王子様と空の旅
「ルル、おはよう」
「えっ? アレク? おはよう! って、もしかして空を飛びに来たの?」
第三竜舎、第二王子アレクシスの登場に、ルルは目を丸くする。
ルルが飛行の許可を得たのは、つい三日前。
その情報を知っていたかのように、アレクシスは乗馬服のような、いかにも竜に乗るための服装でやって来た。
驚くルルを見て、アレクシスはやっぱり嬉しそうで、悪戯が成功したような満足そうな笑顔だった。
「フフ、うん、そうだよ。約束しただろう? セレスに乗せてくれるって」
「うん、それはそうだけど……急に来るんだもん。ビックリするよ」
「アハハ、それは確かにそうだね。そこは僕が悪かったよ。ごめんね、ルル、許してくれるかな?」
「うん、別に怒ってないから大丈夫だけど、本当にびっくりしたよ。アレクって情報通だよねー。王族って凄いなー」
アレクシスとの約束を忘れたわけではないが、ルルには王城に住む王子様と連絡を取り合う手段などなかった。だから、そのうち来るだろうなと軽く考えていたのだが、まさかこんなにも早く来るとは思わなかった。
アレクシスは意外と行動力があるらしい。
護衛の人は大変だろうなと思っていると、目が合って頭を下げられた。
「じゃあ、早速飛ぼうか? アレク、ちゃんと着こんでいるよね?」
「ああ、竜騎士に空は寒いと聞いているからね。この下には数枚着こんでいる。だからルルが寒いときは上着を貸してあげられるよ。安心して」
「……うん、ありがとう……」
上空で上着を借りるなど無理に決まっているが、アレクシスが言えば本当にやってしまいそうで、ルルは苦笑いになってしまう。
護衛の人はどうするのかとアレクシスに尋ねると、竜舎で待機をしているそうで安心する。
セレスならば三人乗りもできそうだけど、そこはやはり知らない人との相乗りは少し不安だ。
それに「ルルとの時間を邪魔されたくないだろう」と耳元でささやかれてしまえば、そんな提案などできるはずもない。秋も深まっているのに、ちょっぴり今日は暑いなとルルは感じた。
「じゃあ飛ぶね。しっかり捕まって」
「ああ!」
本当は飛行に慣れていないものを前に乗せるのがベストだが、ルルの前に背の高いアレクシスが乗ってしまうと前が見えない。そのため、ルルの後ろへ乗ってもらい、できるだけ身を近づけて命綱を巻く。
エドとだって近づいたことはあるけれど、少年の体つきのエドとは違い、アレクシスはもうすでに青年だ。
だからだろう、鈍感なルルだって、ちょっとだけ意識してしまう。
アレクシスに抱き着かれていると思うと、胸がドキドキとうるさかった。
「うわー! これが王都か。初めて上空から見たよ。とても綺麗だね」
王都の街を見下ろし、アレクシスは感嘆の声を上げる。
自分が住んでいる街が、そして統治する国が綺麗であって嬉しい。
その笑顔は、そう言っているようにルルには見えた。
だけど、ルルはそれどころではない。
アレクシスの綺麗な顔が物凄く近くにあるし、声も耳のすぐ横から聞こえる気がする。
ルルの動揺を受け取ったのか、セレスが「ギャウ」と鳴いて心配する。
相棒に不安を与えるだなんて竜騎士失格だ。
ルルは深呼吸をし、心を落ち着かせた。
「ルル、これがセレスの全力かい?」
「ううん、半分ぐらいかな? 二人乗りだし、アレクは竜騎士じゃないしね」
「そうなのか……セレスは凄い竜なんだね。それにルルも立派な竜騎士だ。尊敬するよ」
ルルはまだセレスに乗って本気で飛んだことはない。
それは飛行の許可が下りたばかりだという理由もあるが、何より朝の時間は景色を楽しみながら、優雅に飛びたかった。それに、セレスとの会話も楽しみたかった。お互いを知るための時間をゆっくりと楽しんでいる最中だともいえた。
「ねえ、ルル。手を上げてみてもいいかな?」
「手?」
「そう、大きく手を上げて風を感じてみたい」
万歳をして風を感じたいということだろうか、竜騎士ならばよくやることだけど、アレクシスは一般人。命綱があるとはいえ少し不安になったけれど、セレスは飛ぶのがとても上手だ。
セレスは祖父の竜グレイヴよりも優しく飛んでくれる。
だからルルは「いいよ」と頷いた。
ルルがしっかり操縦すれば、何の危険もない。
それにセレスもアレクシスの言葉を聞いて、スピードを少し緩めてくれた。
アレクシスはルルの答えを聞き、少しも怯えることなく両手を上へ掲げた。
「うわー! 気持ちいいなー!」
大空に向けて手を上げ、アレクシスは風を受ける。
まるで初めて自由を手にしたような、王子様ではなくアレクシスという一人の人間になったような、そんな喜びにルルも自然と笑顔になる。
「アレク、そろそろ戻るけど大丈夫?」
「ああ、残念だけど仕方がないよね……本当はもっとルルやセレスと一緒にいたいけどね」
そんなことを言われると、もっと飛んでいたくなってしまう。
だけどルルには学校があるし、アレクシスだって用事があるだろう。
それに地上にはアレクシスを守る騎士も残してきた。
なので「私もだよ」と伝え、ルルもこの時間が楽しかったことを分かってもらう。
アレクシスがその後、少し無口だった理由にルルは気が付かなかった。
「着陸!」
無事地上へ着くと、騎士がホッとしている顔が目に入った。
けれどセレスの傍には寄ってこない。
許されていない状態で竜に近付けばどうなるのか、騎士は分かっているのだろう。
アレクシスだけでなく、彼も竜のことを勉強してきていることに、ルルは嬉しくなった。
「ルル、セレス、ありがとう。とても楽しかったよ」
水を飲むセレスを、ルルと一緒に撫でながら、アレクシスは無邪気な顔でお礼を言う。
セレスの前だと、王子様も一人の男の子になるようだ。
仮面のような笑顔の時のアレクシスよりずっといい。
ルルはそのことを理解し、「うん」と元気いっぱいな笑顔を返す。
竜に乗ると童心に帰ると、よく祖父バルガスが言っていたけれど、きっと今のアレクシスはそんな気分なのだろう。
楽しんでもらえて良かったと、ルルは思った。
「アレクシスもこれから学校なの?」
「ああ、僕も貴族学院の三年生だからね。でも、ほぼ単位は取り終わっているから、学園には週一回行くぐらいで、後は兄の執務の手伝いをしているよ」
「お兄さん?」
「そう、五つ上に兄がいるんだが、結婚したばかりで色々と忙しいからね。僕ができる執務は受け持つようにしているんだ。兄には今、時間がいくらあっても足りないからね」
「ふーん、そうなんだ。王子様って本当に大変なんだね」
母ミレイユに聞くまで、王族というのは絵本のイメージそのもの、キラキラした世界に住み、歌を歌ったりダンスをしたり、お庭に出てお花を見たり、湖に行っては船に乗ったりして、遊んで暮らしているとルルは本気で思っていた。
けれど王様を始め、王族の人たちはとても忙しいらしい。
その上、自由もほとんどないらしく、こんな風にアレクシスがルルのもとへ来られることが異例。
貴族についてあまり知識のないルルでも、分かることだった。
「ルル、もし僕に連絡を取りたくなったら、校長に手紙を渡してくれればいい」
「えっ? いいの?」
「ああ。正直に言うと、何もなくても手紙を書いてくれたら嬉しいかな。ルルの様子も知りたいしね」
「うん、分かった。手紙を書いて校長先生にお願いするね。セレスのこと、たくさん書くから楽しみにしてて」
「ああ、楽しみにしているよ」
「うん」
どうやら校長先生は、アレクシスの母側の親戚のようだ。
だから学園のことに詳しく、ルルの情報も掴んでいたのだろう。
アレクシスのそんな事情を聞いて、ルルは納得した。
「殿下、そろそろ」
騎士に声を掛けられ、楽しい時間の終わりを告げられる。
アレクシスは普通の少年から王子様らしい笑みに戻り、「分かった」と頷いた。
「ルル、楽しい時間をありがとう。また来るから、その時は宜しくね」
「うん、待ってる。今度はもっとスピードを出すから覚悟しててね」
「ハハ、それは楽しみだ。セレスも有難う、とても楽しかったよ」
「キュゥ……」
小さく手を振り、去っていくアレクシスの背を見つめる。
あの背にはどれだけの重責が乗っているのか、ルルには分からない。
けれど、ここにいる間だけは普通の男の子でいてほしいと、ルルは願う。
「ねえ、セレス。アレクシスって本当は竜騎士になりたかったのかな……?」
その呟きに、セレスは「キュウ」と悲し気に鳴く。
その声は肯定しているようで、ルルは王子様として生まれたアレクシスに、少しだけ同情してしまったのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、評価など、応援も有難うございます。
アレクシスは王子様でなければ竜騎士を目指していたと思います。




