サイに呼ばれ小走りでそちらに向かい、隣に並んでから先程困惑した事実について聞いてみる。


「サイファンさん、この街って路地ばっかりなんですか? と言いますか、左って言われたけど左多過ぎません?」

「ふふっ、そうねぇ。ソルブスはそういう造りになっているのよ」


 そういう造り―――鎧を纏った兵士達が守る城門を抜けると、そこは直ぐにメインストリートへと繋がっている。道の左右には行商人達がこぞって売買を繰り広げているが、その石畳のメインストリートを進む先には、先程レイが立ち止まった大きな広場があるのみで、真っ直ぐ城へと繋がっている訳ではない。漆塗りのような闇色の、けれど職人の技を思わせる精巧な作りをしたシックな街灯が円状に立ち並ぶのと同時に、広場からは四方八方に道が続いていた。最近読めるようになった知識をフルに使って街灯横の看板を読んでみても、方角に合わせた“南通り”やら“東通り”やらが書いてあるだけで、それぞれがどこに繋がっているかなど分かったものではなかった。レイの言う路地、というのもそれらの道のことであり、今三人が入っていった道も、言葉通りメインストリートに比べ大分道が狭く、三階近くあるレンガ造りの建物の間を抜けていくような感覚であった。言っても人が二人以上横に並んで歩くことが出来る道なので、そこまで狭いという訳ではないが、だだっ広く続いたメインストリートを見てからでは狭く感じるのが道理といったものである。


「ソルブスは、セントナフィアと比べてもより“らしい”造りをしている」

「らしい? ……確かに、セントナフィアも随分と入り組んでたよね……」

「そう、まるで要塞のよう。ソルブスはその為に造られているといっても過言じゃないのよ」


 都市の外周をぐるりと覆いそびえ立つ壁、門以外からは何者も通さないと云わんばかりの壁の外には深く塹壕ざんごうが掘られており、城門への道は跳ね橋が架けてある徹底っぷり。城門は夜には閉まるようになっていて、跳ね橋も上がってしまうという。


「……街中がこれだけってことは、お城ってもっと凄いんですか?」

「すげぇどころの話じゃねぇよ、中入るだけでどんだけ何項目のチェックを受けるか……」

「武器まで没収された上真横に兵士が付くから肩身が狭くなるわよね」


 思い出すのも心底億劫だといった雰囲気の二人が昨日どれだけ疲労したのか察したレイだった。












「言い忘れてた訳じゃないんだが、数人保護してる奴等が居てね」


 レイ達が支部を出ている間、グレンは共有しておきたい、けれど書類には記していない情報について話をしていた。


「保護、ですか」

「ああ。脳味噌まで硬化してやがるカタブツな王に、嫌気が差してるまともな奴っていうのは少なからず居るんだ。所謂レジスタンスってやつ」


 朝から位置は変わらずソファに座りながら、考えるようにグレンの話に耳を傾けるクレイ。一方話しているグレンの方は、忌々しそうに吐き捨て、あらぬ方を見ながら頬杖をついていた。


「元はソルブスで人助けやらをしていたらしいんだがね、お前らに連絡を入れるよりも早く、あいつらをここに連れて来たんだ。保護……というより共闘、ってことになるだろう。少人数ではあるけど、ここ暫くの働きを見るに実力はあたしが保証するよ」

「グレンダが保証するなら、私は何も心配しませんよ。味方は多いに越したことはありません」


 グレンの言葉にクレイはにこりと微笑み、では、と派生した疑問を問うてみることにした。


「その方々はここで暮らしているのですよね?」

「二人だけな。元より人数が多くないってのと、既にルブラに移り住んでる奴がほとんどで、ソルブスを拠点、兼根城にしていたのは二人だけみたいだ」

「実力があるとはいえ、今の状況でソルブスを拠点にするのは危険ですからね。何かあった時直ぐに連携を取れるよう、こちらに居て貰うのが得策だと私も思いますよ」

「何より支部うちは人手不足だからな。代わりに任務に出て貰えて大いに助かってる」

「使いっぱしってんじゃねぇか」


 黙って話を聞いていたソラの最もなツッコミは、二人には全く通用しなかった。そして同じく黙って話を……多分聞いていたイル―――相変わらず本を読んでいる―――がぱたん、とその本を閉じ、先程クレイが本当に聞きたかったのだろう一言を吐いた。


「その割に、彼等の姿が見えないようだが」


 自分達よりも早くこの支部に保護されたというのなら、昨日はともかく今日はち合わせてもおかしくないだろう。半日部屋に籠っていたイルだけならともかく、朝早くからリビングルームに居座るソラですらがその姿を見ていないのはおかしいのではないか。クレイが感じた疑問はそんなところだろう。


「ああ、昨日出てったからな」

「は!? 出てった!?」

「あんたが思ってる“出てった”じゃないよソラ、安心しな。……その時が近いってのが、あいつらも分かるらしくてな。元拠点に必要な備品を取りに行くって言ってたよ」


 今日にでも帰って来るんじゃないか? だなんて呑気に語るグレン。一瞬困惑したソラが慌てて損したと云わんばかりに疲れた視線を向けたが、直ぐに同じようにあっけらかんと笑ってみせた。



「……妙ですね」



 和やかになり掛けた雰囲気をブチ壊す担当、真剣な表情なクレイが何の気なしに壁に掛かる振り子時計を眺め、再びグレンを見た。


「彼等の仲間には、妖怪が居るのでしょうか」

「は? また何でそんなことを言い出すんだお前は」


 先程とは違い脈絡のない問いに、グレンはついていた頬杖から少しだけ顔を浮かせてクレイを見返す。


「その時が近いというのが分かる、だなんて、天文学者や感覚の鋭い一部の妖怪だけだと認識していたもので……」

「……言われてみりゃそうだな。近いことは確かにあたしが伝えた、でも昨日になって改めてそんなことを自分達から言い出しやがったんだが……まさかな」

「いえ、良いんですよグレン。妖怪でも何でも、貴女の感覚が味方であると告げているならば、それが人間であろうが妖怪であろうが、何であろうと関係ありませんからね。ちょっとした興味本位です」

「……ははっ! 流石はあたしらのリーダーじゃねぇか、懐の広さが違う」

「光栄です」


 何時もと変わらぬ癖のある笑みを浮かべそう語るクレイに、豪快に笑うグレン。ソラも笑っていたし、イルは異論無さげに話に耳を傾けていた。そう、仲間なら良いのだ。志を同じくする仲間であり味方であれば、それがどうであろうと。


(ええ、関係ありませんよ。人間でも妖怪でも、動物でも獣怪でも、)


「丁度三人が帰って来る頃に戻ってきて下さると良いのですが……、レジスタンスの方々に挨拶が遅れてはギルドの信用問題に関わりますからね」


(“異端”と呼ばれる、―――半妖でも)


 シンビオスの目指す“共生もの”が、そこにあるのだから。



















「―――月が綺麗だな、……見えない? そっか、お前は目ぇ良くないもんな」


 終夜よもすがら月の見える暗闇は遠く、未だ太陽が昇る昼の時刻。日中の月は姿を消すのではなく、明るい陽に照らされて姿を眩ませているだけなのだと、ソルブスの外れ、大樹の森と呼ばれる森林群生の中、木漏れ日の隙間から覗く空を仰いで少年は呟く。彼はそう言っているが、そこから見える空のどこにも、月など窺い知ることは出来ない。けれどそれは彼が嘘を言っている訳ではなく、彼には本当に見えているだけの話。


「嗚呼、もう直ぐだ。もう直ぐあの忌々しい城と、ヒトの王をぶっ潰せる」


 くつりと浮かべられた笑みは言葉とは裏腹に無邪気なもので、まるでゲームの進行を楽しむプレイヤーのよう。


 風が凪ぎ、さわさわと穏やかに揺れる木々の葉。日中はうだるように暑いセレーノ領に居るというのに、少年はニット帽を被ったまま、涼しげに伽羅色の髪を靡かせる。その左頬には、頭上の木々と同じ色をした葉の模様が窺えた。


 突風。


 それと同時に、少年は姿を消す。それを見ていた誰かが居たならば、正しくその表現が正しいだろう。最初から何も無かったかのように、そこに残されたのは閑やかな木々の葉音のみ。

 ただ野を駆ける一陣の風だけが、シンビオスの掲げる“共生”と相対する者の存在を知っていたのかも知れない―――。



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