王子様とのダンス
一年生たちが大きな拍手に迎えられて講堂へ入場すると、入学式の時の厳格な雰囲気は消え、そこには煌びやかな世界が広がっていた。
三年生、二年生、そして教師陣や、竜騎士学園で働く職員たち。たくさんの人に注目されながら、担任のガイウスに誘導され、一年生たちは壇上まで歩いていく。
「一年生諸君、入学おめでとう。我々は君たちを同胞として歓迎する」
三年生のキャプテン、アルフレッドの言葉に、一年生たちは貴族らしい礼を取る。
本来ならば騎士らしい礼を取るところだろうが、今日は歓迎会の夜会だ。
ドレスを着込んでいる女子生徒も、タキシード姿の男子生徒も、皆が貴族らしい礼を取っている。
その上、王家からは第二王子が参加しているため、ルルも母ミレイユに習ったカーテシーを披露した。
「本日は無礼講だ。先輩後輩関係なく、存分に楽しんでほしい」
アルフレッドが一年生にそう言葉を掛けると、使用人たちが動き出し、皆にグラスを配っていく。
全員にグラスが行き渡ったことをアルフレッドが確認すると、「乾杯」と音頭が掛かった。
ルルも葡萄ジュースを選び、級友たちと乾杯をする。
「ルル嬢、ダンスをお願いできますか?」
「はい、王子殿下。ぜひ、お願いいたします」
棒読みのセリフにならないよう気を付けながら、ルルは第二王子アレクシスの誘いを受ける。
王族と主席の生徒が最初のダンスを披露するのは恒例のこと。
本心では(面倒くさいな、ケーキが食べたいのに……)と思いながらも、ルルは笑顔でアレクシスの手を取り、会場中央へ進んでいく。
そして、アレクシスのリードで踊り始めた。
「ルル嬢、ダンスが上手だね」
「おうじ……殿下、ありがとうございます。母に習いました」
「そうか、母君に」
「はい、母はいろんなことに詳しいんです」
踊りながらアレクシスが言葉を掛けてくれる。
王族相手のダンスでルルが緊張しているだろうという配慮なのだが、残念ながらルルにはそんな緊張はなかった。
母が褒められたことが嬉しくて、笑顔でアレクシスに答えている。
「殿下は凄くダンスがお上手ですね。幼馴染と踊るのとは全然違います」
「ハハハ、そうかい? それは嬉しいな。褒め言葉だと受け取っていいんだよね?」
「はい、もちろんです。凄く楽しいです」
「なら良かった」
もともとルルは運動神経が良いので、ダンスの練習はともかく、踊ること自体は苦ではない。
けれど、アレクシスと踊るダンスは、まるで体に羽が生えたような身軽さがある。
まだ子供の体格に近いエドでは感じられないスピード感もあり、いつもより自分が上手に踊れていることが分かった。
最初の音楽が終わり、二度目の音楽が流れ出すと、女子生徒とペアを組んだ者たちだけでなく、男子生徒同士や、教師陣とペアになって踊る者も現れた。
「ルル嬢、このまま少し話をしたいけれど、良いかな?」
「はい、もちろんです、殿下。光栄です、わ」
チラリと友達の方へ視線を送れば、クラリスとミアは同級生と踊っていて、エドはそれを見ているだけ、あれが壁の花というのかな? と思える姿だった。
(だからあの時誘えばよかったのに……)
幼馴染の意気地のないところにため息を吐きながら、ルルの視線はテーブルの上のケーキへと向いた。
「フフ、そうだね。ケーキでも持って、あのテーブルへ行こうか」
「それ、すっごくいい案! じゃない、いい案です……すみません、ケーキ食べたかったので……」
ケーキと聞いて、思わず素の自分が出てしまう。
王子様に不敬を働いちゃった! と焦ったけれど、アレクシスに怒った様子はない。
むしろアハハと笑い、どこか楽しそうで、ルルを見る視線も優しいものだった。
「ルル嬢、普通に話してくれて大丈夫だよ。私のこともアレクと気軽に呼んでくれてかまわない」
「えっ? いいの? でも、不敬だって怒られちゃうし……」
「じゃあ、二人きりの時だけ、私もルル嬢のことをルルと呼べばおあいこだろう? 問題は無いと思うんだ」
「そうなの? じゃあ、ルルって呼んで。えへへ、私アレクと友達になれて嬉しい。実はね、王城の竜のこととか知ってたら教えてもらいたかったんだ」
「アハハ、そうか、では、私の知っている限りのことを伝えさせてもらおう」
「うん!」
ここで他の令嬢ならば王子とのロマンスを期待するところだが、ルルにはそんな感情はまだ育っていない。
アレクシスの言葉をそのまま受け止め、嬉しそうに笑う。
だからこそ、アレクシスも『アレク』呼びを許すほど、ルルに心を許したのだろう。
裏表がなく、常に明るいルルは、無意識のうちにアレクシスの心を和ませていた。
「ルル、ルルの家にいる竜の話を聞いてもいいかい? 確かグレイヴという名だったかな?」
「アレク、グレイヴを知ってるの? そうだよ。うちにいる竜はグレイヴ。おじいちゃんの竜なんだけどね。ちょっと頑固で、私が操縦するといっつもダメ出しするの」
「フフ、駄目だしか……それにしても、ルルはもう竜に乗れるのかい? 凄いね。君が飛ぶ姿を見てみたいよ」
「だったらアレク、一緒に飛ぶ?」
「えっ……?」
「もう少ししたら竜に乗る許可が下りるの。そうしたら朝の散歩も私が乗ることができるし、アレクを乗せて空を飛ぶこともできると思うんだぁ。あ、王様の許可が必要かな?」
「……」
ルルが提案すると、アレクシスは王子様らしくない、ぽかんとした顔をする。
何か変なことを言ってしまっただろうか?
ちょっとだけ不安になっていると、アレクシスがクスクスと楽しそうに笑いだした。
「アハハ、君は止めないんだね」
「何を? もしかして空を飛ぶこと? 竜の上は全然危なくないよ。ああ、もちろん野生の竜は怖いけど、ここの竜はみんな人に慣れてるし、いい子ばかりだから、危険なんて全くないと思うよ?」
ルルの常識は、アレクシスには楽しいものらしい。
上機嫌になった様子で「ならば必ず父の許可を取るよ」と約束してくれた。
でも王子様というのは色々と大変で、縛りもあると聞いている。
もしかしたら社交辞令かもしれない。
だけど、新しい友達と空の散歩ができる。
そんな可能性が少しでも広がり、また新しい思い出ができそうで、ルルの笑顔もさらに明るいものになった。
「さて、そろそろルルを解放しないとね。待っている子もいるようだしね」
「えっ……?」
アレクシスの視線の先を追えば、エドがこちらをチラチラと見ていた。
それに、カイルもなぜかルルを睨みつけている。
まるでルルが王子様相手に不敬なことをしないか、見張っているようで、ルルはちょっとだけ居心地の悪い気持ちになる。
(迷惑なんてかけるわけがないのに……)
ルルはどうも弟分からの信用が薄いらしい。
「ふーん、あの子がルルの幼馴染かい?」
「うん。紺色の衣装の子が幼馴染。まあ、弟みたいな感じだけどね」
「フフフ、弟か。それはまた気の毒だね……」
アレクシスはエドのほうが誕生日が早いことを知っているのか、そんなことを言って笑う。
だけど、こればかりは譲れない。
誕生日が遅くとも、ルルのほうがエドの姉なのである。
竜に乗り出した先輩としても、そこは絶対に譲れない部分だった。
「あの深緑の衣装の子は、アシュフォード家の子かな?」
「うん、そう。カイル・アシュフォードだよ。なんかね、おじいちゃんのことが好きらしくって、私にしょっちゅう絡んでくるの。ちょっと子供っぽいけど、頑固なところがグレイヴに似てるんだー。だから、あの子も私の弟かなー。手のかかる弟。カイルはそんな感じだねー」
「アハハ、弟か。それはまた、ルルは面白いことを言うねー」
「そう?」
アレクシスは少し涙目になりながら、クスクスと笑い続ける。
カイルはルルよりも背が高いので、弟扱いは可笑しかったのかもしれない。
なんでもアシュフォード家は王家の血が濃く入っているようで、アレクシスとカイルは幼い頃からよく遊んでいたらしい。
アレクとカイルの髪の色は少し似ているし、顔つきもどことなく似ている気がする。
きっとそれもあって、カイルはルルを睨んでいるのだろう。
『俺のお兄ちゃんに触るな!』
そう言っているように感じ、ルルは「大丈夫だよ、取らないよ」の意味も込めて、カイルに笑顔で手を振った。
「さあ、ルル。他の子とも踊っておいで。私はもう控室へ行くからね」
「アレクはもう踊らないの? 夜会はまだ続くんでしょう?」
立ち上がり、ルルの手を引いてくれたアレクシスへ疑問を返す。
するとアレクシスはルルの耳に近づき、そっと耳打ちした。
「僕はもうルルだけで大満足さ」
名残惜しそうにルルの手を放し、アレクシスは去っていった。
残されたルルは、顔に熱がたまるのを感じた。
どうやら王子様は、声もかっこいいらしい。
ルルにとって、初めて男の子にドキドキした夜になった。
こんばんは、夢子です。
本日二話目、楽しんでいただけたら嬉しいです。
アレクの髪色は濃い青みのある黒髪で瞳は淡い金目です。
カイルは濃紺の髪で青の瞳。
顔つきはそれほど似ていませんが、ルルには似ているように感じたと思います。
二人とも美男子なので。w




