甘いケーキと苦い恋
「今日は予約をしてあるのよ、シュガーベル、凄い人気になっているらしいから」
ルル、クラリス、ミア、そして二年のエミリアは、訓練のご褒美として楽しみにしていた喫茶店、シュガーベルへやって来た。
元々人気のあったシュガーベルだったけれど、その可愛らしい店内やお菓子は噂で広がり、今や王都で知らない者はいないと言うほどの人気店となり、その上、どのケーキも美味しいとあって、賑わう日には大行列ができるほどになっている。
そのため、気を利かせたエミリアが、店へ連絡を入れ予約を取ってくれていたようだ。
おかげで店へ入ると、すぐに席へ案内してもらえた。
しかも、衝立で仕切られた半個室のような場所だ。
これなら今日も、お腹いっぱいケーキを味わえる。
皆も同じことを考えていたのだろう。
コートを脱いだ全員がワンピース姿だったので、顔を見合わせて笑ってしまった。
「あ、チョコパイがある! 新作だよ~! 私、最初はこれにしようかな!」
「本当だ。あ、でもルル、季節のフルーツタルト、前回と変わってるみたいよ。私はこれにしようかなぁ」
「私は前回食べられなかった、フォンダンショコラにするわ」
「じゃあ、私はモンブランにしようかしら。この前食べて美味しかったの。この季節にもぴったりだものね」
メニューを見て、すぐに注文する品が決まる。
何度目かの来店なので、食べたいものはすでにシミュレーションできているともいえる。
ルルとミアは新作を楽しみにしていたし、クラリスとエミリアはお気に入りの味がある。
四人でワイワイと話しながら最初のケーキを食べていると、隣の席から男性の声が聞こえてきた。
「君のために、この店を予約したんだ。今日は好きなだけ食べてくれていいよ」
大切な彼女のために店を予約したのだろうか。
張り切っているからか、衝立があっても声が漏れてくる。
「人気店だからね。伯爵家の僕だから予約できたんだ。君のために努力したことを知ってもらえると嬉しいな」
家の自慢と、有能な自分の自慢なのだろう。
彼女へのアピールにしては、少し失敗な気がする。
ルルだったら、そんなことを言われた時点で「帰る」と言い出しそうだが、きっと貴族ではそういうことも普通なのだろう。
エミリアが、自分の家柄をアピールするのは貴族の間では珍しいことではないのだと小声で教えてくれた。
「次は何を食べようか?」
「実はね、私、パンケーキが気になってて……」
ミアの言葉に、皆が「分かる!」と頷く。
パンケーキはかなりのボリュームがあるため、一人で食べるとそれだけでお腹いっぱいになる可能性がある。そのため、これまで手を出せずにいたのだが、目と目が合った四人は同じ考えだと何も言わなくても分かった。
「四人でシェアしましょうか?」
「だったら、二種類のパンケーキを頼みましょうよ」
それがいいとエミリアの言葉に頷き、商品を注文していると、隣の席から信じられないセリフが聞こえてきた。
「僕の婚約者は、親が勝手に決めた可愛くも愛想もない子でね……、一緒にいてもまったく楽しいと思えなくて……このまま結婚するのが不安でしかないんだ」
えええっ?! と大声を上げそうになったルルを、エミリアが慌てて止める。
貴族の間では、今では少なくなったとはいえ、親同士が決めた婚約というものもあるらしい。
家同士の関係を重視し、親の意向を汲むのが当然という考えも残っているそうだ。
だからと言ってその婚約者をここまで貶すなんて、ルルには信じられなかった。
「ルルちゃん、それでも無理矢理ではないのよ、お見合いという名の顔合わせがちゃんとあるの。だから私も気が合うセドリックと出会えたわけだし……」
頬を染め、セドリックとの出会いは運命だったとエミリアが惚気る。
竜に興味があったセドリックとそれに影響を受けたエミリア。
セドリックは竜医師になる道も考えたそうだが、獣医師学園では獣医師を目指す者の中から、竜を専門に学ぶ道へ進むことになるらしい。
それでは自分がやりたいことには足りないと考えたセドリックは、竜騎士を目指し、その後は竜の研究者になる道を進むようだ。
「彼はね、竜のことを真剣に考えているのよ、私が作る香りも彼が考案してくれることが多いのよ」
そう言ってエミリアは頬を染めるが、ルルは竜たちが少し心配になった。
自分の相棒でさえ追い詰めるセドリックが、他の竜たちにどんな感情を向けるのか……。
想像するとセレスが可哀想になって、お医者さんを呼ぶときは父に頼もうと思ったルルだった。
「クラリス? どうしたの? もうお腹いっぱい?」
カトラリーを持ったまま、何かを考えるような様子のクラリスに、ルルは声を掛ける。
さっきまで元気な様子だったけれど、パンケーキが目の前に運ばれてきてから、少し様子がおかしい。
(もしかしてお茶を飲んで待っている間に、お腹いっぱいになっちゃったのかな?)
そんな心配をしていると、クラリスらしくない笑顔で「何でもないわ」と答えられた。
「今日はこれぐらいで帰りましょうか? ゴードンさんのデザートが食べられなくなったら申し訳ないものね」
エミリアの言葉に、皆が頷く。
ゴードンの料理やデザートもシュガーベルに負けない味なので、食べられなくなるのは辛い。
最後のパンケーキで満足すると、ルルたちは立ち上がった。
すると、隣の席の客も同じタイミングで立ち上がり、ルルたちと目が合ってしまう。
若草色の可愛らしい髪の少女の肩を抱き、へらへらと鼻の下を伸ばした青年が、ルルたちを見てギョッとした。
「……ルシアン様……」
「クラリス……な、何故ここに……?」
どうやら、婚約者に対して不満を抱いていた青年は、クラリスの婚約者だったらしい。
エミリアがクラリスの手を引き、元の席へ全員を促す。
貴族令嬢であるクラリスに悪い噂が流れては大変だと、素早く判断したのだろう。
丸いテーブルを六人で囲み、気まずい沈黙が流れる中、新しいお茶が運ばれてくる。
そして最初に口を開いたのは、ルシアンが連れてきた女性だった。
「あ、あの! 私は関係ないので帰ってもいいですか? ルシアン様にどうしてもって誘われただけで……付き合ってもいない立場なんですよ」
若草色の髪を持つ女性は、お金をテーブルに置くと店から出て行ってしまう。
隣の席にいたルルたちには、二人がどんな会話をしていたのか、大体は聞こえていた。
だから彼女も最初は乗り気だったことを、ルルたちは知っている。
だけど今は、それよりもクラリスのことが大事だった。
だから、女性が出ていくのを止めはしない。
彼女が完全に店から出ていくと、クラリスがルシアンに声を掛けた。
「……ルシアン様……アレが本心ですの?」
クラリスの言葉に、ルシアンはばつの悪そうな顔をする。
話の内容を聞かれていたことは分かっているらしい。
それに何より、婚約者がいながら他の女性とデートするという、あり得ない愚行を犯したのだ。
今更誤魔化しても無駄だと割り切ったのだろう。
チッと舌打ちをすると、クラリスを睨みつけた。
「君の家は竜騎士の家系だからって偉そうで、俺はずっと嫌だったんだ」
「……」
「だけど君との婚約が決まったから、俺だって仕方なく竜騎士になろうって努力した。だけど試験に落ちたら、君の家の人たちの視線が前よりもっと酷いものに変わった。それに君だって内心では俺を馬鹿にしていただろう」
「そんな、私は――」
「いいや! 馬鹿にしていたね! 竜騎士になれなくても大丈夫よって何さまなんだよ! 私が竜騎士になりますからって、どんだけ上から目線なんだよ! 騎士だって立派な仕事だ! それに俺は、あの王立アストリア騎士学園の生徒なんだ! 王族の近衛にだってなれる可能性がある! なのに、残念だって、なんだよそれは! 馬鹿にするのもいい加減にしろ! 俺はお前のそういう態度が大っ嫌いだった! 今日聞かれて清々したよ! ハハッ、あの子はお前と違って可愛かっただろう? 普通の女の子は竜臭いお前とは違うんだよ、クラリス!」
なんて酷いことを言うんだ。
ルルは拳を握り、殴りかかりそうになった。
でもエミリアがそれを止め、視線でクラリスを見るよう促した。
こんな時なのに、クラリスは泣いても喚いてもいなかった。
ただ、静かに微笑んでいる。
ピンと伸びた背筋は美しく、その姿を見ていると、貴族令嬢としてのクラリスの強さをルルは感じた。
「……ルシアン様、分かりました。私たちの婚約は解消いたしましょう」
「は?」
「両親には私から話します。ルシアン様もおじ様……いいえ、エヴァンスご夫妻にお話しください」
それでは、と言ってクラリスは席を立つ。
そんなことできるはずがないと、ルシアンは騒いでいるが、クラリスの顔を見れば、その決意が固いことはルルにも分かった。
「皆さん、ごめんなさいね。私、このまま実家へ顔を出してきますわ」
店を出ると、普段通りを装いながら、クラリスがルルたちへそう話しかける。
その姿が痛ましくて、自分のことではないのに、ルルの方が泣きそうになった。
「クラリスちゃん、私がマーサさんに理由を話して許可を願っておくから、ご実家でゆっくり話をしてきて大丈夫よ」
「はい、エミリア先輩。ありがとうございます。もしかしたら今日は帰れない可能性もあるので、助かりますわ」
「クラリス、待ってるからね!」
「私も、クラリスがいないと嫌だからね!」
ルルとミアの言葉に、クラリスが優しく微笑む。
絶対に戻って来てね。
そんな気持ちを込めた二人の言葉は、クラリスにも伝わったようだった。
「二人とも、私は竜騎士になるのが目標ですのよ。こんなことで諦めるはずがないでしょう?」
そう言い残し、クラリスは辻馬車に乗って自宅へ向かった。
ルルとミアは馬車が見えなくなるまでその場で見送る。
友人の役に立てないことが辛かった。
「さあ、二人とも帰りましょう、クラリスちゃんならきっと大丈夫よ……」
「はい……エミリア先輩、クラリスって強いですね」
ミアが呟くとエミリアが優しく微笑んだ。
貴族令嬢の矜持。
その強さを本当の意味で知った気がする。
「うん、クラリスって凄くカッコいい」
「ええ、ルルちゃん、その通りだわ」
婚約者にあんなことを言われても、クラリスは泣かなかった。
それに怒鳴り返すこともしなかった。
ただ、自分の進む道を自分で決めた。
その姿はとても素敵だった。
「私、もっと頑張らなくちゃ」
「うん、私も。ルル、クラリスに負けないぐらいカッコよくなろうね」
「うん」
自分達も強くなる。
そしていつか、胸を張って竜騎士だと名乗れるようになる。
今日、ルルは初めて知った。
いつも綺麗で、少し気取っていて、竜騎士になることを誰よりも大切にしているクラリス。
その彼女の胸の奥には、誰にも折ることのできない強さがあるのだと。
こんばんは、夢子です。
本日二話目です。
よろしくお願いいたします。




