竜騎士の卵、空へ
「よし、皆、自分の竜を連れてきたな。今日から飛行訓練を始めるぞ」
「「「はい!」」」
皆が自分の竜に乗り込み、発着がきちんと出来るようになると、ルルが待ちに待った飛行訓練の日がやって来た。
今年の一年生は冬の長期休暇を待たず、全員が飛行訓練に参加できるようになったため、とても優秀だと言われている。
だが、裏を返せば、ここまでたどり着けない者も多いということだ。
今までの新入生の中には、飛行訓練が始まったこの時期に退学を決め、冬の休暇明けに学園へ戻ってこなかった者も、毎年少なからずいるのだという。
飛ぶ以前に、自分には無理だと悟ってしまうのだろう。
相棒に決まった竜の気持ちを考えると、それはなんだか少しだけ寂しい気がした。
「いいか。自分の相棒をちゃんと観察できなければ、竜騎士になる資格はない。竜は大きく強い生き物ではあるが、その性格は繊細だ。例外も勿論いるが、多くの竜はパートナーの心の機微を敏感に感じ取る。先日も、二年生の竜が数頭、飛べなくなることがあった。生徒たちに心当たりはないと言っていたが、そんなことはない。竜は相棒をよく見ている。皆、そのことを忘れるな。そして空では怯えず、竜を信じ、身を任せることを学んでほしい、いいな!」
「「「はい!」」」
エミリアの話では、セドリックの竜はストレスの時期を越え、今はすっかり元気になったようなので、きっとガイウスの言っている二年生とは別の者たちのことなのだろう。
竜騎士が竜に乗れないことは、恥でしかない。
まだ竜騎士の卵とはいえ、それはルルたちも同じだ。
研究の道に進む予定のセドリックとは違い、竜騎士を目指すのならば、自分の相棒の様子には一番気を配るべきだろう。
ガイウスの言葉にルルは大きく頷き、無意識のうちに隣にいるセレスをそっと撫でていた。
「よし、では皆、自分の竜に乗り込め」
「「「はい!」」」
竜アンカーを使い、皆が自分の竜へ乗り込んでいく。
もう、不安定な乗り込みを見せる者は一年生にはいない。
相棒の体躯を信じ、勢いよく飛び上がった。
「よし、皆、乗ったな。相棒の様子はどうだ? 落ち着いているか?」
ルルはセレスの顔を覗き込む。
女帝と呼ばれるセレスに、動揺する様子はない。
ルルを乗せることに誇りを持っているようで、この場にいるどの竜よりも堂々としている。
「ロッソ、大丈夫だからな。俺がいるから安心しろ」
「キュウ……」
エドが自分の竜、ロッソに声を掛ける。
紅色の竜ロッソは、まだ本当の意味で新人で、やっと大人と認められたばかりの竜だ。
人を乗せて飛ぶことに慣れておらず、その上、セレスという女帝がいることで少し緊張気味なようだった。だけど、優しいエドの心が伝わっているのだろう。緊張はしていても、動揺はしていないようだ。
世話好きなエドが選ぶ竜にぴったりな性格の子だった。
「いいか、レグス。お前はカッコいい。誰よりも誇りある竜だ。自信を持って飛んでみせろ。私の相棒なのだからな」
「ギャウ」
カイルの竜レグスは蒼色。
セレスに負けない体躯を持つ立派な竜だ。
飛ぶことに自信があるのだろう、胸を張っている。
カイルの相棒らしい子で、(似た者同士だな)とルルの頬が緩んだ。
「アストラ、よろしくね」
「モカ、貴女を信じるわ」
クラリスとミアも自分の相棒に声を掛ける。
紫色のアストラと茶色のモカも二人の声掛けに反応し、「ギャウ」と返事を返した。
きっと任せなさいと言っているのだろう。頼もしいなとルルは感じた。
そして、他の生徒たちも自分の相棒に声を掛けている。
レオンの竜はグラン。深緑でカッコいい竜だ。
ディーンの竜はフレア。橙色で優しげな竜。
そしてハルトの竜はソル。金橙で穏やかな性格だ。
ノアの竜はフィン。青灰で大人しい性格。一番竜らしくない子かもしれない。
皆、それぞれに可愛く、そしてどの竜もパートナーを信じているようだった。
「先頭は私。次にカイル、クラリス。二列目にレオン、エド、ディーン。三列目にハルト、ミア、ノア。そして最後はルルだ。陣形は多少崩れても構わないが、遅い者に合わせて飛ぶように。今日は一番近い竜休憩所まで飛ぶ。皆、仲間が遅れないよう意識して飛んでくれ。いいな」
「「「はい!」」」
しんがりを任されるのは、一年生の中で一番実力のあるルルだ。
本来ならば、生徒たちを見渡せる場所が教師の位置となるため、ルルが先頭に立ち、ガイウスが最後尾を飛ぶところだろう。
けれど初飛行ということもあり、行き先が不安なため、今回はガイウスが前を飛ぶ。次回からはルルが先頭で、ガイウスが最後尾となる予定だ。
そして皆、耳にはイヤーカフを付けている。ガイウスの声が飛んでいても、離れていても聞こえるようになっている。
それに、もしもの時のために、竜鞍には荷物を入れる場所があり、そこには最低限の装備も入っている。
この短い距離で何かあるとは思えないが、それでも気を抜かないのが竜騎士だ。
今後は必需品の管理も、生徒たちが各自で行うことになる。
ルルは自作のクッキーも入れておこうと、密かに思っていた。
「では、飛翔!」
「「「はい!」」」
ガイウスの合図で、一斉に空へ飛び上がる。
本来は順番に上がるところだが、まだそこまでのことができないため、皆、一気に空へ飛んだ。
そして、滞空という技術は難しいため、ガイウスはすぐに前進し、その後を皆がついていく。
「ノア、落ち着いて。後ろにはセレスと私がいるから、遅れても大丈夫だよ。ミアはもう少しスピードを上げて。怖いかもしれないけれど、あまり遅いと、竜は飛びづらいの」
「「はい」」
遅れがちなノアとミアに、ルルが声を掛ける。
イヤーカフから聞こえるルルの声が、少しでも二人を落ち着かせられるように、穏やかな声掛けを心がける。
第三竜舎出身のセレスを始め、第二竜舎にいた竜たちは落ち着いて飛んでいる。
けれど、第一竜舎の竜たちは相棒を乗せて飛ぶのは初めてだ。
特にエドの竜ロッソは、嬉しくて興奮気味のようで、エドに「落ち着け」と何度も声を掛けられていた。
「エド、耳の後ろ、少し撫でてあげて、落ち着くから」
「ああ、そうだったな。忘れてた。ルル、サンキューな」
「うん」
興奮する竜を落ち着かせる方法はいくつかあるけれど、飛んでいるときは耳の後ろを撫でてあげるのが良い。
でも、もしこの場にエドとルルしかいなかったら、子守唄を歌えと言っていたかもしれない。
それが一番効くからだ。
「よし、竜休憩所が見えてきたぞ。皆、着陸の準備だ。気を抜くなよ!」
「「「はい!」」」
時間にして十分程度。
それでも初飛行は、緊張のせいで長時間に感じる。
到着予定の竜休憩所は、竜騎士も使う竜の待機所であり、竜舎もある本格的な竜施設。
ただ休憩所が見えてくると、肩の力を抜く者もいた。
だが、実はここからが一番難しい。
竜のタイミングと人間のタイミングでは少し感覚が違うため、着陸に失敗することも多くある。
竜アンカーは、竜に乗っている間は命綱になるため、皆、腰に付けて竜鞍と繋いでいる。
それでも毎年、失敗する者はいる。
落ちて怪我をする者もいるのだ。
だからガイウスは、皆に気合を入れさせる。
訓練通り、落ち着いて、慎重に。
相棒と呼吸を合わせろ。
そう言われているのが分かった。
「着陸!」
地面に着くと、皆、無事に着いたことを「着陸」と言って周りに示す。
ここにも世話係たちがいて、ルルたち一年生の竜が着陸すると水を運んできて、竜たちに飲ませてくれる。
生徒たちもまた、自身のポーチから水を出し、栄養補給をする。
本来ならば、この距離では水分補給はいらない。
だが、これもまた訓練のうち。
飛んだ後は水分と栄養を取る。
そのことを、その身に覚えさせる。
とても大事な指導だった。
「よし、皆よくやった。陣形もさほど崩れることなく、ここまで飛べたことは誇っていい。三十分ほどここで休憩ののち、帰路につく。皆、上空では思った以上に体力を使うものだ。相棒の様子を確認した後、各自休憩を取るように。いいな!」
「「「はい!」」」
ガイウスの指示を聞き、ルルはセレスの傍へ行き、そっと鱗を撫でる。
セレスにはきっと物足りない飛行だっただろう。
けれど、後ろから仲間たちに発破をかけているのは、その様子を見れば分かった。
だからこそ、陣形を崩すことなく、皆、飛行を終えることができたのだ。
群れのボスが一緒に飛んで安心しない訳がない。
今日の一番の立役者はセレス。
それは間違いないと、ルルは自信を持って言えた。
「セレス、ありがとう。それに、一緒に飛んでくれて嬉しかった。これからは毎日一緒に飛ぼうね。約束だよ」
「ギャウ」
今日、安定して飛行ができた者は、朝夕の自由飛行が許可される。
それはルルがずっと楽しみにしていた、セレスとの散歩時間。
この先の訓練では、雪の日も、雨の日も、風が強い日も飛ぶことになる。
だけど、セレスがいれば大丈夫。
ルルの中で、セレスへの信頼はとても深いものになっているのだった。
こんばんは、夢子です。
本日二話目、無事投稿出来ました。




