王子様のお願い
ルルとアレクシスは久しぶりに一緒に空を飛んでいた。
何度目かの二人乗り飛行ということもあり、アレクシスもセレスの背に乗って飛ぶことに慣れてきたし、ルルもアレクシスのお陰で誰かを乗せて飛ぶ練習ができていると言える。
ただ、男の子ではなく、もう男性ともいえるアレクシスの声が耳の近くで聞こえることには、未だに慣れていない。エドや同級生の男の子を後ろに乗せるのとは何か違う感覚に、ルルは王子様を乗せているから緊張しているのだと、自分勝手な考えで納得していた。
「冬の間はセレスに乗れなかったから凄く楽しかったよ、ルル、セレス、ありがとう。また乗せてもらえることを楽しみにしているよ」
「今年は王都では吹雪く日が多かったもんね。いつもはここまで吹雪かないって友達に聞いたよ。水色ちゃんが森から出てきた理由も、そんなところからかもしれないね」
特別飛行訓練の日は猛吹雪だった。
水色ちゃんと呼んでいるあの野生の竜は、雪が大好きな竜の色をしている。
それは白銀ともいえるセレスも同じだけど、だからこそ、あの吹雪の中で仲間を見つけて遊ぼうと思ったのだと分かる。
だから夏になったら、もしかしたら水色ちゃんは森へ戻って、第一休憩所には顔を出さなくなる可能性もある。ただ、水色ちゃんはセレスのことが大好きなので、ルルはこのままアストリア竜騎士学園の竜になる気がしていた。
「ルル、実はルルにお願いがあるんだ」
「お願い?」
「そう、もうすぐ後期が終わって、夏の休暇になるだろう?」
「うん? そうだね」
「僕は今年の夏、隣国に行く用事があるんだ」
「隣国に?」
「そう、それでその時、ルルの家に寄らせてもらいたいんだ。隣国へ行く際、ベルン村は通り道にあるだろう? ルルの家にいる竜、グレイヴにも会ってみたいからね」
「……」
アレクシスの言葉に、ルルの思考が真っ白になる。
アレクシスはどうやら今年の夏、隣国へ行く用事があるらしい。
王子様って本当に大変だね、夏休みも仕事中心の生活なんだ。
それも学園を卒業してすぐの公務が外交。
既にアレクシスは大人扱いなのだな、凄いなぁ、と話を聞いて最初に思ったルルの感想はそれだった。
「えっ……? 今、ウチに来たいって言った? えっ? ベルン村に来るって、アレクが来るの?」
ルルの聞き間違いだろうか。そう思ってアレクシスに確認すると、「そうだよ」と頷かれた。
「ああ、勿論お忍びになってしまうが、ルルの家にお邪魔させてもらって、田舎の雰囲気を学ばせてほしいんだ。そうだね、出来れば二、三泊させてもらえるととても有り難いが、まあ、それはご実家の事情もあると思うし、無理にとは言わない。ベルン村に宿屋があれば、そちらに泊まっても大丈夫だしね」
「……」
ベルン村に宿屋などある訳がない。
どうしても泊まる必要がある冒険者などがいる場合、村長の家であるマエルの家に泊まることが定番だ。
ルルの家は竜グレイヴもいるため、かなり広い。
庭には竜舎も当然あるし、トーマスなど村に通う顔見知りが泊まることもあるため、客室も何室かある。あるのだが……果たしてそれが王子様が泊まる部屋に値するのか……? そう言われると、ルルは「はい」とはすぐには答えられなかった。
「えっと、アレクが村に来てくれることは凄く嬉しいけど……」
「ん?」
「王様は……アレクのご両親はベルン村に来ても良いって言ったの? あの、王子様って泊まる場所とか、凄く厳しいって私でも分かるんだけど……」
お忍びとはいえ、騎士もいないルルの家に王子様が泊まっても良いのだろうか?
勿論、いつもの騎士様も一緒にルルの家に泊まることになるとは思うが、何かあったらと考えれば、両陛下が許可するとは思えなかった。
「アハハ、ルルの家にはあのグレイヴがいるのに、何があるって言うのさ」
「それは……そうだけど……」
「それに、国の英雄と言われているバルガス・ヴァルドの自宅だよ。王城より安全かもしれないね。それに、英雄に戦いを挑む愚か者などいないと思うよ。何かあったら国中を敵に回すことになるしね」
「……」
ルルを揶揄うようなしぐさで、アレクシスはぱちんとウインクをする。
祖父バルガスが有名な竜騎士だったことはルルだって知っているが、だからと言って安全だと言い切られても困る。
少し離れてこちらを見守っているアレクシスの騎士様に視線を送る。「本当に良いんですか?」と目で訴えてみたけれど、騎士様は無表情。我関せずを貫き通すようだ。
「今回、隣国に行くことを条件に、ルルの家に行きたいと両親に我儘を言ったんだ。僕が自由でいられる時間は少ない。学園を卒業後は学生ではなく、第二王子として生きていかなければならないからね……」
「アレク?」
「だから、子供としての最後の我儘なんだ……ルルの生まれ故郷を見てみたい。それが僕の願いなんだよ」
「アレク……」
前から思っていたことだけど、王子様であるアレクシスに自由はあまりない。
その上、アレクシスは王子様という立場をきちんと理解していて、ルルと会うまでは我儘など言ったこともなく、「セレスに乗りたい」というのが最初の願いだった。
それも、自分自身で下準備をして、王様から「イエス」しかもらえないようにしての我儘だ。
どれだけ子供でいられる期間が短かったのか、常に王子様でいなければならなかったのかと思うと、ルルの胸は痛み、絶対に願いを叶えてあげたい! そんな気持ちになった。
「分かった! 私の家族は説得するから、アレク、泊まりに来て! 私もアレクが来てくれたら嬉しいし、夏休みの楽しみにもなるもんね!」
「本当かい? それはとても心強いな」
「うん、任せてよ!」
長い夏の休み。
王都に残る生徒は学園に通って自分の竜に会ったりできる。
でも、田舎であるベルン村に住むルルやエドは、またしばらく相棒に会えないし、学校の勉強と家の手伝いしかやることがない。シュガーベルのような可愛い喫茶店や、おやつの森のような美味しいお菓子を出す店などどこにもない。
そんな中、アレクシスがルルの家に来てくれれば、たとえ三日であっても、とても楽しい夏休みになるのは確実だった。
「ねえ、アレク、ベルン村に来たら何がしたい? 一緒に森に入っても良いのかな? 魚釣りとかはできる?」
「森か、たぶんジェイク、ああ、僕の騎士がいれば大丈夫だと思う。それに釣りも、やったことがないから挑戦してみたいな」
「うん、沢山遊ぼうよ。田舎っ子の遊び方、私が教えてあげるからね」
「アハハ、うん、凄く楽しみだ。ありがとう、ルル」
「うん」
いつもより少し子供っぽい笑顔を浮かべるアレクシスは、その笑顔だけでベルン村に来ることが楽しみだと教えてくれる。
ルルはいろんなことをして、アレクシスとの思い出を作りたいと考える。
「夜は屋根に登って星を見ようか」
「星か……きっと王城で見るより綺麗なのだろうな……」
「それから私の妹分、ニコにも紹介するね。すっごく可愛い猫なんだよ」
「猫か……ルルの猫ならきっと可愛いんだろうな」
「それから勿論グレイヴにも乗ろうよ。おじいちゃんの許可はちゃんと取っておくからさ」
「ああ、乗れたら嬉しいな。グレイヴは子供の頃から憧れていた竜だからね」
セレスの背中を磨きながら、アレクシスとベルン村で何をするか話し合う。
やりたいことが沢山あって、とてもじゃないけれど二日か三日では収まらない。
夏休みの間ずっと泊まってくれたらいいのに、そう願ってしまう。
(だけど、村の女の子たちにはアレクを紹介できないな……アレクを見たらみんな好きになっちゃいそうだもんね)
王子様らしい美しい顔で、村の子たちに笑顔を振りまいたらどうなるか……。
そう想像するだけで、ルルの心の中には危険信号の音が鳴る。
アレクシスには絶対に女の子の友人は紹介しない!
そう決めたルルだけれど、それが独占欲なのか、それとも王子様を心配してのことなのかは、ルル本人にも分からないことだった。
おはようございます、夢子です。
護衛騎士様にはちゃんと名前あります。
ジェイク・ディースト
年齢は二十代後半かなと思っております。
投稿出来てなく出遅れました。




