冬の特別飛行訓練
学園祭が終わると、一気に冬将軍がやって来た。
ベルン村よりも温かい王都グランディアだけど、雪が降る日も多くなってきた。
学生たちはコートを着込み、相棒に乗る際は温かな下着と分厚い手袋が必須となった。
空を駆ける際、上空はとても冷たく頬が切れてしまうような痛さもあり、ゴーグルだけでなく頬まで覆うことのできる帽子も必須となった。
ただしその分、人間側の動きは鈍くなる。それを踏まえて動くことも竜騎士になるための学びだ。
そして実は竜の中には寒さが苦手な個体がいる。特に赤やオレンジなど温かみのある色の竜はその傾向にあった。
そのため、寒がりな竜は腹巻のような衣装を身に着けることもあり、竜舎の中はますます賑やかな色合いとなっていた。
「皆、良いか、明日は吹雪の予定だ。そのため、今年最後の飛行訓練を行う。第三休憩所までだ、良いな」
「「「はい!」」」
担任ガイウスの言葉を聞いて皆真剣な顔で頷く。
吹雪が来たら特別飛行訓練が行われるのは知っていた。
これはどの学年でも行われる冬特有の訓練で、一年生は毎年半数が脱落すると言われている。
雪が降るだけでも視界は悪くなり、その上吹雪となれば強い風もあり、竜と繋がる命綱さえ凍り付き、切れるのではないかと不安になるそうだ。
それも飛ぶ距離は一年生が許されている第三休憩所までと長距離。
自分たちが飛べる最高の距離を飛び続ける過酷な訓練を前に、皆が硬い表情になるのも当然だった。
「先頭はルル・ヴァルドが良いか? いや、私が前の方が飛びやすいか?」
隊列は一年生だけで決める。
担任のガイウスは見守るだけ、飛行中も口を挟むことはない。
他の教職員もこの訓練を見守るが、脱落者の救助へ向かう、それだけだ。
そしてその脱落者を仲間が助けることも許されておらず、遅く弱いものは切り捨てる。
竜の生き方そのもののような訓練だった。
「私は先頭はクラリスとレオン、二人が良いと思う」
「えっ? 私か?」
「私が先頭ですの? ルル、どうしてそう思って?」
「うん、まず先頭は地理に詳しいことが絶対条件。雪山では景色が普段以上に同じに見えるの。それに風の音が五月蠅すぎるとイヤーカフが使えないこともある。だから王都育ちで地理に詳しいクラリスとレオンが先頭、それが安心」
ルルの説明にレオンとクラリスは納得顔だけど、カイルだけが不服そうに口を挟む。
「ルル・ヴァルド、ならば私が先頭でもいいだろう? 私も二人に負けず地理には詳しいぞ」
「うん、そうだね。だけどカイルとエドには頼みたいことがあって」
「「頼みたいこと?」」
「そう、カイルとエドでミアとノアについて欲しいの」
カイルとエドの視線がミアとノアへ向き、ぱちりと目が合った。
ノアとミアは一年生の中で一番飛行が苦手だ。
だからこそ飛ぶことに慣れている二人が寄り添い、引っ張って欲しいと思っている。
隊列の外を飛ぶよりも中央の方がまだ風や雪がマシなため、それを狙ってもいる。
「私たちが足を引っ張るのよね?」
「……あの、邪魔なら僕は脱落しても構わないんだけど……」
「何を言う! 私たち一年は全員で完走するのだぞ!」
「そうだよ、ミアもノアも一緒に飛ぶんだ。脱落者はいない方が良い。俺たち一年ならそれが出来る。キャプテンはそう思っているんだぜ、信じろよ」
カイルとエドの励ましを聞き飛行に自信がないミアとノアの視線がルルに向いた。
「うん、そうね、ルルの言う通りに飛べば大丈夫って知ってるわ」
「うん、僕も頑張るよ、みんなで合格出来たら凄いことだもんね」
気合いを入れたミアとノアの姿にルルはホッとし、カイルとエドは任せろと胸を張る。
「じゃあ、その後ろに僕とディーンかい?」
「僕もあまり飛ぶの上手じゃないけど……大丈夫かなぁ……」
ハルトの質問にルルはうんと頷く。
ハルトもディーンも人の様子に目を配るのが上手い。
そこはエドも同じだけど、二人には後ろからちょっと自己中なカイルに気を使いつつ、皆の底上げをして欲しい。
ミアとノアさえ飛び切ることが出来れば、一年生は必ずこの訓練を成功できる。
ルルにはそんな自信があった。
「私は最後尾。皆の様子を見ながら指示を出す。もしイヤーカフが使い物にならないときはセレスの鳴き声で指示を出すから、自分たちの相棒にちゃんと伝えておいてね」
皆がうんと頷き、明日の訓練の隊列が決まる。
一年全員合格。
それはまだ冬の特別飛行訓練で誰も成し遂げていない奇跡。
今年の一年生みんなで達成してやる!
クラス全員の顔に強い決意が灯った。
「ではこれから特別飛行訓練を行う。皆、準備は良いな!」
「「「はい!」」」
翌朝、吹雪は思った以上に酷いものだった。
学園内にいても校庭とその先の景色の境目が分からない、そんな状態だ。
新米の竜の中には「この中を飛ぶの?!」と驚く者もいるらしいが、エドの竜ロッソはエドへの信頼が厚いせいか落ち着いた様子だ。ロッソは紅色の竜のため、腹巻を巻いていて可愛らしい姿だが、エドの隣に立つロッソはどこか自信気に見える。エドの教育の賜物だろう。
ただノアの竜フィンとミアの竜モカは主の不安を敏感に感じ取っているのか、竜尾をそわそわと揺らして落ち着かない。吹雪の激しさを見てパートナーをちゃんと目的地に送れるか心配になっている様子だ。特にミアの竜モカは茶色で寒いことが苦手でもある。だからだろう「飛びたくないな」とその瞳が言っているようだった。
「ギャッ! ギャギャギャ!」
「「「ギャウゥーー!」」」
セレスが皆に発破をかける。
私がいるのに何を不安がっているの!
そう言っているような声色に、一年生の竜たちが「その通りでした!」とでも言うかのように鳴き声を上げる。
「よし、じゃあ、みんな飛ぶぞ」
「皆様、準備は良いですわね。出立いたしますわよ」
イヤーカフから聞こえてくるレオンとクラリスの声に、他の一年生たちが「はい」と答える。
それと同時にレオンとクラリスは「飛翔」と声掛けをして飛び上がり、カイルとノア、ミアとエド、そしてその後をハルトとディーンが飛び出し、ルルもセレスと共に空へ羽搏いた。
「上空、強風、皆出来るだけ固まって!」
「「「はい」」」
ルルの指示を聞き、出来るだけ皆が近寄って飛んでいく。
本当はもっと近づいた方が風の抵抗を無くせるが、今の一年生にはこれが精一杯。
それでも先頭を飛ぶレオンとクラリスのお陰で、ノアとミアへの風は他よりもマシだと言える。
二人のペースに合わせ飛ぶ技量があるレオンとクラリスは素晴らしく、先頭を任せてよかったと安堵した。
「エド、少しだけミアよりも高く飛んで、雪を避ける役目を担ってあげて」
「ああ、分かった」
「カイルはもう少しノアに近付ける?」
「ハハハ、ルル・ヴァルド、安心しろ。この私に不可能はない、ノアのことは私に任せておけ」
「うん、お願いね」
こんな時でさえもどこまでもカイルらしい口ぶりに、ルルだけでなく皆からもフフ、と笑みがこぼれる。
山の上を飛ぶ際は、雪だけでなく風もキツイものとなるが、皆が皆自分の役割を分かっているお陰で飛行は順調だ。
第二休憩所を越え、これなら全員合格できる。
そう思った時、ハルトが声を上げた。
「左側、怪しい影が見える! もしかしたら野生の竜かもしれない!」
「「「えっ?!」」」
一番左側を飛んでいたハルトの言葉に、一瞬隊列が乱れてしまう。
だけどルルは「落ち着いて」と声を掛ける。
吹雪の中、まだ野生の竜かは分からない。
それに第三休憩所まではもうあと少し、このまま安定した状態で進みたかった。
「レオン、クラリス、少しだけスピードを上げて! ノアとミアが出せる精一杯! それ以上は危険になるからキープしてね!」
「ああ!」
「ええ!」
「エド、カイル、ノアとミアのサポートをお願い。遅れないようにペースに気を付けてあげて」
「任せろ!」
「私には簡単なことだ!」
「ディーン、ノアのすぐ後ろについて、ハルトは私の代わりにしんがりをお願い」
「分かった!」
「分かったけど、ルルは?」
「私は本当に野生の竜かどうか見てくる」
「「「はぁあ?!」」
「これはリーダーからの指示! 全員そのまま第三休憩所まで向かえ! 私もすぐに追いかける!」
仲間に動揺する隙を与えず、ルルは怪しい影へ向かいセレスと物凄い速さで空を駆ける。
風を切る勢いで飛び出したルルに追いつける一年生はいない。
(絶対にみんなをゴールまで無事にたどり着かせるんだから!)
それは一年生の皆を導く、キャプテンとしてのルルの意地でもあった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
気温が安定しませんが、皆様体調は大丈夫でしょうか。
私は元気ですが、周りでは風邪をひく人が増えています。
皆様もご自愛くださいませ。




