5話 最高の朝食
食料を調達して森を抜けた頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。
僕は急いで小枝を拾い集め、火種で火を起こす。
……待ちに待った朝食の時間だ!
「さて、まずはスープを作ろうか……と言っても、ただの野草と木の実の煮汁なんだけどね」
独り言をつぶやきながら、トランクをごそごそと漁る。
「……おっ、あったあった!確か入れたと思ってたんだよね~。 ふふっ、まさか退学を言い渡されたその日に、これまで持ち帰るとは……自分の生真面目さに感謝感謝」
取り出したのは、小さなビン。
元々は魔法薬が入っていたものだけど、捨てていい日が分からなくて、洗ってからずっと自室に置いていたものだ。
「懐かしいなー。 勉強で忙しくて毎回忘れちゃって、五本くらい溜まっちゃってたんだよね……まさか、こんな所で役に立つとはね……」
魔導学院のことを少しだけ思い出して、ビンをじっと見つめる。
「……四十度の熱が出た時も、嘔吐が止まらなくなった時も、お前に助けられたんだよなぁ……でも、まだまだ助けられさせてもらいます……!」
一礼してビンの蓋を開け、リュコの実と道中に採取した〔アマクサ〕を入れる。
アマクサはその名の通り甘い汁が含まれた草で、〔甘草糖〕ってものが作れる位糖分を含んでいる。
そのままかじると確かに甘いんだけど、独特の青臭さがあってなかなか食べられたもんじゃない。
そこで、酸味の強いリュコの実と合わせて煮出したらいくらか飲みやすく、糖分と栄養を補えるものができるんじゃないかというのが狙いだ。
ビンいっぱいにリュコの実とアマクサを詰め込み、直火に当たらないよう、焚き火台に厚めの木の板を置く。
「よしっ、こんなもんかな? 後は……【水泡】!」
僕の指先に魔力が収束し、ポコポコと小さな泡が宙に浮かびだす。
やがてそれは拳よりも大きな水の塊となった。
水属性の基礎魔法、水泡だ。
この魔法はこうやって水を精製することができて、飲み水として使えることも実証済みだ。
冷静に考えると、けっこうすごいことだと思うんだけどな……
「あとは、こぼれないように……」
ポヨポヨと宙に浮かぶ水の塊に、そっとビンの口をつける。
すると、チョロチョロとビンへと水が移り、あっという間に満杯になった。
実を言うとこれも、魔導学院でビンを洗った時に実証済みだ。
水の移動には″サイフォンの原理″というものがはたらくらしいけど、水泡で生み出した水がなんで移るのかは正直分からない。
色々勉強しても、魔法は分からないことだらけだ。
それから同じように残りのビンに材料を入れ、木の板に乗せていく。
倒れないように石でバランスを取ったら、ひとまずこれでOKだ。
次は、今僕が最も欲しているもの――お腹を満たせる朝ご飯の準備だ。
材料はツガロパとオオフサダケ、それから帰り道に見つけた小さな鳥の卵が二つ。
名前も知らない鳥さん、貴重なタンパク源としてありがたくいただきます。
「ふふっ、まさか大好物のキノコオムレツがこんな所で食べられるとはね」
ご機嫌気分で薄平たい石を焚き火台に乗せる。
多少心もとないけど、フライパン代わりだ。
もちろん、水泡で徹底的に洗ったものだ……バッチィからね。
石が十分に温まったら、キノコを手で裂いて投入――
ジュッジュァッ――!!
「うわぁ!? 大変大変っ!」
熱々の石の上でキノコたちはキューキュー音をたて、どんどん石に引っ付いていく。
まあ、油を敷いてないから当然なんだけどね!
慌てて卵を割り入れて、後はもうひたすらかき混ぜた。
オムレツ?絶対無理でしょ、これを包み込むなんて。
卵にしっかりと火が通ったら、木の棒で石のプレートを焚き火台から降ろした。
お世辞にも美味しそうな見た目ではないけれど――
「完成っ……! キノコオムレ――じゃなくて、えぇと……森のキノコのスクランブルエッグ仕立てと、特製リュコスープ!……いや、リュコジュース、かな? まあ、どっちでもいいか」
見た目とか名前とか、今は正直どうだっていいくらいだ。
僕の腹の虫も、今か今かと唸りを上げている。
「……じゃあ、いっただっきまーす!!」
まずはキノコ入りスクランブルエッグを一口。
「んんっ!うーん……? うん、食べられないことはないね!」
まさに、空腹は最高のスパイスと言った所だろうか。
キノコは火が通りすぎてクタクタの食感、卵はボソボソ――それでも手が止まらない!
それに、こんなところで、こんな十分過ぎる食事ができるのはありがたいことだ。
味付けもしてない、食感も悪いけど、僕はあっという間にそれを平らげてしまった。
「……ふぅ。 もう少しキノコ採ってきててもよかったかもな」
お腹に若干の空きスペースを感じながらも、食後のドリンクを手に取る。
「――ッ! あっつッ!!」
ついさっきまで熱せられてたんだ、当然ビンは熱々だ。
赤くなった手を振り回しながら、慌てて魔力を練り上げる。
「レ、【氷霜】!」
シュワァッと、まるで粉雪のように小さな氷の欠片がミストのように広がった。
僕はそのミストをかき回すように手を突っ込む。
シュウンッ――
冷たい冷気が手を包み込んで、スゥッと熱が引いていくのを感じる。
幸い、軽い火傷で済んだみたいだ。
全く、我ながら何をやっているんだろうか。
熱したものは熱い……とっても当たり前のことだよね?
「はぁ」
自分に呆れながら、よっこらせっと立ち上がる。
そして、近くに生えていた大きな葉っぱを一枚いただいて、熱々のビンをくるりと包む。
「……うん、これなら大丈夫。 早速味見を――」
フーフーと息を吹きかけながら、慎重に慎重に中身に口をつける。
口の中に広がるのは、信じられない程の酸味――
予想外の味に頬がキューっと締まり、思わず顔をしかめた。
明らかに、分量を間違えたらしい……これは完全に失敗作だ。
チラッと焚き火台を見ると、これと同じものが入ったビンが後四つ。
……うん、やっぱり人生って思い通りにいかないもんだ。
このビンをどうやって消費しようか――僕の頭の中はそのことでいっぱいだった。




