エドとカイル
「おい、カイル、話があるんだけど」
朝、自身の竜の世話へ向かったエドは、カイルを見かけ、話しかける。
クラスの中でノアの次に背の小さいエドは、カイルを見上げる形になるため、睨んでいるように見えるだろう。だけど今は、それを正すつもりはない。カイルにはずっと腹が立っていたからだ。
「ふん、エドか……まあいい、私もお前に話があるからな。聞いてやろう」
「……」
常に上から目線なカイルに、エドは腹が立つ。
これまでも話をしたことはあるが、カイルはいつもこんな感じだ。
エドを見下しているつもりはないのだろうが、そう見えて仕方がない。
エドとカイルは同学年でクラスも一緒、その上席は隣、性別も同じだ。
話したくなくても話さなければならないことはたくさんあったが、今日は違う。
ずっと言いたかった言葉を言ってやろうと、気合を入れていた。
貴族だとか、そんなものは関係ない。
ルルを困らせる相手。
それがカイル・アシュフォード、エドのイラつきの原因でもあった。
最初は入学試験で負けたからルルに突っかかっているのだろう。
子供っぽい性格のようだから仕方がない。そう思っていた。
だけどカイルは、常にルルに付きまとう。
授業の時だけじゃない。休み時間や寮での時間、それに休日まで、常にルルの行動を気にしている。いや、見つめている。そう言っても間違いではない。
エドはそれが気に入らなかった。
ルルへの恋心がエドにはある……だから気に入らない、そんな理由も確かにある。
だけど、一番の理由はカイルがルルの邪魔をしていることだった。
竜に夢中なルルにちょっかいをかけるカイルは、ルルが進む道の邪魔になる。
授業に集中したいルルに声をかけ、気を引いては集中力を切らせる。
それにカイルも、ルルに恋心を抱いている気がして……。
自分の気持ちに気づかれる前に潰してしまいたい。
ライバルになりそうな相手に、先手を打ちたいエドだった。
「それで? エド、お前の話は何だ? 早く言え」
お互いの竜へ朝の挨拶を終えた後、カイルの竜がいる第二竜舎の裏に二人は足を運び、向かい合う。
少しは言葉を選ぼうと思っていたエドだったけれど、相変わらずの態度のカイルに手加減などする気は消え、率直に言葉を掛けた。
「ルルに構うのを止めてくれないか」
「はあ?」
「ルルの邪魔をしないでくれ」
「……」
エドの言葉を聞いて、カイルは睨み、黙り込む。
きっと本人にはルルの邪魔をしている気などなかったのだろう。「何を言っているんだ、こいつ」そう言っているのが分かる顔だ。
エドは納得していないカイルに反論する時間を与えないように、理由を伝える。
「カイル、カイルはいつもルルが集中してる時に声をかけるだろう。飛行訓練の時や、剣の稽古の時も。それってさ、危ないって分からないか? 集中力が切れるって、竜騎士じゃなくても危険だよな? このままじゃルルはいつか怪我をする。下手をしたら竜から落ちるかもしれない。俺はルルの家族から、アイツを守るように託されてんだ。だからもう、クラスメイト以上の接触はやめて欲しい。ルルを危険な目に遭わせたくないんだ」
エドの言葉を聞き、カイルはますますムッとした顔になる。
正直な言葉をそのまま伝えたけれど、悔いはない。
貴族の子供だろうが、怖くなんてない。
ルルを守る。
その約束を守ることが、エドには大事だった。
「……お前の言いたいことは分かった……だが、私の話を聞いても同じ気持ちでいられるか?」
「は?」
「エド、お前は貴族の怖さを分かってない。ルル・ヴァルドの入学がどれだけ注目を集めていたか、お前は知らないだろう?」
「……」
「あの英雄バルガス・ヴァルドの孫娘というだけではなく、陛下が王城勤めを願う竜医師ロイド・ヴァルドの娘なんだぞ。それにルル・ヴァルドが五歳の頃には竜を乗りこなしていたという噂だって、王都では流れているんだ」
「えっ?!」
「それもあって、私はアシュフォード家の庇護下に入れとルル・ヴァルドに伝えたんだ……まあ、詳しく説明する間もなく断られたがな……」
つまりカイルは、ルルを守ろうとしてあんなに声をかけていたということだろうか?
侯爵家の息子がルルに興味を示している。
そんな噂が流れれば、ルルに何かを仕掛けてくる貴族家も減る。そんな判断だったのだろうか。
子供っぽいと思っていたカイルを見る目が、少しだけ変わる。
だが、それでもエドは素直に聞き入れられない。
何故なら、竜騎士は力が全て。そう指導されているからだ。
「そんなの……そんなの勝手に騒いでいるだけだろ。竜騎士には貴族の繋がりは関係ないはずだ」
「ああ、確かに騎士団の中や、この学園の中であればそれが通じるだろう。だが、夜会に出たらどうなる? 祝賀会に参加したら? 甘い言葉で近付いてくる貴族は必ずいるぞ。それに名誉にたかろうとする者たちも絶対にいる。実際、ルル・ヴァルドの祖父は田舎に追いやられただろう?」
「は?」
「それに父親も、迷惑を受けて王都での生活から逃げたはずだ。私は実力のあるルル・ヴァルドには、そうなって欲しくない。だから手を差し伸べようとしている。まあ、失敗続きではあるがな……」
「……」
エドの頭の中は混乱していた。
ルルの祖父バルガスが田舎に追いやられたとは、どういうことなのか。
それに、尊敬するルルの父ロイドも、本当は王城で働き続けたかったということだろうか。
思わぬ過去の話を突き付けられたエドは、茫然として固まってしまう。
驚きすぎて口が開いたまま、身動きが取れない。
そんなエドを見てカイルは何を思ったのか、「よし、ルル・ヴァルドに話をしてみよう」と言い出した。
「おい、カイル、どこへ行くつもりだ! っていうか、ルルに何を言うつもりだよ! 余計なことはするなよな!」
「余計なことなどしないさ。私の知っている事実を伝え、庇護下に入ることを推奨するだけだ」
「それが余計なことだろう! そういう大事なことは家族間で伝えるべきだ! って、おい! 待てって! カイル!」
走り出したカイルの背を、エドは追いかける。
残念ながら走る速さが同じレベルのため、離されはしないけれど、追いつくこともできない。
ルルがいるであろう第三竜舎へ向かうカイルを、どうにか止めないと、と焦っていると、カイルが急停止し、エドはその背中に勢いよくぶつかった。
「なっ!」
「しっ! 静かにしろ! ルル・ヴァルドは誰かと一緒だ!」
「えっ?」
竜の世話係か、それか女子生徒の誰かと話しているのではないのか?
ルルの楽しげな笑い声が聞こえ、エドは当然そう思った。
それに、ルルが誰と話をしていようとも問題ないだろう?
そう思って入り口からルルのいる方へと視線を向けたのだが――。
ルルの逢瀬の相手が、王子であるアレクシス・アストリアであることに驚いた。
「はっ?!」
思わずそんな声が漏れると、カイルに口を塞がれ、後ろに引かれる。
別に悪いことをしているわけでもないし、普通に「ルル~」と声をかければいいのだろうが、見てはいけないものを見てしまった気分で、エドもカイルも隠れることを選択した。
「なあ、カイル、王子とルル、物凄く仲良くなってないか?」
「ああ……それに、何故アレクシス殿下がここにいるのか……まさかわざわざルル・ヴァルドに会いに来ているのか?」
「は? なんでルルに?」
だけど、竜騎士学校の生徒ではない王子がこの場にいる理由は、それしか考えつかない。
それに、ルルが目的でなければ、わざわざ第三竜舎へなど足を運ぶ必要もないだろう。
「あの二人……まさか付き合っているのか? いや、そんなはずは……」
「はああ? カイル、何言ってんだよ。そんなことあるわけないだろう? ルルはベルン村出身の、田舎の子供、お転婆な女の子だぞ。そんな、王子様の恋人なんて、そんなこと……」
「だが、英雄の孫だ。可能性はゼロではない。それにルル・ヴァルドは普通に美人だろう? だからエドも好きなのではないか? 見ていれば分かる。エドはルル・ヴァルドのことばかり気にしているからな」
「は?」
無意識かもしれないが、「エドも」というカイルの言葉がムカついて仕方がない。
それに、ルルが美人であることは、もうとっくの昔に知っている。
だけど、もちろんそれだけでルルが好きなわけではない。
頑張り屋なところや、優しいところ。
それに明るくて太陽みたいに元気で可愛くて……。
いろんな理由が浮かぶエドの頭を、突然カイルが押さえつける。
どうやら王子が竜舎を出るらしい。
カイルもエドも、何故か息を殺して王子が過ぎ去るのを見守った。
「……君たち、のぞき見は感心しないね。紳士の風上にも置けない行動だよ」
「「――っ!」」
だけど、どうやら王子にはエドとカイルの存在はバレバレだったようで、陰に隠れる二人の前を通り過ぎる際、ニコリと笑って声を掛けられてしまう。
王子には騎士が付いている。
殺気を飛ばすエドとカイルに気付かないはずがない。
真っ赤なのか、真っ青なのか、忙しく変わる顔色を見て、王子はくすくすと笑い、そして続けた。
「君たち、ルルが大事なら成長してちゃんと守りなさい。今の一年生は、ルルだけが特筆している。このままでは、ずっとルルの名だけが世間に広がる。それに竜騎士となった時、隣に並べもしない者がルルの相手だなんて、私が認めないよ。良いかい、本気になれ。そうでなければ、一生彼女に相手にされない。君たちの気持ちが伝わることはないだろうね」
「「ーーっ!」」
人の悪い顔をして王子はそう言い残すと、護衛と共に歩みだす。
ルルに何もかもが負けているのは本当で、エドもカイルも言い返す言葉が見つからない。
どうやら二人が心配することもなく、王家はとっくにルルを守ろうと動いていたようだ。
そのことが悔しくて、己の力の無さが悔しくて、エドとカイルは俯いたまま何も返せなかった。
「ああ、そうだ。もう一つ……今後も私とルルの仲は邪魔しないで欲しい。僕と彼女の大事な時間だからね」
「「――っ!!」」
ニコリと笑い、王子は馬車に乗り込む。
エドとカイルは拳を握り、悔しさを爆発させた。
「俺は絶対、ルルの隣に立つ! ルルが自慢できるぐらいの竜騎士になってやるからな!」
「私だって同じだ! もうルル・ヴァルドに成績では負けない! 飛行に差があったとしても、三年のうちに追いついてみせる。ルル・ヴァルドが縋り付いてきた時に、余裕で助けてやれる、そんな男になってみせるさ!」
王子の登場で、エドとカイルに不思議な連帯感が生まれる。
お互いに切磋琢磨しよう。
恋のライバルなはずの二人の心は、気が付けばそんな感情に変わっていたのだった。
おはようございます、夢子です。
ルルの気持ちも考えず、勝手に盛り上がる男の子たち。
若いですね、青春ですね。w
ルル的にはいい迷惑かもしれません。




