王子様と派閥
一年生の教室で各々の自己紹介が終わると、今日の授業は終了となった。
生徒たちは皆、寮へ戻ることになったのだが、ルルだけは担任のガイウスに声を掛けられ、職員室まで向かうことになった。
学年キャプテンというのは、色々とやることがあるらしい。
だけど折角だ、ガイウスとの話が終わったら、少し学園内を見て回ろうかな。
そんなことを考えていたルルだったが、連れて行かれたのは職員室の横にある相談室ではなく、何故か校長室だった。
そしてそのまま校長室の横にある、豪華な扉の応接室へと連れていかれる。
「ガイウス・レインです。主席を連れてまいりました」
「おう、入れ」
応接室の中からは、校長先生らしき声が聞こえた。
ルルはなんだろう? と思いながらも、ガイウスと一緒に応接室へ入る。
するとやはり、そこには校長のヴァルター・グランディスが待っていた。
だけど、その向かいにはあり得ないことに王様と王子様まで揃っていて、ルルは驚きをどうにか飲み込んだ。
「ルル・ヴァルド、入学おめでとう。君が入学することを楽しみにしていたぞ。バルガスは元気か?」
「校長先生、ありがとうございます。はい、おじ……祖父は元気です。あの、校長先生は祖父を知っているんですか?」
「ああ。俺が三年の時に入学してきたのがバルガスだった。奴は本当に破天荒でな……手を焼いたのを今でも思い出すぞ。バルガスは竜が好きすぎる」
「……えっと、はい、その通りです……」
すみません、と謝るのも違う気がして、ルルの口からはそんな言葉が漏れる。
それに校長先生は文句を言いながらも楽しそうで、いい思い出だと言っているような気がした。
だからルルは、謝ることができなかったともいえる。
「ルル嬢、ロイドは元気かね?」
優しげな笑みを浮かべてルルを見つめていた国王陛下から声を掛けられ、流石のルルも緊張する。
けれど国王陛下は、王族としてこの場にいるというよりも、ルルの父であるロイドのことを知りたそうな様子だった。
「はい、父も元気です。普段は周りの村にいる家畜たちを診たり、森の動物の生態を研究したりしています」
「そうか……相変わらずのようだな。城の竜医師として残ってほしかったが……ロイドは昔から研究が好きだったから仕方がないだろう」
国王陛下は懐かしそうにクスリと笑う。
国王陛下と父は年が近そうだと思っていたけれど、まさか知り合いだったとは思わなかった。
祖父も両親も、ルルには過去の話はあまりしない。
王都に住んでいたこともあったそうだけれど、ルルが生まれる頃には、すでにベルン村にいた。
だからルルにとってベルン村こそが日常で、生まれた時からずっと大人だった祖父や両親にも、子供の頃があったなんて現実味のない話だった。
「ルル嬢」
「はい、殿下。何でしょうか?」
「今度の歓迎会、私が君のパートナーとなるのでよろしく頼む」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
母のミレイユに、王子様のことは殿下と呼ぶようにと習っていて良かった。
それを知らなければ、今この場で「王子様」と呼んでいただろう。
お母さんありがとう、と心の中でお礼を言い、ルルはホッとする。
だけどまさかこんなにも早く声を掛けられるとは思っていなかった。
それでも、歓迎会の日がぶっつけ本番でなくて良かったとは思う。
それに、ダンスの練習も頑張っておいて本当に良かった。
だって、王子様がこんなに綺麗だなんて知らなかったから……
濃い青みのある黒髪に、淡い金色の瞳。
整った顔立ちは、まさに王子様そのもの。
ルルのことをパートナーだと言ってくれているけれど、田舎者のルルが隣に立ったら、王子様が恥ずかしい思いをするかもしれない。
ドレスもミレイユがちゃんとしたものを準備してくれていて、本当に助かった。
笑顔を浮かべながらも、ルルは正直、色々なことにホッとしていた。
「ルル嬢、竜騎士を目指して励みなさい。期待しているよ」
「はい、陛下。ありがとうございます。一生懸命頑張ります」
退室を許されたルルは、応接室を出るとホッと息を吐いた。
いずれ王様や王子様と会うことは分かっていたけれど、まさかこんなふうに会話まで交わすとは思ってもいなかった。
それになにより、王子様だ。
王様に似た青みのある黒髪は艶があり、ルルよりよっぽど綺麗だった。
瞳も金色で、明るい太陽のように輝いている。
やっぱり王族というのは、男性でも違うのだろうか?
そう思わせるほどの姿だった。
「きっと絵本から出てきたみたいって、ああいう感じなんだろうなぁ」
そんなことを呟きながら、ルルはゆっくりと寮へ戻って行った。
「おい、ルル・ヴァルド。遅かったな、待っていたんだぞ」
「えっ?」
お腹がぐーっと鳴り、お昼をとっくに過ぎていることに気付いたルルは、寮へ戻ると食堂へ行こうとした。
すると背後から名前を呼ばれ、ルルは当然のように振り向く。
そこにはルルのクラスメイト、カイル・アシュフォードとレオン・グランフォード、そしてディーン・ローディスが立っていた。
「えっと、カイル君……だっけ? どうしたの? 何か用だった?」
もしかして、友達になりたくてルルを待っていたのだろうか?
そう思って笑顔を向けると、何故かギロリと睨まれてしまった。
「用など特にない。ただ、声を掛けてやろうと思っただけだ」
「はあ?」
それこそが用事ではないのかな?
そう思ったけれど、貴族の子の感覚はルルとは違うかもしれない。
だから余計な口は挟まないことにした。長引いても困る。
それよりも、早く食堂に行きたい。
ルルのお腹は限界に近かった。
「んんっ。ルル・ヴァルド、おまえ……いや、君を我がアシュフォード侯爵家の傘下に入れてやろうと思う」
「傘下?」
「ああ、そうだ。まあ、君も竜騎士になる程度には能力もあるようだからな。生まれはともかく、将来性を買ってやろうと思う」
「将来性?」
「ああ、そうだ。我がアシュフォード侯爵家の派閥に入れば、出世も間違いないだろう。竜騎士としてだけではなく、引退後の婚姻についても力になれるぞ」
「派閥? 婚姻?」
「ああ、その通りだ。喜んでいい。この私が直接声を掛けてやったんだ。それは君を、竜騎士になる仲間として認めているともいえるのだからな」
「……はあ?」
何を言いたいのか、よく分からない。
けれど、実力主義の竜騎士の世界で、カイルはアシュフォード侯爵家の派閥を作ろうとしているようだ。
後ろに立つレオンが、少し苦笑いを浮かべながら「ごめんね」と口パクしているように見える。
(悪いと思うのなら、止めればいいのに……)
友人であっても、家格が違うと止められないのだろうか。
貴族の子供も大変なのだな、とルルは少し気の毒になった。
「さあ、ルル・ヴァルド、私の手を取れ。君の未来はこれで安泰だぞ」
自分に酔っているのか、カイルはそう言ってルルに手を差し出した。
見た目はカッコいいカイルだけれど、その言葉はどこか子供っぽい。
背伸びをして、大人の真似をしている子供に見えて、エドよりも年下、いや、リオと同じぐらいに感じてしまう。
それに、竜騎士になるのに仲間は必要だけれど、派閥など必要ない。
ルルはカイルの手を取らず、いいえ、と首を振った。
「遠慮しておきます。私、派閥とかに興味ないんで」
「は?」
「それに竜騎士は実力主義で、貴族は介入できません。どんなに良いお家に生まれても、竜に好かれなければ竜騎士にはなれない。だから、アシュフォード侯爵家? の力も私には必要ありません。ごめんなさい。それじゃあこれで、私お腹ペコペコなの。もう食堂に行くねー」
バイバイ、と手を振って三人と別れる。
最後に見たカイルは大きく口を開けていて、とてもカッコいいとは言えない様子だった。
けれど、ルルにはそんなことどうでも良かった。
だって、カイルよりもご飯の方が大事なのだから。
ルルは後ろを振り向くこともなく、ゴードンの作る今日の昼食は何だろうとワクワクしながら食堂へ駆けていった。
「あとで泣きついて来ても、許さないからなー!」
覚醒したカイルの叫びは、残念ながらルルには届かなかった。
ただの面倒くさい男の子。
憧れの竜騎士、バルガス・ヴァルドの孫であるルルには、そんな印象を持たれただけだった。
おはようございます、夢子です。
皆様台風は大丈夫でしたでしょうか?
我が家は特に大きな被害はありませんでした。
どうぞ皆様お気をつけてお過ごしください。




