20話 焦燥
「はぁ、はぁ、はぁ――くっ……! はぁ、はぁっ……!!」
僕は走った。
森の中を、ひたすらに走った。
結論から言うと、あの三人組はクロだった。
十年以上も前から、盗賊稼業で生計を立てる生来のクズ人間たちだった。
僕の大方の見立て通り、あいつらはロナンさんを利用して、危険な魔獣退治や力仕事などをさせていたという――それも、二年もの間っ……!!
優しいロナンさんに付け込んで……彼女の夢を利用して……!!
あの無精髭の男……本当かどうかは知らないけど、とある地方の騎士の家系だそうだ。
だからそれをエサにして、一人放浪していたロナンさんをうまいこと騙し続けていたらしい。
そうして二年が経って、十分にお金を稼いで、ロナンさんを騙し続けるのが難しくなってきたと思ったから、とびきり危険な依頼を伝えて無理やりこの関係を終わらせようとしたらしい。
……何度思い出しても、本当に胸糞悪い話だ。
「くそっ、ロナンさん……さすがのあなたでも無理ですよ、《ガルム》の討伐なんて……!!」
やつらがあてがった、とびきり危険な依頼――それは、危険度Cランクの凶悪な魔獣、ガルムの討伐だ。
Cランクと言えば、腕の立つ騎士が十人集まって対応するほどの危険度だ。
当然、ロナンさんがそんなことを知らない訳はない。
うまいこと騙されたのか、あるいは――断れない理由でもあったのか。
「――――いや、そんなこと、どうだっていい……!」
考えてても仕方ない。
僕はひたすらに走った。
何度もつまづきながらも走った。
急な斜面を転がるように降りて、また走った。
冷たい沢の中、気にすることなく走り続けた。
そして――。
辺りがすっかり暗くなった頃、あの場所に辿り着いた。
「はぁ、はぁ、はぁっ……っ、はぁ、はぁ……」
辺りに木々はなく、ぽっかりと開けた地形。
僕が初めて古代魔法を発動させた時の、地面の穴。
ほんの数日だけど、僕にとって忘れられない日々を過ごした野営地に。
「…………誰も、いないか」
分かってた。
ここに来たって、ロナンさんがいる訳はないって。
でも、万が一……何かがあって、ここに戻っている可能性も捨てきれなかった。
そんな小さな希望にすら、すがりたかった。
徐々に暗がりに包まれる森に、寂しい風が吹き抜けた。
「……ただいま」
僕の独り言は、薄暗い森の闇に吸い込まれていった。
* * *
野営地で一夜を明かした僕は、ロナンさんを探し始めた。
ガルムがいると思われるだいたいの場所は、盗賊三人組に教えてもらっている。
あとはもう、ここを拠点にしてロナンさんを見つけるだけだ。
「……待っててください」
お呼びじゃないかもしれない。
もしもガルムと戦いにでもなれば、僕は足手まとい以外の何ものでもない。
でも、僕は動かずにはいられなかった。
ロナンさんと一緒に過ごして、ロナンさんの夢を聞いて、今の状況でジッとしていられる訳がなかった。
もう一度、会いたい……一目だけでも、見たい。
僕は心からそう思った。
例え、僕の身に何が起きようとも。
例え、彼女がすでに物言わぬ残滓となっていても――。
* * *
――森の奥地――
レキムさんと離れてから、どれくらい経ったんだろう。
彼、今頃何してるのかな?ケガは大丈夫だったかな……?
森の静けさが、嫌でも私に考え事をさせてくる。
「ううん、しっかりしなくちゃ。 これは、私が決めたこと……私の道なんだから……!」
無理やり自分を納得させるように、強く頬っぺたを叩いた。
ジンジンと痛むけど、頭はスッキリした。
「……レキムさんを巻き込まないって、決めたんだから。 さあ、頑張らなくっちゃ!」
私はそれから、昼も夜もなく歩いて回った。
私の人生の中で最も危険な任務、ガルムの討伐――ただそれだけを目標にして。
当然、私の実力が足りてないってことは十分に分かっているつもりだ。
最悪、やられるのは私のほうかもしれない――ううん、私がやられる確率のほうが、圧倒的に高い。
だから、準備が必要だった。
レキムさんと出会った時には、ガルムの棲み処の目星はだいたいついていた。
あとは、やつの行動パターンを絞って、森中にトラップを仕掛けて――。
そんな風にして、私は着々と準備を整えていった。
来るべき、ガルムとの決戦に向けて。
そして、その時は唐突に訪れることになった。
「ゴルルルルッ――」
夜の森の暗がりの奥から、身の毛もよだつような唸り声が響いた。
巨大な金色の瞳が、私を睨んで離さない。
つばを飲み込むのを躊躇うほどの、圧倒的な存在感。
「……フフッ。 まさか、そっちから来てくれるなんてね」
バキバキと、小枝を踏み鳴らしてゆっくりと近付いてくるガルム。
ワーグなんかとは比べものにならない巨体だ。
ドサッ。
不意に、ガルムの口元からロープが落ちた。
一目で分かった……あれは、私がトラップ用に作った手製のものだ。
「……一応、私の奥の手だったんですけどねぇ」
「ゴルル……」
ガルムは、まるで嘲笑うかのように低く鳴いた。
でも……やるしか、ない。
今の私のありったけを、全部ぶつけて――
瞬間、森がまばゆい光に包まれた。
私は考えるよりも先に体が動いた。
咄嗟に木陰に身を隠し、できる限り身をかがめた。
――直後、一筋の光が森の中を貫いた。
私がついさっきまでいた所は、近くの木もまとめて焼け焦げ、火の粉がちらついていた。
熱線――初めて、見た。
魔獣が持つスキルの一つで、魔力を溜めて放つ、圧倒的な威力をほこる技だ。
知っていたからこそ、攻撃前に咄嗟に避けたつもりだったんだけど……
「ぐっ――」
数メートルも離れていたというのに、私の脚は熱線の余波に焼かれた。
あんなもの、一度でもまともに喰らってしまえばおしまいだ。
「……これは予想以上、ですね」
思わず身震いしながらも、剣を握り直す。
パチッと、熱線で焼けた木が爆ぜた。
「ゴルルァッ――!!」
直後、ガルムは周りの木々を気にも留めず、猛突進をかけた。
「フッ、ハァッ――!!」
私は一息吸って、構えた。
当然、真っ正面からは受けられない。
やつの突進する動きに、振りかざした爪に合わせて剣の角度を変え、体を捻っていなすように受けた。
ガキィンッ――!
ガルムの巨大な爪が剣をかすめ、火花が散った。
私の動きには寸分の狂いもなく、完璧なタイミング、完璧な間合いでやつの攻撃を受け流した。
――はずだった。
「ぐっ、うっ……!?」
腕が、重い。
剣を持つ手にはビシビシと痺れが走り、動かすことすらままならない。
威力の割に、ダメージが……いや、衝撃が大き過ぎる。
まさか、今の攻撃もスキルだっていうの……?
「ガルァッ!!!」
続けざまに、ガルムの前腕が私に迫った。
動かない腕。掴んだままの剣――うん、十分だ……!
「は――あぁぁっ!!」
私は咄嗟に体を捻ると、硬直したままの剣で攻撃を受けた。
ガキッ――!!
鈍い音が響いて、私の体は軽く数メートルは吹き飛ばされた。
「つっ……」
いくつか骨がやられたらしい。
ズクンズクンと響く痛みが、それを気付かせる。
「……よし、腕は、動く。 一度態勢を立て直して――」
剣を杖代わりに立とうとして、ようやく気付いた。
私の武器が――半分から折られていることに。
「そっ、そんなっ……!!」
二撃。
受ける態勢が悪かったとはいえ、たったの二撃で、鉄製の両手剣を破壊した。
「ど、どんな力してるのよ……でも、それどころじゃ――」
再び立ち上がろうとしたその時、森が明るく照らされた。
煌々と照っているのは――
ガルムの口元――。
やつは再び熱線を放とうと、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「……ははっ。 強すぎ、ですよ」
私の手から剣がするりと抜け落ちた。
脚の感覚は、さっきの熱線でほとんどない。
唯一の頼りの武器も壊れ、完全に打つ手がなくなってしまった。
「こんなところで、おしまいなのかぁ……」
お父様、お母様、リィナ――ごめんね。
私も今から、そっちへ行きます……ごめんね。
もう、私に思い残すことなんて――
『騎士、なれたらいいですね……というか、その、なれます。 見たいです、ロナンさんが騎士として活躍するところ』
レキムさんの言葉が頭に浮かんだ。
本人からしたら何気ない、でも、私が心の底から欲しい言葉――。
私は、力無く笑った。
笑っているはずなのに、涙が溢れた。
「もう一回……会いたかったなぁ……」
レキムさん、さようなら――。
わたしの目の前は、まっしろになった。
「――――【爆ぜよ水】ッ!!!」
「ゴァッ――!?」
ドバァンッ――!!
響いたのは、轟音と衝撃。
知っている、私はこれを。
この魔法を、知っている……!!
「ロナンさんっ!! 無事ですかっ!?」
私を呼ぶ声がする。
よく知ってる声が。
なんでここに!?危ないよ!!ありがとう!!どうして来たの!?はやく逃げて――!!
色んな感情が一気に浮かんだ。
でも、私の口から出た言葉は、今まで私が口にしたこともない言葉だった。
「――――レキムさん……助けてっ!!」
力の限り、叫んだ。
年下で、私よりも力の弱いレキムさんに――。
「……ぼ、僕なんかでよければっ!!」
彼は震えながらも、いつもの調子でそう言った。
その姿が、どうしようもなく頼もしかった。
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