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蒼の見据えるその先に


 がしゃん! ぐしゃあァ!!


 誰もが見惚れる程美麗だったはずの装飾品が紅赤のカーペットに落下する音、若しくは故意に壊される音が響く。先まではただの憩いの場として使われていた廊下から部屋に掛けての王宮内、幾ら王宮が広いといえど大勢の民達がこの空間だけに入り切る訳も無く、見える限り徒然に続く罪の無い人々の波の中を守るべき要人を連れて仲間が―――主にアルが―――恐るべき速度で走り去ったのを見送ったイル。

 相手が一般人である限り無闇に攻撃が出来ない、しかしそれを物ともせずに懐から無数のナイフを取り出しては的確に投げ抜き、こうして真剣な顔をしながらも何処か余裕ある表情でクレイとサイの元へ戻って来た―――入口付近に居ただけで、其処まで遠くに居た訳ではないのだが―――というのは殊に彼の強さを物語っている。―――実力的にも、精神的にも。



「久しぶりの実践だというのに、貴方の腕前も鈍ってはいないようでギルド長として嬉しい限りですね」


 イルの放ったナイフにより床の装飾の仲間入りとなっている民達はもがいているもののなかなか抜け出せないでいるらしく、それが他の民の邪魔をして部屋へ侵入してくる人の数は若干ながら減ってきているように伺える。涼しい笑みを浮かべて剣を振るクレイの動きは人を―――峰打ちとはいえ―――斬っているというのに野蛮というよりは本当に優雅であり、見る者が見る者であれば魅了させる動きで彼の動きは加速していっている。



「久しぶりと言ってもそう経っていないだろう、第一、それを知っていて人員を割り振った癖にな」

「ええ、それはまぁ。……ですが正直、迷ったんですよ」



 エトリーレの影響で身体が異常を訴えるサイを庇う形で動く二人は視線を交わすこともなくそう言葉を飛び交わせ、イルはクレイがお得意の笑みのまま発したワントーン下がった声音を拾いやっと其方をレンズ越しに捉えた。



「―――貴方とアルス、どちらに雷佳様とレイさんの二人を任せるか、です。普段でしたら迷わずサイを選択するんですが、パラライズ状態のサイを行かせる訳にも行きませんしね」

「……迷惑掛けてごめん。私なら大丈夫、だから……!」

「無理に動くな、今は俺達だけでも何とかなる」


 何の警戒も無しで居た自分に負い目を感じているのだろうサイ、動かない身体にムチを打ってでも動こうとしているのだろう。辛そうな息を吐きながら震える右手に力を込めるも、先以上に動いていないその身体を見てはイルに制される。そんなサイを見れば貴方にはサイの方を頼む必要もありましたしね、と苦笑を漏らしたクレイ。左頬を覆うガーゼは未だ健在で彼の腫れた頬を守っているが、その原因を作った彼女はきっと彼の頬に触れることすらままならないのだろう。

 目の前の民達も普段大剣を振り回している彼女ですら此処までの効力を伴うのだ、エトリーレという名の薬がどれだけ凄絶なものかを正に命懸けで教えてくれている。


 背後からの影に柄を利用して鳩尾を突く、動きは所詮並以下か―――と安心半分、先の少女、アートの微笑みが脳裏を掠めてクレイは緑黄の双眸を細めた。正直舌打ちをしたい気分だったのだけれど、今はそんなことに脳の要領を取られている暇は無い。目的も知らせずに此処まで同行させた実直で明澄めいちょうな心を持つレイと、治りかけているとはいえ戦闘となるには未だ万全以下な体調を承知で連れて来た生意気、けれど強硬な意志で自分のめいに忠実なアルがこの楼銀の何処かで要人―――雷佳を護る為に走り続けているはずなのだ。


「アルスは身体のこともありますし、本人は平気だと言っていましたが恐らく過度に動けば直ぐにボロが出ます。私の選択が誤りになる前に、とっとと合流したいところなのですがね」

「……殊勝だな。だが、お前は今まで過ちなんて犯したことがあったか?」


 勿論ありますよ、―――それはもう、大きな過ちを。

 薄く細められた緑黄はそのままに、クレイはふっと自嘲にも似た笑みを浮かべてそう思う。けれどそれを口に出さなかったのは所詮それは過去の事象であり、今考えるのはこの場を早急に切り抜けることと、アート等他二人の妖怪を捕まえることが先決だと知っているからである。

 突破口を見出す為に敵―――と形容するには些か抵抗があるが―――を往なす最中鋭く視線を走らせ思考を巡らせるも、なかなか良い策が浮かばないのかクレイは黙ったままで。けれど彼をギルド長、―――今作戦の司令塔として置いている以上、他の二人が口出しをすることはほぼありえない。


「……クレイ、」

「今は黙っているべきだ」

「でも、私も動けないしこれじゃあ―――ううん、だからこそ、よね」

「嗚呼、その通りだ」


 否、今までだってそんなこと有り得なかったのだ、何せ口出しをしようとしても、する必要が無いことに何時だって気付かされるのだから。

 ―――どんな作戦に於いたとしても、このギルド“シンビオス”が始動したその日から、



「さて二人共、」



 その緑黄が視るものは、



「―――行きますよ」



 たったひとつの勝利への活路のみ。

 にこり、と。普段の笑みとは一味違った口元だけの含み笑いを浮かべた彼を見れば、それが全ての合図となる。彼らしい大胆で破天荒なその策が密やかに語られるのだけれど、それが他の誰かにどんなに無謀と思われる策であったとしても。

 今此処に―――逆らうものなど、誰も居ない。





















「はぁ……はぁ……!」

「ら、雷佳様、大丈―――」

「頭下げろ!!」


 バァン!!

 アルの言葉とほぼ同時に放たれた銃弾と、反響する発砲音。長時間走り続けていたことで反射的に素早く反応出来たから良かったものの、これで当たっていたらどうしてくれるのだろう、なんて頭の片隅で考えなかった訳でも無いが、それこそ走り続けていた所為でそんな悪態をつく元気もレイには残っていなかった。

 彼が放った銃弾は建物の弱った幹を捉え、周りを巻き込むようにして轟音を響かせながら自分達が走り抜けてきた道を塞ぐ。既に追手がほぼ居ないと言っても完全に逃げ切らなければ意味が無い、とりあえず一旦何処かに身を潜めなければ―――とアルを先頭に人気の無い家屋へ無断侵入すれば後から続いた二人はペタンと床に座り込み、アルは壁を背に入口から外の様子を伺った。



「はぁ……雷佳様、お怪我はありませんか?」

「う、うむ、妾は大丈夫だ。そなた達は大丈夫なのか?」

「私は大丈夫です!」

「大事無い」



 不安そうな視線をレイと、少々距離の開いたアルに向けて雷佳が問えば、簡潔な答えが同意見に二通り返って来る。それに安心してかふう、と一息吐けば「すまない、直ぐに息を整える」と深呼吸を繰り返した。

 彼女の手を繋いだままのレイは自分も上がり切っている息を整えようと深呼吸をするも、入口付近に立ったままの彼が気になってちらりと様子を伺った。自分程では無いが息が上がっているのが分かる、けれど、そうだとしても彼はその場に立ち尽くしたままその様子を勘繰っていて、休息を摂るなんて様子を一切見せなかった。


「アルも休まなくて大丈夫? もう街の人達は来ないでしょ?」

「とりあえずはな。……けど、例の女やその仲間なんかに遭遇しねぇ保障は無ぇ、僕のことは良いからとっとと休んで何時でも動けるようにしとけ、良いな」

「う、うん」


 此方には一度も視線をくれないまま、普段より幾分饒舌なアルの言葉に素直に頷いた。そう、此処が家屋であろうとも、安全が保障されている訳では無い、自分が出来ることと言えばアルの言う通り、何時でも動けるように身体を休ませて―――この手を握り続けること。


「レイ」

「は、はい……?」

「―――そなたの手は暖かいな」


 決意を新たに、雷佳の手を握る強さを確かめる。そんなことをしていたからか急に声を掛けられ一瞬素っ頓狂な声を上げてしまったが、何とか普段のソプラノトーンで返事をすれば不意に雷佳が地面に垂れていたその手を持ち上げ、己の頬にまで持ってくる。


「妾の所為でこの様なことになってしまっているのにも関わらず、必死に妾を護ってくれようとしているのがこの手から伝わってくるのだ」

「……雷佳様……」

「雷佳で良い、そなた等とは歳も変わらぬのだ。この様な状況で様など付けられても歯痒いだけぞ?」


 何より妾がそう呼んで欲しいのだ、レイ、それに、アルスもな、―――不安で仕方のないはずのこの状況下で微々たるもそう笑む彼女を見て、レイもつられ笑みを零せば「分かりました」と小さく頷いた。


「妖怪達の思うようにはさせませんよ! 私も、シンビオスの皆さんも居ますから!!」

「ふふっ、頼もしい限りだ。……おや、レイもシンビオスの者では無いのか?」

「え、ええと、かっこ仮、ってとこだと思います……あはは」


 すっかり息の整った二人は笑みを合わせて微笑んだ。笑っていられる状況では無い、と誰しも怒れるところかもしれないが、二人の気付かぬ内に視線を其方に向けていたアルは怒るでも笑うでもなく、ただただ確認を入れるだけのように見ては直ぐに視線を元に戻した。


 ―――だからこそ、気付いた。




「レイ、雷佳、―――動くな」

「「!」」


 名前の呼び方で先までの話をちゃんと聞いていたことが分かったが、それ以上に鋭利なものとなったアルの一言に、二人はびくりと身を怯ませて動きを止めた。一体どうしたというのだろうか、一切の笑みを雰囲気に取り払われた二人は一度視線を合わせてから緊迫感を漂わせるアルを見る。



「あ、アル?」

「ゆっくりでいい、家の奥―――いや、姿勢低くしてこっちに来い」


 早く―――催促を語尾に付け足せば視線は莉江の街特有のガラスの無い窓に向いていて、眉間に皺を寄せながら「クレイドの野郎……何してやがんだ」なんて悪態を漏らした。言われた通りの動きで彼の足元近くまで動くレイは相変わらず雷佳の手を握っていて、彼女の様子を伺いながらもその双眸に浮かぶ不安の色を隠せないでいた。

 何が起こっているのかは分からない、けれど大丈夫、大丈夫。そう自身に言い聞かせつつアルを見上げれば途端頭上からばさりという効果音と共に視界が真っ暗になり、「え、ちょ、何!?」と慌てふためき大声を出した結果アルに怒られたという理不尽さ。絶対彼の所為なのに何だっていうのだ、と思いつつも頭から被されたそれから顔を出して彼をじとりと見ても彼の視線が此方を向いていなかったので色んな意味で不安になる、ちなみに被されたそれ、というのは彼が着ていたものであり、イルの所業で少々汚れてしまったスーツだった―――といっても生地が黒な為全く分からないのだが―――。

 スーツの下に着込んでいたワイシャツ一枚に右手のグローブ、その手に持つ白銀の銃をカチャ、カチャンという効果音を奏でさせ弄るもその手慣れた動きにレイの目が着いていける訳もなく、ただただ事態が掴めないレイは「アル、ス?」ともう一度彼の名を呼ぶことしか出来なかった。


「それ持ってろ、いや、捨てて良い。動きにくい」

「え、え!? だからど―――」

「声。音量を下げろ阿呆」


 溜息交じりの伏せた視線に注意されればレイはぐ、と押し黙り、今一度「……何が起こってるの?」と潜めた声で尋ねた。


「良いから静かにしてろ」

「だから何―――」  





 かつん、かつん、かつん。


 レイと雷佳の身がびくりと震える。一人冷静なアルは自身の口許に人差し指を置き、家屋内に響いたその音を視線で追うようにしてくうに視線を走らせた。


 その音―――天井の奥、否、―――家屋外、屋根に向けて。






『ごー、』


 かつん、


 音と同時に声が聞こえた、遮るものが多過ぎてくぐもって聞こえたその声は、確かにそう一言呟いた。



(何? ごー、って。後? 語? ……五?)


 誰かが居るということが分かったものの、そのくぐもった声の真意は分からず、アルの仕草通り黙りこくったままレイは一人粛々と思考を巡らせる。






『よん、さん』


 今度はかつん、という効果音が聞こえなかった。足音だと思われるその音が止んだということは単純に屋根の上の人物が立ち止まったということで合っているのだろうか。言葉の続きでそれがカウントダウンなのだと気付いたレイはカウントが止んだ後に起こる事象がどのようなものであっても慌てないようにと、隣のアルを一瞥してからぐっと自分も頭上を見上げる。






『にー』


 大丈夫、大丈夫ったら大丈夫。もう此処に来て何度心中で呟いたかなんて分からない、けれどそう思い込むしか今のレイに気持ちを落ち着かせる方法が存在しないから。






『いち』


(そう、誓ったんだもん。絶対に雷佳様を―――雷佳を護るって!!)



 ガチャン、







『―――Fire(発火).』


 






 しかしレイのそんな健気な誓いを嘲笑うかのように、その声は、確かに笑っていた。








 ―――ドガァアアアアアン!!!!!!!!


 響いた轟音、反響するはその家屋内―――そう、三人が隠れ潜んでいた、その家屋。

 大き過ぎるその破壊音に思わず叫び声を上げたレイと雷佳であったが、女性特有のその無駄に通る甲高い声ですら、その轟音の前では微々たるノイズにも等しい効果にしかならなかった。

 轟音の直前の機械音、瞬時それに気付いたアルは二人の前に躍り出て衝撃に構えたが、未だ知り得ない“何か”によって与えられたダメージは全て自分達から外れた家具へ与えらられた。受けたダメージといえば衝撃に寄って散り散りになった木片が、彼の頬を掠め紅のラインを引いたくらいのものである。


 ぱら、ぱら、と。天井から砂埃が舞う。屋根から天井を、そして地面をぶち抜いたその威力は恐らく何かの銃器だろう。

 しかし、


(―――この威力……冗談じゃねぇぞ……)


 此処に来て珍しく、アルの表情に焦りの色が見えた。

 普通の銃器でこれだけの威力が臨めるものなど有り得ない、誰が考えても改造銃。否、そのようなことはどうでも良い。


(こんなのをまともに喰らったら―――)


 背後に視線を遣る。今の衝撃に怯えたように、しかし護るべき雷佳の手と、反対の手に抱える自分の上着を決して離さなかったレイ。そしてその手に縋るようにしながらも怯えるのではなく、もう片方の手をぎゅっと握り強気な視線を忘れていない雷佳。

 それが、跡形もなく消えてしまう可能性があるのだ。目の前の残骸のように、否、目の前の残骸、以上に。



 意志など圧倒的な力の前では意味を成さないのかもしれない、アルは視線を前方に戻しつつも、そんな心中を誰にも悟られまいと銃を握る力をこれでもかと強めた。







「―――はろーはろー、姫君を護る騎士ナイトクン、ハジメマシテこんにちは。どーだい俺様開発“アレクサンドラヴィーナス003”の威力は」


 土砂と化した其処から舞い上がる砂煙、かつん、と聞こえた足音にデジャヴを感じながらもアルは銃口を砂煙の中へと突き付けた。

 歩きにくいのであろう、時折うおっと! なんて声を上げながら近付いてくる何者かは今、緊張感など微塵も感じていないのだろう、此方が緊迫しているのが馬鹿らしくなるそれにアルは一度舌打ちをしたが、だからといってその銃を下ろすことは出来なかった。これだけの威力だ、第二射が直ぐに来るはずが無い、そう思っていながらも自分は、一体何に警戒しているというのだろうか―――?

 やっとのことで砂煙から脱出してきた声の主は、しかと装着していたゴーグルをぐいと押し上げて数回咳き込む。「こんな威力にするつもりなかったんだけどな……」、そんなぼやきの後、何者か―――アルと年端の変わらぬ彼はゆっくりと顔を上げてアルの蒼眼と相対す赤銅の瞳を携え、ニヤリと憎たらしげに笑った。


「おうおうやる気満々だなあ姫君の騎士クン、今の威力を前にして、後ろの姫君達は怯えているというのに。いやあ天晴れ」 

「五月蠅い。貴様等はよっぽど無駄口を叩くのが好きなようだな」


 目の前の彼が担ぎ上げる大砲のようなもの、それが先の衝撃を作り出した正体なのだと誰もが気付くことだろう。彼の言う通り背後の二人は今の威力で言葉を失い、気配を以って其処に居ることを示している。

 アルの言葉にピクリと反応を見せた彼は訝しげにしたものの、直ぐに「嗚呼、アートな」と割り切った台詞を吐けば再び彼は笑った。


「話が通ってるようで何よりだ、騎士クン? 俺様はレジスタンス組織“カロディルナ”の一員にしてリーダー、名をアドルファス・フレイムザイン」


 こいつがリーダーか、目敏くも首元に灰の妖紋を見つけたアルは何処か余裕綽々なアドルファス―――アディに苛立ちを覚えつつも、少しも、微塵も目を離すことをしなかった。一歩一歩、確実に此方に近付いてくる彼に的を絞るも、引き金を引くことは未だしない。



「おんやあ? どうした騎士クン、俺の心臓は此処だぜ? 人間と場所は違わねえんだ、どうだい、一発撃ったって良いんだぜ?」



 くすくすと楽しそうに笑う彼、とんとん、と親指で突き付ける心臓の位置、これだけ苛立っている時、何時もならそんな軽い挑発にだって清々しいくらい呆気なく乗るアルなのに。

 なのに彼は、引き金を引かない。



「……そう黙ってると、後ろの姫君達も不安になっちゃうと思うけどな? 折角の色男が台無しだぜ、騎士ク―――」

「五月蠅ぇって言ったのが、聞こえなかったのか?」



 アディの笑みが取り払われる、食い気味に言葉を紡いだアルの視線と言葉に寄って。



「さっきから聞いていれば騎士だの姫だの。んなもんの為にこの銃を握ってる訳じゃねぇんだよ」




 パァン!!

 

 銃口を天井に向け放てば、後ろの気配が一度びくりと動き、反響音と共にその緊張が若干揺らぐのが分かった。頬を流れる血の線をその手で拭えば若干の痛みが走るけれど、重傷だと言われた身体は未だ悲鳴を上げてはいない。

 銃口を再び赤銅へと向ける。


「どうせ名前は割れてんだろ、だったらその変な呼称の仕方やめやがれ」

「―――ははん、威勢が良いな、アルス・イルバート」


 やはり知られていたその名を口にしたアディ。終始笑顔だった彼の表情はそれを無くした途端にアルに悪寒を走らせる、けれど次の瞬間にはニヒルな笑みが其処に残った。

 肩に担いでいた改造銃を背に下げて、その手に握るは独特な形容が丁度手に納まる漆黒の刃物、もしレイの思考がまともに回っていたならば、それがクナイだということに気付いただろう。



「とっとと楼銀の姫を此方に寄越せ、そうすりゃあ街の民くらい助けてやんのに」

「今助けたところでどうせ後々殺すんだろう。……第一、薬の種類が割れてりゃあうちの医師がどうにか出来んだよ」

「あれはエトリーレだぜ?」

「だから何だ、うちの医師をナメんじゃねぇ」



 其処まで言い合って、アルは一度目を伏せる。


「姫君は僕等が護る、ギルドの名に懸けて」


 振り向きはしない、護るべきものの確認は出来ている。託された命の重さを背後に感じ、首に締めるネクタイを取り払ってアルは数歩前に出た。


「僕の目の前で命を散らせようなんざ良い度胸だ。圧倒的な力を見せつけ、相手の戦意を削ぐなんてのが、この僕に通じるとでも思ってんのか?」


 正直一瞬通じそうになったとは口が裂けても言えない。普段より幾分饒舌で若干感情豊かに喋るのも、少々時間を取って自身を落ち着かせたいから、だということも。

 嘲笑を携えて一歩、また一歩と歩み寄る。クナイを手に取った彼を見て、二射目が来ないことに内心安堵するけれど、……けれど、彼はそれを捨てなかった、二射目は来る、何時かきっと。



(その前に片付ける、無理でも構わない―――)


 鮮明になってきた思考回路を確認してから伏せていた瞳を真っ直ぐ前に向け、力には勝てないのでは―――そう疑った思考を取り払ってアルは強く、その意志を抱く。



(―――護り切ってやろうじゃねぇか、終焉が来るその時まで)



 ズタズタの身体がどうなろうか知ったことでは無い、雷佳を、否、雷佳達を絶対に護り切る。自分がどうなろうと後はクレイ達がどうにかしてくれるだろうと、無意識の信頼を抱きながら。

 今一度響いた発砲音を合図に、二人の影が大地を蹴りくうを飛ぶ。狭い室内で一度かち合った影は、そのまま半壊の家屋を飛び出した。






 爆音と轟音と狂音が混ざり合い始まった乱戦に与えられた結末に、凄惨せいさんなカタストロフィが打たれぬことをこいねがう声が、―――聞こえた気がした。




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