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終焉の桜吹雪





 深まる闇と無音の街。

 夜の静寂しじまをこれ程までに恐ろしいと感じるのは、金輪際ごめん蒙りたい。




「静か、だね」

「……嗚呼、まったく」



 今や繁華街とは名ばかりの、もぬけの殻となった王都莉江にて。仲間との合流を果たしたレイ及び雷佳は、現在民の目を掻い潜って王宮を後にし、街の中心地へと歩みを進めていた。見慣れた街の変わり果てた姿を改めて目に焼き付けた事で、雷佳は幾分気落ちしているように見える。そんな彼女を少しでも励まそうと、レイは壊れ物を扱うような仕草でその手を握った。


「此処まで来れば、もう安全かな」

「城内に居るよりは安全でしょう。ですが、油断は禁物ですよ。操られている民の総数は測り知れません。何処に紛れているとも限りませんから」


 クレイの忠告を受け、レイは反射的に握った手に力を込めた。今の所、民の大多数は王宮内、もしくは王宮付近で当てどもなく彷徨を続けている。要するに王宮を離れれば遭遇の確率は格段に下がる事になるが、彼の言う通り注意するにこしたことはないだろう。

 気を引き締めたレイは、集った仲間も同様に緊張を走らせている事に気付いた。新たな戦友を交えた事で、事態は鎮静から好転へと移り変わりつつある。ただし残る課題も少なくはなく、完全勝利まではあと一息といった所だ。安堵するにはまだ早いと言わんばかりに、誰もが真一文字に口を引き結んでいる。


「さて、先ずは状況を整理してぇんだが」


 すっかりバイタリティを失くしている街の最中で、よく通る声を響かせたのは、新たな戦友―――ソラリア・スタンリーその人である。歩く道すがら簡易的な自己紹介を済ませ、名前だけは聞いた事のあったレイが「ソラリアさんって男の人だったんですか!?」なんてとぼけた発言をして張り詰めた空気を少しばかり和ませたなんていうエピソードはこの場では割愛させてもらう事にして。一行は、それぞれ神妙な面持ちで頷きを返した。




「楼銀に乗り込んで来た妖怪は三人。アドルファス・フレイムザイン、デクスター・バラード、アーティリー・ケアル。この内アドルファスは既にアルが撃破してる。アーティリーはサイと交戦、これは未確認だが大嵐が消えたって事は撃破したと見ていいだろう。最後にデクスターはクレイとイルで応戦、激戦の末現在捕縛中と。そうだな、クレイ?」



 違いありません。にこやかな返答を確認したのち、ソラは続ける。



「で、だ。今この場に居ねぇ仲間の安否も気になる所だが、今は一刻も早くこの国の奴らを元に戻す事を考えねぇとな。要は国民を操ってる―――アルテミスなんたらっつうのを全部壊せば、洗脳は解けんだろ?」

「簡単に言っちゃいますね、ソラリアさん……」


 気持ち先程よりも歩調を速め、ソラは強気に口角を上げてみせた。状況を把握して尚この笑顔、何とも大物の気配を感じたレイは苦笑を零すしかない。

 始めて顔を合わせた当初の軽快な態度はなりを潜めるどころか、その横顔には仄かな焦燥すら感じられなかった。大分体力を消費しているであろう身体で待機しているアルや、睡眠薬によって眠ったままのイル、そして今現在消息すら掴めないサイが気掛かりなのはソラも同じなのだろうけれど、それを上回る確かな信頼感が、彼等の中にはあるのだろう。それは、これまでシンビオスの一員として行動を共にしてきたレイが良く知る所である。



 一刻も早く、仲間の無事を確認したい。

 その為に、今やるべき事は。





「あれですソラリアさん、あの鉄塔の上!」


 長年探し求めていた仇敵を見るような鋭い眼差しを向け、レイは精一杯声を張った。

 彼女が指差すのは遥か上空、莉江一の高さを誇るというだけあって少々頂が霞んで見えるものの、其処には確かに最後に残ったアルテミスフューチャー005(青)の姿が浮き彫りになっている。


「へぇ、あんな所に置き去りにしてやがったか。……ちょこざいな」


 不敵に笑みを携え、ソラは何処かしら余裕のある仕草でワイヤーを取り出した。


「良かった、これで妾の民達は元通りに―――」



 雷佳の隠しきれない喜びが満面に広がったのも束の間。

 不自然な形で忽然と、彼女の声が途切れた。


「……雷佳?」


 確かに繋がれていた筈の手が、何時の間にやら離れている。瞬時に希望を掠め取る嫌な胸騒ぎ。一体どうしたのかと振り向いた途端、大きく心臓が跳ね上がったのが嫌でも分かった。

 松明が揺れ躍り、ギョロリと剥き出しになった瞳と視線がかち合う。








「ミ 見ツケタ、姫、 ―――殺 ス」

「くぅ……っ!」


「雷佳っ!!」



 悲鳴に近い叫び声が、喉を食い破る勢いで口をついた。

 背後から首に腕を絡められ、身柄をがっしりとホールドされた雷佳は、苦しげに呻き声を洩らしている。傀儡と化した民の口許が、ゆっくりと笑みの形に歪んでいく。掲げられた得物がその鋭利さを主張するように、鈍く月光を弾いた。限界まで伸ばした手は寸での所で届かず、虚しく宙を掻く。一連の動作が、見開かれた瞳にスローモーションのように映り込んだ。




「レイ、頭下げろっ!」


 鋭く飛んだ指示に反応するよりも早く、クレイがレイの頭を庇うように押さえてくれた。地に伏せると同時に高速で頭上を霞めたワイヤーは言わずもがなソラが放ったもので、一直線に頂を目指してぐんぐん鉄塔を登っていき、






 ―――ガシャアン!


 高みに鎮座していた最後の砦は、脆くも崩れ去った。ピアノ線ほどの細さのワイヤーは見た目以上の切れ味を発揮してくれたようで、リーダーお手製のアルテミスフューチャー005は、これで全てが沈黙した事になる。一丁上がりっと。ソラの得意げな一言を合図として、雷佳を拘束していた民はどさりと地に倒れ伏した。


「大丈夫、雷佳っ!?」

「怪我ねぇかい、姫さん」

「間一髪、でしたね……」


 恐る恐る瞬きを繰り返していたレイが先ずもって雷佳に駆け寄り、次いで素早くワイヤーを回収したソラがその様子を見て頬を緩め、最後に全員の無事を見届けたクレイが胸を撫で下ろすといった図式である。


「あ、嗚呼、妾は平気だ……」


 各々の呼び掛けに遅れること暫し、我に返った雷佳は慌てたようにこくこくと頷いてみせた。続いて動力源を失った民に視線を滑らせると、そっとしゃがみ込んでその背中に小さな手を添えている。

 優しく細められた眼差しには紛れもない慈愛が込められており、それは見間違いようもなく一国の王女たる姿だった。


「民も、シンビオスのみなにも済まないと思う。妾のせいで、このように大きな戦火に巻き込んでしまった。詫びる言葉も見付からぬ」


 肩を落として委縮する雷佳の声はくぐもっている。

 決して広いとは言えない肩が担う責任の重さ。震える細腕が支える国という単位の大きさ。この場に居る誰ひとりとして、きっと想像を超える共感など出来はしないけれど。



「ねぇ雷佳」




 彼女を想う気持ちだけは、この国の民にだって引けを取らない自負があるのだ。



「雷佳が謝る事は何もないんだよ。そりゃあ最初は任務だからって雷佳に協力してたけど、今はそれだけじゃないんだから」


 雷佳の隣に腰を下ろしたレイは、訥々と語りかける。彼女の誠実な人柄や真っ直ぐな志に触れて尚、私情を挟むなという方が無理な話だ。民の誰からも愛され、慕われている理由が、今なら良く分かる。そんな彼女だから、力になりたいのだと。拙い語彙力では伝えきれない想いは有りっ丈の笑顔で補う事にして、持てるだけの言葉で素直な気持ちを告げよう。

 レイは両手を伸ばし、雷佳の頬を包み込んだ。かつて、彼女がそうしてくれたように。



「私は―――、ううん、私達は私達自身の意思で、此処に居るの」

「レイ……。ありがとう。みな、感謝している」


 凛とした声音を滲ませて、雷佳は深々と頭を下げた。次に顔を上げた時には勝気な瞳を取り戻していて、この国を象徴するに相応しい桜色には少しの変化も見られない。

 心強いと、思わずにはいられなかった。今此処に立つ全員、勿論この場に居ない仲間も含めて、残らず彼女の味方なのだから。クレイとソラも、レイの言葉を裏付けるように揃って笑みを広げてくれた。


「レイの言う通りだ。俺達が勝手に首突っ込んでんだから、姫さんが詫びる事はねぇだろ」

「まぁ、謝罪ではなく謝礼というのであれば、謹んで受け取る所存ですがね」

「おっまえはホント、いっそ清々しいくらいあざといなクレイ」

「―――さて、感傷に浸るのも結構ですが、エトリーレの解毒を急がねばなりません」


 ソラのツッコミを鮮やかにスルーしつつ、我らが司令塔による弁は滞りなく続く。


「ソラリア、解毒薬は持っていますね?」

「おうよ」


 早速取り出された解毒薬は、見た事もないような不思議な色をしていた。閉じ込められた星屑のようにしきりに輝きを放つそれは、今の彼等にとって深海に眠る財宝にも匹敵する価値がある事だろう。サラサラと適量を小瓶に移し取りながら、クレイは休む事無く指示を飛ばし続ける。



「私はイルジクトに解毒薬を持って行きます。レイさんはアルスを迎えに行ってあげて下さい。ソラリアはサイの救出を頼みます。雷佳姫、お手数ですが案内をお願い出来ますか?」

「うむ、任せるがよい」

「ありがとうございます。……残る問題は、民の解毒をどうするかですね。此処に居る全員で手分けしたとしても、とても間に合わないでしょう」


 楼銀における人口は、莉江都内に限定しても二千五百万人をゆうに超える。更に国外から招いた賓客も少なくはなく、正確な累計を叩き出せば眩暈がしてくる程の数である事は疑いようもない。それだけの人数の解毒となれば、どんなに死力を尽くそうと全ての民を救う事など出来はしないだろう。

 どうしたものですかね。溜息に乗せた小さな呟きに、仲間の注目が集まった。細い瞳を更に細め、クレイは十八番である策略を巡らせているようだったが、中々名案が浮かぶ様子は見られない。ついに万策尽きたかと周囲が沈痛な面持ちになりかけたその時、




「あのう、クレイドさん」


 ふと思考を止めたクレイは、声の主に顔を向けて片眉を上げた。失礼ながら意外に思ったのはクレイだけではなかったようで、発言者を除いた全員が、それぞれ驚きの表情を浮かべている。


「私に考えがあります」



 おずおずと進言を申し立てたのは、レイだった。


















「目が覚めましたか? イルジクト」



 夢の続きのような静けさの中。

 気紛れに降り注ぐ落ち葉に混じって、穏やかな微笑がイルを覗き込んでいた。


 風通しの良い小高い丘の上、大木と隣り合って安静に横たえられた身体はまだ少し重くはあるけれど、良く眠ったおかげか妙に頭が冴えている。脳裏に蘇るのは、当分忘れられそうにない激戦の記憶。どれくらいの時間意識を飛ばしていたのかは定かではないが、体内時計が正常な感覚を取り戻す前に、イルは勢い良く半身を起こした。珍しくも動揺を見せる彼の両肩を押さえたクレイは、そのままゆっくりと大木に寄り掛からせる。


「あまり動かないで下さいね。つい先程解毒薬を投与したばかりで、副作用もあるでしょうから」

「クレイド……、……!? 妖怪達はどうした、民はどうなったんだ」


 王女は、他の仲間達は、と立て続けに詰め寄られたクレイは、そんな彼を落ち着かせるように朗らかに微笑みを浮かべ、


「心配要りませんよ、イルジクト。じきに全て終わりますから」


 何やら意味深に目の奥を光らせたクレイは、くるりと首を動かして精密な狙撃銃さながらの正確さでターゲットを捕捉する。




「―――貴方も起きていますね、デクスターさん?」


 クレイの視線が捉えたのは、イルが背凭れる大木の向こう側。樹木が生い茂る木々の隙間で寝かされていたデックは、ぎくりと身を震わせた。クレイの人間離れした戦いぶりがよほどトラウマになっていると見えて、答える前から涙目のデックである。


「なっ、なんすか、まだ何かあるってんですか」

「ええ、大いにありますとも。貴方には言いたい事も訊きたい事も山積みなんですよ。まず一つ、貴方がたが仕掛けた罠は、エトリーレとアルテミスのみですか?」


「…………アトラントローザとアテナディファシア―――リーダー発明の、効能拡散機と電波妨害装置も仕掛けたっす」



 やはり、とクレイは得心した。

 エトリーレがばら撒かれたのは、効能が現れるまでの時間を逆算すると、丁度パレードの最中という事になる。その短時間で効率よくかつ満遍なく街中にエトリーレを広めるには、やはり何らかの特別な機材が必要である筈なのだ。その読みは、どうやら外れていなかったらしい。因みにシンビオスの通信を阻害していた電波妨害についても、雷佳に確認した所「我が国は電波を妨害するような措置など取っていない」という事だった。彼等の仕業である事は明白である。


「二つ。それらを何処に仕掛けましたか」


 抑揚を欠いた淡白な口調で、クレイの詰問は続く。


「はん、其処までは教えてやらないっすよう。精々血眼になって探し回ればいいんすよ」


 最後の抵抗のつもりなのか、ごろんと寝返りを打って二人に背を向けるデック。やれやれ、と何処か芝居じみた溜息を零したクレイは、さも憐れんでいるような表情を作った。


「口を割らないのであれば仕方ありませんね。出来ればこの手は使いたくなかったのですが……、火と水と鉄、どれがお好みでしょう」

「? 何の話っすか」

「おや、ご存じありませんか? 頑固な敵から手っ取り早く情報を得るための、古典的な方法ですよ」



 つまり、拷問です。

 言い放ったクレイは何処までも爽やかな笑顔を貫いていたものの、全くもって冗談が通じそうにない気配を漂わせている。流石に危機感を感じたデックは、ひく、と蒼白な顔を引き攣らせて身を捩った。


「おっ、鬼ィ! あんた鬼っすよ!!」

「妖怪の貴方に言われたくありませんね。……嗚呼、そういえば貴方は土の妖怪でしたよね。いっそ生き埋めにするという手もありますが、いかが致しましょう?」


 いかがも何も、選択肢が増えた所でちっとも嬉しくない。

 鬼の方がよほど優しく見えるような酷薄な笑みに、デックの顔色は蒼白を通り越して土気色へと変わっている。最早蛇に睨まれた蛙にしか見えないデックを見兼ねたのか、小さく溜息を吐いたイルがさり気なく助け舟を出した。



「悪い事は言わん、素直に教えた方が身のためだぞ。こうなったクレイドは、ひと欠片の容赦もないからな」

「~~~っ、二つ共パレードに使った馬車の下っすよ畜生!」


「―――だそうです。直ぐに王宮へ向かえますか、ソラリア?」

『オーケイ、此処からならそう時間はかからねぇぜ』

「レイさんも、準備は宜しいですね?」

『はいっ、何時でもばっちこいです!』


 此処で初めて、イルはインカムの電源がオンのままになっていた事に気付いた。通信相手の声が、彼の耳にもダイレクトに流れて来る。王宮から離れているこの場所からの通信であれば、電波妨害の影響も少なくて済むようだ。どうやら無事に楼銀に辿り着いていたらしいソラや、相変わらず元気そうなレイの声にほっとする間もなく、慌ただしく通信は途絶えた。


「ああそうだ。一番大事な事を言い忘れる所でした」


 通話を終えたクレイはポンと手を打ち、此処一番の笑顔でデックを見下ろす。次の瞬間見開かれた緑黄には、イルの証言通りひと欠片の容赦もなかった。



「三つ。次に楼銀の国境に足を踏み入れた暁には、地獄を見るのは貴方がたの方だと肝に銘じておきなさい」

「ひっ……」


 鋭い視線に射竦められたデックは今にも卒倒寸前である。その後暫くの間、彼が口を開く事はなかった。








 ―――ドオオオォン!!


 それから程なくして。そう時間はかからないと言っていたソラの宣言通り、事態は唐突にして急展開を遂げた。派手な轟音が丘の上にまで轟き、高く上空に舞い上がったそれは、打ち上げ花火のように細かな粒子を波状に広げていく。瞬く間にすっぽりと街中を覆ってしまった正体不明のそれを見遣り、イルは怪訝そうに眉を潜めた。



「あれは何だ……?」

「ソラリアが持って来てくれた、解毒薬ですよ」


 口を付いたシンプルな問いに、クレイが説明を加える。


「彼等のリーダーが携えていた―――アレクサンドラヴィーナス、というそうですが、まぁ名称はどうでもいいのです。それで解毒薬を打ち上げ、妖怪達が仕掛けたのと同じ方法で街中に拡散すると、そういう算段ですよ」

「成程。流石はクレイドだな。」

「いえ、これを立案したのはレイさんなんです」

「……浅倉レイが?」



 思わず瞠目するイルを横目に、クレイはくつくつと面白そうに肩を揺らしている。


 レイ考案による作戦はこうだ。先ずはアルと合流したレイが彼の介抱を務め、更にアレクサンドラ(略)を回収。同時に解毒薬を詰め込んで打ち上げ準備。サイの救出に向かったソラも同様に彼女の手当てをしつつ、街の中心地にて待機。その間にイルの元に向かったクレイが大いに口八丁を発揮し、デックからエトリーレを拡散した方法を聞き出す。そして情報を得次第インカムにて指令を下し、それを受けてレイとアルが共同でアレクサンドラ(略)を打ち上げ、ソラリアが拡散機(仮)を稼働させるといった内容である。考えてみれば単純な話で、要は妖怪達の周到さを逆手に取って利用してしまおうという腹づもりなわけだ。名付けて“目には目を、歯には歯を、エトリーレには解毒薬を作戦!”と、威勢よく片手を上げたレイだった。


「……そうか。随分と逞しくなったものだな」

「大したものでしょう? レイさんがあそこまで作戦に対して精力的になってくれるとは思いませんでしたよ。その上、アルスの助けを借りているとはいえ、あれ程の威力を持った銃器で打ち上げてしまうなんてね。彼女の勇敢な行動力には驚かされてばかりです」



 誇らしげに口角を上げて、クレイは街に降り注ぐ粒子の行方を見守っていた。無言の頷きを返答として、イルも眼下に広がる街の様子を眺める事にする。気紛れにたゆたう粒子はふわりふわりと南風に乗り、やがて丘の上にまで流れてきた。風の向くままに進路を変える不規則な動きを目で追っていたイルは、掌を上向けて粒子の一つを掬い取る。散りばめられた淡く柔らかな光の粒はまるで、




「―――桜吹雪、みたいですね」



 イルの思考を読んだわけではないのだろうが、クレイはにこりと微笑みかけてそう言った。そうだな、と目を細めるイルは、普段余り変化の見られない表情を笑みの形に和らげている。終わったのだ。ようやく。長きに渡る紆余曲折を経て、やっとの思いで掴んだ終焉の二文字。永遠にも感じられた、悪夢のような一夜。この夜が明ければ、街は元の平穏を取り戻している事だろう。喜びを噛み締めずにはいられない。

 澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、イルは心からの呟きを洩らした。



「綺麗だ。……とても」











 後に楼銀を救った六人の英雄と姫君の雄姿は歴史に刻まれ、後世にまで語り継がれる事になる。

 そんな事は露知らず、その後本物の桜吹雪の下で催された宴会は、無限大の姦しさをもって朝まで続くのだった。





 (To the next stage……)




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