二年生の洗礼
飛行訓練初日から一週間も経つと、皆、竜アンカーを使って上手に鉄棒を越えられるようになっていた。
もともと竜騎士学園へ入学できる素質のある子どもたちだ。
学業面だけではなく、運動面でも優秀で当然だった。
ルルとエドはグレイヴで慣れていたので、初日の一回目で鉄棒を越えることができた。
そしてカイルとレオン、クラリスは次の日に合格し、ディーンとハルトがその翌日。
最後になったが、ミアとノアも週末の授業では合格し、今年の一年生は大変優秀だと担任のガイウスにも褒めてもらえた。
「僕、運動は苦手だから、ルルやエドに教えてもらえて助かったよ。じゃなきゃ、こんなに早く合格できなかったと思う。本当にありがとう」
一年生で一番小柄で細身のノアが、そんなことを言う。
竜のことが大好きで、竜騎士に憧れていたそうだけど、勉強はともかく、運動はそれほど得意ではなく、入学試験も合格できるとは思っていなかったようだ。
それでも最初の難関を乗り越えられたことが誇らしいのだろう。
嬉しそうなノアを見て、ルルも嬉しくなった。
「私は運動がどうこうよりも、竜の大きさとかも把握できてないし、すべてのことが初めてで慣れてなくて難しかったけど、ルルとエド君のお陰で要領を得ることができたわ。今は竜に乗るのが楽しみよ。できるだけ竜に負担がないように飛び上がる、あの言葉はとってもイメージが湧きやすかったの。ルル、エド君、ありがとうね」
「うん」
たぶんクラスで一番、竜と離れた生活を送っていたであろうミアが笑顔でお礼を言う。
もともとミアは手先も器用で、何でもできるタイプだ。
きっとこの先、竜に関することが一番伸びるのはミアだろう。
何も知らないからこそ、スポンジのように吸収できる。
素直なミアの様子を見て、ルルはそう思っていた。
「こうやって助け合うのは良いよね。なんだか仲間って感じがすごくするよ」
ハルトが楽しそうに笑いかける。
寮に入ってすぐエドと仲良くなって、今ではエドの親友のハルトは伯爵家の子だけど、気さくで明るくてとてもいい子だ。
同級生を競争相手として認識するよりも、仲間として見てくれていることにルルも嬉しくなる。
どこかの誰かのように睨んでばかりでは、ルルだって疲れてしまう。
みんながみんな、ハルトのような心構えだと嬉しいと思う。
「明日はついに本物の竜に乗る練習ね。私の竜はアストラと名付けたの。とてもかわいい子よ」
自分の相棒に乗るのが楽しみだと言うように、クラリスが微笑んだ。
最初はツンッとしてすましていたクラリスだけど、本当は世話焼きで優しいことをルルはもう知っている。
きっと相棒のことも、クラリスなら大事にするだろうし、可愛がるだろう。
アストラを自慢するクラリスの顔を、ルルは微笑ましげに見ていた。
「……お、お前は、田舎ではどうやって竜に乗ってたんだ? 竜アンカーは使っていなかったんだろう?」
珍しくカイルが普通に話しかけてきた。
ベルン村を田舎と言われたからか、ルルの隣ではエドが少しムッとしている。
だけどベルン村は物凄い田舎なので、ルルはあまり気にしないままカイルに答えた。
「小さいころはまだ脚力がなかったから、ロープを使ってたかなぁ」
「ロープ?」
「うん。グレイヴにロープの端を咥えてもらって、それっ! って勢いをつけて乗り込んでた。でも最近は竜尾から駆け上がってたかな。その方がグレイヴに負担もないしね」
「駆け上がる……?」
「そう。最初の頃はグレイヴも体を低くしててくれたんだけど、だんだんそれをしてくれなくなっていったの。竜騎士になるなら駆け上がって来いって。おじいちゃんができるならお前もできるっ! て。グレイヴは結構厳しいんだよねー、こういうのってスパルタ? って言うんだっけ?」
「……」
ルルにとっては当たり前の話だけど、王都で育ち、竜ラダーを使って乗り込むことが常識だと思っていた同級生たちは、ルルの野生児ぶりに度肝を抜かれる。
あの大きな竜の背を駆け上がる?
今の自分たちにもできる、という自信がないようだった。
「……エド、お前もできるのか?」
こちらも珍しく、カイルがエドに話しかける。
カイルはルルをよく睨むのだが、エドはよくカイルを睨んでいる。
たぶん成績順が関係しているのだろうが、ライバル心を持つことはルルにとって良いことだと思っていた。
「ああ、できる。できなければグレイヴに乗せてもらうことはできないからな」
「……そうか」
何か言い返すかと思ったけれど、カイルは黙り込み、考えるように手を顎の下へ置いた。
そんなカイルの肩に、ポンッとレオンが手を置いた。
「まあ、我々はこれからだから」
皆を指しているようだが、レオンの視線はカイルへ向いている。
たぶん友人として励ましているのだろう。
それはカイルにも伝わったようで、「そうだな」と頷いている。
「早く空を飛んでみたいよね。僕、凄く楽しみなんだ」
ディーンの言葉に、皆が頷いた。
相棒と空を飛びたい。
それは騎士の卵の夢、そして今の一年生皆の最初の目標となっていた。
「ハハハ、アレが英雄の孫か?」
「なんだ、チビじゃないか」
「あれじゃあ、すぐ辞めるんじゃないのか? 頼りなさそうだしなー」
食堂へ行くと、ちらほらとそんな声が聞こえてくる。
ネクタイの色が黄色なので、たぶん二年生だろう。
ルルが女帝と呼ばれているセレスを相棒としてから、よくあんなことを言われるようになった。
それもマーサが目を光らせている寮では言わず、学校の食堂という先生があまり目を光らせない場所で言うのだ。
完璧な嫌がらせだと言えた。
「ルル・ヴァルド、お前、あんなことをいつも言われているのか? 悔しくないのか?」
実習の後だったので一年生全員で食堂へ来たため、カイルが驚いた顔をする。
彼らはルルに聞こえるように、わざと陰口を言って笑って楽しんでいるのだろう。
竜騎士になる者にしてはあり得ない行動に、他の一年生たちも怒りを顔に出している。
「悔しい? 全然悔しくないよ? だって、私に言ってる言葉じゃないし」
「はあ?!」
「英雄の孫っていうのもよく分かんないけれど、そもそも私はチビじゃないし、この学校を辞めるつもりもないし。きっと他の誰かのことを言ってるんじゃないの? 陰でしか言えないなんて、哀れで可哀想な人たちだよねー」
「お前……」
ルルの代わりに二年生たちに文句の一つでも言ってやろうとしたカイルは、肩から力が抜ける。
そしてエドへ視線を向け、これでいいのか? と問いかけているが、エドは苦笑いを浮かべるだけ。
ルルの性格を知っているだけに、陰口しか言えない小者を相手にするような子ではないことも知っている。
それにエドには確信がある。
ルルはすでに竜騎士になれるほどの実力があり、竜騎士になれば、陰口を言う先輩たちを簡単に飛び越えていく。
だからこそ彼らは、ルルに落ち込んだり悲しんだりして成績を下げてほしいのだ。
ただ、グレイヴに鍛えられたルルに、そんな稚拙な攻撃が効くはずもなく、手荒い返り討ちを受けるのは彼らの方だった。
「気にしない、気にしない。ああいうのはね、求愛に負けた竜の鳴き声って言うんだよ。グレイヴが言ってたもん」
「求愛に負けた竜の鳴き声って……もしかして負け犬の遠吠えって言いたいのか? ルル・ヴァルド、お前、結構酷いこと言うな……」
クックックと笑い出したカイルと同じように、一年生の皆も笑い出す。
陰口を言っていた二年生たちは分が悪いと思ったのか、「チッ」と舌打ちすると、ルルたちから離れていった。
ルルは可哀想な人たちだなと思う。
竜は繊細だ。
相棒の心の機微を感じやすい生き物でもある。
だから、あのまま彼らが心を改めなければ、彼らの竜は飛ばなくなってしまうだろう。
ここのボス竜、女帝のセレスはルルの相棒だ。
彼らにとってトップの存在であるセレスの相棒を貶す。
その行為がどれだけ自身の竜にストレスを与え、負担を掛けるのか、彼らは分かっていない。
竜騎士は力こそすべて。
それは竜の力関係から来ている言葉でもある。
そのことに気付いていない彼らに対し、ルルは同情しかない。
だけど、それをわざわざ彼らに教えるほど、ルルも優しくはない。
自分の竜を大事にできない竜騎士など必要ない。
ルルの信念は固く、揺るがない。
見た目だけで子供だとルルを甘く見る彼らが、手ひどいしっぺ返しを食らうのは、もうすぐのことだった。
おはようございます、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
今日も二話投稿行けるかなと、夜も楽しみにしていてください。




