冬休み
「ルル、エド、もうすぐベルン村だぞ、目を覚ませ」
「へ? 本当だ! ベルン村だ! うわぁ、なんか懐かしー!」
「おおお! ベルン村だー! アハハ、ちょっと離れただけなのに、なんかちっちゃく感じるなー!」
王都からベルン村へ向かう馬車の中。
長旅の疲れからウトウトしていた二人の耳にトーマスの声が届き、二人は目を覚ます。
王都を出て今日で十日目。
雪が積もる冬の旅だったが、天候に恵まれたルルたち一行は順調に道を進み、今日、懐かしい故郷ベルン村へ到着した。
王立アストリア竜騎士学園を出る前、ルルはセレスに声を掛けた。
暫く実家に帰ること、田舎なので冬休みの間は留守にすること、そして会えないことが寂しいと伝えると、セレスはルルの頬を優しく舐めてくれた。
「ギャウ、ギャウギャ」
「うん、そうなんだけどね……やっぱりセレスに会えないと思うと凄く寂しいよ」
人間の一か月なんて、寿命の長いセレスにとってはほんの数日、そんな感覚らしい。
だから、ちょっといないだけでしょう? とセレスは軽く言うけれど、それでもルルは離れるのが寂しい。セレスも一緒に行けたら良いのにと、そう思ってしまう。
「竜騎士になったら帰郷はセレスと一緒に出来るから、そうしたら家族を紹介するからね」
「ギャウ」
竜騎士は竜に乗っての帰郷を許可されている。
勿論、申請は必要だし、かなり厳しい基準もあるが、竜がくつろげる場を確保できるのならば、それほど難しいことではないらしい。
だから竜騎士になったら、絶対にすぐに申請を出して、セレスをベルン村へ連れて帰ろうとルルは決めている。きっとエドも同じ考えだと思うので、セレス、グレイヴ、そしてエドの竜ロッソで、とても賑やかな帰郷になるだろう。ただ、三匹の竜が揃うことに、ベルン村の皆が腰を抜かさないか心配だったりもする。
「水色ちゃんにも挨拶出来たら良かったけど、まあ仕方ないよね」
水色ちゃんとは、ルルたちの特別飛行訓練でセレスに付いて来てしまった竜のことだ。
今は第一休憩所に住み着いていて、竜舎や、あの子が住んでいたと思われる森へ行ったりと、自由に過ごしているらしい。野生の竜は乱暴者で反抗的なものが多い中、あの竜は人慣れしていて、何よりもセレスが大好きだ。
このまま一年、大人しく第一休憩所の竜舎で過ごすようならば、竜騎士学園の竜として正式に迎えられるらしい。勿論、周りにあの竜の持ち主がいないかきちんと調べ、他国の竜でないことも確認する。
そのため、相棒が出来るまでの決まりで、体の色であの子のことを呼んでいる。
水色ちゃんとルルが声を掛けると、あの竜は喜んで寄ってくる。
それはセレスの相棒だからかもしれないけれど、それでも可愛いと思う気持ちは本当で、あの子にも大好きな相棒が出来ればいいなと思っていた。
「ギャウ」
「アレク? うん、アレクには手紙を書いたよ。まあ、あのアレクなら私が出かけることぐらい情報を掴んでると思うけどね。それでも、行ってきますは自分で伝えたかったんだ」
セレスと離れることが寂しくてしょんぼりするルルを見かねて、セレスはアレクシスの名を出す。
ルルがアレクシスの名前を出せば少しだけ元気を取り戻すことを、これまでのことからセレスは分かっていた。案の定、アレクシスの話を始めたルルには笑顔が戻る。
「お土産何が良いかな?」
そんなことを言い出したルルには、もう寂しさは消えているようだった。
セレスはホッとしながらも、やっぱり少しだけルルが早く戻ってくると良いなと願っていた。
そんなことがありながら、ルルはベルン村に戻って来た。
旅路の間、夜になるとセレスのことばかり思い出していたけれど、ベルン村が見えてくるとやっぱり心が躍る。会いたかった家族に会える。そのことが嬉しくて、顔には憂いなど何もなく、笑顔が浮かんでいた。
「お父さん! お母さん! トーマスさんの馬車が見えてきたよ! 早く早く! お兄ちゃんが帰って来たー!」
ルルの家が見えてくると、隣の家のエドの家も当然見えてくる。
まだ馬車に乗っているルルとエドには、リオだと思われる弾んだ大きな声が聞こえ、思わず笑ってしまう。
「まったくアイツ……」
「アハハ、お兄ちゃんが帰ってきてくれて嬉しいんだよ、許してあげなよ」
エドは騒ぐリオが恥ずかしいのか、「ちぇ~」と言いながら口を尖らせ、そっぽを向く。
だけど、その頬は赤く照れているだけだと分かる。
エドだってリオに会えることを楽しみにしていたのだ。
だから、きっと今夜はリオを甘やかすはず。
長い付き合いのルルには、エドの行動などお見通しだった。
「ルル、お帰り」
「お父さん、お母さん、ただいま! 会いたかったよ~」
両親に会った瞬間、ルルは子供に戻る。
寂しさはずっと胸にあったけど、竜に夢中になることでそれを誤魔化し、前を向き続けていた。
だけど今は、キャプテンという肩の荷を下ろし、子供のルルとして両親の胸に飛び込んだ。
父と母に抱き着けば、懐かしい香りがする。
ルルの心を温めてくれる二人の香り。
(ああ、ベルン村に帰って来たんだ……)
それを実感すると、緊張していたものがスッと抜け、心が軽くなった気がした。
「おお、ルル、少し逞しくなったか。うん、背も伸びたみたいだな」
「おじいちゃん! ただいま!」
両親から離れ、今度は祖父バルガスに抱き着く。
いつだって逞しく頼りになる祖父の腕は、今日もルルを優しく包んでくれる。
「おじいちゃん、女の子に逞しくなったなんて言ったらだめなんだよ、失礼になるんだからね!」
「おう、そうだな。ルル、綺麗になったぞ。王都に行っていい友達に巡り会えたんじゃないか? いや、まさか、意中の相手がいるとかは言わないだろうな」
「意中の相手って、好きな人ってこと? それなら相棒のセレスが大好き! あのね、白い鱗で太陽に当たると銀にも見えて、とっても綺麗で美人で優しくていい子なのぉ」
「ほう、そうか、それは早く会ってみたいものだな。なあ、グレイヴ」
「ギャウ……」
別に……と言いたげなグレイヴだが、ルルに残るセレスの香りが気になるようで、ルルの顔ぐらいあるグレイヴの鼻がひくひくと動いている。
きっとセレスのことを美人だと紹介したから、気になって仕方がないのだろう。
ルルは心の中で笑いながら、最後に大事な妹分に声を掛ける。
「ニコ、ただいま、会いたかったよー」
「ニャア~ン」
「ウフフ、いい匂い。ニコからはいつもお日様の香りがするね、私の大好きな匂いだよ」
「ニャフ~ン」
ニコを抱き上げ、その体の香りを堪能する。
ベルン村にいる間は毎晩一緒に寝ていたため、夜、ニコがいなくて泣きそうになったことが何度もある。
それにニコのぬくもりがない夜は、一人ぼっちのような寂しい感覚に陥り、一番会いたいと望んだのもニコだった。
「ニコ、今日からまた一緒だよ。夜は一緒に寝ようね」
「ニャン」
ニコを抱きしめ、ルルは家に帰ってきたことを実感する。
自分の大好きで大切な場所はここだ。
それは離れたからこそ分かったことだった。
両親に抱きしめられているエドに手を振り、ルルは自宅へ入る。
今日はトーマスもルルの家に泊まることになっているため、トーマスも一緒にルルの家に入っていく。
明日は乗せてある郵便物を隣町へ運ぶため、ルルの家で休息をとるのだが、ルルとエドを無事に送り届けてくれたことへのお礼も兼ねている。
夕食の席には、母ミレイユの美味しい手料理が並ぶ。
ルルの帰りを待っていてくれたことが分かる、ルルの好物ばかりが並ぶ食卓に、ルルの目が輝き、母の想いを感じてありがたいなと感謝する。
冬の間は食材が手に入りにくい中、これだけの料理を用意してくれた母は凄いと思う。
愛されている。
そのことが実感できて、ルルは嬉しくて仕方がなかった。
「それでね、お友達はクラリスとミアって言って凄く可愛い子でね、二年のエミリア先輩も凄く優しくって、よくお茶をしたりしてね、街にある喫茶店も一緒に行ったりするの。シュガーベルっていう可愛い名前のお店で、美味しいから凄い人気なんだよ。あ、焼き菓子をちょっとだけお土産に買ってきたから、後で出すね、楽しみにしてて」
ルルの話は止まらない。
両親も祖父も優しい笑顔を浮かべて聞いてくれるから、学校のことを沢山話し続けた。
クラスのこと、友達のこと、セレスのこと、先輩のこと。
だけど何故か、アレクシスのことだけは誰にも話せなかった。
勿論、護衛の人からアレクシスの安全のために、誰にも話さないで欲しいと願われていたこともある。
でも、なんだか、アレクシスのことは自分だけの秘密にしておきたくて……
ニコと布団に入り、うつらうつらしながらアレクシスの笑顔を思い出せば、少しだけ胸が痛くなる。
(アレクにも直接行ってきますって言いたかったな……)
ルルはきゅうっとする胸の痛みを、食べ過ぎたのかも? と勘違いする。
アレクシスへの想いはルルの中ではまだその程度の認識だ。
「ただいま、私のお家。また暫く宜しくね……」
そう呟いたルルはニコを抱きしめ、安心した眠りについたのだった。
おはようございます、夢子です。
久し振りのベルン村です。
ルルの愛猫ニコ、ウチの長男猫がモデルです。w




