驚きの、後期の始まり
無事に王立アストリア竜騎士学園の寮に戻って来たルルとエド。
遠い村から到着した二人は、やはり今回も寮に戻るのが一番早く、残りの休み数日間は、朝、自分の竜の世話を終えると、マーサやゴードンの手伝いをして時間を過ごす。
学園が始まる二、三日前になると、複数の生徒も戻って来て、自分の竜との親睦や、課題や鍛錬の最終確認など、それぞれが思い思いに過ごしていた。
そんな中、ルルは昨日戻って来たレオンに声を掛けられる。
「ルル、クラリスは明日戻って来るんだっけ?」
「うん、緊急のことが何もなければそうなるって言ったよ。貴族は色々と忙しいんでしょう? 年末年始は親戚とかへの挨拶があるって言ってたし」
「ああ、まあ、そうだね」
クラリスは注目される竜騎士一家ということで、年末年始は夜会や茶会に呼ばれる機会が増えるそうでだ。けれど王城に勤める父や兄、そして母も竜騎士のためとても忙しく、そういったものには参加できない。なのでクラリスが代われるものは代理で出席することも多く、入寮はギリギリ、当日か前日になるとあらかじめ聞いてもいた。
「きっと新しい婚約者の話も出ると思いますわ……」
婚約者ルシアン・エヴァンスとの婚約を破棄したばかりのクラリスは、そう言って大きなため息を吐いた。竜騎士になることに集中しようと決めたけれど、簡単にはいかないようで、ルシアンの後釜に収まりたいと思う家は多いようだ。
そうでなければ、あのルシアンも廃嫡されるという大事にはならなかっただろうし、婚約を破棄されてあれほど慌てることもなかったはずだ。
せっかく竜騎士一家と縁を結べたのに、それをルシアンは台無しにしたのだ。親が怒るのも当然。
それもつまらない嫉妬からの浮気に、クラリスへの暴言付き。
貴族家の息子だからこそ親に切られてしまった。ルルにだって想像はついた。
そしてルルのもう一人の友人ミアは、実家の商会の手伝いがあるらしく、こちらも入寮はギリギリになると言っていた。
ミアの母親が乳飲み子を抱えている状態のため、ミアや他の上の子たちは忙しい年末年始の間は店の手伝いを率先して行うらしく、書き入れ時には働かないとと呟いた言葉を聞き、ルルは既に大人のように働く二人を凄いと思い、感心した。
ルルの中に、それに比べ自分は……という想いがないわけではないけれど、自分は自分。その代わり、二人が来た時は寮の様子を伝えよう。ルルは前向きに考えていた。
「クラリスって確か婚約を解消したって話だったよね? 合ってるかな?」
「えっ? うん、そうだけど……それがどうかした? まさか変な噂とか聞いたわけじゃないよね?」
「いや、変な噂は流れてないよ。相手のバカさ加減は色々と噂になってるみたいだけどね」
「そうなんだ……ならちょっと安心かな? 貴族の女の子って婚約解消とかその後が大変なんでしょう?」
「まあ、普通はそうだね。相手を探すのも苦労すると思うよ。でもクラリスは竜騎士になるほどの子だからね、周りはチャンスが来たって喜ぶんじゃないかな」
それを聞いてルルはホッとする。
貴族の、それも高位の貴族家であるカイルと仲のいいレオンならば、間違った情報は掴んでいないはずだ。モテモテなクラリスを想像すると、それはそれで迷惑だとクラリス本人は言いそうだけど、自分で相手を選べるチャンスがあるのならば良かったと思う。
婚約が壊れた令嬢の中には、年の離れた人と結婚しなければならなくなったり、評判の悪い人に嫁がなければならなくなったりすることもあると聞く。
そんなことがクラリスにないだけでも良かったと思う。
それはクラリスが竜騎士の道を進むからこその結果だけど、今度は幸せな恋をとルルは願っていた。
そしてそんなことがあった翌日。
クラリスとミアは寮に戻って来た。
ルルに会うと、いつもの笑顔を向けてくれる。
「クラリスがウチまで馬車で迎えに来てくれたのよ、優しいでしょう」
「べ、別に通り道だから寄っただけよ、特別なことではないわ」
ミアの褒め言葉を聞いてクラリスは頬を染めながらツンッとそっぽを向く。
普段は大人っぽくて余裕のあるクラリスだけど、褒められることには慣れていないのか、恥ずかしがってツンツンしてしまうところは可愛らしい。
二人して見つめていると、もう何ですの! とクラリスが怒る。それがあまりにも可愛すぎて、ミアと一緒にくすくす笑っていると、「クラリス、お帰り」とレオンが声を掛けてきた。
「レオン……」
レオンの顔を見てクラリスから笑顔が消える。
もしかして、まだ以前の注意の件を気にしているのだろうか。そんな憂い顔だ。
だけどレオンはクラリスの様子に気付いていながらも、自然な笑顔でクラリスに近付いた。
「クラリス、荷物を持つよ、貸して」
「だ、大丈夫ですわ。これ一つですもの、自分で持てますわ」
「そう? じゃあ部屋までエスコートさせてよ、階段もあるからね」
「……」
仲良くしようとしているのか、レオンはクラリスに手を差し出す。
クラリスはミアとルルに視線を送ったあと、仕方がないといった風にレオンの手を取った。
その瞬間、レオンは危ないからと言ってクラリスの荷物をひょいっと持ち上げ、驚くミアとルルをその場に残し、クラリスを部屋へエスコートしていってしまう。
「何あれ?」
「レオンってあんなキャラだった?」
先へ進むクラリスたちをルルたちもそっと追いかける。
三階は女の子しか入れないため、二階の階段踊り場でレオンはエスコートを終える。そして「クラリス、俺は本気だからね」とクラリスに伝えると、じゃあまたあとでと言って自分の部屋へ戻っていった。
残されたクラリスの顔は真っ赤だ。
無言のまま自室へ向かい始め、ルルたちも無言のままクラリスの後を追う。
そして一緒に部屋に入ると、クラリスが騒ぎ出す。
「もう、もう! なんなんですの、レオン! 絶対に私を揶揄っていますわ!」
「そう? そんな風に見えなかったけど……」
「うん、私もそう思う。紳士だったよねー。ああ、そういえばレオン、ずっとクラリスが戻ってくる日を気にしてたな。もしかしてタイミングを狙ってたのかな? そうか! クラリスに会えるのを楽しみにしてたんだね!」
「なっ!」
驚いたクラリスの顔は、トマトに負けないほどの赤いものに変わる。
嬉しいのか恥ずかしいのか、その顔からは分からないけれど、レオンを嫌っているわけではなさそうで、そこには安心する。
それにレオンもあんなことがあったせいか、積極的にクラリスと仲良くしようとしているようで、仲間内でギスギスしたものがないことには嬉しくもあった。
「……ウチに……レオンの家から釣書が届いたの……」
「「つりしょ?」」
「……ええ、簡単に言いますと、自己紹介が書かれた結婚の申し込みですわ」
「へー、結婚……」
「釣書って身上書と同じかなぁ……」
「「って! えっ? レオンと結婚?! えええっ?!」」
突然の告白にルルとミアは驚く。
どうやらレオンのあの態度はクラリスへのアプローチだったらしい。
頬を赤く染めたままのクラリスは、自分の手の中に顔を隠す。
照れているということは、まんざらでもないのだろう。
それにレオンの「本気だ」という先ほどの言葉も心に響いているようだった。
「釣書にはレオンからの手紙もついていて……」
「手紙って……」
「もしかしてラブレター?」
「……そこに、この前私が注意したことで目が覚めたって……私がレオンの女神だって……そんなことが書いてあって……」
「「女神……」」
「一緒に竜騎士になって、私の両親みたいな家を興したいって……」
「「……」」
押せ押せのレオンの行動に、クラリスへの本気度が見て取れる。
レオンはきっと、これまで夢中になるものがなかったのだろう。
学校での授業の様子や、試験の様子を見れば分かる。
カイルよりも上に行かない、カイルよりも劣る成績でいる。
そのことが目標で、自分自身の目標ではなかったはずだ。
それがクラリスの一言で吹っ切れた。
女神だと言い出すのもちょっと分かる気がした。
「クラリスは返事をしたの?」
「……お父様とお母様はグランフォード家の子ならばって乗り気で……でも相性もあるだろうから、私に任せるって……レオンの手紙には、学校では普通に接してほしいって書いたわ。その、少し考える時間を欲しいってことも付け加えて……」
「「……」」
貴族の結婚はルルにもミアにもよく分からないけれど、クラリスがレオンをそういう対象として見出したことだけは分かる。
それはつまり、クラリスもレオンのことを意識しているということで……
二人の恋がこれからどうなるのか、ルルはミアと目を合わせ、ちょっとにやけてしまったのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
レオンは積極的にクラリスへアプローチします。
エドとカイルはアプローチというものを見習ってほしいものです。
この回からレオンは俺と一人称呼びが変わります。取り繕うのをやめました。




