1話 進級試験
「お、おい……あれを持ってきてくれ」
学院長の声に、大慌てで駆けつけたのはさっきの教授だ。
その手には、さっきのとは違う魔法陣が描かれた羊皮紙が握られている。
「……これは、特異四属性試験紙じゃ。 本来であれば中級魔法の習得に際して使用するものじゃが……おぬしは、かのドレアスとシャーリーの子――もとより、特別な力を持っておったのだろう」
学院長はそう言うと、引きつったような笑いを見せた。
確かに両親は、特異四属性という珍しい魔法属性のうち、土属性と光属性を扱える。
血筋だけで言えば僕にだって特異四属性の素養があってもおかしくはない、けど――
「はぁ……はぁ…………」
着々と次の準備が進む中、目の前がぐわんと揺れる。
もし――もしも万が一、”これ”にも反応しなければ……?
主要五属性も特異四属性も反応しなかったとすれば――
ぼくはおしまいだ。
「……さあ、試験紙に魔力を」
「………………は、い」
ごくり、と、唾を飲む音がうるさい。
手のひらはべったりと試験紙に張りついて、小さく震えた。
お願い、お願い、お願い、お願い…………!!
僕は食い入るように目を見開き、すがるように魔力を込めた。
ヴゥンッ――
「………………あ」
そこには、ただのしろいかみだけがあった。
「嘘だろ!」「ウィンドロッド家のあいつだよな……?」「えっ、じゃあ今までの成績とかも実はズルしてたのか」「適正が無いなんて……無能じゃん」
何かが聞こえるけど、何もわからない。
「……まことに、残念だ。 レキム=ウィンドロッド――そなたをアリステラ魔導学院から退学処分とする」
アリステラ魔導学院の最高指導者、リィンガルド学院長が静かに告げ、その言葉が頭の中に重く響いた。
ザワザワと、教授や院生たちが騒ぎ立てる声が無造作に耳に突き刺さる。
「…………え……いや、なんで――」
理解できない、胸が、喉が……締め付けられる……!
誰か、助けて――
僕は思わず振り返り、観衆の中から見知った顔を無意識に探した。
その中から、弟リムランの顔をようやく見つけ出したが――
見てはいけないモノを見てしまったような、あの嫌悪感に溢れた目。
隣の院生に肩を叩かれ、何かを否定するかのようにブンブンと首を横に振るリムラン。
大広間のざわつきの中かすかに聞こえたのは、『あんなの、もう家族でもなんでもない』という実の弟の声だった。
その瞬間、世界は白黒になり、視界の端から大きく歪みだした。
頬に冷たいものが伝い、ようやく自分が泣いているんだと知った。
なぜ?この涙はなんだ?
悔しい?恥ずかしい?
魔導学院の期待に応えられなかったからか?両親の、家族の期待に応えられなかったからか?
それとも――
こうなることは初めから分かっていて、安堵感からきたものなのか?
「あ……あぁ……」
言葉にならなかった。
ただ、頭の中はまっしろ。
「……馬車は手配しておく。 昼一番の便でこの学院から出ていきなさい」
学院長は、ただ冷たく、それだけを言い残して去って行った。
* * *
「…………」
寮の自室に戻った僕は、淡々と荷物をまとめていた。
頭は回らないけど、やることはただ一つ――この場所を明け渡せる状態にすること。
ページが擦り切れるまで読み込んだ学院向けの魔導書大全や、学術指南書。
学術試験や魔法論理学で授与された賞状の数々――
「……こんなもの…………ッ!」
たくさんの思い出が詰まったそれらを……僕は無造作にトランクにねじ込んだ。
いや、最初から思い出なんかなかったのかもしれない。
僕は両親や周りの人が望むままに、ただそれだけをこなしてきた。
ただただ効率的に、最適解を求め続けてきた。
そこに僕の感情だとか、非合理的なモノなんて存在するハズが――
「……………………ぅうっ……ぐぅっ…………」
――なんで、だろう。
泣いたって状況は変わらないし、今やるべきことは荷物をまとめることだ。
意味のないこと、非効率的なことをするなんて、僕の両親が最も嫌うことじゃないか――
『ただの無能』『落ちこぼれ』
「………………ッ!! ぐうぅぅっ……うぅぅッッ!!」
気付けば、僕はトランクを強く強く抱きしめていた。
この中には僕の思い出が……!努力が……!この魔導学院での全てがある……!!
こんな……こんな小さなトランクになんか、全然収まりきらないほどのッ…………!!
自分のことはよく知っているつもりでいた。
みんなが思う程優れた人間じゃないって。
だからこそ、誰よりも必死に努力をしてきたつもりだった…………!!
誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも誰よりも、自分にできる精一杯を、毎日限界まで…………!!
でも――
「……全部、無駄だった」
僕の口から、静かに言葉が漏れた。
今の僕は、魂が抜けたみたいにからっぽ。
このままどこへでも飛んでいってしまいそうなくらいに――
「…………あぁ――」
悔しいなぁ――。




