エドの誕生日
『ルル、元気かい? 冬の飛行訓練でのルルの活躍を周りからも聞いたよ。ルルの手紙の内容とあまりにも違っていて、同じ出来事だとは思えないほどで笑ってしまったよ。飛行訓練中に竜騎士の卵が新しい竜を倒し、従えてきた。王城の中ではそんな話になっているようだ。ルルはもう英雄のような扱いだよ。僕の可愛いお友達なのにね』
「……可愛いお友達って……もう、アレクってば、手紙でも揶揄って……」
久し振りにアレクシスからの手紙が届いた。
冬の間、さすがに空を飛ぶのは危険だと、アレクシスには飛行許可が下りず、一緒に飛べる日は減っていた。
それに王城から竜騎士学校へ通う道も、雪があまりにも積もっていると、王子が乗る馬車を出すことができず、手紙のやり取りが精一杯だった。
その手紙も、ルルが贈る回数の方が多く、アレクシスからの手紙は久し振りすぎて、ルルの頬は緩みっぱなしだった。
「アレク、そろそろ会えるかな……雪の日も殆どないし……」
三月になり、季節はもう落ち着き始めている。
雪が降っても吹雪くことはなく、積もっている雪が解け終われば、もう春だと言い切れるだろう。
「さてと、ゴードンさんに言ってキッチンを貸してもらわないとねー」
アレクシスからの手紙を引き出しに大事にしまい、ルルはキッチンへ向かう。
明日はエドの誕生日。
エドの好きなお菓子、アップルパイを焼く予定だ。
「ゴードンさん、お邪魔します」
「おう、ルルか。パイ生地は冷蔵庫に入っているぞ。上手くできてるじゃないか。さすがルルだな」
「えへへ、ありがとうございます。実家でよく作っていたんで、パイ作りは自信があるんです」
昨日の夜のうちに、パイ生地は作っておいた。
少し作業が多くて大変だったけど、エドの母エマが得意なアップルパイはエドの好物。姉役としては、どうしても作ってあげたかったのだ。
ルルは慣れた手つきで林檎を切り、鍋に入れると、砂糖とバターを加えて火にかける。
厨房の中に甘酸っぱい香りが広がり、ちょっとだけシュガーベルに行きたくなってしまう。
中火で水分がなくなるまで炒め煮しながら、ルルはエドが喜んでくれればいいなと願う。
(エマおばさんの味には敵わないだろうけど、それでも、いつも作るマフィンよりは喜んでくれるよね?)
シナモンを入れ、ひと混ぜしたら、バットに移して林檎を冷ます。
その間に、昨日作っておいた生地を取り出し、ルルは伸ばしていく。
「ルル、何か手伝うか?」
「ううん、ゴードンさん、ありがとう。気持ちだけで……これはプレゼントだから、一人で作り上げたいんだー」
休憩に入ったゴードンに声を掛けてもらったが、ルルは断りを入れる。
エドへの気持ちを込めたプレゼント。
そこはやはり、誰の手も借りずに作ってあげたい。
エマの味を再現しようと思っているだけに、プロの手は借りられない。そんな気持ちもあった。
「そうか、そうか、青春だなー。頑張れよ」
「はい、ありがとうございます。キッチン、綺麗に片づけておくんで安心してください」
「おう」
ゴードンは手を振り、休憩室へ向かって行った。
何が青春なのかは分からないけれど、ルルの気持ちは分かってもらえたらしい。
「ホールより、一口サイズに分けて作った方がエドも食べやすいよね」
たくさん作って自分の分も確保しようという欲がないと言えば嘘になるけれど、ホールサイズではさすがにエドも食べきれないという気遣いも、ルルの中にはある。
「ふふふん、クラリスとミアとエミリア先輩とお茶会開けるよねー」
アップルパイを四人で一緒に食べよう。
エドのためと言いながらも、お茶会の開催を想像し、いつの間にか自分が楽しむためのお菓子作りにもなっていた。
「よし、できた、後は焼くだけだね」
表面に卵黄を塗り終わり、温めておいたオーブンの中へパイ生地を入れる。
きっと今頃、寮内には甘い香りが漂っていることだろう。
今日は休みの日のため、学生はそれぞれ街へ出かけたり、学園で勉強したりしていて、寮内に残っている生徒が少ないことが救いだ。
二十分もするとアップルパイはいい色に焼き上がり、今すぐ食べてみたいと思うほど綺麗な形に仕上がった。
「やった! 成功だ!」
見るからに美味しそうなアップルパイ。
味は食べてみなければ分からないけれど、エマに教えてもらったレシピ通りに作ったので、失敗はなさそうだ。ルルはそのことにホッとする。
「冷めたら可愛くラッピングしよっと。八個あるからエドに半分、私たちに半分でちょうどいいよねー」
きっとエドのことだ、仲の良いハルトやノアと一緒に食べるだろう。
そう考えれば、四つ渡せばエドは二個は食べられる。
きっと満足してくれる。ルルにはそんな自信があった。
翌日。
竜の世話へ向かうエドをルルは呼び止める。
「エド、おはよう。あのさ、コレ、受け取って。誕生日プレゼントだよ」
「ルル……?」
思ったよりも効果があったのか、エドはルルからプレゼントを渡されると、少し頬を桃色に染め、嬉しそうな、照れくさそうな顔をする。
「開けて見てもいいか?」
「うん、勿論。気に入ってくれるといいけど」
箱を開け、エドは一瞬驚いた顔をする。
そしてその後、昨日のいい匂いはルルだったのかと、照れ笑いを浮かべた。
「俺がアップルパイ好きって、ルル知ってたんだな……」
「当たり前でしょう。何年幼馴染やってると思ってるの、エドの心の中なんてお見通しなんだからねー。私に隠し事なんてできないって、いい加減気づいた方が良いよ」
「アハハハハ、そうか、ならいいんだけどな」
エドの恋心まで把握しているつもりのルルは胸を張る。
だが、目の前のエドは苦笑い。
ルルには気づいてほしい想いがまったく届いていないことを、エドはよく分かっている顔だった。
「それとね、あとこれもどうぞ」
「これは?」
「ミサンガ。ミアに聞いて私が作ったの。切れるとお願い事が叶うんだって。えへへ、ロッソと同じ色の赤と、エドの瞳に似た黄色の糸を使ったよ。初めて作ったけど、結構可愛いでしょう?」
「……ああ、ありがとう……手づくりか……スゲー嬉しい……」
ロッソの色の赤と、エドからすればルルの髪色のような明るい黄色のミサンガ。
それは願いが叶う宝物のようで、エドは手に持ったミサンガを胸の前でギュッと抱きしめてしまう。
「喜んでもらえて良かった。ねえ、私が付けてあげるよ」
「えっ? あ、ああ……」
宝物として大切にしまっておこうかと思ったけれど、ルルに付けてもらえるのなら話は別だ。
エドは少しドキドキしながら、自分の手首にミサンガを付けるルルを見つめる。
去年より確実に綺麗になっているルルは、いろんな意味で注目を浴びている。
焦る気持ちは勿論あるが、今すぐどうにかしようという気持ちはエドにはない。
今はルルには敵わないところだらけで、せめて身長だけでも追いついてから男としてのアピールを始めよう。そう思っていた。
「エド、できたよ。お誕生日おめでとうね」
「えっ……?」
ルルはエドをギュッと抱きしめる。
エマやリオ、それからエドの父アルベルトの代わりに、きつく抱きしめた。
「これからも一緒に頑張ろうね。二人とも竜騎士になれるように、幼馴染として励まし合おうね」
そう言ってルルが離れると、エドの顔はひどいほどに真っ赤だった。
目も口も開いたままルルを見て、魚のようにパクパクと口を動かしている。
「エド?」
どうしたの? と思って頬に触れようとすると、左右に大きく首を振られて拒まれる。
どうやらお年頃のエドは、姉に抱きしめられることも恥ずかしかったらしい。
そう言えば、ここはクラリスが通る可能性もある。
配慮が足りなかったと反省するルルの前で、エドはぷるぷると震えだし、いつものように怒り出した。
「おま、おま、おまえ、ルル、こんなこと俺以外にしてないだろうなっ!」
「こんなことって、抱き着いたこと? 誰にもするわけじゃないよ。エドは家族だからでしょう? もう、そんなに怒らなくってもいいじゃない! 誰にも見られてなんていないんだからさー」
どうやら恥ずかしかったのではなく、ルルの行動があり得ないことに腹を立て、顔が赤くなっていたようだ。そんなに怒らなくても、ルルがカイルやレオン、ハルトに抱き着くわけがない。いや、ちょっとリオに似ているノアにならやる可能性はあるかも……と思っていると、エドは渡したアップルパイの箱を抱きしめ、ルルを指さした。
「とにかく、他の奴にはやるなよ! 約束だからな!」
「はいはい、分かりましたって。もう、エドは怒りんぼうだなー、血管切れちゃうよ」
「ルルが変なことするからだろう! それと! カイルにだけは絶対にやるなよな!」
「カイルに? やる訳無いじゃん! カイルに抱き着いたら何を言われるか……想像するだけで面倒くさいよ」
きっと「俺の手下になりたいのか!」と、カイルは大騒ぎするだろう。
それか、「傘下に入れてやってもいい」とか、また変なことを言い出しそうでげんなりする。
「ならいい、許してやる!」
そう言って早歩きになったエドを追いかける。
そして隣に立つと手を握り、竜舎までの道を一緒に歩く。
「もう一度言うね、エド、十三歳おめでとう」
ルルより先に一歩大人になったはずのエドは、相変わらず可愛い弟のようだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
エド、お誕生日おめでとう。
エドは三月生まれです。




