冬休みの終わり
ルルたちが王都へ戻る日がやって来た。
楽しい時間はあっという間で、ベルン村に戻って来たのが昨日か一昨日のように感じるから不思議だ。
帰省中は祖父の竜グレイヴと空の旅を楽しんだのはもちろん、祖父の稽古を受けたり、父の診察について行ったり、母の手伝いをしたりと、ルルはとても楽しく、忙しい日々を過ごした。
そんな中でも、隣に住むエドとはほぼ毎日顔を合わせていた。エドはグレイヴの空散歩についてくることもあったし、祖父との稽古には当然毎朝参加していた。お互い休みであっても腕が鈍らないよう、鍛錬を続けていたのだ。
それからエドとは森へ行くこともあれば、近くの湖へ行くこともあった。そんなとき、エドは「俺たち何だか、アレみたいだな」と意味深なことを言うので、ルルはその問いかけに「姉弟」でしょうと、しっかり答えておいた。
エドはがっくりと肩を落としていたけれど、ここだけは譲れない。
ルルが姉、そのことはエドにもちゃんと理解してほしかった。
それからエドの家へ行って、リオと遊ぶこともあった。
リオは「ルル姉ちゃん」と言って甘えてくれるので、可愛くて仕方がない。
「僕、ルル姉ちゃんの本当の弟になりたいな~」
そんな可愛いことまで言ってくるので、もちろんいいよと頷き、エドにはドヤ顔を向けておいた。
『エドの弟は私の方が好きかもよん』
そんな意味を込めてみたのだが、効果てきめんだったようで、エドはここでも肩を落とした。すると、何故かそれを見てリオまで肩を落としていた。
「まだまだ時間がかかりそうねぇ」
エドの母エマが溜息を吐く。
きっとエドの背が伸びて、もっと兄らしくなることを望んでいるのだろう。だから「きっともうすぐだよ、エマおばさん」と励ましたけれど、エマの返事は苦笑いだけだった。
それから村の女の子たちとも久しぶりに遊んだ。
ルルには村に仲のいい子が数人いるので、お泊まり会を開き、ルルの家に来てもらった。
同じ年なのに恋人ができた子もいて、ルルはびっくりしてしまった。
「ルル、私たちもう十三歳よ。素敵な人はすぐに取られちゃうんだからね。コレだと思ったらさっさと捕まえておかないと、結婚できなくなっちゃうかもしれないんだからね!」
「う……うん……そうなんだ……」
誕生日が遅いルルはまだ十二歳だけれど、他の子たちはもう十三歳。
田舎では早い女の子なら十六歳で結婚することもあるとなれば、確かに相手がそろそろ決まっても何もおかしくはない。
それに、村の女の子のほとんどが結婚して家庭に入ると考えれば、条件が良くて優しい人は早いうちに捕まえておきたいと思うのも当然だ。
だからか、ルルのように竜騎士学園へ行くなんて想像もつかないようで、ちょっと村の子たちとの温度差を感じてしまった。
「ルルは誰か好きな人はいないの? 王都の学校には貴族の男の子たちもいるんでしょう?」
「好きな人? 男の子でってことでしょう? いないいない、今は竜騎士になる方が大事だもん。忙しくって恋なんてしてる暇ないよ~」
「そうなの? でもエドとはよくデートしてるじゃない? この前も森に行くのを見かけたわ」
「デート?! アハハハハ、違う違う、家の手伝いだよ。エドとは姉弟、そんな感じだし。エドは学園に気になる子がいるみたいだから、私が相手じゃかわいそうだよ、アハハハハ」
ルルがエドの秘密を話してしまったせいか、皆が口を開けてポカンとした顔になる。
絶対に内緒ねと言えば、皆はうんと頷いてくれたけれど、なんだか疑問顔で、ちょっと心配になってしまう。
だけど(エド君、ルルを諦めたの?)という皆の心までは、ルルには読めない。
まさか自分がエドの恋の相手になっているだなんて、思いもしないルルだった。
「実はね、私、ずっと前からマエルを狙っているの……だけど、なかなか誘いを受けてくれなくって……彼、今も初恋を引きずってるみたいなのよ……でも、もう叶わないって、マエルもいい加減気づいていると思うんだけど……」
「……初恋……?」
あの『意地悪マエル』に好きな相手がいるとは知らなかった。
ルルはエドと仲が悪いところしか見たことがなく、常に自慢げで、エドをチビと呼ぶさまは子供っぽかった。だからか、マエルが意中の女の子へアプローチしている姿なんて、想像もつかない。
でも、マエルは村長の息子だし、背も高く顔もそこそこカッコいいため、村の女の子には人気だ。
それに、エドがいないところでは、ルルにも「頑張って」とお菓子をくれたり、入学が決まったときには花束をくれたりと、気が利く子でもある。
だからこそ、アプローチの話を聞けば、この中の誰かと結婚して幸せになってくれたらいいなとルルは思う。もしマエルに恋の相談をされることがあったら……そのときは応援する気満々だった。
「みんな頑張ってね。あ、マエルとの結婚が決まったら教えてよ。きっとその頃には私も竜騎士になれてると思うし、竜で飛んできて盛大にお祝いするからさー」
ルルの言葉を聞いて、マエル狙いの子は気合が入る。
ルルが竜騎士になりたいと強く思う気持ちと同じくらい、彼女たちも恋に強い想いを抱いているのかもしれない。
(いつか私もそんな恋をしてみたいな~)
みんなの話を聞きながら、私にも竜より好きな相手ができる? と、そんな想像もできない未来に、少しだけ憧れを抱いたルルだった。
そんなたくさんの思い出ができ、冬休みはとても充実した日々を過ごせた。
だけど、そろそろセレスに会いたくもなる。
それはエドも一緒で「ロッソ、大丈夫かな……」と、相棒の名を口にすることが多くなっていた。
そして今日、ついに王都へ向かう。
家族とまた会えなくなる日々は寂しいけれど、それよりも早く仲間に会いたい、セレスに会いたい、空を飛びたい。そんな気持ちの方が強いのだから、自分たちのいる場所は竜騎士学校なのだと実感した気がした。
「あ、トーマスさんの馬車だ!」
トーマスの馬車が見えてくると、別れの時間が来たのだと分かる。
ルルは家族と挨拶を交わし、エドも家族との別れを惜しんだ。
「ルル姉ちゃん、お兄ちゃん! お勉強頑張ってねー!」
ルルとエドが乗り込み、走り出した馬車をリオが追いかけ、手を振ってくる。
ルルとエドは馬車から身を乗り出し、リオが見えなくなるまで手を振った。
「リオ、またすぐ帰ってくるからねー!」
「リオ、父さんと母さんを頼むな! いい子でいろよ。また土産持って帰ってくるからなー!」
ぶんぶんと大きく手を振るリオの姿が、小さくなって見えなくなっていく。
それは凄く寂しいけれど、気合が入る瞬間でもある。
ルルとエドは、競争相手がいる場所へこれからまた戻るのだ。冬の間に鍛え、強くなった自分たちを仲間に見せたかった。
「あれ? そう言えばトーマスおじさん、昨日はどこに泊まったの? ウチに来なかったけど?」
「いや、それは……」
「なんだ、ルル知らないのか? トーマスさんって彼女が隣村にいるんだぞ」
「えっ?! 彼女?!」
「いや、エド……」
「だからトーマスさん、そっからウチの村に来てるんだよ。トーマスさん、雪が積もればあと数日彼女の家にいられたのに残念だったねー。またしばらく会えなくなるし、寂しいでしょう?」
「……」
エドが揶揄うように言うと、トーマスがエドの頭をガシガシと、いい音が聞こえそうな勢いで撫でる。
何でもない風を装っているが、トーマスの頬は少し赤い気がした。
「トーマスおじさんに……かのじょ……」
何も聞いていなかったルルは驚きだ。
トーマスの彼女。
一体どんな相手なのか、凄く気になった。
「トーマスおじさん、なんで言ってくれなかったの! エドが知ってるのに私が知らないなんて酷い!」
「いや、いや、いや、ルルが知らないなんて俺が知らなかったんだよ。言っとくけど、ルルの家族は知っているからな。だから当然ルルも知っていると俺は思っていたんだよ。エドだって知っているぐらいだしな!」
そう言いながらも、苦笑いになるトーマスは怪しすぎる。
トーマスは、ルルが知らないことを知っていたはずだ。
年頃の女の子に彼女自慢をする四十近い男がいたら、それこそがおかしいということにルルは気づかないため、トーマスを睨んでしまう。
「気づかないルルがおかしいんだぞ。村のほとんどの女子が知ってると思うぜ」
「エドまで酷い! それじゃあ私が鈍感みたいな感じじゃない!」
「「……」」
ルルの言葉を聞いて顔を見合わせるエドとトーマスに気づかず、ルルはトーマスに質問を投げかける。ルルにとってトーマスは親戚のおじさんともいえる間柄。彼女のことが気にならないはずがなかった。
「ねえ、トーマスおじさん、彼女ってどんな人なの? 私の知ってる人?」
「いや、それは……」
「ルル、トーマスさんの彼女は隣村のエリーさんだよ。森の帰りに魔獣に襲われそうになっているところをトーマスさんが助けてさ、惚れられたって俺は聞いたぜ」
「いや、エド……」
「えっ?! エリーさんって、あのエリーさん?」
「そうそう、ウチの村でも美人だって騒がれてるあのエリーさんだよ。ここんとこ俺たちの村の奴ら、誰も騒がなかっただろう? トーマスさんと付き合ってるって知ってるから騒がなくなったんだよ。トーマスさんが相手じゃ勝てるわけないからなー。トーマスさんってカッコいいしさー」
「……そうなんだ……」
「……」
ルルはついついトーマスをじっと見つめてしまう。
トーマスはカッコいいし強いし尊敬しているけれど、ルルから見ればおじさんで、恋の相手には絶対にならない人でもある。
だからだろう、まだ二十歳ぐらいのエリーが恋の相手だと聞いて、本当に不思議でならなかった。
「ルル、その顔は何だ? 俺に何か言いたいことがあるのか?」
「……ううん、別に……ただ、トーマスおじさんも男の子だったんだなーって驚いただけで……」
トーマスがルルの頭に手を置き、ガシガシと強く撫でる。
恥ずかしさからの行動だと思うけれど、ちょっと痛い。
(トーマスおじさんとエリーさんが結婚するときは何かお祝いしないとなぁ)
トーマスを身内だと思うルルはそんなことを思うけれど、つい本音を呟いてしまう。
「はぁ~エド、私には恋は無理かも……何が何だか全然分からないよ……」
落ち込むルルを見て、エドが大きな溜息を吐く。
その息は「知ってる」と言っているようで、ルルは乙女として大きなショックを受けたのだった。
おはようございます、夢子です。
トーマスがいそいそと隣村に通う理由は彼女のエリー。w
勿論親公認です。両親も元竜騎士で真面目でカッコいいトーマスが相手で大歓迎。
エリーはまだ二十歳と若く、トーマスとは十五歳ほど離れている設定です。
「渋くて素敵!」
助けてもらったエリーの心の声でした。




