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風雲の告げる黎明



 初めて楼銀ここに来て、遠目に見えた王宮に驚きを隠せなかったあの時。心の片隅にもこんなことになるだなんて考えていなかったのは、レイだけでは無いだろう―――クレイやイルは元より影武者の件を知っていたのだから話は別だが―――。そして今、あの時とはまた違った緊張感に包まれながらレイは此処に居る。


 この騒動の始まりの場所、―――莉江の王宮に。







「次の角を左だ」

「おっけい、……よし、誰も居なさそうだね」


 入り組んだ王宮内を、雷佳の指示のままに突き進むレイ。複雑過ぎる造りも長年此処で過ごしてきた雷佳にとっては遊び慣れてしまった迷路も同然なのだろう、的確な指示ですいすいと進み、あっという間に目的の場所へと辿り着いた。しん、と静まり返った王宮に、二人だけの忍んだ足音が響く。人気の無い(とレイが思った)王宮というのは違和感ばかりが先走って些か不気味でもあるが、だからといって歩みを止める訳にはいかない。物音を立てないようにして、ちょうど身体分だけ開いた扉へ身を滑り込ませる。

 皆でお茶を飲み談笑を楽しんだその部屋には、隠せはしないいさかいの痕跡。一際視線を引く一点を見れば、無残に割れた窓硝子の破片が絨毯へと四散していた。


「……クレイドさん、無事だって言ってたよね」


 この有り様を目前にし、そうは思えなかったのが正直な感想だった。自分と雷佳、それにアルがこの場を去った後、他の三人が一体どのようにして危機的状況を切り抜けたのか―――戦闘慣れした人々の第六感シックスセンスによって変わり行く戦況など、レイが分かる筈もない。幾度となく押し潰されそうになる不安が再びレイを襲うけれど、下唇をぐっと噛み締め今一度それを押し殺した。


「雷佳、アルが見てた骨董品って……」

「これだ」


 今やるべきことをやる、それしか出来ないんだから。誰に向けてでもなく力強く頷き、レイは雷佳と共に壁際の骨董品の数々の中のひとつ―――アルの言っていた壺の前へと移動する。


「この中に……あの、最後の奇抜な機械が」

「そろそろ正式名称を忘れそうなものだな」

「ア…………005!」

「レイの中には一文字しか残っておらぬようだな」


 ええいそんなことはどうでも良い! と言わんばかりに雷佳の苦笑を受け流し、身を乗り出して少々大振りの壺を覗き込む。其処にあった物を見て、レイはアルの自分には備わっていない素晴らしい記憶力を認めざるを得なかった。―――禍々しく真っ赤に光るデジタル時計の文字、そしてその色同様の塗装と、最早見慣れてしまったこのフォルム。


「……あった、最後のひとつ」

「そのようだな、……最後は赤か」

「最初から数えて、黒、青、黄、緑、赤。―――何処の戦隊モノよカロ何とかァ!!」


 王宮の主が真横に居るにも関わらず、全身全霊を以ってその壺を蹴り飛ばしながら叫んだレイ。無論分厚い造りの壺が割れることは無かったが、部屋に飾られている骨董品を蹴り飛ばすなど本来ならば言語道断。しかし雷佳はただただ、疲弊した為にツッコミ場所がおかしくなっているのだろうと彼女を心中のみで労わるのみだった。


「もうさっさと壊そう! めっためたにやっちゃおう!」

「最早目の敵だな。……だが、そうしよう」


 雷佳はゆっくりと頷き、壺の中からアルテミス(赤)を取り出す。相変わらずの目に痛いデザインに顔を顰めつつも、今までに見たどの色のアルテミスよりも進んでいる電光の文字に目を細める。この経過時間が指し示す意味はおおよそ掴めている、この戦禍を被ってから、もうそんなにも時間が経つのかと。どうして自分はもっと早くそれに気付かなかったのかと。


「レイ、急ぐぞ」

「? ……うん」


 真摯な視線を向けられ小さく首を傾げるレイ、雷佳の想いに気付いたのかと問われれば否であろうが、それでも首を横に振る理由は無いのだからそれで良いのだろう。

 そう小さくは無いアルテミス(赤)を壊すべく、雷佳はそれを頭上に大きく振り被った。仮にも一国の姫が何かを地面に叩きつけて破壊する様は異様ではあったが、レイよりも雷佳の方が力があるのもまた事実である。不甲斐ないなぁ……そう思いつつふっ、と何かを悟った様に失笑をし、


 ―――たのとほぼ同時、視界に切れて映った光をレイは見逃さなかった。






「雷佳ッ!!」

「む―――ッ!?」


 ガシャンッ!!


 その光の延長線上には―――アルテミス(赤)を振り被る雷佳。彼女を庇おうと地を踏み切ったレイだったが、縺れた脚の所為で雷佳もろとも床へと倒れた。いたた、―――そんな言葉を漏らしている暇は無い、慌てて起き上がり、そして雷佳を起こして、今度こそ彼女を庇うように雷佳の前へと立った。

 レイが捉えた光の正体、それは、松明の光。生ける骸のように精気の抜けたこの街の人々が、雷佳を殺めるべく灯された光。そしてその光が、彼女へ向け飛んできたということは。



「この人達、何で雷佳の場所が分かるのよ……っ!」

「嗅覚や聴覚が鋭敏になっているのか、所謂第六感なのか。はたまた―――妾達の運が悪いのか」

「うわぁ、最後の可能性高いなぁ」


 アルと別れてから幾度も懐を潜り抜けて来た、エトリーレの芳香にて主君に牙を向く民の群れが、たったひとつしか無いこの部屋の扉の外にまで迫って来ていたのだ。投げ付けられた松明は、部屋の中をすり抜けて開いた窓の外へと飛んで行く。レイは視線でその軌跡と共に窓を捉えるも、生憎この部屋があるのは二階だった。普段なら意味すら分からない可能性のあるとある四字熟語がふと頭に浮かび上がる、―――四面楚歌、その一言が。



「姫ヲ、コ、コココロ  ス」

「殺 セ、  シ ネ」


「―――民達の様子がおかしい」

「え?」


 この状況の打開策を巡らせていたレイの横で、雷佳が呟いた。雷佳を一瞥の後民達へと視線を移し、その呟きの正しさにレイは息を呑まざるを得なかった。元より蒼白い表情の他に、カタカタと不自然に身体を揺らす民。耳を傾けてみれば言葉の鮮明さも失われつつある様子で、相手がこの国の民であると分かっていながらも若干の恐怖すら抱いた。


「あの女が言っていた、」

「……女?」

「侍女に扮装していた女だ、―――“時が経つにつれ効力が現れる”……急がねば、民達は助からない」


 民達から視線を外すことなく、張り詰めた空気の元紡がれる雷佳の言葉。一番に助けなければならない民達を想い、雷佳は表情を堅くしているのだ。


「彼等を護るのが妾のすべきことであり、妾の望みなのだ」

「そうだとしても、今この状況どうにかしないと私達の方がやられちゃうよ……!」

「その通りだ、さて、どうしたものか」


 冷静に聞こえる雷佳の言葉、けれど彼女の頬をつ、と嫌な汗が流れるのをレイは見逃さなかった。先程連なって倒れた際取り落としたアルテミス(赤)が民達と自分達の間で刻々と時を刻んでいる。落ちた衝撃で壊れてくれれば良かったのになんて思わなくもないが、音も無く進み続けるそのデジタル画面だけが、張り詰めた空気の中で規則的に動きをみせる唯一の存在だった。






「―――動かないで下さい」


 その声が響くまでは。


「……え―――」


「ギャアッ!!」


 背後から響いた聞き覚えのある声にレイが振り向いた刹那、ふわり、レイは自身の頭髪が風に靡く感覚を覚えた。そしてその直後に前方から悲鳴が上がる。確かに聞こえた筈の声の主は居なかったが、漸く動き出した状況にレイは直ぐ様視界を前方へと戻した。

 其処には、最初にこの部屋に来た時もそうであったように、操られた民達の中の数人が何かの力によって床へ俯せていた。そう、あの時はイルのナイフで床へ縫い付けられたことによって。そして今度は、


「お二人共、ご無事ですか?」

「クレイドさん!」「クレイドッ!?」


 ―――彼の手によって。

 風が凪ぐようにレイの横をすり抜けていった感覚、それが人だったことに対する驚きも、今のレイが考え込むに至ることはない。ただただ目の前に現れた、何時もと変わらぬ柔和な笑みを浮かべた彼―――クレイの存在に、安堵を抱くのみだった。

 しかしふと、レイは別のことを考える。クレイの武器は剣だったような……、そしてその剣は彼がその手にしっかりと握っていて、民達を峰打ったにしては数が多過ぎるような気がする。


(クレイドさんの動きが実は人間離れしてることは薄々気付いてきたけど、)


 特に今の動きとかで。此処は二階である。


(……まぁいっか)


 しかしこんな時でも、レイの頭はそんなものだった。



「クレイド、どうして此処が……!?」

「アルスですよ、本当長おさ使いが荒いんですから。……世間話やお互いの無事を確かめるのは後にしましょう、今の内に逃げますよ」


 薄く細められた双眸に何処か余裕を見せながらも、逃走の旨を二人に伝えてクレイは剣を握り直す。剣の峰と足技を駆使して出口付近に残った民達の攻撃を往なし、床の装飾へと彼等をすり替えていく。


「お二人共、急いで下さい」


 口調の穏やかさとは裏腹に、言葉通りの性急さを孕んだ声音に二人は一度顔を見合わせ頷く。先程抱いた四面楚歌という言葉が嘘だったかのように二人はあっさり一室を後にして、―――から、一番重要なことを思い出した。



「―――あー! アルテミス!!」

「はっ、しまった!!」


 廊下を走り出そうとした矢先に思い出し、二人揃って足を止める―――レイに至っては四文字分名称を思い出す程度には驚いたらしい。さっと振り返って部屋を見るも、先程クレイによってされた筈の追っ手が直ぐ其処まで迫って来ていた。彼等の様子を伺いつつ二人の後に付いたクレイは、その言葉と視線につられちらりと後方を見遣る。そうしてから誰も居ない前方を確認し、最後に剣を持つ自身の手に視線を落とした。


(……あれ?)


 何気ない仕草のひとつとしてそれを見ていたレイだったが、其処で初めて違和感に気付く。何が、と問われれば答は即答出来るが、そうするよりも先にクレイの方がレイの思惑に気付いたのだろう。普段よく、アルと言い合いをしている際に見せる悪戯心を含んだ笑みをレイに向け、あたかも“大丈夫ですよ”とでも言わんばかりに視線で語ってみせた。


「私が行ってきます、お二人はこのまま外に出て待機なさっていて下さい」

「……分かった」

「……」

「……レイさん、雷佳姫を頼みましたよ?」

「……はいっ!」


 自分達に出来ることの少なさに悔しさを抱きながら、レイは力強く、雷佳は渋々といった風に頷いた。雷佳の気持ちはよく分かるレイだったが、このまま立ち尽くしていては袋の鼠である。そっと雷佳の手を取りゆっくりと走り出して、王宮の出口へと向かった。


「雷佳」

「……何ぞ?」

「クレイドさん、―――最初とは逆の手で、剣握ってた」


 大丈夫な訳無いじゃないですか、大声で叫んでしまいたかった。


「私と雷佳以外の皆、街の人も合わせて、沢山怪我してる」


 ひとつ気付いてしまえば後は早い、彼の利き腕はピクリとも動いている気配が無かった。


「それでも戦いは未だ、終わってないんだよね」


 通信先で憎まれ口を叩いたアルは大丈夫なのか、竜巻にたった一人で立ち向かったサイは無事なのか。一度として声の届いていないイルはどうしているのか。ひとつひとつ確実に募る思いがレイに巣食う恐怖心を更に駆り立てる……心配しか出来ない自分が不甲斐なくて堪らない。


 けれど。



「終わってないんだ」



(だったら未だ、弱音を吐く訳にはいかないよね)



 全てはそう、終わってから。始まりがあった以上必ず終わりは来るのだから。

 皆で夜桜を見よう、雷佳とレイの間だけで勝手に結ばれた約束に、皆を巻き込まなければならないのだ。


「そうだな、きっと、後少しだ」

「うん」


 走る最中、心の整理が出来たのであろう雷佳の力強い言葉を聞いて、レイは笑った。何処か力強い、彼女らしい明朗な笑顔で。















「よし、外に着いた―――」

「レイ! 危な―――」


 バァンッ!!


 外に出れば心機一転、頑張るぞう! なんて考えていたレイ、そして隣の雷佳の頭上から瓦礫の山が降ってきた。様々な抗争が相次ぐ王宮の壁、及び屋根が脆くなって落下してきたのだろう。雷佳の慌てた声にえ? と乾いた声を上げ、レイが頭上を見上げようとするより前に、―――彼女の頭上数メートル上で大きな破裂音が響いた。

 彼女達に降り注ぐ筈だった瓦礫は、変わることなく彼女達へと降り注いだ。しかし形状は大分異なり、瓦礫と言うよりは土砂、レイと雷佳が抱く筈だった痛みは、何故か砂煙による煙たさへと変化していた。


「大丈夫かよ、お二人さん」

「へ?」


 前方より聞こえた声につい素っ頓狂な声を上げてしまってから、晴れやかになった視界の向こうから現れた青年の存在に気付く。にっと人懐こい笑みを浮かべて直ぐ近くまでやって来るのを、多少なりとも警戒する二人。


「あーあーすっかり砂塗れ、悪いな、二人を引っ張ってやれる太さのワイヤーはクレイに貸しちまっててよ」

「クレイ……え? クレイドさん? っていうか……あんた誰?」


 どうやら先の瓦礫を粉々に破壊してくれたのは彼らしい、発言からそう悟るも、それよりも気になったのは彼の口から発されたクレイ、という言葉だ。自然な動作でレイと雷佳が身体に(不可抗力ながら)纏った砂埃を彼に掃われる、別段悪い人な気がしなかった為良いのだが、今現在シンビオスの皆と雷佳以外に正常な人が居ることに対する疑問は大いに感じた。そんな思いからつい遠慮せずにそう尋ねて首を傾げれば、


「……くっ、ハハッ! そういや初対面か!」


 この緊張感しか漂わない現状で、朗らかに笑い飛ばされてしまった。どうやら自分と同じ属性の人間らしい、レイは密かに考える。


「いやぁ悪かった、初対面前に砂被せる馬鹿が何処に居るって話だよなぁ。……あ、こちらさんお姫さん?」

「う、うむ」

「無事で何よりっすよ、クレイも心配してたけど、レイが一緒だから大丈夫だろうって言ってたしな」

「クレイドさんが?」

「嗚呼、あいつ人を見る目だけはあるんだ。……性格若干悪いけど」


 つらつらと話される状況に見合わない世間話、そんなことしている場合ではないと分かっていながらも、安らぎを感じているのは雷佳も同じらしい。ぱちぱちと瞬きを繰り返す最中に、彼女らしい穏和な笑みが浮かべられる。時間に追われる形が続いている今だからこそ、こういう休息も大事なんだろうな、と、レイは思った。



「―――って、クレイの話は後か。俺が誰かって話先にしねぇと、」


 そして五分弱の時間を費やしてから本題に戻る。


「俺はソラ―――」

「誰が性格悪いですって、ソラリア?」

「うぉぅっ!?」


 戻れなかった。

 何時の間にか彼―――ソラの背後に居たクレイが、優しげな笑みを浮かべていた。普段よりも三割増し程度に目が笑っていないのは気の所為ということにして、配置的には正面な筈のレイですら何時クレイが戻って来たのか気付かなかったことも気にしないことにした。


「クレイ! お前どっから沸いたんだ!?」

「窓からに決まっているでしょう、入ったところから戻るのが常識だと思いませんか?」

「……確かに」

「……貴方は本当にお手軽脳ですね」


 何だとテメェ!! と喚き散らすソラを脇目に、レイと雷佳へ向き直るクレイは再び笑みを溢す。二人の安否が確認出来たことによる笑顔だろう。


「ご無事で何よりです」

「半分以上こっちの台詞ぞ」

「あの赤いの、壊せました?」

「えぇ、勿論」


 此処にクレイが居るということはその心配の必要は無いということだが、気になっておずおずと尋ねたところ、やはり愚問だったことを悟る。良かった、これで後はあの鉄塔にある一つだけ。レイの眼光に喜びが篭る、つい横に居る雷佳に視線を投げれば、彼女も小さく頷きながら微笑んでくれた。


「右じゃなくても剣扱えんのな?」

「太刀筋は少々鈍りますが―――あのように趣味の悪い機械を壊すだけなら、利き手など不必要甚だしいですよ」


(……あ、クレイドさん怒ってる)


 にっこりと、クレイは確かに笑っていたのだが。尋ねたソラ本人もレイと同じことを考えたのだろう、はは、と若干ながら引き攣った笑みを見せていた。今のクレイに霰も無い一言を吐けるのは恐らくアルくらいなものだろう、誰でも良いから彼を呼んできてくれ、シンビオスの人間ならば思わずにはいられない現状である。





「一先ず場所を変えましょう、また民達に襲われかねませんから」


 一瞬だけ張り詰めた空気の後、クレイの号令が掛かる。各々ほっとしたりしつつ頷き、急ぐことはせずに歩み出した。

 やっと此処まで来たんだ、そんな思いを抱きながらレイは闇夜を仰ぐ。レイと雷佳の後ろに付く形でクレイとソラ―――結局この人が何者なのかは分からないが、―――

が並んでいる。




(二人じゃないってこんなに心強いんだ)


 そんな思いを噛み締めながら、小さく、けれど朗らかに、レイは微笑んだ。




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