ルルの誕生日
ルルたち一年生は、学年対抗リレーに向けて必死に練習を重ねていた。
どう考えても、飛行の面でも竜の操縦の面でも、竜アンカーの扱いでも上級生には劣る一年生。
きっと、付け焼き刃では勝つことは難しいだろう。
けれど、だからといって、それで諦める一年生ではない。
地上では竜アンカーをスムーズに扱えるよう、王城で見た竜騎士団の素早い乗り込みを思い出し、それに近づけるよう必死に努力した。
そして飛行では、一年生の中で一番飛行が上手いルルに助言をもらい、自分が飛ぶことになる区間を何度も繰り返し練習した。
風が強くても、雨が降っていても、急に気温が上昇しても、その状況に合った道筋を選べるよう、皆、必死にルルの指導に食らいつき、何度も飛んで体に叩き込んだ。
「上級生に勝つ気でいるけど、まぐれではなく、自分たちの力で勝った。そう言い切れるように頑張ろう!」
「「「おう!」」」
そんな言葉をスローガンに、一年生たちは空いている時間があれば練習に明け暮れた。
だからだろう。一年生などライバルにならないと思っていた三年生たちが、一年生に注目し、警戒し始めたのを肌で感じるようになった。
「今日も三年生が俺たちの飛行訓練を見ていたな」
「フッ、きっと私の飛行が素晴らしすぎて驚いたのだろう」
「二年生も見に来ていたわ。あ、でも、セドリック先輩はいなかったけれど……」
「おまけでレースに参加するんじゃなくて、ちゃんとライバルとして見てもらえてるなら嬉しいよねー」
「「ああ」」
「「うん」」
共通の敵がいることで、一年生の仲はますます深まり、絆も強くなっていった。
今年の一年生はどこか違う。
そんな教師陣の認識は、高学年全体にも伝わり始めていた。
「ルル、ちょっといいか……あのさ、話があるんだけど」
「エド? いいよ? どうしたの? 何か飛行に問題があった?」
夕方まで自主練習をした帰り道、エドがどことなく様子のおかしい雰囲気でルルに話しかけてきた。
ルルは一緒に寮へ向かっていたミアとクラリスに先に帰るよう告げると、エドと向かい合った。
そういえば、いつも一緒にいるハルトとノアの姿がない。もしかして喧嘩でもしたのかな? と疑問に思っていると、エドはルルと視線を合わせずに話し始めた。
「あのさ……」
「うん?」
「こ、今週末、一緒に街に出かけないか?」
「街に?」
「ああ、そう……あー、ほら、お前、誕生日が近いし、なんか奢ってやろうかなぁって思ってさっ」
夕日が当たり、エドの顔が真っ赤に見える。
きっとルルの背中も、太陽のせいで赤く染まっているだろう。
それにしても、エドが何か奢ってくれるなんて珍しい。
きっとこの気遣いは、キャプテンを務める姉、ルルへの日頃の感謝から出たものなのだろう。
一生懸命で可愛いなと思いつつ、あまりにも弟のリオにそっくりな顔をしているので笑いそうになりながら、ルルは「ごめんね」と謝った。
「今週末は、ミアとクラリスとエミリア先輩とシュガーベルに行く約束をしてるんだー」
「えっ……」
「私の誕生日だからって、三人でご馳走してくれるんだって。えへへ、今から何を食べようか楽しみなの。あ、もしかして、エドもシュガーベルに興味があった? だから私を誘ってくれたのかな? じゃあ、今度、みんなと一緒に出かけようか。大勢の方が楽しいと思うしねー」
「……」
ルルは気を利かせ、クラリスも一緒に出かけられるような作戦をエドに提案した。
女の子ばかりのお出かけにエドを一人だけ誘ったら、きっと緊張して何もしゃべらないだろう。けれど、大勢で一緒に出かければ、エドにもきっとチャンスはある。
ただ、この場でクラリスの気持ちがレオンに傾いていることだけは伝えられない。エドが落ち込むことは分かっているので、姉役としては弟の失恋をできるだけ先延ばしにしてあげたかった。
「……いや、うん、まあ、そうだな……今度、また、誘うよ……」
「うん! あ、飛行レースの後とかがいいかもね。みんなで祝勝会。ケーキとジュースで盛り上がるの! 最高じゃない?!」
「……」
ルル的には最高の提案をしたはずなのに、目の前のエドの顔は晴れない。
もしかして、街へのお誘いは恋の相談だったのかな? と心配になっていると、どこからかハルトとノアが現れ、エドの肩を抱いた。
「エド、練習頑張ろうな」
「エド、これからだよ、ファイト」
そう言って励ましている姿を見ると、やっぱりロッソとの飛行についてルルに相談したかったのかもしれない。それが正解だったのかな? と、仲のよさそうな三人を見ながら、ルルは勝手な疑問に納得する。
なのでルルは、姉ではなくキャプテンとしてエドに声をかけた。
「エド、週末は無理だけど、他の日でいいならいつでも相談に乗るからね。キャプテンの私には何でも話していいんだから、遠慮なんてしないでね!」
ハルトとノアを真似てエドの肩を叩けば、エドは力なく笑った。
ありがとうと答えたその声は、なんだか空気が抜けたような腑抜けた声で、そこまで飛行レースが不安なのかと、ルルは少し心配になってしまう。
「ルル、もう勘弁してやって」
「エドのことは僕らに任せてくれていいからさ」
「そう?」
男の子同士の方が話しやすいかもしれないと考えたルルは、三人を残してその場を離れた。
ただ、その場に残された男の子たちからは、「頑張れ、頑張れ、まだ頑張れるぞ」と励まし合う声が、しばらく続いていたのだった。
「ルルちゃん、ご自宅からお手紙が届いているわよ」
「わぁ! マーサさん、ありがとうございます! 待ってたんです!」
「ウフフ、お荷物も届いているわ。もうすぐ誕生日だものねー」
「わあぁ、本当だ! もしかして新しい洋服かも! マーサさん、受け取りありがとうございます」
「いいえ~、お部屋で見てらっしゃい」
「はい!」
マーサに礼を言い、ルルは荷物と手紙を持って部屋へ駆けていった。
案の定、箱を開けると、母が作ってくれた淡い緑色のワンピースが入っていた。
色は可愛いけれど、去年のものよりも形は少し大人っぽいように感じる。
きっと、背が伸びたルルを大人びてきたと感じてくれているからだろう。
シュガーベルに行く日に着ようと、ルルはワンピースを大事にハンガーに掛け、制服を掛けているポールハンガーに並べた。
「エヘヘ、着るのが楽しみっ!」
一人でそう呟き、今度は手紙に手を伸ばす。
アレクシスがルルの家に遊びに来たいと言ってから、初めての手紙だ。
きっと返事が書いてあると思うと、怖いような、早く読みたいような、不思議な気持ちになりながら、ルルは手紙を開けた。
「あ! 泊まりに来てもいいって書いてある! やった!」
急いで文字を追い、一番大事な部分へとたどり着く。
すると、そこには「王子殿下をお迎えする準備をします」と書いてあり、歓迎しますと伝えてほしいと、母の文字で添えられていた。
「やったー! 良かったー!」
願いが叶ってホッとしたルルは、今度はちゃんと手紙を読み始めた。
どうやら、両親のもとには王妃殿下から直接お願いの手紙が届いていたようだ。それもルルの手紙より先に、特急便で届いた手紙だった。
両親はルルに何かあったのかもしれないと、最初はひどく心配したようだ。
けれど、中を開けてみれば、王子のわがままを叶えてあげたいという母心がしたためられていた。
自由のない王子様がこれまでどれほど我慢してきたか。そして今回の願いが、おそらく最初で最後の大きなわがままになることも書かれていて、同じく子を持つロイドもミレイユも、「イエス」という選択肢しか選べなかったようだ。
そして祖父に相談してみたところ、「まあ、何とかなるだろう」という気軽な回答が返ってきたため、悩むのをやめたらしい。
『ルルのお友達として受け入れます』
家族会議の結果、王妃殿下にはそう返事を返したらしい。
「えへへ、アレク、喜ぶだろうな……」
ルルは両親と祖父の懐の深さに感謝しつつ、自分の心がウキウキしているのを感じた。
アレクシスがルルの家に泊まりに来る。
それは、夏休みの一番楽しい思い出になりそうだった。
そして数日後、セレスを磨きながら鼻歌を歌うルルの元へ、思わぬ人物が訪ねてきた。
「ルル!」
「アレク! えっ? 約束してなかったよね?」
泊まりに来てもいいという手紙を校長先生に渡した翌日、アレクシスが約束もないのに朝の飛行訓練の時間にやって来た。
公務の合間を縫ってやって来たのか、お忍びでこっそり来たのかは分からない。けれど、馬車から降りて駆けてきたのだろう。アレクシスの息は弾んでいて、そのうえ笑顔なので、ルルの手紙の内容が嬉しかったことは見ただけで分かった。
「ルル、ありがとう!」
「わっ! アレク?!」
「凄く凄く嬉しいよ! ルルがご両親を説得する手紙を書いてくれたんだろう? 母上からそう聞いたよ!」
興奮したアレクシスは、駆けてきた勢いそのままにルルに抱きついてきた。
エドやリオとは違い、男性ともいえるアレクシスに抱きしめられれば、さすがのルルだってドキドキしてしまう。
それも相手は王子様だ。
胸がうるさいほどに鳴っているのが、自分でも分かった。
「アレク、あの!」
「アハハ、夏が凄く楽しみだ! ルル、一緒に星を見る約束、忘れていないよね?」
ルルを離し、腕を掴んだまま、アレクシスはキラキラした笑顔を浮かべてルルの顔を見つめた。
もともと綺麗な顔立ちの青年の笑顔の破壊力はものすごく、そのうえ至近距離で見つめられ、ルルの心臓は痛いくらいにドキドキしていた。
「あ、そうだ。一番大事なことを言わなくちゃ」
「えっ?」
「ルル、お誕生日おめでとう。十三歳だね。ルルの一年が輝くものになることを祈っているよ」
そう言って、アレクシスはルルの手に何かを乗せた。
その手を開いてみれば、そこには小さな星形のペンダントがあった。セレスの鱗を使って作られたものだと分かる、独特の輝きを放っていた。
「これ……」
「ああ、前にもらったセレスの鱗で作ったんだ。僕とお揃い。セレスに乗って飛ぶ仲間の証。ルルにどうしても贈りたかったんだ」
「アレク、ありがとう! 凄く嬉しい!」
こんなに素敵なプレゼントなど、人生で初めてだった。
ルルの瞳は感動で滲んできている。
セレス色のペンダント。これは確実に一生の宝物になる。
「ルル、貸して。付けてあげるよ」
「えっ? あ、うん、ありがとう……」
アレクシスはそう言って、ルルの首元に手を伸ばした。
今度は違う意味でドキドキしてきて、ルルは自分が緊張しているのが分かった。
「ルル、こっちを向いて」
「えっ? うん……」
「うん、凄く可愛い。とてもよく似合っているよ」
「うん、ありがとう……」
いつもなら自分から「可愛いでしょう?」と聞けるルルなのに、なぜかアレクシスにはそんなことができない。アレクシスの顔も見ることができず、ただ見つめられるまま、そこに立っているのが精一杯だった。
ドキドキする胸が痛くて、言いたいことはたくさんあるのに、「ありがとう」以上の言葉が出なかった。
「ああ、ルル、ごめん。僕、もう行かないと」
「あ、うん、そうだね、アレクは忙しいもんね」
「うん、また会いに来るから、その時はベルン村の話をしよう。聞きたいこともたくさんあるしね」
「うん、そうだね。話そうね」
アレクシスは最後にルルの頬に触れ、もう一度「可愛いよ」と言ってから竜舎を出ていった。
残されたルルは、嵐の後のようにひどく疲れた気持ちになった。
心臓は痛いし、汗はかくし、体は固まるし。
今までにない感情のオンパレードで、朝からどっと疲れた気がするし、今すぐ布団に入って大声で叫びたいような、そんな気持ちになってしまう。
「キュゥ……」
「セレス……うん、大丈夫……少し休めば落ち着くと思うから……」
王子様という生き物の怖さを学んだルルは、絶対に他の女の子をアレクシスに近づけてはならないと、そんな気持ちにもなっていたのだった。
こんばんは、夢子です。
エド撃沈です。もっと早く誘えばよかったと後悔中。
ただ後日プレゼントは渡しています。
竜の刺繍の入ったハンカチ。
ハルトとノアと出かけ街で買いました。
ルルには喜ばれましたよ、ご安心を。
そしてカイルはルルの誕生日に気付いていません。
出遅れています。
まだまだ残念男子ですね。w




