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薄らいだ、夜陰を駆ける


 ―――轟々と。

 華やかな春を許すまじと、城下の至る場所で乱戦が繰り広げられる。和やかだった桜吹雪に戦火の炎を引火させ、街の赤銅あかと共に楼銀をその色へと染め上げていった。


 その色―――残酷なる、くれないへと。






 半壊した家屋の中。

 自らの頭上で繰り広げられる闘いに視線を向けてみるものの、一切と言って良い程彼等の姿を認めることが出来なかった。聞こえるものも金属の摺り合うような音ばかりでどちらの声音も聞き取れない、屋根など最初の一撃で無いも同然だというのに、一体彼等は何処を足場に闘っているのだろうか―――? サファイアの双眸を照らす青白い月明かりが、レイの懸念を促進させる。

 けれどもこんなことではいけない、姿が見えなくともアルは闘っているのだ。何か自分に出来ることを探さなければ―――、強く意志を抱くもののやはりこの状況に不安は隠せず、下唇を噛み締めながら捨てて良いと言われたアルの上着を無意識にぎゅっと握り締めた。



「雷佳、動ける?」

「嗚呼、妾は平気だ。……どうすれば良いだろう」



 流石は一国の姫と言ったところだろうか、国のことを一番に考えているからこそ、レイと同じことを考えていたらしい。キッ、と強気な視線でレイを一瞥し空を仰げば、今後自分達がすべきことを悶々と考えているようであった。―――何度でも言うがレイは若干にも聡明では無いので何をすれば良いか、などという問題の答がそう簡単に導き出せる訳が無い。こういう役目は全く以って自分では無いのだ、けれど今はそうするしかない。雷佳とは対して地に視線を落としながら、レイはむう、と唸り声を上げた。

 自分がちゃんとしなければ―――そう考えていた時。



 ―――カラン、



「うひゃあ!!」

「!?」


 突然鮮明に届いたその些細な音に驚き、つい情けない声を上げるレイ。レイ程では無いが驚いたであろう雷佳もびくりと身を震わせたが動きはそればかりで、その音が何処からしたのかを探る為に視線を地へと走らせる。家屋と呼ぶには幾分御座なりな造りだけが残されたその空間を見遣れば其処に見えたのは漆黒のそれ、アドルファスと名乗った妖怪組織“カロディルナ”のリーダーが数本に渡って片手に持ち得ていたそれがただ一本其処に落ちていた。

 先の音は最初の衝撃で剥き出しになった壁の骨組と、それ―――クナイがかち合い床に落ちた音だったらしい。そうだったのか、とほっとする反面、姿は見えずともやはり二人は自分達の頭上に居るのだ、ということを再確認させられる。アルの武器は銃―――ナイフを使うのも見たことはあるが―――、相手がクナイだということは飛び道具が頭上を跳ね回っているということである。俗にいう流れ弾なのだろうとは思ったが、月明かり程度の明るみでは何処からそれが飛んで来たのかなど素人のレイが判断出来る訳が無かった、募る想いを胸にレイは延々と続く暗闇の彼方へと視線を持ち上げ、




 ―――ガシャアン!!!!


 ―――た、瞬間だったと思われる、先の比では無い騒音がすれ違い様に家屋内に響いたのは。



「な―――」



 折角持ち上げた視線はあっさりと戻り、もう一度音の正体を探るべく、大きく見開かれた瞳を凝らす。




「……ッ、あの野郎……」

「―――アル!?」


 通りで音が大きい訳である、落ちてきたものは“物”ではなく“者”だったのだから。音は相当のものだったが、当人は落ちてきた訳では無く着地しただけの様子ではあった。落ちた場所が瓦礫の上だったからこその音だったので、落下によるダメージの一切はアルに加算されていない。

 その声に慌てて駆け寄ろうとしたレイだったが、恐らく未だ戦闘中。駆け寄ったら怒られるかもしれない―――怒られるだけなら未だしも邪魔などしたくはない―――と刹那立ち上がり駆け出す両脚をその場に留めるも、微光を放つ彼のワイシャツの白に異変があるのを見てしまい思わず大声で叫んだ。


「アル! 大丈夫!?」

「あ? 何ともねぇよ」


 レイや雷佳の存在に今気付いたかのような様子を見せながらアルは銃を握る右手の袖でぐい、と頬の切り傷を拭う。いや、あの、そっちの傷じゃなくて―――言葉にはならなかったが、アルのワイシャツが切り開かれ明らかに出血の見られる左腕の肘部を見遣りレイは若干おろおろと手を上げたり下げたりを繰り返した。出血の量を見ればそれが易しい怪我で無いことは明らかなのだが、本人はそのことでは無い他のことで苛立っている様子だった。

 誰も見えない虚空をしゃがみ込んだまま仰ぎつつ、アルはひとつ舌打ちをする。



「あのクソリーダーとやらの戦い方が気に食わねぇ、いちいちやることが陰険過ぎる」



 別に誰もクソリーダーなど呼んだ覚えは無いのだが、アルは憤懣ふんまんを隠すことなく続ける。


「急所は狙わねぇわ足場を壊すわ、……お返しに屋根撃ち抜いて落としてやったがまた直ぐ戻って来るだろ」

「そ、そうなんだ……」


 自分達が居る場所以外の屋根を使っていたのか……レイは気になっていたことを知り、内心のみで納得した。


「そんなことはどうでも良いわ! アルス! レイも妾も―――そなたのその腕の怪我は大事ないのかと訊いておる!!」


 発言の後視線を下ろせば直ぐさまこの後に備え、相変わらず目にも止まらぬ速さで銃を弄るアルはカシャン、と音を立てて弾倉を交換させたが、レイの言いたかったことを要訳して叫び立ち上がった雷佳に寄ってその手の動きが止まる。


「……あ?」


 返した言葉は、何故かとても訝しげなものだったが。


「……え、ちょ、“……あ?”―――じゃないわよそんな怪我して!! 何でそんな平気そうな顔してるの!?」

「平気だから平気そうな顔して何が悪いんだお前は、見た目程痛みは無ぇんだよ」

「え? あ、そうなの? それは、そのー。……というかそんなの屁理屈よ! そんなの良いからアル、早く手当てを―――」

「五月蠅い、僕に構うな。あいつが居ない内にお前はとっとと雷佳を連れて逃げろ、そろそろクレイド達も動いただろ」

「―――何言ってるの、逃げるなんてそんな事出来る訳ないでしょ!」

「だったらどうするつもりなんだ、このまま此処に留まっていてお前に出来ることが何かあるのか。……ちっ、さっきクレイドから通信入ったはずなのに、今度はピクリとも反応しやがらねぇ……」

「ぐ……」


 全力でレイの惨敗であるのは一目瞭然だ、ぐうの音も出ないとはこの事を言うのであろう。……レイがアルに口で勝てる日は何時来るのだろうか、否、来る日はあるのだろうか。

 本人が大丈夫だと言うものの止血くらいした方がいいのでは、という改まった二人の意見は喉元で飲み込まされる。理由は簡潔で、先まで面倒臭そうに視線を転々とさせしゃがみ込み、耳元のインカムを無遠慮にガンガン叩いていたアルがただ一点に視線を留め立ち上がり、若干ながらその蒼眼を細めたから。敵の気配は分からずとも、アルの態度が変わったことくらい直感人間こと浅倉レイには―――勿論雷佳にも―――分かるのだ。


 ―――数歩前に出たアルの視線を追えば、其処からがたりと音がする。



「―――よくもやってくれたな、アルス・イルバート」



 赤銅を携えた、その憎たらしい笑みと共に。


「お前の所為で俺様の素晴らしき発明、アレクサンドラの紐切れただろーが!」

「知らねぇよ先やったの貴様だろうが死ね」


 問答無用で死ねなんだ―――敵前ではあったがアルの物言いに若干呆れたレイ。しかしそんなにあの発明品が大事だったのだろうか、現れた彼―――アディは少々涙目で叫んだ。彼の言う通り、姿が見えなくなる前には確かに背負われていたアレクサンドラはすっかり無くなっていて、何処か身軽になったアディが其処に居た。落ちた衝撃でなのかアルに直接やられたのかは見当もつかないが、どちらにせよあの恐るべき威力の兵器が今此処に無いという事実だけでもレイの心情は充分に明るいものだったのだがそれをアディが知る由も無い。


「ちっくしょー……幾ら充電に時間が掛かるってったってそーろそろ撃ち込める頃だと思うんだけどなー」


 けれどそんな明るい心情にズガン、と鈍い音を立てて突っ込んできたのはそんな事情、未だ耳の奥に残るあの轟音と光景が脳裏でフラッシュバックされ、背筋が寒くなるのを感じた。そしてそれをアルの言う陰険な戦いがお得意なアディが二度も見逃す訳もなく、そんな様子のレイを一瞥すれば卑しげな笑みを浮かべ、何処からか出されたクナイを右手にひとつ、握った。

 そして柄の先端の穴に指を差しくるり、と器用に一度だけ回し、直ぐに静止させる。



「俺様の最高傑作に怯えてくれちゃってある意味嬉しーねぇ、アサクラレイちゃん?」

「あ、あんた、……私の名前も知ってるのね」

「勿論。情報は武器だ、能力は芸術アルテだ、武器を持たずして闘いに挑む馬鹿が居ると思うか、シンビオスのお姫様?」

「……」



 両手を広げ言うその姿は何処かの信者のようで気持ち悪い程だったが、言い分は最もで何も言い返すことが出来なかった。シンビオスの皆がその手に剣や銃を持つように、彼の武器は情報であり、だからこそそれを盾として闘うことも出来るということなのだろう。アディと自分との間に立つアルの、黒いグローブのなされた右手を見遣りつつ、レイは考える。






「―――だったら、お前はその芸術を以って僕達と闘うってことか」



 くつり、後ろ姿で分かりにくかったが、アルが肩を揺らして笑った。その珍しい現象に日頃のアルを知っているレイだけは驚いたのだったが、アディはそんな些細なことに気付くこともなく口角を吊り上げる。


「嗚呼、俺のこの素晴らしき芸術を以って、この国も、お前等もぶっ潰してやる算段だ。どーだ? 素晴らしいだろ?」

「嗚呼、素晴らしいね。秀逸で空前で革新的な思考をお持ちのようだ」


「……アル?」

「だけどな、」


 アルの明らかに普通でないおだてににんまりと満足そうに頷くアディ、考えが読めず―――誰かを笑顔で煽てるアルなんて最早恐怖だ―――彼の名を呟くとほぼ同時、時が止まる錯覚を得ながら聞いた音は、彼の声と―――




「―――んなナマ言ってる奴に負けてやる程、僕はお人好しでは無ぇんだよ」




 銃口を真下に向けたままかちり、と、―――彼がトリガーを引く、その音だけだった。









 キィン―――透き通るようなその音がした刹那、全ての騒音が途絶えた。




 今、何が起きたの? ―――真っ白い、若干青みがかる世界の中、レイは何度も何度も瞬きをしたり、目を擦ったりを繰り返す。けれど視界が変わることは無く、其処にはただただ真白い世界だけが広がっていた。横には自分と同じような表情を見せる雷佳が居る、お互いに気付き視線を合わせるけれど、それが何かを解決してくれることも無く。

 二人はきょろきょろと辺りを見回して、其処にアルが居ることに気付いた。



「お前等、一度しか言わないからよく聞け」



 そしてアルは何のことも無さげにそう言って、クレイド達の方からの情報だ、と前置きを入れてから口早に話し出す。


「クレイド達は恐らく、あいつの仲間と交戦しているところだと思われる。その仲間が言っていた効果増幅器というものがこの国の五ヶ所に設置されているらしい、どんなものかは分からないがあの自意識過剰なリーダーのことだ、一目すればそれがそうだと分からせてくれるものだと推測出来る」

「そ、それって本当なの? 敵の言うことを鵜呑みにして大丈―――」

「あの馬鹿リーダーの手下が嘘付ける程利口な訳無ぇだろ、良いから黙って聞け」


 見てきたような言い草に若干首を傾げるも、レイははい、と大人しく頷いた。


「この話が終わったら直ぐに此処を離れろ、辺りが暗くなるまで目を閉じて、僕の差した方へ一目散に走れ、前に障害物が無いことは僕が保証する。その機械を全部壊せなんて無茶なことを言うつもりは無ぇ、今それを話したのはそういうものの所為で国民が操られているんだってことを雷佳に伝える為だ、お前には知る権利がある」


 雷佳を一瞥してから、アルは続ける。


「だからついでで良い、お前等が操られた民に捕まることの無いよう逃げる過程で良い、自意識過剰な機械を見つけたらそれを止めるか―――壊せ。大本が他にあるとしてもエトリーレの解毒が出来たとしても、それがあったら元も子も無ぇんだ、だから―――」


「ねぇ……―――アルは? 本当に、大丈夫なの?」


 分かっている、アルがこれだけ饒舌に口早に話しているということは、今こうやって話せる時間が少ないのだということも。けれどそれだけは訊かなければ済まなかった。此処に来るまでもそうだし、初めて会った時もそうだ、アルは何時も誰かの為に怪我をする、今もその怪我が癒えていないのに自分達を逃がし、国民を救う為の言葉だけを真剣に紡いでいる。頼って欲しいなんていう独りよがりの台詞を力の無い自分が吐ける訳が無いのだけれど、それでも彼が本当に無理をしていないのか訊かずして、その話を聞くことが出来なかった。

 アルは賢い、此処数週間を共にしただけでも、彼と自分の知能指数の違いをこれでもかと垣間見せられる。だからきっと悟ってくれる、自分の想いを、自分の考えを、その一言を以って、彼に伝えたいことの全てを。


 真剣な眼差しを彼に向けたまま返事を待つ。同じくした視線をレイに向けたままアルは―――




 ごす。




「馬鹿かお前は」

「―――いったあああああああああ!!!!」


 レイにデコピンを食らわせた、物凄く地味な音がしたのを聞けば、その痛さの度合いを物語る。

 おろおろと心配そうにうろたえる雷佳を気にすることも出来ず額を押さえ悶えるレイは俯きしゃがみ込み、少々落ち着いてから恨めしげにアルを見上げる。しかしそれは―――其処にあった“彼らしい”笑みを見て、あっさり引っ込んだのだけれど。



「僕のこと気にしてる暇があるなら、とっとと行って機械ぶち壊して来い。その方が、―――無ぇ頭には丁度良い」



 それに続く何時もの彼にレイは一度だけ目を伏せ、雷佳にもアルにも気付かれぬように微笑んでから、ぐん、と勢い良く立ち上がって言い返す。



「―――相変わらず失礼ね。でも、まぁ、……確かにその方が、性に合ってるわ」



 呆れた風を装って、けれど彼にはきっと伝わったから、もう不安そうな表情はしてみせない。

 レイは雷佳の手を取る、行こう、と短く彼女に言えば、雷佳はその桃色に強い意志を携えしっかりと頷いた。


 音は無い、視界も晴れない、けれど、―――やることは定まった。



(雷佳と一緒に逃げながら、自意識過剰な機械とやらをぶっ壊す)



「今お前達が向いている方向から丁度百八十度真反対に目を閉じて走れ、いいな。走り出すのは音が響いてから、意味は後で分かる」



 音が響いてから―――言われた通り意味は分からなかったが、後で分かるなら今分かる必要は無い。レイは向きを正し手を繋ぎ直せば瞳を閉じ、全神経を聴覚へと費やす。


「レイ、これ持ってろ、そしてその上着は捨てろ」

「ん? 何これ? そして上着は捨てない、やだ」

「無線機、インカムと別に持たされてる。……捨てねぇなら使い方は自分でどうにかしろ」

「え、ちょ、私そういうの苦手―――」

「行くぞ」


 片手には雷佳の手、もう片方にはアルの上着を抱えていたレイのポケットに突っ込まれたそれに困惑するが、既に時間が無いらしい。

 アルが無遠慮に、そして呆れた声音でそう告げた瞬間、ふ、と彼の気配が消える。意図的にそうしたのだろう、視界を塞いでいるレイには分からないが恐らく彼はそう遠くには移動していない。




『―――“   ”』


(―――え?)


 声が聞こえた気がした、けれどそれが何を言っているのかが分からない。本当に声がしたのか、聴覚が音を拾ったのか、曖昧なその“声”に戸惑いはしたが、


(……ええい、当たって砕けてやる!)


「雷佳! 行くよ!!」

「あ、嗚呼!」


(―――これは音だ! アルは言ったもん! 音が響いたら走り出せって!!)


 戸惑ったなら走れば良い、脳の労働は自分には似合わない。自ら先陣を切って未だ晴れない道に向け、レイと雷佳は走り出した。



(信じるよ、何かあったら後で文句言うから、居なくなったりするんじゃないわよ!!)


 そんなことを、考えて。











「―――スタングレネード、で合ってんのか?」


 視界が若干晴れ、影だけが認識出来る程度の中でアディが問う。


「惜しいな、それにプラス濃霧発生効果が付け加えられている」

「ちぇっ、何だよそれ、ひとつの銃弾によく詰め込めた、っつーか詰め込み過ぎじゃねーの? おかげで動けなかっただろーが」

「作ったのは僕じゃない、文句ならば試し撃ちして来いと言ったうちの技術者に言ってくれ」


 アルとアディ、どちらもが動かないまま言葉が交わされ、視界が全て晴れお互いの位置が確認出来てから、事態が動く。真っ先に行動に出たのは眉を顰めたアディで、その理由はレイや雷佳が居なくなっていたことでは無く―――これでもリーダー、彼女等を逃がすことなど想定内だ―――、アルが銃弾を放つ前と寸分も変わらぬ位置に立っていたからだ。



「おい、アルス、種はそれだけか?」


 種、というのは先にアルが仕出かしたことを言うのだろう。普通は手榴弾で行う事柄を片銃ひとつでやってのけた事、それは充分に種になる。しかしアルは二度目の問いに銃を一瞥し、肩を竦めてみせるだけだった。アディはそれに納得はしていない様子で若干悔しげに彼を睨む。


「腕一本駄目にしてやってんのに未だ出し惜しみすんのかよ、ひっでー奴」

「別に出し惜しみしている訳では無い、第一、僕に出し惜しみするだけの余裕があると思うか?」


 発言とは裏腹に、何処か陽気に語るアルの動きひとつひとつを怪しむように目を凝らす。返された問いには返答しない、当のアルも返答を望んではいなかったのだろう、やおら右手を背に回し、握っていた銃をホルダーへ戻せばアディの視線はより一層訝しげなものとなった。





「僕に余裕なんて無い、だからあの二人には退出願ったんだ」



 にやり、と。彼らしい笑み―――ニヒルな笑みが浮かんだ刹那、場の空気が一瞬にして凍え切った―――気がした。

 けれどそんな事実かどうか危うい抽象的な雰囲気だけでも、



「……そういうことか」



 ―――アディがそれに気付くには充分だった。



「アルス・イルバート、テメェは―――」











「ら、ら、雷佳雷佳! もう良いかな!? もう止まって良いよね!?」

「よ、良かろう!」


 辺りに誰が居るとも分からないのにそう叫べば、二人はゆっくりと歩調を緩め数歩歩いてから立ち止まった。双方がぜいぜいと上がる息を整え、おそるおそる瞳を開けば其処には見慣れた街並が。目を瞑ったままだったのに、本当に障害物に当たらなかったなぁ、と暢気に考え、レイは落ち着いた呼吸を最後に整えるべく大きく深呼吸をした。


「……何だか静かだね」


 先までが騒々し過ぎたのだ、今の状況が一般的であり、本来の莉江なのだから。しん、と鎮まり返るこの場で、続く先の道を見遣りながら呟いた。


「嗚呼、今日のような月光が照る日は、とても綺麗な夜桜が見れるのにな……」

「……」


 自分と同じ方角を、雷佳の憂いを帯びた桃色が映す。その瞳には映っているのだろう、雷佳の言う、綺麗な夜桜と共に在る莉江の景色が。

 レイは胸が締め付けられた気がして、雷佳と繋ぐ手を力強く握り締めた。







「雷佳、行こう」


 レイは言う。


「あの馬鹿リーダーの変な機械とっととぶっ壊しちゃおう! 私、シンビオスの皆と一緒にその夜桜見たい!」

「レイ……」

「だから……一番綺麗に見える場所、案内してよね!」


 乱世の最中とは思えない満面の笑みで、レイは雷佳を見遣りそう言った。後からお姫様にそんなことさせちゃ駄目かな……、なんて思ったけれど、それを口にする前にレイが見たのは、雷佳の慈しむような優しい笑みだった。



「―――嗚呼、妾のとっておきの場所に案内しようぞ」



 その為にも、今をどうにかせねばな。

 雷佳はそう続け、力強くその手を握り返した―――。





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