旅立ちの準備
「ルル、制服を合わせましょう。こっちに来て頂戴」
「はーい、今行っきまーす」
合格通知が届いてから一か月後、ルルの元に竜騎士学校の制服が届いた。
濃紺に銀の刺繍が入った制服は、何度見てもカッコよく、ルルの心を躍らせる。
少し大きめの制服を母に直してもらい、三年間着ていく予定だ。
男の子は成長期に入る者も多いため、途中で制服の交換が必要になることもある。
けれど制服は国民の税金で用意されているもの。皆、大切に着るよう教えられている。
ルルも当然、三年間制服を大事にするつもりだった。
「お母さん、リボンも可愛いよね。水色で空の色だもん」
「フフフ、そうね。男の子のエドはネクタイだそうよ。結び方を教えて欲しいって、ロイドのところに来ていたわ」
「アハハ、竜騎士だったのはおじいちゃんなのに、お父さんに聞いてるの可笑しいね」
「あら、まあ、そうね。本当だわ。ロイドに聞くことにまったく違和感がなかったから、気づかなかったわ」
大雑把な祖父よりも、父にネクタイの結び方を聞くのは正解だとルルも思う。
きっと祖父に聞いても「まあ、こんなもんで良いだろう」と適当に結んで終わりそうだ。
「ルルが私ぐらいの背になるだろうと考えると、やっぱり途中で制服交換が必要になりそうね」
「えー、そうかな? 残念。私、三年間大事に制服を着たかったのになー」
「フフ、そうね。いい心がけだわ」
それに竜のことを考えれば、真新しい制服よりも、自分の匂いが染み込んだ制服を相棒が着ているほうが安心するはずだ。
竜騎士になるには、竜を一番に考えることが当然。
だからルルは、出来るだけ長くこの制服を着ていたいと思っていた。
「じゃあ、エドも制服交換必要になる?」
「ええ、きっとそうなるわね。エドはこれからが本格的な成長期ですもの。アルベルトの背を考えれば、季節ごとに制服を変える必要が出てくるかもしれないわ」
「うわぁー、大変そー」
その度に自分の相棒から怪訝な目を向けられるエドを想像し、ルルは同情の声を上げる。
でも、まだルルより小さなエドが自分より大きくなることは、ちょっと想像がつかない。
ルルを見下ろすエドを想像すると不思議な感覚で、なんだか笑いたくなるのが面白かった。
「さあ、次は作業着ね。ルル、竜のお世話の時は制服からちゃんと作業着に着替えることを約束して頂戴ね」
「はーい、分かってます。制服を汚したら大変だからでしょう? もう何十回も聞いたし、ちゃんと分かってますって、お母様」
「もう……心配だわぁ」
エドにも頼んでおこうかしら、という母のぼやきに、ルルは口を尖らせる。
ルルだってもう十二歳、自分のことはちゃんと自分で出来る。はず。
けれど夢中になると周りが見えなくなってしまう自分がいるのも知っているため、そこは口を挟まずに黙って耐えた。
「ブーツだけは仕方がないわね。ブーツは消耗品、そこはルルもちゃんと申請するのよ」
「うん、分かってる。竜の体は固いからブーツは壊れやすいもんね。お母さん、私グレイヴに乗ってるからちゃんと知ってるよ。心配し過ぎだって」
「そう、ならいいのだけど……」
祖父に似た性格のルルを、母はどこまでも心配する。
いや、まだ十二歳の娘が親元を離れるのだ。心配しないわけがない。
きっとエドも、エマから同じようなことを言われているのだろう。
母心としてはしょうがないことだった。
「あら、マントの刺繍は銀色なのね。お父さんのものは金だったわ」
「お母さん、おじいちゃんのマントは本物の竜騎士のだから金色なんだよ。私も卒業したら金縁マントになるんだからねっ」
「フフフ、そうね、そうだったわね」
竜騎士のマントは他の騎士たちとは違い、片方の肩から掛けるハーフマント。
そして飛行を出来るだけ邪魔しないように小さなものになっている。
それを付けるのも式典など特別な時のみ。
緊急時にマントがあってスピードを出せなかったなど、空を駆ける竜騎士にとって本末転倒だ。
何よりも動きやすさが優先されている。
だからこそ、大雑把なバルガスのマントも未だに綺麗な状態で残っていた。
「剣は入学後に支給されるそうよ。扱いには気を付けてね」
「うん、気を付ける。おじいちゃんにもそこは厳しく言われてるよ。剣は身を守るものでもあるけど、人と竜を傷つけるものだからって」
「ええ、そうね。そこは信用してるわ、ルル」
「うん」
竜騎士の夢を持つルルは、幼いころから祖父に剣も習ってきた。
だから剣の怖さも大切さもしっかり身についている。
遊び半分で人に剣を向ける輩がいたら、許せないほどだ。
ミレイユも、そこは安心していられた。
「鎧は皮の鎧だけなのね」
「うん。見習いはまだ戦うことはないし、それに空を飛んで竜と一体になれることが一番だから、本格的に鎧を身に着けるのは竜騎士団に入ってからって、おじいちゃんが言ってたよ」
「そうなのね……」
それでも、一人娘のルルが鎧を身に着け、戦いに向かう姿を想像するだけで胸が痛む。
もちろん口には出さないが、出来れば内勤でいて欲しい。
そう願ってしまう。
ただルルの性格もよく知っているため、ルルが大人しくしているなど出来ないこともよく分かっていた。
「さあ、これで制服は良いわね。あとは詰めるだけよ。ルルも手伝ってね」
「うん、もちろん。自分の制服だもん。出来るだけ自分で直すよ」
田舎の子だけあって、ルルはいろんなことが出来るように育てられてきた。
それは母ミレイユの頑張りでもあるが、ルルが興味津々な子に育ったからでもあった。
「午後はダンスのレッスンよ。エドも呼んであるからね」
「え~~~、またダンスー? もう飽きたよ。エドだって踊れるようになったし、もういいと思うんだけど……」
学園に入学する前に少しは村の友達と遊んで思い出を作りたいルルは拗ねるが、ミレイユは困った子を見る目になった。
「あなた、首席なのよ。ダンスは踊れるじゃダメなのよ。ちゃんと踊れないと」
「なんで?」
「なんでって、入学式の後で歓迎会があるでしょう? そこで首席は王家の方と踊るのよ。王族でも年が近い方が選ばれるから、年齢的に王子殿下のどちらかだと思うわ。ちゃんとしないと恥をかくのは貴女なのよ。しっかりなさい」
「うえ~、王子様とダンス? 最悪~。それならエドと踊った方がマシだし、グレイヴと踊る方が絶対に楽しいよー」
年頃の少女にしてはあり得ない反応に、ミレイユも苦笑いだ。
王子殿下と踊れる。
その名誉を得るために、どれほどのご令嬢が競っているのかをルルは知らないのだろう。
いや、知っていたとしてもルルなら同じ反応をしそうで、ミレイユとしては別の意味でも少し心配になった。
「荷物の中にはドレスも入れておくから、寮に着いたらちゃんとクローゼットに出しておくのよ」
「はーい。あ、お母さん、エドは? エドもドレスを着るの?」
「フフフ、いいえ。エドにはロイドの幼いころの衣装を渡したわ」
「お父さんの?」
「ええ、きっとエドも素敵になるはずよ。あ、ルル、歓迎会の日、時間があったらエドの髪も綺麗にしてあげてね」
「うん、分かった。ちびなエドでも女の子が振り向くぐらいカッコ良くしてあげる。じゃないと歓迎会楽しめないもんねー」
「まあ!」
ニシシといたずらっ子のように笑うルルの頭を、ミレイユが撫でる。
子育ての時間はあっという間で、子供の成長は思った以上に早いものだった。
今も既に寂しいけれど、本当の寂しさを知るのはルルが王都に向かってからだろう。
これからは一年に数回しか会えなくなると思うと、笑顔を作るのも大変だった。
「さあ、ルル、エドが来る前にお昼を食べてしまいましょう」
「うん、お腹空いたー。私、おじいちゃんを呼んでくるね。お父さんは戻ってこないんでしょう?」
「ええ、ロイドは往診に行っているから帰りは夕方よ。おじいちゃんを呼んできて頂戴。でもルル、階段は大人しくね」
「うぇ~、んんっ。はい、気を付けますわ、お母様」
「もう、ルルったら」
笑いながら部屋を出ていくルルの背は、まだ幼く細く、とても小さい。
ずっとこのまま、この家にいて欲しい。
そんな願いは当然あるけれど、ミレイユは笑顔でルルを見送る。
「ルル、頑張れ」
その言葉は、寂しい自分を励ます声掛けでもあった。
こんばんは、夢子です。
三話目です。
今日はここまでで終わります。
明日は二話投稿出来たらなと思っております。




