お誘いと街へのお出かけ
「ねえ、クラリスは街に詳しいの?」
「ええ、そうね。ヴァレンティア家の領地は王都から少し離れているけれど、こちらにはタウンハウスがあるから、ルルよりは詳しいわ。でも下町はミアの方が詳しいでしょう? ミアは良いお店を知っているかしら?」
「うん、あのね。今年の春に、この学校の近くに可愛い喫茶店が出来たんだ。シュガーベルって名前のお店なんだけど、ケーキとかにお花の飾りが乗っていて、とっても可愛いんだって。私は行ったことはないけど、友達から話を聞いたことがあるの。味も凄く美味しいって言ってたよ」
ルルが知らない情報に感心している横で、甘いものに目がないクラリスが『シュガーベル』という店の名前に大きく反応した。
「まあ、新しい喫茶店ですって! それは興味深いわね。シュガーベル、名前も素敵だわぁ。私はエトワールという喫茶店にはよく行っていたの。あそこのチーズケーキは絶品なのよ。一度あなたたちにも食べさせてあげたいわね」
「ああ、エトワール! エトワールは凄く人気のお店だよね。私も一度は行ってみたいと思ってたんだ! ちょっと敷居が高いけど、クラリスとなら安心して行けそう」
「ふふふ、任せてちょうだい。それに他にもおすすめのお店を紹介するわね」
喫茶店だけでなく、他の店にも詳しい二人にルルは感心する。
ルルが住む場所はベルン村。
残念ながら田舎町には喫茶店などなく、ルルはその存在しか知らなかった。
だから詳しい情報を教えてくれる二人の話は、ルルにとって知らない世界の話を聞いているようで、とても興味深く、面白かった。
「ふわー、二人とも凄いねー。お店の名前までよく覚えてるよね。私の村では自分で作って食べるのが当たり前だったから、プロの味に一番興味があるなー」
「プロの味って、ルルのお菓子はとても美味しいわ。今日のクッキーも最高よ」
「うん、ルルのお菓子って、プロに負けない味だよね。私はこんなに上手に作れないもん」
「えへへ、ありがとう。今度はマドレーヌを焼くから楽しみにしててね」
「ええ」
「うん、楽しみにしてるね」
昼休み、女子生徒三人は甘い話で盛り上がっていた。
王都に詳しいクラリスやミアの話を聞きながら、ルルが作ったクッキーを三人で食べる。
お昼を食べたばかりだけれど、甘いものは別腹だ。
だけどそんな三人を遠巻きに見ていた少年が、意を決したように立ち上がる。
そして、勇気を出してルルに声を掛けた。
それはもちろん、常にルルを意識しているカイルだった。
「おい、ルル・ヴァルド」
「ん? カイル、どうしたの? あ、もしかしてクッキー欲しい? 良かったらどうぞ。私が焼いたものだけど」
ルルは袋に入ったクッキーを、カイルとレオン、そしてすまなそうな顔をしているディーンの前に差し出した。
カイルは一瞬、嬉しそうな顔をしたけれど、ライバルであるルルが作ったクッキーを素直に受け取ることはできないと、顔をそらす。
そんなカイルとは対照的に、紳士なレオンは笑顔で「美味しい」と一つ口にし、食べることが好きなディーンは何個か手に取ると、「凄く美味しい!」と目を輝かせた。
「ゴホンッ……あー、それより、ルル・ヴァルド」
「なに?」
「んんっ……そ、そんなに行きたいのなら、私が連れて行ってやってもいいぞ」
「? どこに?」
「そ、その、喫茶店とか、何とか言っていただろう。私がいればどんな場所でも安心できる。アシュフォード家の私は王都にも詳しいからな」
カイルは胸を張り、そんな提案をした。
だけどカイルとルルはクラスメイトではあるけれど、それほど仲がいいわけではない。
それにちょっと面倒くさい子で、一緒に出掛けても楽しい時間を想像できない。
なによりカイルと街へ出ても、自分の自慢ばかりしていそうな気がする。
そんなことを考えたルルは、あっさりと返事をした。
「あ、それは大丈夫。カイルがいなくても、みんながいるから問題ないし」
「は?」
「それにね、エミリア先輩に誘われて街へ行く約束をしてるんだ。だからカイルはレオンとディーンと出かけてきなよ。私のことは気にしなくていいからさ」
正直な言葉を伝えれば、カイルはその場で固まってしまった。
もしかして、女の子のお出掛けに混じりたかったのだろうか?
クラリスとミアがカイルに向ける気の毒そうな視線を見て、ルルは少しだけ同情する。
(こういう時、素直じゃない子って可哀想だよねー。クラリスかミアのどっちを好きなのか知らないけど、カイルってばダンスも誘えてなかったし。早く素直で大人な紳士になれるといいよねー)
ルルが頭の中でそんな納得をしていると予鈴が鳴り、三人は席へ戻り、カイルたちも自分たちの席へ戻っていく。
けれど、午後の授業のカイルはどこか覇気がなく、ルルはますます気の毒になったのだった。
そして、週末。
楽しみにしていたお出掛けの日がやって来た。
ルルは淡いクリーム色のブラウスに、動きやすいジャンパースカートを選んだ。
(これならお腹いっぱい食べても大丈夫!)
そんな乙女の秘密も、しっかり考えての服装だった。
クラリスは淡い水色のワンピース。
腰には細いリボンが結ばれていて、可愛らしく上品な装いだ。
たくさん食べたら苦しくならないのかな、とルルは少し心配になったけれど、リボンは調整できそうなので安心した。それに髪には紫色の綺麗な髪飾りも付けていて、ルルよりずっと女の子らしかった。
ミアはオレンジ色のブラウスに、紺色のプリーツスカート。
明るく可愛らしいミアにぴったりの装いで、王都の女の子らしいおしゃれな雰囲気がある。
そして、最後に現れたエミリアに、ルルは目を丸くした。
別に胸を強調している服ではない。
それなのに、淡いローズ色のブラウスだけでも、エミリアはどこか大人っぽくて色っぽい。
そこにアイボリーのロングスカートを合わせ、足元には少しだけヒールのある靴。
普段の制服姿とはまるで違う。
学園では一つ上の先輩だけれど、今日は一人の貴族令嬢として街を歩くのだと感じさせる姿だった。
婚約者であるセドリックが心配するのも当然かもしれない。
(エミリア先輩、すごく綺麗!)
それがルルの正直な感想だった。
「それにしても学園の近くに喫茶店があるなんて知らなかったわ。ミアちゃんのお陰で、私たちのお気に入りのお店が出来そうよね」
「そんな、私もたまたま知っていただけで。それに、みんながいなければ、どんなに近くても行く勇気がなかったと思います」
「そうね、私もそう思うわ。このメンバーだから行けると思うの」
「うん、確かに! 男の子とは行きにくいよねー、たくさん食べられないし」
そう言いながらもルルの中で、ふとエドの顔が思い浮かぶ。
エドとなら一緒に行っても、それほど気を遣わずに済みそうだ。
でもカイルと可愛い喫茶店に行く姿を想像すると、それだけで胃が痛くなる気がする。
それと、王子様のようなアレクシスなら、可愛い雰囲気のお店も似合いそうだった。
(今度、アレクにも喫茶店の話をしてみようかなぁ)
そんなことを考えていると、ミアがお勧めする喫茶店に着いた。
「あの、あそこです。あのお店がシュガーベル」
学園から歩いてたったの十分。
そこに今王都で人気になっている喫茶店、シュガーベルはあった。
外壁は淡いクリーム色の二階建て、木製の扉は温かみのあるブラウンで、窓枠には淡い水色が使われている。
大きな窓ガラスからは明るい店内が見え、窓辺には季節の花が飾られていた。
扉の上には、小さな鐘を模した看板が掲げられている。
そして、店先には黒板が置かれていて、今日のおすすめが可愛らしい文字で書かれていた。
『本日のおすすめ、季節のフルーツタルト、シュガーベル特製ミルフィーユ』
店内には女の子たちの姿が多く、楽しそうな笑い声が外まで聞こえてくる。
さらに、焼き菓子と甘いクリームの香りが漂ってきて、ルルたちの心を惹きつけた。
「わあ……いい匂い……」
思わず四人の声が重なる。
香りだけでルルたちはシュガーベルの虜になってしまった。
それに笑い合い、ルルたちは列へと並ぶ。
順番が来て扉を開けると、小さなベルがチリンと可愛らしく鳴った。
「いらっしゃいませ、四名様ですね」
店員に案内されて席につくと、さっそくメニューを開く。
色とりどりのケーキに、焼き菓子、紅茶や果実を使った飲み物まで、どれも美味しそうで選ぶのも大変そうだ。
「本日のおすすめは季節のフルーツタルトです。それから、当店自慢のシュガーベル特製ミルフィーユは、一番人気の商品となっております」
「まあ、どちらも美味しそうね」
クラリスの目が輝く。
甘いもの好きとしてはどちらも押さえておきたい商品らしい。
「うーん、私は季節のフルーツタルト!」
「私も!」
ルルとミアが声を揃える。
おすすめと聞けば選ぶしかない。
一瞬で気持ちが固まり、フルーツタルトへの期待が膨らんだ。
「では、私はミルフィーユにしましょう」
「私もミルフィーユにするわ」
クラリスとエミリアが選び、四人で料理を待つ。
けれど、今日のこの日を楽しみにしていた四人は、それだけでは終わらなかった。
「ねえ、ねえ、これも美味しそうじゃない?」
「本当だわ。小さな焼き菓子の盛り合わせですって」
「こっちのショコラケーキも気になるよ」
「飲み物も違うものを頼んで、みんなで少しずつ飲み比べるのはどうかしら?」
「それ、凄くいい!」
「それ、凄くいいです!」
「それ、凄くいいですわ!」
気が付けばテーブルの上には四人分とは思えないほど、たくさんのメニューが並んでいた。
もちろん、ケーキはすべて一人で食べるわけではない。
みんなで少しずつ分け合う予定だ。
「いただきます!」
ルルとミアが選んだ季節のフルーツタルトには、色とりどりの果物がたっぷり乗っていた。
甘いクリームと、ほんのり酸味のある果物。
サクサクのタルト生地との相性も抜群だった。
「んー! 美味しい!」
「本当、すっごく美味しいね」
ルルとミアの顔に笑顔が浮かぶ。
ほっぺが落ちそう。
二人の顔にはそう書いてあった。
そしてクラリスとエミリアが選んだミルフィーユは、サクサクのパイ生地に濃厚なカスタードクリームが挟まれていて、上には粉砂糖がふんわりと掛かっている。
「まあ、これは……人気になるのも分かるお味ね……」
目をつむり、ゆっくりと咀嚼した後、クラリスが幸せそうに微笑む。
きっとこの顔を見たら世界中の人がクラリスを愛してしまうだろう。そんな顔だ。
「本当に美味しいわぁ。これなら何度でも食べたくなるし、セドリックにも食べさせてあげたいわ」
エミリアも嬉しそうで、蕩けそうな顔をしている。
きっとセドリックにしか見せない顔を、今ルルたちは見ているのだろう。
だけどケーキに夢中な三人は、エミリアの笑顔を見てもドキドキすることはなかった。
「はぁあ、どれも美味しいわねー」
「ええ、ミルフィーユは人気ナンバーワンだけあってとても美味しかったですけど、他のケーキも負けていませんでしたわ。季節が変わる前に、また来たいぐらいです」
「うんうん、どれも美味しかったよねー。私も朝食抜いてくれば良かったって思ったよ。そしたらあと三個は行けたもんね、まあお小遣いとは相談になっちゃうけどね」
「うん、うん、ルルの気持ち分かるよ。ここで一日中食べていられたら幸せだよねー。ドリンクも全部美味しかったし、ケーキは文句なしだったしね」
「うん!」
沢山のお小遣いがあれば、シュガーベルに毎日でも通ってしまうかもしれない。
だけど、竜騎士学園に通う自分たちが、そんなことをできるわけもない。
そこで、月に一度くらいは四人で一緒に来ようという話になり、四人は楽しそうに盛り上がった。
「そういえば、クラリスちゃんの髪飾り、可愛いわね。婚約者からのプレゼントかしら?」
「えっ……ええ、そうなんです。私の瞳の色に合わせて贈ってくれて……」
帰り道、エミリアがクラリスの髪飾りを褒める。
するとクラリスの頬が赤く染まり、嬉しそうな表情に変わった。
可愛いな、とルルが思っていると、エミリアから小さなため息が漏れる。
どうしたのだろうと不思議に思っていると、エミリアがその原因を教えてくれた。
「羨ましいわ。セドリックの贈り物って、いつも竜がモチーフなのよ」
「「「えっ?!」」」
三人が声を揃える。
こんなに可愛いエミリアが、寮や学校の校章でもある竜の飾りを、今の服に付けて歩く姿を想像し、固まってしまう。
だけど、あのセドリックならばやりそうに思えて……それ以上は誰も言葉が出ない。
「きっと結婚指輪も竜の形になるでしょうね……婚約指輪も竜の形をしていたし」
「「「……」」」
はぁ、とため息を吐きながらも、エミリアはどこか楽しそうだ。
その表情を見ていると、セドリックのことを本当に愛しているのだと伝わってくる。
まだ恋がどんなものなのかも知らないルルは、そんな二人の関係が、ちょっとだけ羨ましいと思ったのだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
今日も二話投稿いたします。
よろしくお願いいたします。Ⅴ




