王子様と早朝デート
一年生皆が竜アンカーを使えるようになり、竜ラダーからの乗り込みや、大きな岩や大木からの乗り込みを終えるころ、季節は秋に移り、朝夕冷える日も多くなってきた。
今、ルルたちは発着の練習を行っている。
グレイヴで慣れているルルは当然一発合格をもらったけれど、他の一年生はまだ不安定な者も多く、森へ向かう飛行練習はもう少し時間がかかりそうだった。
そのためルルはまだセレスに乗って本格的に空を駆けることはできておらず、その上、残念ながら朝の散歩も許可が下りていない状態だ。
それでも去年の一年生よりもだいぶ早い進みのようで、もう少しの辛抱だとルルは自分自身にそう言い聞かせていた。
実は去年の一年生は実力差が大きかったらしく、前期の授業が終わるころでも、竜アンカーを使いこなせていない子が半数もいたらしい。
本来ならば学年キャプテンや担任が、できない子たちを引っ張り上げるべきなのだろう。
でも、二年のキャプテン、セドリック・フェルナンを思い浮かべれば分かる。
彼なら、竜にちゃんと敬意や配慮ができない相手に、指導などしなかったはずだ。
それにセドリックの婚約者、エミリア・ローズに興味を持つ相手には、徹底的に牽制したと想像もつく。
そして担任の教師も、練習してもきないものはともかく、泣き言を言い、やる気のない生徒に時間を費やすことなどしない。
竜騎士になるには、それだけの努力と覚悟が必要なのだ。
それはただ単に授業をこなせばいいという話だけではない。
竜に愛情を持てず、真摯に向き合うことのできない相手を切り捨てる覚悟、それも必要だった。
「セレス、私たちの学年凄いんだよー、まだ誰も脱落者を出してないの。それにね、みんな自分の竜を大事にしてる。私、それが嬉しいんだー」
「キュウ?」
「そう、そうなの! 竜騎士として当たり前のことなんだけどね、それができない子が結構いるんだって。竜騎士になることが一つのブランド? えーっと、ステータス? そう考える人が増えてるらしいよ。竜騎士が注目されすぎるからの弊害なんだって。この前会った人覚えてる? セドリック先輩が教えてくれたんだー」
「ギャ……」
「アハハ、アイツかって、そんな嫌な顔しないでよ。大丈夫、もうしばらくはセドリック先輩、ここには来ないから。セレスにも付きまとったから、第三竜舎へ入ることもしばらく禁止なんだって。あ、あとね、先輩の竜、ストレスで鱗が剥がれちゃったらしいよ。ねえ、セレス、まさか圧力掛けてないよね? 可哀想だから止めてあげてね」
「……」
知らんぷりするセレスを見れば、セドリックの竜に注意したことが分かる。
きっときつくは言わなかっただろうが、それでもボスに注意された竜は絶対に落ち込むはずだ。
その上セドリックからは物凄い熱い愛情を向けられ執着に手を焼いている状態。ストレスで鱗が剥げてしまうのも分かる気がした。
そんなこともあり、セドリックの竜は今は療養中らしく、セドリックは空も飛べていないらしい。
これはすべてセドリックの婚約者、エミリアからの情報だ。
「困った人なのよ……」と言っていたけれど、エミリアは不思議とどこか嬉しそうだった。
「やあ、ルル、おはよう」
「えっ?! アレク? 何でここにいるの?」
ルルが力を込めてセレスの背を磨いていると、明るい声で名前を呼ばれた。
驚き振り向いてみれば、そこにはこの国の第二王子、アレクシス・アストリアが立っていた。
最後に会ったのは歓迎会の時。
着飾ったアレクシスはカッコよく、王子様そのものだったけれど、今日はお忍びだからか、シャツにズボンという簡易的な服装で、爽やかな青年といった様子だった。
突然の登場にルルが驚いていると、アレクシスはニコニコとしながらルルに近付いてくる。
驚かせて満足そうなアレクシスからは、さらに驚く言葉が飛び出した。
「ルル、父に許可をもらったよ」
「えっ? 許可? なんの?」
「なんだ、約束を忘れてしまったのかい? 朝の散歩に連れて行ってくれると言っていたじゃないか」
「えっ? えええっ?!」
約束は覚えていたけれど、ある意味あれは冗談。いや、叶うことのない約束だと田舎者のルルでも分かっていた。
アレクシスはこの国の王子様。
危険からは遠ざけられるべき人物だ。
本物の竜騎士との相乗りならまだ分かるが、ルルは竜騎士の卵。もしものことがあるかもしれない。
だから絶対に許可など下りない。そう思っていたけれど、アレクシスはどうにかして国王陛下からの許可をもぎ取ってきたようだった。
驚き、口が開いて固まるルルの前まで来ると、アレクシスはルルの手を取った。
「ルル、ありがとう。君のお陰で初めて我儘を言えたよ。父を説得するのは楽しかった……兄や母も味方に付けてね。裏で手を回すのが得意なのだと、自分の才能にも気づくことができたよ。それにね、自分のために動くことはとても良いものだと分かった……ルル、ありがとう。君のお陰だ」
「う、うん……どういたしまして……」
これはお礼を言っていいものなのか悩むところだ。
アレクシスを腹黒男子にしてしまった気がして、ルルの胸はちょっと痛む。
それに国王陛下に呼び出されて、「お前が誘うから!」と注意されたらどうしようと、不安にもなる。
だけどセレスを見つめるアレクシスの瞳を見れば、そんな小さなことはどうでもいい気がした。
竜に乗ることが楽しみ。
アレクシスの瞳は、ルルたちと全く同じように輝いていた。
「あのね、アレク。実はまだ空を一人で飛ぶ許可が下りてなくて……」
「ああ、知ってるよ。ルルのことは気になって調べてたからね」
「そうなの?」
「うん。女帝と呼ばれる竜を相棒にしたことや、一年生全員がとても優秀なことも聞いている。だから父からも許可が下りたんだ。ヴァルドの孫と飛ぶならって……ルルは王城でも噂になっているよ。竜への知識や愛情が深いってね」
「本当? えへへ、なんだかちょっと恥ずかしいけど、嬉しいなー。私、竜が大好きだから、褒められるとやっぱり嬉しいよ」
「アハハ、うん、ルルならそう言うと思ったよ」
きっと他の生徒ならば、王城で話題になっているということに食いつくだろう。
それに陛下にも自分の名が知られていると聞けば、誇らしげな顔になるかもしれない。
だけどルルはそんなところは気にもせず、ただ竜への愛情が深い女の子だと認めてもらえたことを喜んでいる。
そんな素直で前向きなルルの傍は居心地が良くて、アレクシスも自然な笑顔を浮かべていた。
「ルル、君の相棒に僕を紹介してくれるかい? そのために今日は来たんだ」
「うん、もちろん。あ、アレクシスは竜への挨拶を知ってる?」
「ああ、竜騎士団へ行って団長に指導を受けてきた。もし間違いがあったら指導してくれるかい? 失礼になるのは嫌だからね」
「もちろん、任せて」
アレクシスは完璧な挨拶をセレスの前で披露する。
それは優雅で品があって、アレクシスが竜騎士になりたいと言えば、相棒になりたいと手を上げる竜がいそうなほど完璧なものだった。
祖父バルガスに幼いころから指導を受け、自信があったルルでさえ、アレクシスの礼には見惚れてしまう。
「ギャウ」
セレスはアレクシスの挨拶を受け、返事を返すと、アレクシスを一舐めする。
生き物が嫌いなものだったならば、竜の大きくザラリとした舌で舐められれば嫌な顔をするものだ。
だけどアレクシスはとても嬉しそうで、王子様というよりも一人の竜好きな少年、そんな様子だった。
「ルル、セレス、これで僕も仲間だと認められた。そう思っていいのかな?」
「うん、アレクはもうセレスに認められた仲間だよ。一緒に空を飛ぶこともできる……あ、でも、学校から許可が下りてからね。多分、前期の休み前になっちゃうと思うけど……」
申し訳なくルルが答えると、アレクシスは嫌な顔などせず、満面の笑みで頷いてくれた。
そして凄く楽しみだとも言ってくれて、そっとセレスの背を撫でていた。
「殿下、そろそろ……」
「ああ、分かった。城へ戻ろう」
護衛らしき人物が声を掛けると、アレクシスから素の笑顔が消え、王子様らしい完璧な微笑みが張り付けられる。
それが何だか寂しくて、「ルル、また……」と声を掛けてきたアレクシスに頷くだけで答えると、アレクシスがそっとルルの耳元に近付いた。
「秘密の逢引き、楽しみにしてるから、ね……」
「えっ……」
そんなささやきを残し、アレクシスは王子様として第三竜舎を去っていく。
一人残されたルルは真っ赤。
カッコいい男の子にあんなインパクトのある言葉を言われた経験などあるはずもなく、胸がドキドキして痛くて、うるさくて、その日は一日中落ち着かない日となった。
こんばんは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、良いね、評価など応援も有難うございます。
今のところアレクシスだけが異性としてルルに意識されている気がします。w




