学校案内とカイル呼び
入学式の後、週末の休みが明け、ルルが楽しみにしていた授業が始まった。
初日は学校案内。
広い竜騎士学校内を、担任のガイウス・レインの後に続いて歩く。
竜騎士になった後、研究職に就く者も多くいるため、学園内には研究室も用意されている。
竜の研究は竜騎士にならなくてもできるが、やはり竜の気持ちを知りたい、竜に乗って研究したいという理由から、竜騎士を目指す者も多い。
ルルの父ロイドは獣医学校へ通って竜医師の資格を取って卒業しているが、竜医師の中には竜に乗れない者もいるそうだ。
竜に乗る授業はあるものの、そこは選択制となるらしい。
だからこそ、父は希少な竜医師でもある。
竜に乗れるだけでなく、乗りこなすこともできるロイドが有名な医師になるのは当然だった。
「運動場は竜に乗るための場となるので、かなり広くなっている。走り込みは自由に行えるが、竜の着地には気を付けろよ。昨年、竜に踏まれた生徒は学園を退学している。骨だけでなく、心が折れてしまうこともあるからな。できるだけ移動は端を通るように」
当然顔で怖いことを言うガイウスに、皆の顔が青ざめる。
ルルにとっては当たり前の話ではあるけれど、竜優先の運動場に皆が引き気味だ。
あの大きな体に踏みつぶされたら……
そう考えるだけで、体が痛むようだった。
翌日は武器の選択時間となった。
ルルは刀身が短めで軽い剣を選択し、その他に短剣と、弓も体に合わせて用意してもらうことにした。
「ハンッ、竜の上から弓など射られるわけがないだろう」
入学式初日から、なぜかルルに突っかかってくるカイルに鼻で笑われたが、ルルはキョトンとした顔になる。
「竜の背から弓を射るときは、風を読めばいいんだよ」
当たり前のことを正しく答えただけだったのだが、カイルは気に入らなかったらしい。
ムッとした顔になり、何かを言い返そうとしたところで、「その通りだ」とガイウスの声が響いた。
「竜騎士には弓を扱う者もいる。今はまだ弓隊を作れるほど多くはないが、竜の飛行による影響力を利用して弓を射ることは、大きな戦力になる。投擲も同じだが、君たちも固定観念は捨て、学園にいる間に多くの武器を学んでほしい。もちろん、手に馴染む武器というのが一番大事だが、選択肢は多い方が生き残れる確率は高いぞ」
生き残れる。
ガイウスの言葉に、皆が息を呑む。
竜騎士は竜に乗り、飛ぶだけが仕事ではない。
戦乱では先頭を切り、一番に敵へ突っ込む可能性もあるのだ。
歴史で学んでいたはずなのだが、実際に見聞きすれば、武器を見る覚悟も変わるというもの。
ただルルだけは、「えへへ、鞭も良いよね。覚えたいなぁ」とのんきな様子だった。
「良いか。竜騎士にとって身を守ることも大事だが、何より竜と合う武器を選ぶことが大事だ。大剣が好きな者が竜の背を傷つけ、それ以来、相棒の背に乗れなくなったこともある。それに、竜には鉄が嫌いな個体もいる。自分に合うことも大事だが、相棒との相性を考えて、多くの武器を扱えるようになっておけ。武器の授業では俺だけでなく、専門の講師も呼んでいるからな。遠慮はいらないぞ。興味がある武器は、作れるよう申請しておけ」
ただし、多くの武器を選ぶということは、それだけ学ぶ時間が多くなるということだ。
そのため、剣を中心に第二、第三の武器まで選択する者は多くいるが、それ以上に選択する者は多くない。
広く浅くでは、一つの武器を専門に選ぶ一般騎士には勝てなくなるだろう。
そんなことを考慮しながら武器選びを行う生徒たちの中、ルルだけが「あ、斧も面白そう」と、どこまでも前向きだった。
「お、おい、ルル・ヴァルド」
放課後になり、クラリスとミアと寮へ向かっている途中、名を呼ばれてルルは振り向いた。
そこには、声を聞いた瞬間に予想していた通りの相手が立っていた。
同学年のカイル・アシュフォード、その人だ。
カイルの後ろにはレオンとディーンがいて、そこもいつもと一緒だ。
苦笑いを浮かべる二人にも「いい加減にしたよね」と視線を向けてから、ルルは答えた。
「……何か用?」
「……っ」
ルルが声を掛けると、カイルは視線を逸らし、ムッとした不機嫌な顔になる。
入学してから度々声を掛けられるが、一体何がしたいのかルルには分からない。
派閥の件は断ったはずだし、休みのときに家に遊びに来てもいいという話も断ったはずだ。
いつも上から目線なカイルと仲良くなりたいとは、ルルは思っていない。
まあ、クラスが一緒なので最低限の交流は必要だと思うが、それだけだ。
手下のようにレオンとディーンを扱うカイルの印象はあまり良いものではなく、できれば距離を取りたい。そう思う相手だった。
「こ……」
「こ?」
『こ』と聞いて、コケッコー、ルルの頭に鳥の鳴き声が浮かぶ。
ベルン村のみんなは元気かな?
家族は元気かな?
グレイヴとニコは元気かな?
そんな思いが浮かぶ余裕があるほど、カイルの言葉は続かない。
「こ、これを、やる」
「えっ?」
「だから、これをやる!」
カイルがずいっと差し出してきたものは、青色の宝石が入ったペンダント。
意味が分からないルルは、当然のように気持ち悪くなり、「もらえません」と断った。
すると、カイルの不機嫌そうな顔がますます酷いものに変わる。
(私と話すのも嫌なら、声なんて掛けてこなければいいのに……)
大きなため息を飲み込んだルルの前で、カイルは差し出した手を引っ込めない。
「この前の、マフィンの礼だ」
「マフィン?」
一体何のこと?
ルルがカイルにマフィンを渡した覚えなどないのだけれど、隣にいるクラリスとミアが「ああ、あのマフィン」と言ったことで、やっと意味が分かる。
親睦会用に焼いたマフィン。
どうやらカイルは、その礼をしたかったらしい。
本当に分かりづらい子だなと思ったけれど、ちゃんとお礼ができる子だと知って、変な子という認識が少しだけ変わった。
「あの、カイル」
「え……えっ?!」
カイルの名をルルが呼べば、憎々しげな顔つきだったカイルの表情が変わる。
本気で驚いているような顔で、ルルが自分の名を知っているとは思ってもいなかったような顔でもある。
(クラスの子の名前も覚えられない子だと、私、思われてたのかな?)
エドに呑気だ、ポンコツだと言われることはあるけれど、さすがに満足に話もしていないカイルにそう思われているのは少しショックだった。
ルルは気取られないようにカイルの名をもう一度呼び、笑顔で答えた。
「あのね、カイル。マフィンのお礼がペンダントだと釣り合わないよ」
「い、いや、だが……」
「それに、あれは私たちが食べる分のお裾分けだから、お礼はいらないよ」
「そ、そうか……だが……」
どうやらカイルは、どこまでも真面目で融通が利かない性格らしい。
ちょっとだけ祖父の竜、グレイヴのようで、ルルは可愛くて面白い子だなとおかしくなった。
「フフフ、カイルがマフィン好きなら、今度ちゃんとカイル用に焼いてあげる?」
「ふぇ?」
「好みの味はある? チョコチップとか入れても美味しいけど、ジャムを練り込んでも美味しいんだよ。私、お菓子作るの好きだから、楽しみにしててね。気に入る味が絶対にあるはずだからさ」
ニコニコ顔でそう答えれば、カイルはまた渋い顔で俯いてしまう。
グレイヴの性格を知るルルは、その行動に覚えがあった。
これは照れているときの顔。
カイルはやっぱりグレイヴと似ていて、ツンデレ属性のようだ。
それは、エドと同じく、カイルもルルの中で弟分になった瞬間だった。
「カイルって、ちょっと竜っぽいよね」
「ふぁ?」
「ウチにいるグレイヴに似てる。ああ、そういえばカイルの髪も黒っぽいから、そんなところもグレイヴにそっくりだねー、えへへー」
決してカッコいいと褒めているわけではないのだが、カイルは竜に似ていると聞き、やっと嬉しそうな顔になって照れ笑いを披露する。
憧れの竜騎士、バルガス・ヴァルドの孫であるルルとは仲良くなりたい。
そう思っていたカイル。
マフィンのお礼を餌に仲良くなって、今度ある歓迎会ではルルとダンスをしたいとペンダントを差し出したのだが、残念ながら失敗。
上手く伝わらず、今回もダメかと肩を落としていたが、ルルから「竜に似ている」と褒められ、大満足だ。
最初の一歩は、どうにか進むことができた。
グレイヴについて話し続けるルルの声を聞きながら、カイルはどこか誇らしげだった。
「ルルってば、無意識悪女ですわね……」
「カイル君、もてあそばれてる感じ……」
「「……」」
そんな二人を見つめる友人の呟きは、ルルには届かないようだった。
おはようございます、本日もお読みいただきありがとうございます。
最後の「「……」」はレオンとディーンです。
そしてカイルにはカイルの考えがちゃんとあります。w




