森と嫉妬
ベルン村にある実家へ帰って来たルルは、翌朝、鳥の声と共に目覚め、グレイヴがいる竜舎へ一人で向かう。残念ながら冬の寒さが苦手なニコは、まだルルのベッドの中だ。
冬の空気は冷たい。秋の風ならルルの服の中で我慢できるニコだけど、雪が積もるほどの寒さは、流石に我慢できないらしい。
ニコは空が好きな変わった猫だけど、そこはやっぱり猫でもある。
ぬくぬくホカホカなルルのベッドの中が一番好き!
そんな思いが伝わってくるような寝姿のニコの背を撫でて、ルルはグレイヴの元へ向かった。
「おじいちゃん、グレイヴ、おはよう。朝の散歩、私が行っても良い?」
「おお、ルル、起きられたか? 疲れて今日は無理だと思っていたが、前より体力も付いたようだな」
「うん、長い旅だったけど、座ってばっかりだったから元気いっぱいだよ。グレイヴ、飛行案内が上達したところを見せつけるからね、覚悟しててよ」
「ギャゥゥ」
やれやれと言いたげな様子ながらも、グレイヴの竜尾は嬉しそうに揺れている。
自分の孫同然のルルが家へ戻ってきたのだ。グレイヴが嬉しがらないはずがない。
バルガスは相棒のそんな様子に気付きながらも、ルルに伝えることはしなかった。
そんなことをすれば、グレイヴとの空の旅を楽しみにしていたルルに、グレイヴがわざとダメ出しばかりするのは想像がつく。なので、楽しんで来いよと背を撫で、見送るだけにとどめておいた。
「ルルー、森へ行かないかー」
朝食を終え、ルルがミレイユに甘えるように家事を手伝っていると、エドが玄関先に来て声を掛けてきた。多分、家の手伝いをするより外へ出ている方が良いのだろう。もしかしたらリオの質問攻めから逃げてきたのかもしれない。
「いいよー、行こ行こ。キノコとか取れたら、お母さんにシチュー作ってもらえるし」
「俺もそう思った。母さんにキノコシチュー食べたいって言ったら、森へ行ってきなさい、だってさ。まったくさー、人使いが荒いよなー、今日ぐらい休ませてほしいぜ」
「アハハハハ、エドってばそんなこと言って、嬉しいくせに」
「うるせぇ」
エドの母エマの美味しいご飯が食べたいと、素直に言えないエドはそんなことを言う。だけど幼馴染のルルは知っている。エドが甘え下手なことを。
弟のリオが生まれてから、エドは良いお兄ちゃんになろうと頑張っていた。だからこういう時に素直に甘えられない。それをルルはよく知っていた。
「お母さん、エドと森に行ってくるね」
「ええ、気を付けて、暗くなる前に戻ってくるのよ」
「はーい」
「おばさん、行ってきまーす」
ルルは弓と剣を持ち、エドは籠を背負い、手には槍を持っている。
森へキノコ採りに行くには重装備かもしれないが、この時期に狩れる獲物がいれば、ルルもエドも狩る気でいる。
村では狩りを仕事にしている狩人以外でも、どこかの家が獲物を狩れば、お福分けだと言って村の皆で分け合って食べる。もちろん、美味しい部分や量の采配は狩った者に任されるが、田舎では助け合うことが何よりも大事だった。
「あれ? ルル、そのリボン初めて見るな、王都で買ったのか?」
「ああ、これ? 違うよ、マエルに貰った花束についてたの」
「はぁ? マエル? マエルってあのマエルか? 村長の息子の、意地悪マエル?」
「アハハハハ、そうそう、意地悪マエル。でも最近はそんなに意地悪じゃないよ。私が竜騎士学校に合格したことを聞いて、『おめでとう』って花束を持ってきてくれたんだもん。昔より優しくなったし、大人になったと思うよ」
「……あの野郎……」
昔からエドとマエルは気が合わないようで、喧嘩ばかりしている。
マエルはルルたちより一つ年上で、村長の息子であることを自慢するような、ちょっと困った男の子だった。
エドはマエルよりも一つ下だけど、頭も良くて頼りになり、優しいから小さな男の子たちに兄のように慕われていた。それもあって、二人は顔を合わせればにらみ合い、口喧嘩ばかりしていたのだ。
ルルが間に入って止めれば、その瞬間だけは大人しくなる。それでも、村の子供が少ないにもかかわらず、年の近い二人が一緒に遊んでいるところを見たことがない。
一度、エドがいない間にマエルと魚釣りに出かけたら、エドが泣いてしまったことは今でも忘れられない苦い思い出だ。
そんな因縁の相手から贈られたリボンだからだろう。エドの黄色の瞳はギラリと光り、「捨ててしまえ」と言っているようだった。
「エド、あのね、物には罪はないからね。マエルだって幼馴染の一人だし、まあ、悪い人でもないしさー」
「……チッ、分かってるよ……それにアイツは本物の敵にはなれないだろうしな……」
「敵?」
「いや、何でもない。ルルは村長の嫁になったりはしないってことだ。俺と一緒に竜騎士になるんだからな」
「?」
ごにょごにょと何かを言いながら、エドはルルの少し前を歩く。
雪の中、危険がないか先を歩いて確かめてくれているのだろう。エドのこういう優しさは、弟のリオがいるからこそ身に付いたものだと思う。ルルはエドの後ろで(私の幼馴染って、本当いい子だよね~)とニヤニヤしながらついていく。
「見て、エド、雉がいる」
「本当だ、ルルどうする? 狩るか?」
「うん、狩ろうかな。お母さんの雉料理、美味しいし」
小声で話し合い、雉を狙うことをすぐに決める。
冬場は寒い日も多く、外へ出たがる大人は減る。
そのため狩りをする者も当然減るわけで、少しでも村の役に立てるなら嬉しい。それに自分の腕前がどれほど上がっているのかも気になっていた。
ルルは学園の最新の弓ではなく、自分が使い慣れた弓を雉に向け、引いてみる。
(あ、軽い。凄い、前と全然違う……)
入学前には力が必要だった弓が、今は軽々と引けて、自分でも驚く。
気を付けなければ手元が狂いそうなほど、自分の弓が違うものに感じられた。
もうルルは竜騎士学園の弓にすっかり慣れてしまったのだ。それを実感する。
ヒュンッ!
いい音を立てて放った矢は、雉目掛けて飛んでいく。
そして、ルルが狙った場所へ矢は届き、見事に雉を射抜いた。
「おお! ルル、流石だな、一発じゃん」
「うん、ありがとう、エド。なんか私、上達したかも……」
「そりゃそうだろう。学園で弓のプロに習ってきたんだ。それに、ルルが誰よりも努力してたの、俺は知ってるしな」
「エド……」
褒めたことが恥ずかしいのか、エドは雉が落ちた場所へ先に向かう。その後を追いながらルルが「ありがとう」と伝えれば、振り向かなくても分かるほどエドの顔は真っ赤になった。
だって、首も耳も、どこまでも赤いから、ルルにはエドの顔なんて簡単に想像がつく。
「まだ時間あるし、血抜きしちまうぞ」
「うん、ありがとう。エドってやっぱり頼りになるよね。本当に助かるよ」
可愛い弟のようなエドだけど、なんだか今日はちょっと頼りになる兄のようだ。
エドもルルと同じように成長しているらしい。
(ちょっとカッコいいじゃん、エド。村ではリオ世代の女の子には人気だったし、彼女が出来るのももうすぐかもね~)
ニヤニヤしそうになる口元をルルは押さえ、エドに気付かれないように誤魔化す。
これ以上余計なことを言えば、エドが怒ってしまうことは簡単に想像がつく。
久し振りの楽しい時間を余計な言葉で台無しにしたくはなかった。
気心の知れたエドとの森歩き。
心を軽くするためのリフレッシュには、とても良いものだった。
「エド、今夜はごちそうになっちゃうね。キノコもたっぷりあるし、雉も取れたし」
「キノコはともかく、雉は今夜は出せないだろう? それにおばさんなら熟成させるんじゃないのか? その方がルルも美味しいって、いつも言ってるじゃないか」
「そうだけどさー、気分? 美味しい物を想像したっていいじゃないー」
「アハハ、食い意地はってんなー」
「もう、酷い!」
そんなことを言い合いながら村へ戻る。
相変わらずエドはルルの前を歩き、危険がないか気にしながら先を進んでくれる。
それは森の出口までずっと続き、その後は「んっ」と言って手を差し出されたので、その手を握る。
エドの手は入学前よりも少しだけ大きくなっているし、繋ぐ力も強くなっている。そんな気がした。
「エド、今日は誘ってくれてありがとうね。お肉、後で届けるから、おばさんにも伝えておいてね」
家の前でエドと別れ、家へ入ろうとするルルの手を、エドは握ったまま離さない。どうしたのかと思い「エド?」ともう一度声を掛けると、エドは地面に視線を向けたまま、ルルの名を呼んだ。
「……ルル」
「何? どうしたの? 一緒にうちに来る? 夕飯食べてく?」
首を横に振り、エドは違うと意思表示をする。
だけど何かを言うわけではなく、ルルの手を握るエドの手にギュッと力が入った。
「そのリボン、ルルには全然似合ってないからなっ」
「えっ……?」
「お、俺が今度、街で可愛いリボン見つけるから、それ、もうつけるな、誰かにあげちまえ。ルルにはそんなケバケバした赤色じゃなくって、もっと可愛い色が似合うと思うしさ」
「エドってば……」
そんなにマエルが嫌いなのかと呆れるルルの前で、ふくれっ面をしたエドは「じゃあな」と言って家に駆け込んでいった。それもルルの返事も待たずに。
「まあ、弟の頼みなら聞いてあげるしかないけど……エドって意外と根に持つタイプだったんだねー」
マエルから顔を合わせるたびにチビチビと揶揄われていたエドを思い出し、ルルは髪に付けているリボンをそっと外す。これはニコにあげるしかないかな、そんなことを思いながら家の中に入るルルには、まだエドの恋心が伝わることはないのだった。
こんにちは、夢子です。
今日は遅めの投稿です。
はい、寝坊です。w
午前中はのんびりしておりました。




