お土産と逢瀬
後期の授業が始まった。
そうは言っても初日は講堂に集まり、校長先生のありがたい話を聞き、休みの間の課題を提出して、担任ガイウスの話を聞いて終わったと言える。
そして二日目からは授業が始まったけれど、冬の間に体がなまっていないか確かめる程度の内容で、ルルの本心としてはグレイヴのしごきを思い出し、(もっと厳しく!)と物足りなく感じていた。
でも、これは仕方がないと思う。貴族の子息たちは冬の間はとても忙しく、課題をこなすのが精一杯だ。鍛錬に時間を割く割合は、学園にいる時よりも確実に減る。
そのため、最初から飛ばすことなく、なまった体を徐々に戻すところから始まった。それにお天気にも恵まれず、二日目、三日目は吹雪いていて、とても外で授業を行えるような天候ではなかった。
そして週が明け、今日は良いお天気。
今週からはやっと五日間の学校生活と本格的な授業が始まる。
なのでルルは朝からウキウキしてしょうがなかった。
今月は王城へ竜騎士団を見に行く予定もあるので、なおさらだ。
卒業後、自分が勤めることになる王城の竜騎士たちは、どんな様子なのか。
気になるのは当然で、ルルの妄想はどんどん膨らんでいた。
「ルル、おはよう。無事に帰って来たようで安心したよ。実家での生活は楽しかったかな?」
手紙の予定通り、アレクシスが第三竜舎にやって来た。
ルルが帰省を終えて寮に戻ると、アレクシスからの手紙が届いていて、今日この日に会いに来ると書いてあった。
空を飛ぶならお天気が良いなと願っていたのだが、その願いが通じたようでとても嬉しい。吹雪なら王子であるアレクシスを乗せて空を飛ぶ許可は下りない。まあ、竜舎の中でおしゃべりするのも楽しかったりするのだが、そこはアレクシスを喜ばせてあげたかった。
「アレク、おはよう。久しぶりだね。うん、実家は楽しかったよ。でもね、やっぱりセレスに会いたくなっちゃって、後半は少し物足りなかったかなぁ。課題も結構早く終わらせちゃったしねー」
それにアレクシスにも会いたくなったのだが、ルルはなぜかそのことだけは正直に話せない。他の子ならば会いたかったと言えるのに、アレクシスの顔を久しぶりに見ると、なんだか少し恥ずかしくて、喉が詰まるような感じがする。不思議だった。
「そうだ、アレク、お土産があるんだ」
「お土産?」
「うん、他の子たちにはメープルシロップを渡したんだけど、アレクは食べ物がダメだから、まずはこれ、グレイヴの鱗だよ」
黒く輝く鱗をアレクシスに差し出す。
グレイヴの体の中でも大きめの鱗で、ちょうど取れたものがあったため、アレクシスのお土産にいいだろうと持ってきた。
以前セレスの鱗も渡したことがあるけれど、グレイヴに憧れているアレクシスには、グレイヴの鱗も渡してあげたかった。
アレクシスは自分の顔の大きさとさほど変わらないグレイヴの黒い鱗を見て、少年のような目になった。興味津々な様子と嬉しさが、その金の瞳に表れていた。
「凄い! 凄いよ、ルル! 本当にこれを貰っても良いのかい? 黒い竜は珍しいのに!」
「うん、もちろんだよ。グレイヴにもちゃんとアレクに渡すって言ってきたんだ。だから受け取って。黒の鱗は厄除けのお守りにもなるらしいからね」
「ああ、ありがとう。ルル、大事にするよ!」
「うん」
満面の笑みでアレクシスはお礼を言ってくれる。
アレクシスはセレスのことも大好きだけど、祖父の竜グレイヴにも興味を持っていて、英雄の竜に会ってみたいと言っていた。
だから面白いかなと思って鱗をお土産代わりに持ってきたけれど、想像以上に喜んでもらえてルルも大満足だ。男の子にはやっぱり食べ物よりも、強さが分かるものの方が喜ばれるんだねと、能天気なことを考えていた。
「あともう一つ……あのね、これは私が描いた絵なんだけど……」
「ルルが描いた絵?」
「うん、ベルン村のことが知りたいって言ってたでしょう? だから村の絵とか、グレイヴの絵とか、それから私の妹分のニコの絵とか描いてきたの……もしよかったらと思って……あの、いらなかったらちゃんと言ってね。押し付けるのは嫌だから……」
ルルはベルン村で暇な時間に描いた数枚の絵をアレクシスの前に出す。
これがエドとか、ルルをよく知る人だったら何とも思わないのだけど、初めて自分の絵を見せる相手には、なんだか照れてしまう。
「ルル、素晴らしいね! ルルがこんなに絵が上手だなんて知らなかったよ」
「本当? 良かったー。お父さんが動物の絵をよく描いているから、私もちっちゃいころから真似して描いてたんだー」
お世辞ではなく、本当に絵を褒めてもらえて、ルルはホッとする。
王子様なら沢山の美しい絵を見ているだろうし、手元にもあるだろうから、ルルの絵なんて邪魔にしかならないのではないかと不安だっただけに、アレクシスの喜びようが嬉しかった。
「これがグレイヴか……とても強そうな竜だね……」
「うん、グレイヴは私が知ってる竜の中で一番強いと思う。本気になればベルン村なんて簡単に壊せちゃうぐらいの力はあるよねー」
「ハハハ、それは怖いな……でもきっと、それが英雄の竜の力なのだろうな……」
セレスも強く、この竜舎にいる竜たちのボスだけど、それでもグレイヴと戦ったら負けると思う。
グレイヴの強さは人では測れないものだと感じるし、そこに祖父の指示が加われば、国なんて簡単に落とせてしまうのでは? と、怖い考えまで浮かぶ。
もちろん、王子様の前でそんなことを正直に言うわけにはいかないが、ルルはそう思っていた。
「あ、この子がニコかい? 可愛い猫だ」
「でしょう? ふふふん、ニコはね、とーっても可愛くていい子なの。それにグレイヴに乗るのも大好きで……あ、でも冬はダメなの。私のベッドから出てこないし、グレイヴの鱗は冷たいって文句も言うんだよー」
「アハハ、それは仕方がないよ。猫は温かい場所を好む生き物だと聞いているし、冬の寒空なんて好きではないだろう」
「うん、そうなんだけどねー。ニコがいないと私の懐が寒いって言うか……いつも私の洋服の中に入り込んでいるからね」
「アハハ、それは是非見ていたいな、きっと可愛らしいだろうね」
アレクシスはベルン村の絵を気に入ってくれて、絵を見ては沢山の質問をしてくれる。
この場所はどことか、これは何に使うものなのかとか、二人で話をしていると時間はあっという間に過ぎて、今日の空のお散歩の時間は短くなってしまった。
今日の授業は空を飛ぶ日で良かったと、物足りなさそうなセレスを見て、ルルは反省した。
「はぁー、楽しい時間はあっという間だね。そろそろ城へ戻らないと……」
「うん、残念だけど、また今度ね。次はもっと長く空を飛ぼうね。今日は話に夢中になっちゃったから、アレクも物足りなかったでしょう? 次回はスピードもなるべく出すようにするから、楽しみにしててね」
「ああ、それは楽しみだ、セレス、次も頼むよ」
「ギャウ」
セレスと空を飛ぶことがアレクシスも大好きだ。
王子様にももっと時間があって、自由があればと思うこともあるけれど、限られた時間だからこそ大事にできる。そんな気もしていた。
「ルル、お土産をありがとう。今までで一番素敵な贈り物だったよ。大事にするからね……」
「うん、気に入ってもらえて良かった。あ、夏の休みの時もまたお土産を用意するから楽しみにしててね」
「……ああ、楽しみだ……」
夏のお土産は何が良いだろうか。
食べ物がダメとなると、かなり難しい。
村のお土産では木彫りのプレートとかはあるけれど、アレクシスなら祖父が彫った竜の置物の方が喜びそうだ。
そんなことを考えていると、アレクシスが「夏か……」と何かを呟いていた。
「殿下、流石にそろそろお時間が……」
「ああ、そうだね。馬車へ戻ろうか……」
アレクシスの顔に王子様らしい笑顔が浮かぶ。
別れの時間を感じ、アレクシスにまたしばらく会えないのかと思うと、ルルは寂しさを覚えた。
「アレク、またね」
寂しい気持ちを飲み込み、ルルは笑顔で手を振る。
「ああ、また」と返事をくれたアレクシスは一歩歩き出したが、足を止めると、ルルの元へ近づいた。
「ルル、忘れないで。僕はセレスとの時間を楽しみにしているけれど、一番の楽しみはルルとの逢瀬なんだ。これは本当のことだよ」
「えっ……」
そんな言葉を言い残すと、アレクシスは「じゃあ」と言って去っていく。
ルルは言われた言葉の意味を理解できず、その場で口を開けたまま固まった。
一体何を言われたのか、聞こえたけれど意味が分からない。
「逢瀬って……え? デートってこと? えーーーっ?!」
ルルの大きな悲鳴を聞き、セレスが「ギャウ!」と注意する。
それはうるさいと言っているようにも、何を今更と呆れているようにも聞こえ、ルルはどうしていいのか分からず、赤い顔のままセレスの背中を拭くことに逃げたのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、評価など、応援ありがとうございます。とても励みになっております。
アレクシスとルルの時間は書いていてとても楽しいです。
エドとカイルとは違った楽しみがあります。




