2話 無能な落ちこぼれ
ガタンッ、ガタガタッ――
太陽が真上を通り過ぎたころ、僕は学院長の用意した馬車に乗って魔導学院を後にした。
大きな荷物を抱えて馬車へ向かう最中、誰一人として声をかけてくる人はいなかった。
ただ、馬車に乗る最後の最後まで、ヒソヒソ声と嘲笑が僕の背中を見送った。
何を間違えたのか、どこで間違えたのか――
何度も自問自答を繰り返してみても、答えは出ない。
強いて言うなら、生まれ持っての才能がなかったことが僕の人生の間違いだろうか。
「…………はぁ」
僕の実家のあるアエラの街まで二時間。
これからのことを考えると重いため息しか出ない。
だいたい、帰ってなんになる?
学院や両親、周りの人たちの期待を裏切ったやつがのこのこ帰ってどうする?
「二人とも、がっかりするだろうな……」
両親の驚く顔や憤怒の表情がはっきりと浮かんで憂鬱だ。
……それでも、帰るしかない。
だってそこが――そこだけが、僕がいることができる唯一の居場所なんだから――。
* * *
――アエラの街 ウィンドロッド邸――
「おい、御者……何をしている? 人の敷地内で迷惑だ、失せろ」
「えっ、ですが……」
僕を乗せた馬車は、とうとう我が家に着いてしまった。
ここまでの道中、思いつく限りの弁明を考えてみたけど、最終的には誠心誠意謝るしかないだろう――と思っていたんだ。
「失せろ、と言っているのだ。 聞こえなかったのか?」
「ですが、お連れしているのはあなた様のご子息であるレキム――」
「黙れッ!!」
御者のおじさんは、父ドレアスの激しい剣幕に気圧されて後ずさる。
……父上ってば、しばらく会わないうちに冗談を言うようになったんだ。
必死に自分に言い聞かせてみるけど、ぼたぼたと涙が溢れて止まらない。
握りしめた拳が、痛くて痛くて、どうしようもない。
でも、もしかしたら――そう、魔導学院から連絡がいってなかったのかも、しれない!
だから、父上は僕が乗っているとも知らずに、馬車を追い返そうとしてるんだ。
きっとそう――そうだと言ってよ……父さん……!!
「……あっ、あのっ…………!」
思わず上げた声が裏返る。
緊張して膝が震える、喉がきゅうきゅう締め付けられる。
で、でも……話さないと。
まずは、それから――
そう思って馬車の扉に手をかけた瞬間、背筋にぞわりとしたものが走った。
強い魔力――それも、すぐ近くに。
「父……上……?」
窓の端から恐る恐る外に目をやる。
そこには、見慣れたローブ姿が立っていた。
そして、その両手には燃え盛る火柱が煌々と輝いて――
「……一歩でも敷地に足を踏み入れてみろ。 跡形も残らないと思え」
父上は恐ろしく冷たく言い放った。
僕は、それ以上動けなかった。
分かってた。
分かってたんだ、本当は。
父上は、冗談を言う人ではない。
父上は、魔法を何よりも重要視する。
父上は――
僕のことを愛したことなんてなかったって。
血統と魔法遺伝のことしか考えてなかったって。
悲しいはずなのに、苦しいはずなのに、不思議と口角が上がったのを感じた。
ぼたぼたと涙がこぼれる。
口角はぐにゃりと曲がって、自分でも気持ち悪い声が漏れ出た。
「ヒッ……ヒィッ……」
いろんな感情が頭の中で爆発しそうになる。
父上がどういう人かは、分かっているつもりだ。
感情にほだされるようなタイプでもないし、愛情深いタイプでもない。
でも、実の息子を前にして、それはあんまりじゃないのか?
僕も僕だ。
実の父親を前にして、何も話せないのか?
このままじゃあ、きっとダメだ。
僕、これでも頑張ってきたんだ。
学院でも、良い成績を取り続けてきたんだ……!
ほんの少しでも、ほんのちょっぴりでもいい……もう少しだけ僕のことを――
「――ッ!!」
窓越しに見た父上の姿。
その顔には、悲しみも怒りも、呆れすらも感じなかった。
ただただ、無。
最初から僕なんていなかったように無関心な顔。
あぁ、聞かなくても分かるよ、その眉間のシワ。
面倒事とか、煩わしいときは決まってその顔をしていたよね。
でも、でも――その顔は息子に向けるべきじゃないんじゃないの……!?
嘘でもいいから、いくら罵ってもいいから、たった一言だけでもいいから――
僕の願いが通じたのか、父上は数歩馬車に近付いた。
そして、ただ不機嫌そうに言った。
「……おい御者、いつまでそうしているつもりだ? 大事な商売道具を消し炭にされたいのか。 そこにある無能な落ちこぼれを連れて敷地から早く出ていけ」
「はっ、はいぃっ、ただいま!!」
ガラガラガラッ――
馬車は急発進をかけ、全速力で敷地から遠のいていく。
ガタガタと激しく揺れる車内で、僕は思わず自分の家を振り返った。
そこには、家に入っていく父上の後ろ姿が一瞬だけ見えた。
静かに閉まっていく扉が、『もうここはお前の家ではない』と言っているようだった。
「――ぢ……ぢぢうえっ…………! ぢぢうぇぇっっ………………!!」
馬車の中には、僕の声だけがむなしく響いた。
ただ、一言”おかえり”と言って欲しいだなんて、僕みたいな出来損ないが何を夢見てるんだろう。
自分の無力さと情けなさに、僕はどうしようもないくらい泣き叫んだ。




