野生の竜とゴール
王立アストリア竜騎士学園の一学年を受け持つ担任、ガイウス・レインは焦っていた。
本日は猛吹雪。
本物の竜騎士でも飛行をためらう天候。
学園の教師陣の中には「一年生では今日の飛行は無理なのでは?」と言うものもいた。
だが、今年の一年生なら大丈夫だと、ガイウスは自信をもって言い切った。
今年の一年生には、ルル・ヴァルドを中心とした団結力がある。
そして何より、今までの学生ではありえないほど優秀な成績を収めている。
最初こそ、ルル・ヴァルドだけが特筆している、そう思われていた。
けれど、そのルルに刺激されてか、それとも最初から運命の出会いのようなメンバーが選ばれたのか、今年の一年生はどの授業でも脱落者を出すことがなく、他の学年の平均値を上回る成績を出すものばかりだ。
だからこそ、ガイウスは突然のことに目を疑った。
順調に進む一年生の集団から、一騎の竜が外れ、ものすごい勢いで飛び出していったからだ。
「あれはルルか?! クソッ! 何があった!」
各学年の力試しとなる冬の特別飛行訓練。
教師陣はつかず離れず、できるだけ見守るだけに徹し、脱落者を引き取るだけ。それが決まりとなっていた。
そのため、彼らに何があったのかはハッキリとは分からなかった。
それに何かあったとしても、命にかかわることでなければ手を出すことは出来ない。
あのルルが脱落するとは思えない。
それに、あの速さで飛ぶには何かしら理由があるはずだ。ガイウスはそう思った。
「レイン先生は引き続き一年生を追ってください。ヴァルドのことは我々が追いかけます」
「ええ、頼みます」
ルルの追走は他の教諭が受け持ってくれた。
だが、この吹雪の中、白い鱗を持つセレスを見つけて追いつくのは難しい。
女帝と呼ばれるセレスは、学園一の力を持つ竜だ。
それは何も力だけではない。速さも同じ。
本気で飛んだセレスに追いつくなど無理だ。
その上、乗り手は既に教師陣を追い越しているルル・ヴァルド。ガイウスもその教諭も、本心では見失うだろうと分かっていたが、追いかけないという選択肢はなかった。
「ルル、頼む、無事でいろよ!」
吹雪の中、ガイウスが叫んだ言葉は祈りの声でもあった。
「セレス、行くよ!」
「ギャウ!」
ルルはセレスに声を掛け、一年生の隊列から外れると、吹雪の中、まだ薄っすらと見えるか見えないか程度の『何か』へ向かって飛び出した。
仲間が驚き、止める声はもうルルにもセレスにも届かない。
相棒として一対の飛竜となった二人は、ものすごい速さで冬空を駆ける。
仲間を守ることに夢中なルルは気づいていないだろうが、そのスピードは本物の竜騎士であっても出せるか分からないほどのものだった。
幼いころから鍛え上げられたルルの操縦能力と、女帝と呼ばれるセレスの飛行能力があってこその速さ。
向かってくる風を切り、ルルたちは抵抗をものともせず大空を駆けていく。
残念ながら吹雪だったため、誰の目にも止まることはなかったが、ルルとセレスは今、光の速さで飛んでいた。
「セレス、見えてきたよ! やっぱりアレは野生の竜だね!」
「ギャ! ギャギャ!」
目の前に見えてきた『何か』は、予想通り野生の竜だった。
体は薄い水色で、冬空が好きな個体なのだろう。ワクワクしているような飛び方は、喜んでいると分かるそれだった。
けれど、その体はまだ小さく、大人になったばかりに見える。
セレスはその竜を見て「子供だ」とハッキリ言いきった。
きっとルルたちの竜が飛ぶ姿を見て、仲間がいると興奮してしまったのだろう。
物を知っている大人の竜は、人間が多くいる場所には近づかなくなる。
けれど、まだ若いその竜は好奇心に負けてしまったのだろう。
セレスを見ると、「ギャウー!」と楽し気な声を上げた。
「ギャッ!!」
挑戦的な子供の声に、セレスが「馬鹿にするな」と吠える。
女帝であり、学園の竜のボスであるセレスには、その竜の声は馬鹿にしているように聞こえたようだ。
本気でセレスが攻撃すれば、あの竜は一瞬で終わってしまうだろう。
ルルはセレスの首を撫で、落ち着かせる。
ルルが今日の日を楽しみにし、皆でゴールすることを切望していたことを知っているセレス。
ルルの邪魔をするなんて許せない! と怒る気持ちが伝わってくる。
それも、相手の竜はただ遊びたいから近づいてきただけだ。
そんな理由だからこそ、セレスの怒りは抑えられなかったのだろう。
ルルは相棒の優しさに感謝しながら、声色を落ち着かせてセレスに声を掛けた。
「セレス、落ち着いて。この子を森に返したら皆を追いかける。私たちの速さなら絶対にゴール前に追いつくから、落ち着いて」
「ギャッ」
「うん、ありがとう。さあ、セレス、あの子に力の違いを見せつけちゃうよ!」
「ギャウ!」
野生の竜と向かい合い、セレスは大きく羽を広げる。
臨戦態勢。
それを示しているのに、目の前の野生の竜は「何が始まるの?」とセレスに興味津々だ。
竜としての戦い方も分かっていないようだった。
「ギャウゥ?」
野生の竜が一鳴きしたことで、戦いを受けたとセレスは判断した。
そして上空高くへ一直線に飛んでいくと、そのまま急降下して野生の竜へと向かう。
「ギャウ? ギャウ?」
ルルには「なに? なに?」と、その竜が驚いているように感じた。
一体何が起こったのか、自分は遊びたいだけなのに、と困惑しているのが伝わってくる。
野生の竜の言葉は、本来とても分かりづらいものだ。
それは人間と接する機会がなかったことで、こちらの言葉が通じず、目や耳、竜尾で感情を表すことができないからだと思う。
だけど、目の前のこの子はセレスに乗るルルにも興味津々だし、感情が分かりやすく、とても野生の竜とは思えないほどの子だ。
(こんな子が悪い人に見つかったら……)
セレスが大人げない攻撃を上空から仕掛ける背に乗りながら、ルルは目の前の竜の未来を心配してもいた。
「ギャッ!」
セレスの攻撃が当たると、野生の竜は地面へ落とされる。
ドスンと大きな音がして、雪崩のように雪が落ちてくる。
「これで森へ帰るかな? セレス、あの子、怪我はしてないよね?」
「ギャウ、ギャギャギャ」
「それはそうだけど、あの子まだ子供だもん。あまり怒ったら流石に可哀想じゃない?」
「キュゥッ」
これも躾だとセレスは言いきるけれど、どう考えても立場の高いセレスの一撃は過剰な攻撃に感じてしまう。
あの子も悪気があったわけではないので、ルルとしてはもう少し手加減をと思ったのだが、一撃で終わらせたセレスは、十分手心を加えてやったのだと言い切っていた。
「キャウ……キャウキャウ」
野生の竜は雪の好きな水色だけあって、体に落ちてきた大量の雪もものともせず、地面から出てくるとセレスへ向けて羨望の目を向ける。
あなた、すごい!
野生の竜からは、そんな感情が伝わってきて、セレスは呆れたように「キュゥ……」と鳴く。
セレスにはルルよりも、もっと野生の竜の言葉が明確に伝わっているからだろう。
泣きもせず、負けも認めず、だからと言って怒りもしない。
そんな相手に困惑してもいるようで、「キュウ……」と困った子ねと言いながらも、少しだけ楽しんでいるようにも感じた。
「ねえ、あなた、これでもう満足でしょう。森へ帰りなさい。人が多いところは危ないのよ」
竜の鱗だけでなく、血も肉も、その体全てが価値があり、竜の密漁もあることを知るルルは、野生の竜に聞こえるよう大きな声で伝えるが、竜は「ギャ?」と鳴き、首を傾げるだけ。
それよりも、あなたを乗せるとあれができるのかと、セレスの先ほどの攻撃を自分も覚えたいと言っているようだった。
「セレス、セレスからも伝えてくれる? 森へ帰らないと危ないって」
「ギャウ……」
分かったわ、と頷いたセレスは「ギャウギャウギャギャ」と森へ戻るように促すが、野生の竜はますます好奇の目でセレスを見るだけ。
それよりあなたはルルと話ができるのかと、面白がっているようだった。
「セレス、どうしようか……」
「キュウ……ギャギャギャウ」
「だよねー、それしかないか……」
取り敢えず、セレスには興味があるけれど、人間を襲うそぶりのない野生の竜を、ルルは連れていくことにする。
きっと人間が多い場所へ行って怖がれば森へ逃げるだろうし、それでも楽しそうならば、あとは担任ガイウスの指示に任せるしかない。
まだ少年か少女ともいえるこの竜ならば、人間との共存に慣れるかもしれない。
ルルはその可能性に賭けることにした。
「はあ、絶対に怒られちゃうよね……」
「ギャウ? ギャギャギャ!」
「ありがとう、セレス。だけど気持ちだけで大丈夫。私が怒られても担任の先生を襲わないでね。悪いことをしたって自覚があるし、怒られても仕方がないと思うんだ……」
「ギャウ?」
セレスの中では、悪いのはルルの勉強を邪魔した野生の竜のようだ。
相棒の優しい声に笑いながら、ルルはもう一度野生の竜へ声を掛ける。
「あなたも一緒に来る?」
ルルの言葉は分からないようだけど、セレスのその表情で許されたことは分かったのだろう。
「ギャウ!」
セレスと一緒に行きたいと宣言した。
「よし、じゃあ、皆に追いつくよ!」
「ギャウ!」
「ギャッ!」
セレスと共にルルはまた空を駆ける。
隣には水色の竜も並んで駆けてくる。
優しいセレスは野生の竜に合わせ、先ほどよりも速度を落として飛んであげる。
だからきっと、ルルは皆のゴールには間に合わない。
きっとルルだけが失格、棄権した者扱いになるだろう。
だけど、そこに後悔はない。
一つの命を救えた。
皆をゴールへ向かわせることが出来た。
それに満足していた。
「ルル・ヴァルド! 無事か?!」
「えっ? 計算の先生?」
しばらく飛んだ先、皆と別れたその近くで、竜に乗る計算の授業の先生に出会い、ルルは驚く。
「ルル・ヴァルド、無事なのだな?」
「あ! はい、無事です!」
「その竜は?」
「えっと、なんかついてきちゃって」
「……そうか……」
ルルが答えると、計算の先生はすぐにイヤーカフで連絡を取り、ルルの無事を教師仲間に伝える。
怒られるかなとドキドキしたけれど、水色の竜を見て、先生も何か察してくれたようだ。
通信を終えると、ルルにある情報をくれた。
「ヴァルド、一年生はあと五分ぐらいでゴールするようだぞ」
「えっ?」
「お前と別れてから、スピードを落としたようだ。さて、ヴァルド、お前はどうする?」
「先生、私、急ぎます! セレス、行くよ、全速力! 水色ちゃんは先生と来てね!」
「ギャウ!」
「ギャ?」
ルルはセレスと共にゴールを目指す。
もうセレスとの飛び方は十分につかんだ。
さっきよりももっと早く飛べる。
ルルには、そんな自信が芽生えてもいた。
「セレス、見て、あれ、みんなの姿じゃない?」
「ギャウ!」
最高速度で空を駆けていくルルの先、速度を抑えて飛ぶ一年生たちの姿が目に入る。
「よし! 絶対に追いつこうね、セレス!」
「ギャウ!」
セレスの後ろからは、水色竜が一生懸命ついてきているようだが、その間隔はどんどん離され、距離が開く。
先生の竜が隣にいるため不安はないようだが、ルルたちはもう前しか見ていなかった。
仲間と一緒のゴール。
その目標に向け、ルルとセレスは今出せる最高の力を出し続けて飛んだ。
「おーい! みんなー、お待たせ~!」
「「「ルル!」」」
イヤーカフが使える範囲まで近づくと、声を掛けたルルに、仲間の声が返ってきた。
「ルル、貴女、後でお仕置きよ!」
「ルルちゃん、心配したよ、もう!」
「ルル・ヴァルド! どこへ行っていた!」
「ルル、馬鹿、アホ、この無鉄砲! 心配かけるんじゃねー! 心臓が止まると思っただろうが!」
イヤーカフからは、たくさんの声が聞こえてくる。
ルルは「ごめんね」と謝りながらも、嬉しくて笑ってしまう。
この仲間だから、ルルは安心して水色の竜の元へ迎えた。
そして、この仲間だから一緒にゴールしたいと、そう願ったのだ。
「着陸するぞ!」
「「「おう!」」」
レオンの合図を聞き、皆が着陸に集中する。
先頭のレオン、クラリス。
そして右翼のカイル、ノア。
左翼のミア、エド。
その後ろにディーン。
そして、しんがりを任せていたハルト。
最後にルルが着地し、一年生は無事に冬の特別飛行訓練に合格した。
それも一年生、誰一人脱落することなく、全員合格だ。
相棒の竜から降りた一年生たちには、安堵の色よりも、これまで誰も成し遂げていない結果を受け、誇りと嬉しさが溢れていたのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
また昨日は多くの方に読んでいただき感謝しております。
ブクマもありがとうございました。
水色ちゃんはエドの竜ロッソよりも幼い竜です。
人間と育っていたらまだ人を乗せ空を飛ぶことを許されていないと思います。
作者イメージではロッソが高校生ぐらい、水色ちゃんが中学生ぐらいです。w




