22話 二人の夜明け
「た、倒せたぁ……」
勝利の実感もそこそこに、僕はその場にへたり込んだ。
魔力はほとんど残ってないし、大技の反動でフラフラだ。
「……いえ、まだです」
ロナンさんは静かにそう言うと、僕の腕を掴んでぐいっと引きあげた。
「え……? まだって――」
「ゴ……ゴアァ……」
その声を聞いて、一気に血の気が引いた。
ガルムはまだ、生きている。
体のあちこちが焼け焦げ、煙をあげながらもゆっくりと……だが確実に、やつは体を起こした。
「…………ははっ」
どうする、どうしよう!?
僕の残りの魔力量的にも、稲妻よ駆け巡れや爆ぜよ水みたいな魔法は出せない。
でも、基礎魔法なんかじゃあ到底太刀打ちできないし……かと言って、有効打になるものなんて持ってないし――。
「――レキムさん!!」
ロナンさんの叫び声だ。
ハッと見た時にはもう遅かった。
僕の目の前では、無数の木片やら石の欠片がスローモーションで舞っていた。
――まずい。
そう思った次の瞬間、僕の体に無数の衝撃が走った。
「ぐあっ……!」
あまりの衝撃に、そのままゴロゴロと転がった。
どこが痛むのかも分からないくらい、全身が悲鳴を上げている。
一体何が起こったんだろうか。
僕の周りには、太い木の幹や拳大の石がゴロゴロと落ちている。
こんなもの、さっきまで無かったはず……まさか――!
恐る恐るガルムの方を見ると、やつの周りに、えぐられた地面や不自然に折れた木が目に入った。
……多分、あれを飛ばしてきてたんだろう。
適当に投げつけただけで、この威力――。
くそっ――僕は……馬鹿か!
思考に気を取られて、一番大事な目の前のことが見えてないなんて……!
「レキムさん、大丈夫ですかっ!?」
ロナンさんが慌てて駆け寄った。
「い、いえ……すみません、僕の不注意で……いっ――」
呼吸をするだけで、胸が裂けるように痛んだ。
これは、相当まずい……かもしれない。
「た、立てますかっ!?」
そう言われて立とうとしても、足に力が入らない。
僕は力無く、首を横に振った。
「……すみません、ロナンさんだけでも逃げてください」
「だっ――何言ってるんですか! 二人で生きて帰るって、さっき言ったばかりじゃないですか!!」
「ははっ……そりゃあ、さっきは、こんなケガしてなかったもんで……」
必死に強がってみたけど、段々と意識がぼんやりとしてきた。
揺れる視界の先で、ガルムが近付いてくるのが分かる。
勝利を確信したかのように、ゆっくりと、着実に――。
あぁ、今度こそ終わりだ。
僕は最後の最後まで、無能な落ちこぼれのままだった。
何も成し遂げることなく、ロナンさんを守ることすらできずに……僕は、僕は――。
チャリッ。
「……?」
ふと、僕の手に何かが当たった。
妙に冷たく、ズシリとした何か。
「これは――」
ロナンさんの剣の柄だ。
きっと、さっきの投擲に混じって飛んで来たんだろう。
肝心の刃部分は根本近くから折れ、これでは使い物にならない。
せいぜい、殴りつける程度しか――
「…………いや」
その時、妙なアイデアが浮かんだ。
いや、というよりも……最後の最後に見せる悪あがきだ。
そしてそれは、僕だけでは成立しない悪あがきだ。
「……ロナンさん、これを」
「これは……柄? それも、私の剣の柄じゃないですか」
「えぇ。 最後の悪あがきに、付き合ってもらえますか?」
「フフッ……いいよ。 私こう見えても、意外と諦めが悪いタイプなんです。 誰かと一緒なら、なおさら!」
ロナンさんはそう言って微笑んだ。
思わず僕も、微笑み返した。
本当にこれが、最後かもしれない。
この悪あがきが通用しなければ、ここで二人共死ぬ――。
もちろん恐怖はあったけど、もう迷いはなかった。
「ロナンさん、僕がこの柄に土属性の魔法をかけます。 ありったけの力を込めますが、あくまでもただの基礎魔法です。 これで仕留めきれなければ――」
「うん、信じるよ」
僕が言い切る前に、ロナンさんはハッキリとそう言った。
「……はい。 僕も、信じてます」
僕は剣の柄を手に取ると、すでに無くなった刃の方を地面に突き立てた。
「【土片】」
魔力が地面に集まり、ボコボコと隆起する。
イメージするんだ――より強く、より硬く……!!
「グルルッ――ヴォウッ!!」
僕の魔力に反応して、ガルムが突進を仕掛けてきた。
ガクンッと体を揺らし、血を吐きながらも、まさに鬼気迫る気迫――。
恐らく、向こうも最後の攻撃になるだろう。
ロナンさんは即席の土の剣を引き抜くと、フラフラの体で構えた。
お互い満身創痍……次の一撃で、全てが決まる。
全ては、タイミング――。
やつの距離が、グングン縮まっていく。
あと、六――五――メートル。
「土×水――」
魔力が練り上がっていく。
土と水が混ざり合い、輪郭がぼやけていくイメージ。
あと、三メートル――。
ガルムの体が、一瞬低く沈んだ。
今だ――!!
「【蠢く土よ】!!」
瞬間――ガルムの足元がぐにゃりと波打ち、大きく体勢を崩した。
「――はあぁぁッッ!!」
ザグッ――。
鈍く湿った音が響く。
ロナンさんの渾身の斬撃が、ガルムの首元に届いた。
直後――土の剣は砕け散り、ガルムの首から鮮血が噴き出した。
ズズッ――。
地に伏したガルムの目は、あっという間にくすんだ灰色へと変わった。
ロナンさんがゆっくりと振り返る。
汗と血に濡れた顔。
そこには、どうしようもないくらい優しい笑顔があった。
「……私たち、勝ったよ」
僕は笑い返そうとして、意識が途絶えた。
* * *
目が覚めたのは、空が白み始めたころだった。
辺りを見渡すと、森の中にポッカリと開いた場所――僕たちの野営地だ。
「ねえキミ……大丈夫?」
そう言って近づいてきたのは、ロナンさんだ。
なんだか、懐かしいこの感じ――まるで、出会った時のようだ。
「……大丈夫じゃないです、多分」
「フフッ。 だと思った」
ロナンさんはそう言って、僕の隣に腰を下ろした。
「……勝ったんです、よね?」
「うん。 私たちの、大勝利ですよ」
「大勝利……って言うには、お互いボロボロですけどね」
「フフッ、確かに」
僕たちは、ただぼんやりと空を眺めて呟き合った。
森の静寂に、鳥のさえずりが混ざり出した。
「……ねえ、レキムさん……私のこと、どうやって探したんですか?」
「えっ? それは、その――」
まさか、言える訳ないよな。
ロナンさんを騙していた盗賊たちに、本当のことを教えてもらった――なんて。
「……もしかして、三人組にでも会いました?」
「えっ、なんでそれを!? あっ、しまっ――」
「フフッ、やっぱり。 あいつらに騙されてたの、薄々気付いてたんですよ、私。……と言っても、気付いたのはけっこう最近なんですけどねっ」
「……そう、だったんですか。 僕、あいつらにたまたま会って、そしたらロナンさんのことを知って――気付いたら、森の中でした」
「……でも、よく私の場所が分かりましたね」
「そりゃあ、まあ……探し回りましたから。 それに、ガルム位の魔獣になると強い魔力を持ってると思って、魔力の流れが違う所を辿って――って、なんか怒ってます……か?」
ロナンさんはぷくっと頬を膨らませて、ジッと僕を見ている。
「……べつにぃ~? ただ、もっとこう、『あなたのいる場所なんて、離れていてもすぐに分かります!』とか、そういうあれは無いんですか?」
「え……いや……何を言ってるんですか? あ、いえ、すみません」
思わずツッコんでしまった。
すぐに謝ると、ロナンさんは小さく笑った。
「もう、冗談ですって! おかげで助かりましたよ、基礎魔法士さんっ!」
僕たちの姿を、朝日がキラリと照らした。
「ん、え……? なんですか、それ」
基礎魔法士――聞きなれない言葉に、僕は思わず首をかしげた。
「フフッ。 ずっと考えてたんです……魔法使いさんって呼ぶのは、レキムさん嫌がるじゃないですか。 でも、私にとってはすごい魔法使いさんなんですよ。 じゃあ、何て呼べばいいか、ずっと考えてたら――」
「基礎魔法士、ですか……」
「あれ、もしかして、これもダメでした……?」
ロナンさんは、目を潤ませながらそう聞いてきた。
ダメって言うか……僕が基礎魔法使いだから、基礎魔法士……?
「……ふふっ。 ロナンさんらしいですね、そのネーミング。 シンプルですけど、すっごく気に入りました」
「……! やったぁ!! これからよろしくね、基礎魔法士さんっ!」
「……ふふっ、こちらこそです」
ロナンさんの笑顔が弾けた。
朝日で鮮やかに照らされたその顔は、太陽よりも眩しかった。
こうして僕の――僕たちの、新たな旅が始まった。
騎士見習いのロナンさんと、基礎魔法士の僕の旅が。
これは、基礎魔法しか使えない落ちこぼれの僕の物語。
無能と呼ばれ追放された僕が、基礎魔法士として成長していく物語――。
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