15話 ロナンと魔法
それから僕は、手元に残った串焼きを丸呑みするように食べ進めた。
”空腹は最高のスパイス”っていうけど――それが無ければ完食することすら難しかっただろう。
二本目を勧められたときは正直どうしようかと思ったけど、「小食なので……」とか言ってごまかした。
なんか、少しだけ罪悪感。
「――それで、私がどうしたんですか?」
「……えっ?」
一足先に数本の串焼きを食べ終えたロナンさんは、満足そうに伸びをして僕に聞いてきた。
「さっき、何か言いかけてましたよね? レキムさんのお腹が鳴る前に」
「――あっ、そうでした、ね」
改めて言われて、少し恥ずかしい。
でも、仕方ないじゃないか……あの日は結局、何も食べれなかったんだから。
「いえ、ロナンさんって、お強いんですね。 ワーグとの戦いを見てて、改めて実感しました」
「……いやぁ、あはは」
ロナンさんは、少し困ったような顔をして頭をかいた。
「……まあ、昔から力だけは強かったんです。 でも、今の時代にそんなものは必要ない――ましてや、女がそんな力を持ってても、無意味なんですよ。 それに、あの時だって結局、レキムさんの魔法のおかげで倒せたわけですし!」
「……ロナンさん」
そう言って笑う彼女の顔は、ひどく寂しそうに思えた。
そして、少し顔を落としながらも続けた。
「……私、実は騎士になるのが夢なんだ」
「騎士……ですか」
「……うん。 私って、生まれつき魔力の才能がなくて……どんなにすごい先生に教えてもらっても、それは変わらなかった。それこそ私、基礎魔法すら使えないんです。 でも、この人並み外れた力だけは――不思議と、どんどん強くなっていってね」
ロナンさんの話を聞いて、僕は途端に腑に落ちた。
なぜ、僕の魔法にあれだけ関心があったのか。
ただの基礎魔法なのに、嬉しがってくれたのか。
それは、決して手にすることのできない魔法への渇望。
そして、自分自身に対する劣等感――。
同時に、僕は気付いた。
彼女に対する、僕の発言がいかに軽率だったかを。
基礎魔法が使えるくせに、それすら使えない彼女に向かって「自分は魔法は使えない」だとか「無能なんです」だとか――
その言葉は、いったいどれほど残酷だっただろうか。
「ごめんなさい。僕、昨日の夜ひどいこと言っちゃいました。 ロナンさんの気も知らずに、少しでも魔法が使えるくせに、その――」
「フフッ……」
「え……?」
精一杯の謝罪を伝えようと必死に言葉を考える僕を見て、ロナンさんはクスクスと笑う。
「もう、なんでレキムさんが謝るんですか! そりゃあ、私が魔法を使えないってことは、それなりに気にしてますよ? でも、それはあくまでも私自身のお話です! レキムさんにはレキムさんの考え方があって、そこに悪意がないっていうのは分かります!」
「で、でも……結果的に僕がひどいことを言ったのに変わりなくて……」
「も~、レキムさんってば、謙遜するのに意外と頑固! じゃあ、ごめんなさいって意味も込めて、色々と魔法見せてくれますか?」
「いや、そんな――」
そう言いかけて、僕は口をつぐんだ。
これ以上、何を言う必要があるんだろうか?
自分にとって嫌な話までしてくれたロナンさんに、僕ができることはただ一つ。
「……こんな僕の魔法でよければ、喜んで。 あと、それから……」
「ん? それから?」
「騎士、なれたらいいですね……というか、その、なれます。 見たいです、ロナンさんが騎士として活躍するところ」
「……フフッ。 うんっ!」
ロナンさんは、弾けるような笑顔を見せた。
……うん、こっちの顔のほうが似合ってる。
* * *
それから僕は、ある意味異質とも呼べる、自分の”魔法来歴”について話をした。
初級魔法の適性がなくて魔導学院を退学になったこと。
主要五属性と特異四属性、それから固有属性の基礎魔法が使えるということを。
基礎魔法しか使えないっていう、社会的に見れば無価値な僕の話を、ロナンさんは目をパチクリさせながら聞き入ってくれた。
それから、実際に魔法を見せていくと――大はしゃぎ。
彼女は「すごい!」と「きれい!」を連呼し続けて、最後にはとうとう言葉もなくして茫然としていた。
「――とまあ、こんな感じですかね。 どう、でしたか?」
僕はパパっと手を払って一息ついた。
「す……すごい、なんてものじゃないですよぉ……」
ロナンさんはぺたんとしゃがみ込んで、グルグルと目を回してしまった。
「もう、なんて言っていいのか……いや、もちろん魔法を使えてすごいなってのはあるんですけど……それを、全属性ですかやぁ……? いや、うん……もう、訳が分からにゃあ……」
語尾も少しおかしくなっている。
いきなり全て見せるのは、少し刺激が強かったのかもしれない。
「い、いや、そうは言っても、基礎魔法ですからね。 周りの人からずっと言いつけられてましたけど、社会では役に立たないものですし……」
「――むぅ、出た出た! 魔法を使えるお偉いさんって、そういうとこありますよねぇ!? ああいう人たちは、いかに魔力消費の大きい魔法が使えるかしか、興味がないんですよ!」
ロナンさんはしゃがんでいたかと思うと、いきなりガバっと立ち上がり、恐らく魔総連に対するものと思われるうっぷんを吐露し出した。
まあ、正直それは僕も思う所がある。
初級魔法はできて当然、中級より上級、そしてさらにその上を――
彼らの探求心こそ尊敬に値するけど、それ以外に対する姿勢だけはどうかと思う。
化学技術も、文化さえも、その全ての根源が魔法そのものにあるという思想はあまりにも――傲慢だな、と。
おっと、こんなこと、誰かに知られた日には審問にかけられてしまう。
口に出してもいないのに、僕は思わず辺りを見渡してしまった。
「? どうしたんですか、レキムさん」
「い、いえ……ちょっと僕の心の闇が――いえ、何でもないです」
「……ふーん、そう? あっ、ところで、アレがまだですよ、アレが……!」
「アレ……っていうと、”アレ”のことですか……?」
「もっちろん! レキムさんの″秘密の力″、もっかい見たいなぁ……!」
うわー、ロナンさん、すごく目を輝かせてる。
あの時は本当に、咄嗟の出来事だったんだけどなぁ。
……まあでも、再現性があるかの検証にもなるか。
それに、うまく使いこなせたら自分のためになるだろうし。
僕は意識を集中させ、魔力の流れを感じ取った。
――うん、残りの魔力的にも問題なさそうだ。
「……じゃあ、一応やってみますけど……失敗しても、笑わないでくださいね?」
ロナンさんは無言で頷き、固唾を呑んでその時を待った――。




