7話 初めての狩り
結論から言うと、狩りの結果は散々だった。
……と言うか、そもそも狩りにすらなってない。
イメージでは、大型動物に悪戦苦闘しながらもなんとか勝利……っていうのを想像してたけど、想定が甘すぎたらしい。
そもそも大型動物、いない。
いつもよりも遠く、広範囲を探索。
木々の隙間や岩の下、いるはずもないのに樹上を探して回ったり――
結局痕跡すら見つけられなかったし……きっと、もっと森の奥に生息してるんだろう。
それか、僕の存在に気付いてすぐに隠れてしまったか。
「むぅ……今日もこれか……」
野営地に戻った僕は、布にくるんだ木の実やベリーに目を落とす。
昼を過ぎても収穫ゼロのままだったので、とりあえず食べれるものだけは確保して帰ってきた訳だけど……やっぱり自然は手強い。
もちろん、これまで森の中で散々生き物は目にしていた。
木の実を集めているとカラフルな鳥や、リスなんかは視界の端に映っていた。
それなのに大型動物に固執して追い回していたのは、きっと欲に目がくらんでいたからだろう。
……そもそもシカがいたとして、狩猟の経験もない僕が仕留められるわけがない。
帰り間際にようやくそれに気づいた僕は、より現実的に――より堅実に、小さな罠をいくつか設置しておいた。
小動物が通った際に自動的に捕まえるくくり罠に、エサになる木の実や虫を置いて、それを食べに来た瞬間に石が落ちるという仕組みの落とし罠。
獲れるお肉の量は少なくなるけど、何も獲れないよりは断然良い。
「何か、かかってるといいな」
僕はベリーやリュコの実をつまみながら、日が暮れるのを待った。
* * *
「チチチッ! チチッ!」
「……わっ、うわっ! えっ!?」
罠を設置してから数時間後。
夜ご飯のベリー採取も兼ねて罠の確認をして回っていると、早速獲物がかかっているのを発見した。
いいサイズのアカリスだ。
「えっ、えと、どうしよう! えーと、確か――」
恐る恐るリスの体に触れると、毛を逆立てながらシャカシャカと爪を振り回してきた。
「うわっ! ご、ごめん……!」
情けなく謝りながら、慌てて手を引っ込める。
血が出るほどではないけど、細かな赤い線がいくつも手の甲に走った。
……リスだって必死なんだ。
大きく開かれたリスの目を見て、僕は今一度強く決心をした。
僕は生きる為に、この子を食べるんだ――
「……ごめんね」
小さくそう呟くと、今度は素早くリスの胴体を抑えつける。
手の中で必死に動く温かい感触が、命を扱っていることを嫌と言うほど実感させた。
獲物を締める方法は知っているつもりだ。
木の棒か石で頭を叩いて失神させるか――あるいは、一思いに首を折る。
……あとは、それを実行する気持ちだけ。
「チチ、チチチッ!」
「………………んっ!」
僕は意を決して、渾身の力を腕に込めた。
パキッ。
グンッという手応えに続いて軽い音がした。
ほんの一瞬……ほんの一秒にも満たない内に、リスはぴたりとも動かなくなった。
「……あ」
目の前で、命が失われていく。
いや、この手で、奪ったんだ。
こんな僕なんかのために、この子は犠牲になってしまったんだ。
リスを掴んだ手がぶるぶると震える。
骨が折れた瞬間の感触が、まだ左手に残っている。
僕は、言いようのない罪悪感にのまれた。
「ご、ごめん、なさい……」
僕がこの森に来なければ。
僕に魔法の才能があったら――こんなことにはならなかったはずだ。
いざ”命”を目の前にすると、僕は何もできなくなった。
ただただどうすることもできず、僕はリスを手から離してしまった。
もう、このまま置いていってしまおうかという考えが頭をよぎったその時―――
バササッ――!!
突然、力強い羽ばたき音が森を駆けた。
木の葉を散らし、砂煙を巻き上げて地面に何かが降り立った。
カラスのように黒く艶のある羽毛に、長い尾羽――見たこともない大きな鳥だ。
その鳥は地面を数回蹴ると、瞬く間に木々の間をすり抜けるようにして飛んで行った。
チラッと見えた鳥の足元には、僕がどうすることもできなかったリスが、鋭い鈎爪にガッシリと掴まれている。
「…………」
本当に、本当にあっという間の出来事だった。
弱肉強食、自然の摂理――知識として頭にはあるけど、これが本当の命のやり取りなんだ。
命をいただいて、自分の糧にする。
それは動物でも植物でも変わらないことだ。
「……ごめん、ごめんね。ごめんなさい」
僕はいたずらに奪ってしまった命に、何度も何度も謝った。
「次は……次こそは、ちゃんと……命に向き合います」
まだ拭えない罪悪感と決意を胸に、僕は次の罠の確認へと向かった。
* * *
――その夜、残りの罠にかかってくれていた一匹のリスを……その小さな小さなお肉を、心ゆくまで堪能した。
いただきます、という言葉には、今までとは違う重みを感じた夜だった。
大自然は、本当に色々なことを教えてくれる。
あの時リスを置き去っていたら――命に向き合わなかったら、僕は無能な落ちこぼれなだけじゃなく、命を粗末に扱う卑怯者になるところだった。
本当に、改めて僕はダメダメだなぁと思う。
正しく命を扱うことも、自分の管理すらもできないなんてね。
それでも僕は、また一日を終えた。
そしてまた、日が昇るんだ。




