第3話 じゃないと末代まで呪いますからね。
「今日さ、私も文芸部行っていい?」
私の机に身体を預け、ほどよく手入れされた髪がさらさら揺れる。
「美術部は大丈夫なの?」
「今日は休みなんだよね」
それなら、ということで部室まで一緒に行くことにした。
教室から出て渡り廊下を抜ける。
4月末らしい乾いたそよ風が吹き抜けた。
「文芸部は三輪さんだけ?」
「今のところは」
なんとなく学生鞄を持ち直す。
隣を歩く女の子は小泉八代さん、私の友だちだ。
文芸部に名前を貸してくれてて、たまに遊びに来たりする。
「普通あんな可愛い子がいたら入る人いそうだけどなぁ」
「下心丸出しすぎない?」
もっと純粋な気持ちで文芸部に入って欲しいんだけど。
そんな話をしながら、反対校舎に入った。
すぐに部室が見えてきたので、鞄から鍵を取り出す。
さっそく部室に入って荷物を置いた。
「文芸部っていつもなにしてんの?」
「小泉さんも文芸部だからそれくらい知っててほしいけど」
まあいいじゃん、と言いながら小泉さんも荷物を壁際に置く。
「最近は純文学を読んで、感想を言い合ったりしてるかな」
「怖い話じゃなくって?」
笑いながらこちらに視線を向ける。
小泉さんは私が怖い話を好きなことを知っている。
そこまで話題には出さないけれど、耐性はあるほうらしい。
「ほら、私って部長だから」
「部長だからこそ、私物化するものじゃないの?」
「いやいや」
三輪さんには部長としての背中を見せないといけないし。
「実際さ、三輪さんってどんな感じなの?」
「そうだなぁ……」
窓を数センチだけ開けて空気を入れ換える。
「やっぱりめっちゃかわ、」
「失礼しまーす!」
引き戸が音を立ててから、柔らかい声が部室に響いた。
絶妙なタイミングで三輪さんが入ってきたんだけど。
少し驚いて肩が跳ねたが、幸運なことに誰にも気づかれなかった。
「おつかれー」
「お疲れ様です」
私に返事をしてから小泉さんの姿を見て、三輪さんはすぐに表情が曇った。
「あの芽衣さん、この人は……?」
不安そうな表情でこちらに近づいてくる。
「私の友だちで、一応文芸部に入ってる、」
「小泉って言いまーす」
私の言葉を遮って軽く手を上げた。
「三輪です……」
そう言ってぎこちなくお辞儀する。
「如月は芽衣さんって呼ばれてるの?」
「最近はそうだね」
「へぇ、仲いいんだ」
「私も呼んでいい?」と冗談を言いつつ、三輪さんのことをじろじろ眺める。
「噂には聞いてたけど、めっちゃ可愛いね」
「……どうも」
手をぎゅっと組んで、三輪さんは応えた。
空気感が、いつもより冷たい。
なんというか、張りつめた雰囲気だった。
雑談なんかしないでさっさと始めた方が良いかも。
「じゃあ活動始めるから席について」
「……はい」
不満そうに返事をしてから、三輪さんは腰を下ろした。
*
「これで終わりだけど、まだなにかある?」
「……」
三輪さんは何も言わない。
いつもなら何か言い出すんだけど。
「私は何もないよー」
小泉さんは手をひらひらと振る。
「じゃあ今日は終わりにしようか」
ゴールデンウィーク明けの予定を説明してから、文芸部の活動を終えた。
「じゃあ私帰るね」
「うん、バイバイ」
私が手を振ると、小泉さんはすぐに部室から出て行った。
「……」「……」
私たちの間で沈黙が生まれる。
区切りひとつを入れるような、そんな沈黙だった。
溜め息を吐いてから、三輪さんは口を開いた。
「……私、怒ってるんですけど」
「ごめん」
「まだ何も言ってないじゃないですか」
なんとなく腰を上げて座り直す。
机の下でスカートの表面を撫でた。
「なんで他の人呼んだんですか?」
「呼んだっていうか、小泉さんは文芸部だし」
「……そうかもしれないですけど」
そうじゃないんです、と三輪さんは小さく呟く。
「ていうか、私のことずっと三輪さん呼びだったじゃないですか」
「うん」
「私のことは千尋ちゃんって呼ぶように言いましたよね?」
「なんか他の人の前だと恥ずかしいっていうか」
だから小泉さんの前では三輪さん呼びだった。
「私の名前が恥ずかしいってことですか?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、千尋ちゃんって呼んでください」
いつにも増して、三輪さんの機嫌が悪い。
これは困った。
どうにかしないと。
そんなことを考えているうちに、三輪さんがぽつりと口にした。
「……なんで私以外の人と」
その声は、とても寂しそうだった。
何度か言葉を飲み込んでから、ようやく三輪さんは口を開いた。
「ともかく、千尋さんは私を不快にさせたわけですよ」
「ほんとごめん」
素直に頭を下げる。
「だから、その贖罪をしてもらいたいんですけど」
「私ってそんな重い罪犯したの?」
「はい」
いつの間にか三輪さんの逆鱗に触れていたらしい。
「それで、なにをすればいいの?」
できれば簡単にできることが良い。
簡単なこと程度で贖罪と呼べるかわからないけど。
そよ風が入り込んで、レースカーテンがゆらゆら揺れる。
「……ゴールデンウィークの日、一緒にお出かけしてください」
一呼吸おいてから、上目遣いでぼそっと呟いた。
「一緒に出掛けたら、千尋ちゃんは許してくれるってこと?」
「そうです」
じゃないと末代まで呪いますからね、と三輪さん。
うーん、それは困る。
子孫には迷惑をかけたくない。
「なら、一緒にお出かけしようか」
「ほんとですか!?」
ぱあっと三輪さんの表情が明るくなる。
「じゃあ、5月5日に遊園地に行きましょう!」
「いいよ」
かなり強引だったけど、一緒にお出かけすることに決まった。
回りくどいことしなくても、三輪さんに誘われたら行くけどなぁ。
「楽しみですね、遊園地!」
「だね」
そんな話をしながら、ゆっくり帰る準備を始める。
ちなみにこの日、三輪さんは怖い話をしなかった。
完全に頭から抜け落ちていたのだろう。
いつもより丁寧に後片付けをして、私たちは部室を後にした。




