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残された有限時間

(―――自意識過剰な、機械)


 今、この国を揺るがす原因モノ


(―――自意識過剰な、機械)


 今、レイの繋ぐこの手と、シンビオスの皆に絶望を与えている物種モノ




(―――自意識過剰な、機械……!!)


 今、レイがやらなければいけないことは、


(その機械をぶっ壊す。この手を、守りながら)


 ただ、それだけ。











 レイと雷佳の二人は、閑散とした繁華街―――昼間レイが偽姫としてパレードを行った道だ―――にやって来ていた。人気の無い場所を模索しつつ走っているからか、レイの脳裏にある地形図は既に形を失っている。頼りになるのは隣を走る雷佳と、己自身の第六感シックスセンスのみだろう。


「自意識過剰な機械……一体何処にあるのよ……!」


 目的の物がなかなか見つからないことに苛立ちを隠せないレイ。地団駄を踏み繁華街を睨みつけるが、それに怯んで機械があちらからやって来てくれる訳でもない。雷佳は雷佳で、視線を浴びれば射抜かれてしまいそうな鋭利な双眸を祖国中に走らせ、時折疲れたように溜息を吐いている。……たった今、そうだったように。

 そんな様子に気付いたレイは一転、心配そうに雷佳の顔を覗き込み、大丈夫? 休む? なんてことを尋ねる。しかし雷佳は薄く微笑むだけ、―――それだけで自身の安否を伝えるのみだった。


(体力は無尽蔵な訳じゃない……、もしも敵に見つかった時の為の体力も、ちゃんと残して動かないと……)


 疲労に染まる雷佳の表情を目にして初めて気付いたその事実、そう己に言い聞かせたレイは自分自身の身体にもそれなりに疲労感が回っていたことに気付く。長時間とはならなくとも、この緊迫感の中をひと時も気を緩めずに居続けるのは非常に神経を擦り減らすものだ。いざという時が来なければ良いとは思うけれど、何時までもポジティヴシンキングに居られないことなど流石のレイも気付いている。

 ひとつ小さめに深呼吸をし、レイは再び緊張感の走る世界へと戻






「―――レイ?」


 ―――雷佳は驚いた。刹那分かたれたその手の所為で、温もりが失われたから。


「レイ!」


 長いこと繋がれていたその手が離れていく、否、手だけではない、レイという固有体がたったひとりで前方に走り抜けて行く。何があったのだろうか、一体何が、自分には映らなかったそのサファイアは、一体何を映し取ったのか―――。




「雷佳! 大変なの!」


 慌てて彼女の後を追い走り行けばとある場所で立ち止まり、両足を肩幅に広げたレイが其処に居た。何が大変なのだろうか、一際真剣な声音でそう言ったレイの、若干落ちた視線の先を雷佳は追う。慌ててはいけない、驚いてはいけない、何があろうと、自分は釈然と凛然と、事実を受け入れ対処する屈強な心を持ち得なければならないのだ―――






「―――このウサギさん、『にゃあ』って鳴いたの……!!」



「………………は?」




 ―――から。

 雷佳は驚きも慌てもしなかったが、事実をすんなり受け入れることは出来なかった。何せ何の意図を以って、レイがそう言ったのか分からなかったのだから。

 一匹のウサギと真顔のレイ、そして何もかもが理解出来なかった雷佳だけが、ただただ其処に残された。











「―――そうですか、……ええ、……分かっていますよ、……貴方こそ」


 インカムに人差し指と中指を添えて通信を一時遮断する。電波妨害の所為で若干ノイズに会話を妨害されながらも用件を済ませれば、この場所からも早々に離れた方が良いのかもしれない、そう考える。

 だが今は考えるだけ、何せこの状況を打破する為の策は、未だ打ち立てられてはいないのだから。



「どうだ?」

「何とか」


 イルの問いに対し、簡潔な返事を返しながらもその表情はほんの少しも緩めなかったクレイ。透かさず次の連絡を入れる為装着したインカムを素早く操作すれば、先もそうしたように電波の乱れが少ない位置を探すべく数歩前後に移動する。


「自分の無線機をレイさんに渡しておいたそうなんです。大まかな事情は聞けましたが、“―――今忙しいから、詳しい事情はレイに聞け”……ですって」

「……今、姫君と彼女は」

「分かりません」


 声だけで浮かぶ通信相手の淡々とした物言いとその情景にやれやれ、と冗談交じりな溜息を吐く。恐らく間違ってはいなかったであろう彼―――アルの判断だが、雷佳とレイを二人にしておく訳にはいかない、というのもまた事実。何せ敵の狙いはこの国の姫君である董雷佳その人であり、レイ一人ではもしものこのがあった時対処し切れないであろうから。自分達が彼女達を捜索に出るでも良いのだが、その役目は―――数刻前、銀糸の少女との約束の為に此処を離れた、彼女のものだから。


「とりあえずサイにこの事を知らせます」

「そうか」


 ギルド長であるクレイがイルに事情を伝える必要は無いのだが、何処か義務のようにクレイは呟き、イルは一言返事をした。今考えることではないと分かりながらも、そうやって無意識に報告するところがクレイドらしいな、なんてどうでも良いことを考える。―――無論、表情はミリ単位でも動かないが。

 良い通信場所を見つけたのだろう、立ち止まったクレイの背を一瞥してからイルは小さく息を吐いた。中指の腹で眼鏡の中心を軽く押し上げた後、ゆっくりとその手を下ろす最中にスッと双眸を細める。何かを見ている訳では無い、それはイルが黙考する時の一種の癖だった。



「二人のことは一先ずサイに任せるとしましょう、何かあったら直ぐに連絡を入れるよう指示しておきました」

「―――アルス、それにサイ。別の場所に居る二人に通信をしたが、ほぼ通信状況は同様」

「……ええ、そのようです」

「要するに今、俺達が一番―――妨害電波を発している何かに、近い位置に居るということ、か」


 そちらを見た訳では無いが、クレイの黙諾を肌に感じながらイルは続ける。




「時間がある内に説明しておくぞ。―――エトリーレという薬草を正しく投与することで得られる効果は麻酔効果だ、そしてその効果が得られる時間は、およそ七時間から九時間。国の民達が集団催眠に掛かったのはパーティが終わって暫くした午後五時前のこと。要するに、―――約八時間前後だ」

「それがタイムリミット、という訳ですか」

「恐らくは。そしてそのエトリーレを直接的に投与したお前とサイ、そしてあの少女はそれに拍車を掛けて感染に侵されている、んだが……」


 まぁ、お前はともかく、あの少女も何故か平気そうだったな……。ふう、と溜息のように息を吐いたイルは、其処は良い、と不可解な事象は見なかったことにして、若干目を伏せた。 


「国の民が既にリミットを切っていて、感染症状に見られるサイが未だ平気ということは、だ」

「パレードの時にエトリーレが振り撒かれた……それに間違いは無いでしょう」


 現在の時刻は恐らく午後七時前後。パレードが開始されたのは午前九時で、約三時間のパレードを経て午後のパーティが始まり、終わったのは午後四時近く。

 自分達がエトリーレと云う名の作用に触れてしまったのは、恐らくパーティの時間から―――残された時間を少なく見積もってしまえば、既に一時間を切ってしまっているということだ。あの時王宮の警護に回っていなければ、今こうやって試行錯誤することも出来なかったという事実に本当に首の皮一枚だ、とクレイがこの状況になって久しく頬を緩めようとして―――あることに気付き、背筋に悪寒が走る。





 そうだ。自分はイルジクトを、パレードの警護に付かせていたんだと。


「……イルジク―――」

「クレイド、もし俺が壊れたらさっさと殺せ」


 そしてその事実に、本人も気付いているんだと。

 目を伏せ話をしていたはずの彼は、何時の間にか自分に背を向けて歩き出していた。彼にしては陽気に、ひらりと右手を舞わせながら。 

 

「俺は、パレードの警護を一時間弱外れてる。それでも既に、―――リミットギリギリだ」

「……」

「依頼に支障を来すのなら、とっとと殺してくれて構わないと言っている。我ながら言うが、俺は厄介だぞ?」


 ……まぁ、いざとなったら粘るつもりでは居るが。身体の向きは切り替えず、ちらりと此方を一瞥してそう告げたイル。その表情に浮かばせた笑みは一体何を考えているのだろうか、この時ばかりはクレイであっても、真意を読み取ることが出来なかった。



「―――大丈夫だ、殺されるつもりなど毛頭無い。ただ―――俺が離脱したとしても、あいつが居る」 



 クレイに届かないのを知りながら闇夜を仰ぎ呟いた声は、音も無く静寂の中へと消えていったのだから。









「レイちゃん、聞こえる?」


 大男よりも大きな大剣の重さを、再び背に感じつつ。サイは先程クレイから入った連絡通りに、無線機を通じてレイへと連絡を入れた。宵闇を駆けながら、たった三十分で自分がしなければならないことを模索しつつ。

 確かに繋げた回線からは、なかなか返事が返って来なかった。確かにアルの回線なんだけどな……一度確認を入れる為に立ち止まりつつ、サイは小さく首を傾げた。


『―――え、これで良いの?』

『此処を押せば話せるはずだが』

『え、じゃあもう繋がってるのかな……。サイファンさん、聞こえてますか?』

「―――……」


 ―――あの子の声がする。

 泣きそうな程の衝動を胸に堪え、サイは今一度、その声と言葉を交わす為にカチリと通話ボタンを押した。


「ええ、聞こえてるわよ、レイちゃん、雷佳姫」

『さ、サイファンさんだ……! サイファンさん……!!』


 無線機越しにはしゃぐレイに、サイはくすりと笑みを零す。どんな状況に置かれても、彼女は変わらない、変わらないでいてくれる。

 絶対に守ると決めたからには、私はあの子の元に行かなければいけないの。強い意志を持ってサイは、レイと雷佳の居場所を聞き出すべく口を開こう―――



『サイファンさん! 聞いて下さいよ!!』



 として、何故か急に不機嫌になった彼女の口調に、サイは数度瞬きをしてからなあに? と尋ねた。


『あいつ等本当に許せないんです!!』

「あいつ等、って……カロディルナのこと?」

『あ、カロディルナって言うんですかあの人達。……って、そんなことどうでも良いんですよ!! こんなの動物虐待です!!』

「……え?」

『あいつ等、猫ちゃんの首にこんなの付けてったんですよ!?』

「こんなの……って?」

『自意識過剰な機械ですよっ! んもうっ、こんなの付けられたら苦しいし、重くて動けないよねー?』



 自意識過剰な、機械? 一体何のことを言っているんだろうか、サイは聞き覚えの無い単語―――その単語の発案者はアルであるから知らなくて同然なのだが―――に首を傾げる。そして無線機を使い慣れていないからなのか怒りに燃えているからなのか―――恐らくは前者が四割後者が六割―――、レイはそれ以来ずっとボタンを外し忘れているのであちらの会話が駄々漏れである、恐らくそのことには気付いていないが、外してくれないと口を挟むことも出来ないのだが。


『……レイ、それは猫ではなくてウサギぞ?』

『えー、でもにゃあって鳴くんだったらやっぱり猫だよ、……はっ、じゃあウサネコ!?』

『ロウインウサギという名前なんだが、まぁ良い、好きに呼ぶと良い』

『ウサネコちゃん! ごめんね! 人間の身勝手の所為で、首にこんなもの付けられちゃって……痛かったよね! 怖かったよね!』

『ふふ、……しかし、このような小さな機械の所為で妾の国の民達や妾達が翻弄されておるとはな……』


 サイは目を見開いた。雷佳姫は今何といったか。


(私達が翻弄されているもの……まさか―――!)


 サイの思考を読んだ様に離されたレイ側の通信ボタン、自身の無線機を握り締めて、間髪入れずにサイは叫んだ。



「こんなものって“効果増幅器”のことなの!?」

『わ……えと、はい、確かアルがそんなこと言ってました。……よね?』

『うむ、アルスは確かにそう呼称していたな、最初だけ』


 アルってば分かりにくい呼び方して……! サイはそう思ったが、それは後で怒ることにしよう。今はそう―――そうか、そういうことだったのか。先の怒り方でレイが大の動物好きなことは発覚したが、失礼ながら今はそんなことどうでも良い。この国のこの州、その何処かに配置された五つの機械の内のひとつを発見したということだったのだ。


「レイちゃん! それってどんなフォルムだか説明出来る?」

『はい、出来ます。真っ黒で、なんか小さなデジタル時計みたいのが付いてて、小さい字で何か書いてあるけど私には読めません』

『恐らく名称名を記載しているのだろう、達筆過ぎて妾にも読めん』


 至極どうでも良い情報を除けば充分な説明だった。


「充分よ、ありがとう。……無線機から聞こえる音を聞いた限り、二人はあの竜巻から離れたところに居るのよね?」

『あ、はい。少なからず近くはないです。でも、何なんですかあの竜巻、どうやって出来たんですか?』


 そういえばレイは知らないんだったな、真剣な声音に笑みを零しつつ、「妖怪の力ってやつなのよ」と簡潔に説明を加えた。


「どうにかしたいんだけどね、あの風に近付いたら切り刻まれちゃうから」

『か、かまいたちってやつですか!?』

『妖怪……ということは、術者を狙えば良いのではないのか?』

「あら雷佳姫、お詳しいんですね」

『妾とて馬鹿ではないぞ?』

『あれ? それは遠まわしに私が馬鹿だと?』

「ふふっ、申し訳ありません。……でも、術者自体が竜巻の中なの、到底無理な話よ」


 真剣な話をしているはずだったのだか、合間に挟まれるレイの素っ頓狂な声に何故だか安らかに話は進んだ。重い話調にならなくて済むのは精神的にも良いことだ、まぁ、レイがそれに気付いているか否かは不明だが。

 確かにあれはどうにかしなければいけない竜巻ものだ、あの竜巻がなくなることは精神的にも物理的にも此方が優勢へと持ち込めるだろう。だがその為には、あの場所へ近付かなければいけないのだ。


「どうにかあそこに近付ければ……」


 レイ達にそんなことを言うつもりは無かったのだが、無意識に通話状態にしながら呟いたサイ。慌てて切れば深く溜息を吐き、こんな弱気じゃ駄目ね、と一度深呼吸をした。



『……のう、近付ければ良いのか?』



 もう一度言葉を掛けようと力を込めた刹那、雷佳の凛とした問いがサイの耳を捉える。


「えぇ、近付ければ……だけど」

『それは、地上じゃなくても良いのか?』

「……勿論!」

『ならばひとつだけ。―――妾のとっておきの抜け道が恐らく、あの竜巻を真芯に捉えておる』


 予想だにしなかった雷佳の一言に、サイは無意識ながら笑みを零す。どうにかなるかもしれない、それが本当なら、未だ未だ此方にもやれることはあるはずだ。


「そう、分かった。とりあえず詳しい話は後! 今直ぐ君達と合流したいんだけど、今場所は―――」

『あの、サイファンさん?』


 機械を見つけられたこと、勝機への活路を見出せるかもしれないこと。今の状況下に於いてこれ程嬉しいことはない、だが、サイが最もしたいことは先ず、彼女達と合流して無事を確認することだ。声だけではない、その姿を見て、その笑顔を見るまでは安心することが出来ない。その思いを体現したようにまくし立てる口調は自分では止められなかったが、レイはおずおずとした物言いでそれを遮った。


「どうかした?」

『サイファンさん、身体とか大丈夫なんですか?』

「……ふふっ、大丈夫よ。イルから薬貰ったから、まだまだ動けるわよ!」

『……良かった』


 精一杯明るい声を取り繕ってサイが言えば、レイの声音が柔らかくなったのが分かった。嘘ではない、だが今の体調は、―――所詮偽りの元気。



(それでも、出来ることがあるはずよ)



『何かあったら、言って下さいね』

「え?」


 決意の最中に響いた声に思わず素っ頓狂に声を上げてしまったが、レイの柔らかい声音は止まなかった。



『皆さん何も言ってくれなさそうですし。―――あんなに沢山怪我してるのに、守ってくれるから』


(……アル)


 彼女が言っているのは恐らく彼の事、そちらの状況は全く把握出来ていないが、アルが二人を逃がしてまで戦う相手だ。相当の強者に違いないのは勿論、“あんなに沢山怪我してるのに”というレイのフレーズも気になった。彼が負けるはずがない―――そう頭では考えられるのに、心は今にも不安に駆られ飛び出しそうで。けれど今、弱音を吐く訳には行かないことをサイは分かっていた。

 何故なら今此処に、サイを諫めてくれるその少年は居ないのだから。



「大丈夫よ、レイちゃん」


 精一杯の強がりでも良い、


「サイファン・フレアは誰にも負けないんだから!」


 今は笑おう、絶望なんて見えない振りをして。





 楼銀の地理に詳しい訳では無かったが、竜巻の位置や建物の状況から二人の詳しい位置を聞き出せば一時無線機の通信を取り止めた。

 効果増幅器―――確か変な名前が付いていたが、生憎覚えていない―――は壊すように言ったが、それを除いたとしても残りはあと四つ。全てを見つけ出して破壊し、あの竜巻を除いたとしても、それだけでは自分達の勝利が決まった訳ではない。


 それにそう、恐らく最後のその時まで、サイの身体は保ってはくれないだろう。



「―――勝利の瞬間を拝めないっていうのは、ちょっと残念ね」



 けれど、彼女はやはり笑っていた。敗北なんて言葉が、頭の片隅にも置かれていないのは一目瞭然で。

 私は私のやるべきことをやる、後の事は全て、皆に任せてしまおうか。―――大丈夫、それまで私は、前に進み続けるから。


 立ち止まっていた歩みを再び再開すれば、刹那小走りに、それから駆け足へと変わる。少しでも早くあの子達の元へ、そして。






(あの竜巻を、私の手で無効化させてやる―――!!)


 サイファン・フレアの底力、とくと見せ付けてやろうじゃないか。

 遠くで轟き渦巻く竜巻へ、サイは強気に、―――宣戦布告を吹っ掛けた。 




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