21話 死闘
「……ぼ、僕なんかでよければっ!!」
思わず、そう叫んでいた。
怖くて怖くて、足は震えている。
なんだよあのデカさ……!
それにあの真っ白な毛皮――見ているだけでゾッとする。
さっきの魔法で倒れてくれれば嬉しいけど、さすがにそこまで楽観的にはなれない。
ガルムは今にも起き上がって、僕に襲い掛かってくるかもしれない。
でも、言われたんだ――『助けて』って。
そしたらもう、やるしかないじゃないかっ……!!
「【闇套】!【闇套】!【闇套】!」
僕は魔法で煙幕を張ると、急いでロナンさんの元へ駆け寄った。
……そして、その痛ましい姿を見て胸が締め付けられた。
自慢の剣は中ほどから折られ、足には酷い火傷の跡……そして、体中いたるところから血が溢れている。
あんなに強いロナンさんが、ここまでやられるなんて。
とにかくすぐに、回復を……!
僕は急いで魔力を練った。
「光×聖――【癒しの光】。 闇×聖――【静かなる帳】」
僕の詠唱に続いて、翡翠色と紺色の光がロナンさんを包み込んだ。
治癒効果のある癒しの光と、鎮静・沈痛作用のある静かなる帳の重ね掛けだ。
傷がすぐに治る訳ではないけど、何もしないより……何もできないよりマシだ。
「これは……回復、魔法?」
「ええ。 一応、回復効果と、多少の痛み止めくらいにはなるかと思います。 気休め程度ですけど……」
「……フフッ。 相変わらずですね、レキムさん」
ロナンさんはそう言って笑った。
その苦しそうな笑顔が、見ていてつらいほどだった。
「……どうして、ここに――って聞くのは、野暮かな?」
「……えぇ、そうですね」
それだけ言葉を交わすと、ロナンさんは手を差し出した。
血に濡れて、ボロボロの手だ。
意図はすぐに分かった……ロナンさんは、まだやる気だ。
でも、その手を掴んでいいのか躊躇ってしまった。
手を取ることが、ロナンさんに『まだ戦え、まだ動け』――そう言っているようで、心が苦しくなる。
「動けるんですか……?」
思わず、聞いてしまった。
「……フフッ。 やるしか、ないでしょっ! それに、レキムさんも一緒なんです……負ける訳には、いかないじゃないですかぁ」
「そう、ですね」
チラッと、森の奥を見た。
パキパキと音がして、血走った金色の瞳がギラリと光った。
どちらにしても、このままでは死を待つだけだ。
それなら僕は――。
僕は、ロナンさんの手を取った。
グンッと、腕に彼女の重さが乗った。
「生きて、帰りますよ。 まだまだ、ロナンさんに見せたい魔法があるんです」
「……えぇ、もちろんですっ!」
「――――ゴルルルルァッッッ!!!」
ガルムの咆哮が轟いた。
ビシビシと、空気が振動する。
恐怖に足がすくむ。
……でも、負けない。
負けたくない。
僕は、全身に魔力を集中させた。
ロナンさんは、折れた剣を構えた。
煙幕が引いて、月明りが差し込んだ。
――戦いの始まりだ。
「――――グォウッ!!」
先に動いたのは、ガルムだった。
左右に大きくステップを踏みながら、グングン間を詰めてくる。
「【爆ぜよ水】ッ!【爆ぜよ水】ッ!」
僕は少量の魔力で練った爆ぜよ水を、ガルムの進行方向に連続で発動させた。
しかし、ガルムは咄嗟にルートを変えて僕たちの後ろに回り込んだ。
「ガルァッ!!」
「フッ……!!」
ガギィッ――!
ガルムの強烈な引っ掻き攻撃を、ロナンさんは華麗にいなす。
そして態勢の崩れたガルムの鼻先に、カウンターの左拳を叩き込んだ……!
「ガワッ!?」
ガルムは一瞬、予想外の反撃に怯んだ。
僕はその隙を逃さず魔力を練り上げ――
「【爆ぜよ水】――」
僕が詠唱を唱えた瞬間、ガルムは大きく飛びのいた。
……やっぱりそうだ。
恐らくあいつは、魔力に反応してる。
それに、最初に喰らった一撃のせいで、必要以上にこれをかなり警戒してるんだ。
そりゃあ、最初のは完全な不意打ちだったから、クリティカルに効いたんだと思う。
でもあれは接続詞を省いて詠唱を短くした、いわゆる”高速低威力型”だ。
でも、勝手に警戒してもらえるなら好都合――今度はこっちの番だ!!
「ロナンさん、今からアイツを誘い込みます。 僕の合図で、その剣をアイツに向かって投げてください!」
「これを!? 分かった!」
ロナンさんは、折れた剣をズシャリと構えた。
「火×水――【爆ぜよ水】ッ!!」
ドバァンッツ――!!
これまでとは、比べ物にならない衝撃波が弾けた。
そりゃあそうだ。
接続詞を含めて、魔力をこれでもかと溜めた一撃だからね。
そして当然――避けるよね……!
ガルムは既に別の場所で身をかがめ、今にでも飛び出してきそうだ。
ジリジリと、緊張感が走る。
僕はゆっくりと腕を前に構えた。
「爆ぜよ――」
瞬間、やつは大きく地面を蹴った。
よし、かかった――!!
「グルル――ガァァッ!!」
「今です!!」
「ハァッ――!!」
ロナンさんの腕がバネのように弾け、彼女の剣はガルム目掛けて一直線に伸びていく。
これで決まりだ……!
僕の魔法への警戒を利用して、弱めの爆ぜよ水の連発でやつを誘導。
きっと、やつは分かったはずだ。
接続詞のついたの本当の爆ぜよ水の威力と――逆に、接続詞のない、ただの爆ぜよ水の危険度の低さを。
つまり、僕が今放とうとしてるこの魔法は、警戒するまでもない――ということを。
そして僕の誘いに乗ったら、あいつはすぐにでも飛び出してくるだろう。
そこに……飛び上がったガルムの隙だらけの体に、ロナンさんの渾身の一撃をお見舞いする!
自分に向かってくる剣を空中で避けるのは、いかにガルムと言えど難しいはずだ。
さあガルムよ、思い切り飛び掛かって来るんだ――!!
――しかしガルムは、その場から一歩も動いていなかった。
やつの背後には、不自然な位に舞う砂埃――。
まさか――!!
さっきのあの大きな音は――地面を激しく蹴ったのは、ただの……陽動。
こちらの手の内を全て見透かした上で、あいつはそれに乗っかっただけ。
ガルムは、自分に向かってくる剣を悠々と避けた。
やつの後ろに深々と突き刺さった剣が、虚しく音を響かせた。
――でもそれも、計算の内だ。
「光×電気×水――【稲妻よ駆け巡れ】ッ!!!」
ビリッ――バチィッ――バリリィッ――!!!!
次の瞬間、僕の体から激しい放電が爆ぜた。
盗賊相手に、必死に力を抑えたものじゃない。
今の僕が出せる、最高出力だッ――!!
度重なる爆ぜよ水の連発によって、辺りには魔力と水分を多量に含んだ空気が充満してる。
そしてもちろん、ガルム自身にもそれはついている。
バチバチと荒ぶる稲妻は、僕が魔力で練ったルートをイメージ通りに辿り、ロナンさんが投げた剣を伝い――ガルムに向かって一気に収束した。
魔力、水、鉄――これだけ条件が揃えば、例えどんなに距離をとっていても……きっとその身を焦がすだろう。
「ガッッ――ウッ……」
ズズンッ――
ついにガルムの巨体が、ブスブスと煙をあげて地面に倒れ込んだ。
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