3話 街を離れて
「おいっ、こんな所で寝るんじゃない、ガキがっ!」
「――ウッ!」
僕は、お腹に響いた鈍い痛みに起こされた。
見上げると、胸章のついたゴチゴチの鎧に身を包んだ男が立っている――この街の衛兵だ。
いつの間に寝てしまったんだろうか……役立たずのくせに、また朝を迎えてしまったらしい。
家を追い出された後、街の真ん中で馬車から降ろされた僕は気付いたらここに――
「ほら、さっさと起きねぇか!」
衛兵の男は声を荒げて、ぐりぐりと足先で僕の体を揺らす。
きっと、さっきもこんな調子で僕を起こしてくれたんだろう。
こんなに硬い足で蹴られたら、そりゃあ痛いに決まってるな……
「は、はい……すぐに……」
僕はジンジンと痛むお腹を押さえて、ようやく立ち上がった。
衛兵の男は何も言わず、ただ鼻を大きく鳴らして去って行った。
路地裏で立ち尽くす僕には、いよいよどこにも居場所がなくなったようだ。
「…………これから、どうしよう」
路地裏に吹き抜けた寂しい風が、僕の声をどこかへ運んでいった。
こんなに建物があるのに、こんなに人がたくさんいるのに――僕はひとりきりだ。
「…………街を出よう」
ポツリ、と呟いた。
別に、何か考えがある訳ではない。
ただ、この街の賑やかさが今の僕にはとても耐えられるものじゃなかったからだ。
屋台で声を張り上げるおじさんの力強い声、道端で談笑する声、家族で笑い合う声が――ただただ苦しかった。
路地裏を抜け、街の大通りをひたすら歩く。
何も見ない、何も聞かないように、ただ足元だけを見つめて。
綺麗に整った石畳がどんどん視界の端に消えていく。
そうして歩き続けていると、力強い風が僕の頬を撫でた。
いろんなものがごちゃまぜになった街の匂いじゃない、鼻の奥をくすぐるような優しい草の香り――
「――あっ」
僕は気付けば、門を抜けていた。
地平線の向こうまで続く街道が、一面に広がる草原が――めまいがしそうなほど、美しく感じた。
「……さようなら。 さようなら、父上、母上……みんな……」
僕は一人、この街に……家族に、別れを告げた。
先立つものはトランク一つ、この先なんの生活の保障もない。
それでも僕は、行くしかなかった。
帰る場所はない、行く当てもない――それなら、進み続けるしかないからだ。
それが合理的で現実的な――
「……っと、また父上のような考え方をして……いや、父上ならもっとうまくやるか」
昨日の父上の顔を思い出すと、鼻の奥がジィンと熱くなった。
まぶたがピクピクと動いたけど、どうやらこれ以上涙は出てこないらしい。
これが僕の新たな門出。
ひとりぼっちの、静かな旅立ち。
賑やかで寂しい街を背に街道を外れ、風の吹くままに歩き出した。
* * *
いったいどれくらい歩き続けたんだろうか――
西の空が暗いオレンジ色に染まった頃、僕は大きな森へとたどり着いた。
既に薄暗くなった森は、まるで吸い込まれるような感覚を覚えた。
「うわ……さすがに今日は、ここら辺でやめとこう」
僕は森の入り口から少し離れた所に腰をおろし、野営の準備を始めた。
……と、言ってもある物は薄っぺらい毛布が一枚に少量のビスケット。
くるりと毛布をかぶれば、野営の準備は完了だ。
「ふぅ……さぶっ」
春先とはいえ、まだまだ夜は冷える。
徐々に冷たくなっていく風が僕の指先をこわばらせていく。
――暖をとらないと。
そう思った次の瞬間には、僕の体は動き出していた。
うん、動くなら今だ。
完全に暗くなる前に、夜の霜に凍える前に、まず動かないと。
幸いここは、森のすぐ近く。
焚火にくべる薪には困らないはずだ。
それに、これだけ人里から離れてるんだ……火を起こしたところで誰の迷惑にもならないだろう。
「――よし、とりあえず、これだけあればいいかな」
僕は拳大の大きさの石を円状に並べ、その真ん中に乾いた枝や枯れ葉を置いた。
即席の焚火台の完成だ。
本当はもっとしっかりした作りにしたいけど……この際贅沢は言ってられない。
「……さぁ、ついてくれよ」
意識を集中させると、魔力が指先に収束していくのを感じる。
魔法の適性がなく、落ちこぼれで無能な僕に唯一与えられた神様からの恩恵――
「……【火種】」
ボゥッ――
僕の詠唱に応えるように、手のひらから鮮やかな火が舞った。
火属性の”基礎魔法”、【火種】。
その効果は、せいぜい小さな火の玉を生み出す程度――
だけど今の僕には、何よりもありがたい命の灯火だ。
「やった!」
僕の放った火はあっという間に燃え移り、焚火台の中でより大きな炎となって辺りを照らした。
手をかざせば温かく、夜の帳の中で優しく光を放つ焚火は、何よりも心地よかった。
「……フフッ、たったこれだけのことで喜んじゃうなんて、他の人が見たら笑われちゃうな。 あっ、でももう、そんな人はいないんだっけ。フフッ……」
基礎魔法は、初級魔法を扱う上で欠かせないものだ。
それを使えたところで、評価してくれる人なんていない――それくらい普通のことだ。
七歳になって初めて基礎魔法を使えたとき、父上は言ってたっけ。『魔法使いにとってこれは、息をするのと同じくらい当たり前のことだ。 今日、お前はようやく人間になったんだ』って。
「……へへっ。 実の息子にそんなこと言うかなぁ……」
また少し泣きそうになって、僕は寝転んだ。
地面のひんやりとした感触が背中に伝わる。
森の奥からは、ホゥホゥと何かの鳴き声が聞こえる。
遮るもののない夜空には、こぼれそうなくらいに星が光っている――。
「……綺麗だなぁ」
空の端から、月が昇り始めた。
あの形からして、もうすぐ満月だろうか。
ググゥ――
「……あっ」
ぼんやりと空を眺めていると、お腹が空いていることに気付いた。
僕はトランクからビスケットを取り出すと、少しずつかじった。
ほのかに甘くて、しょっぱい味がした。




